第五話――vs. 村長 part1――
「村長! フェンリルが一頭現れました!」
そうケビンは切り出し、事の顛末を村長に説明し始めた。
村長の外見は……、そうなんというか、すごいマッチョだった。まるでどこかの美術館からお忍びで抜け出して来たかのような芸術的な肉体。それでいて体の至る所に傷があり、不完全であるが故の完全さを美で体現しているような体だった。顔だけを一目見ると、四十代後半くらいに見えるが――こちらの世界の年齢や一年の定義は分からないが――如何せんこのマッチョだ。まるで年齢が読めない。ただ一つ言えることは、一般的な村長のイメージとはかけ離れたマッチョだということだ。
「ほう、このユージとやらがフェンリルを倒したと」
村長は落ち着き払った言い方でそう言った。
「はい、しかもすれ違いざまに、一瞬で!」
ケビンは少々興奮気味に話しているので、多少話がオーバーになっている気がする。
「ほう、それはそれは……お礼を言わなければなりませんな。さて、ユージ殿、この後宿のあてなどはありますかな?」
「いえ、それが恥ずかしながら……」
「ふむ、ならば礼と言ってはなんですが、この村に滞在している間。この私が責任をもって宿の提供をいたしましょう。このケビンに案内させるので今日のところはゆっくりと休んでくだされ」
「……まってください村長。フェンリルは単独では村を襲わないと先ほど聞きました。となればまた敵襲に備えなくてはならないのでは?」
「その通り、しかしそなたには関係のないことです」
「そういうわけには行きません。宿も提供してもらうわけですし、微力ながら協力させてください」
「フェンリルは大変強力な魔物です。先ほどは運良く助かったとはいえ、部外者であるそなたを危険な目に合わせることはできません」
「……それは心外です。俺の実力を疑うということですか?」
「そのようなセリフは、せめて私を倒してから言ってもらいたいものですな」
この言葉と同時に村長が襲い掛かってきた。マズイ! 完全に虚を突かれた。しかしこちらの世界に来てからの経験上、このタイミングならギリギリ避け……られない!? 目ではなんとか追うことができている。しかし体の動きが完全に間に合っていない。俺が今できることは、せいぜい来るべき衝撃に備えて歯を食いしばることだけだった。
次の瞬間、体が宙を浮いた。飛ばされる体に逆らうような風圧の壁、体が乱回転している様な感覚すら受ける。僅かばかりの重力と回転する景色を頼りに、地面に当たる瞬間を予期、咄嗟に受け身を取る。
「ほう、なかなかやりますな。今の一撃で一晩寝てもらう予定だったのだが」
……頬が痛む。口の中も切れているのか、血の味がした。しかしノックダウンするほどではない。大きく後ろに飛ばされたのが功を奏したのか。しかしながら今の受け身、自分が咄嗟にしたこととはいえ明らかに人間離れしていたように思う。こちらの世界に来てから、どうも俺の身体能力はこの世界の水準に対して規格外な気がする。重力加速度の差やら筋肉の質の差やらがあるのだろうか。いや、今はそんなことを悠長に考えている場合ではない。
俺は血を吐き捨てながらゆっくりと立ち上がった。幸いなことに、先ほどの攻撃も目では追うことができた。だとすれば何かしらの対応はできるずだ。
そんなことを考えていると、村長が勢いよく地面を蹴り間合いを詰めてきた。