第一話 ――轢かれる! 転移! 創造!――
「私は……神様かな?」
そう言い張る彼女。その発言は信用に値するか否か。結論から言うと俺はひとまず信用することにした。この奇妙な白い世界――それもかなり広そうだ――、血だらけなのにピンピンしている俺、そして何より彼女の造形美。これだけで俺を納得させるには十分だった。
「そう、じゃあ……君のことは何と呼べばいいかな?」
神、と呼び捨てにするには恐れ多いだろうし、主と呼ぶほど信仰心が厚いわけではない。むしろ俺が彼女のことを主と呼んでしまうとそれは愚弄に値してしまうだろう。
「アテナでいいよ」
昔そう呼ばれてたこともあったから、と彼女は付け加える。あまり人間界にちょっかい出さない方が良いと思うぞ。
「じゃあアテナ、ここはどこだ?」
当然の疑問。ここでぶつけずしてどこでやるか。
「ここは……世界の狭間だよ。理想と現実とか、下界と天界とか」
そう言ってアテナはウィンクした。もうなんというかあざといよね。しかしそれを許してしまうのが彼女の魅力という所なのだろうか。
「実はあなたに謝らないといけないことがあって……」
アテナの表情がシュンと落ち込む。よくまあこんなに表情が変えられると感心する。代わり映えがないこの白い世界、存在しない季節を無理矢理表現するとしたら、それは彼女の表情を用いるほかないと思った。
「あなたがここにいるのはほんとは手違いなの」
状況が読み込めないうちに手違いだと言われてもはいそうですかとしか返事ができない。アテナはその後も言葉を続ける。要約すると、ここは死後の人間が一時的に立ち寄る空間であり、本来俺は先の事故で死ぬ予定では無かった。それが手違いによりここに来てしまい大変なことになっている。もうすでに元の俺の体には戻ることができないのでこれは不可逆変化らしい。
「そこであなたには異世界にチートスキルを持って転移してもらおうと思います」
演繹的な発想ではないような気がした。どちらかというとすでに答えはそこにあり、それに合わせて演繹が進んでいるように見せかけていたと考える方が自然な気がした。詐欺の手口にも近いだろう。チートスキル? と聞こうと思った時、アテナはじゃじゃーんと自分で効果音を付けながら、一枚の紙を取り出した。
紙に書かれているのはいくつもの線。それが縦であったり横であったりと複雑に絡み合っている。縦の線を辿っていき下の方を見ると、紙はそこで折り曲げられていた。
「あみだくじでーす」
間抜けな言い方に気の抜けるような単語「あみだくじ」、これでチートスキルを選ぶということだろうか。どれか一つ選んでと言わんばかりのアテナの目。先ほどの申し訳なさそうな顔とは違い、また最初にあったときのように楽し気な表情をしていた。この白い世界の季節が一周したんだろう。
たぶんこの先彼女と過ごしたとして、この顔をされたら明確な拒否はできないな。出会って一時間もたっていないであろう女の子(神様)に対してそんな感想を抱いた。
さて、言われた通りにあみだを一つ選び、線を辿っていき、当たったスキルは……。
「創造?」
その言葉と同時に視界が歪む。立ちくらみ? いや違う、おそらく世界自体が動いている。ここに来て初めて見せた世界本来の表情。きっと俺はこの世界に気に入られなかったのだろう。重力加速度のベクトルが変わるごとに吐き気を催す。目を閉じようか、いっそ見開いた方が楽なのか迷った挙句、薄目をキープした俺の視界には、消えゆく世界と満面の笑みで俺に手を振っているアテナの姿が映った。
――茶色一色の視界、おでこと鼻に圧迫感……うつぶせ? 徐々に戻りつつある思考にエンジンをかけ始めた時、直ぐ近くから声が聞こえた。
「どうします、先輩。やっちゃいますか?」
へへへと笑いながらそう言っている声を聴いていると、ああ、これはきっとピンチなんだな、時空ボケした頭でも直感することができた。