第十一話――違和感――
結果は快勝だった。怪我人は非戦闘員を含めても数人。村の中に入り込んだフェンリルは全て殲滅した。しかし不審に思う点はいくつかあった。
まず第一にフェンリルはどうやって壁を破ったのだろうか。いくら老朽化していたとしてもそう簡単に突破できるものではないと見受けることが出来たし、なにより相手は魔物とはいえただの(少しばかり大きい)狼だ。それに普段は南側からしか現れないフェンリルが東側の壁を破ったというのも不自然なことだ。
第二に壁を破った後のフェンリルの動き。そもそもフェンリルが食料等を求めて壁を破ったのだとしたら、もっと村の内部まで侵入してきていただろう。それに、穴をあけた壁の付近で待機し後続を待つような組織だった行動も気になる。念のためケビンにも確認したが、フェンリルは群れで行動することが多いが、高度な作戦を考えたりすることはまずないらしい。
「まあ、いいか」
一人部屋の中でつぶやいた。
いくら考えていても破られたという事実は変わらないし、何より今日この世界に来た俺がいくら思考を巡らしても無駄だろう。壁の老朽化は時間さえかければ俺のスキルでどうにでもなる。今夜の壁の警備はいつもより多くの人員を割いているし、夜中に慌てて行動しても仕方がない。
「しかしこんな贅沢をしてしまって良いのだろうか」
村長の計らいで宿を貸してもらったが、まさかこんなにも広いとはとは思っていなかった。ケビンはあくまでも離れだと言っていたが……、もしこの物件を東京で借りるとなると家賃の関係でぞっとする。食事も運んできてもらえるし、異世界生活ってこんなに快適でいいのか?
とかなんとか考えていると玄関の方から扉を叩く音が聞こえる。
「入って良い?」
女の声だった。アイナか? 判別はつかなかったがどうぞーと返事をする。
扉が開かれる音、すてすてと入ってきたのは金髪の少女で……、
「来ちゃった」
じゃないと思うよアテナさん。なんというか、あなたの端麗な容姿とかすごい好きだけどムードとかいろいろあると思うの。第一この村の人たちほとんど黒髪だし、純日本人たる俺もそうなわけでその中で西洋人バリの金髪を披露するのは世界観とか生息地とかそういうものを完全に無視していると思うわけよ。一度出てきてしまうと純水の中に一滴墨を垂らしてしまったように滲んで世界をむしばんでしまうと思うよ。
「墨というより黄色い絵の具じゃない? 髪の毛の色的に」
とかそういう問題じゃなくて……、生放送で録画配信している中にママンが突然入り込むような興ざめ感があると思わない? 神が突然舞い降りるって。ママンと神の違いなんて支配しているものが家か世界かの違いしかないよ。過干渉はアダルトチルドレンを生むよ。
「だって見ているだけってつまらないじゃん」
「……七十億の悲劇を見逃しといて今更何を言っているんだか」
とかなんとか言っている間に彼女は蛇のように音もなく近づき、いつの間にやら隣に居座ってこう言った。
「どう? 新しい生活は楽しい?」
……まあ正直言って大分楽しいよ。やりたいことも何でもできる。みんなが俺を必要としてくれている。将来のことを考えて気分が高揚するなんて、何年振りか分からない。
思っていることを正直に話したら彼女はクスクスと笑った。
「きっとそれは心を開いたからだよ」
そんな彼女の言葉を俺はふうんと受け流した。
会話はそこで途切れた。アテナは俺に話の進展を期待しているのだろうか。だとすると、残念ながら当てが外れていると思うね。こんな時、何を話せばわかるんだったら苦労はしない。
俺は何も話せなかったし、アテナは何も話さなかった。静寂で耳がうるさくなり始めた時、またも扉を叩くを音が飛び込んできた。
「入るよー」
女の声。ああ、これは間違えない。アイナだ。ちょっと待てと止める前に扉が完全に開かれアイナが入ってきてしまう。
「え、あ……お邪魔しました」
あらぬ勘違いをして帰ろうとするアイナを必死に呼び止める。
……普通、神って一般人には視認できないとかないの?




