第九話――危機――
俺がアイナの姿を目視したちょうどその時、一匹のフェンリルがアイナの背後から飛びかかろうとしていた。
「あぶない!」
俺はただ無心に叫んだ。俺の声を聴きアイナが振り返り、今にも喉元を食いちぎろうとしているフェンリルを確認する。しかし完全に不意を突かれているため、とてもフェンリルの攻撃をかわせる状況にない。このまま俺が走って近づいていって間に合うのだろうか。いや、無理だ! 間に合わない!
だとすれば一か八か。そう思い短剣をフェンリルに向けて投げつけた。
短剣はフェンリルの背中に、吸い込まれるような軌道で刺さった。急所を突かれたフェンリルは、その場から逃げ去ることも叶わず、ただその場で倒れこんだ。
「アイナ! 大丈夫か!」
「ユ、ユージ……」
そう言うとアイナはその場にへたり込んだ。
「まったく……まともな防備も装備せず、弓だけでフェンリルと対峙するなんて無謀だろ」
「だって……村が」
アイナは泣きそうな顔でそう言った。
「大丈夫。俺に任せておけ」
自身はあまりないが、こう言っておいた方がアイナも安心するだろう。アイナはそれに対して何も答えず、ただボーっとした感じに俺を見つめていた。頬が赤いのはきっと松明の色だろう。
とりあえずこのままここにいても危ないだけなので、アイナに手を差し出す。アイナもそれに従って立ち上がった。その後は終始うつむいたままだった。
「ケ、ケビンは?」
弓をもじもじといじりながら、アイナが言った。
「ああ、俺は防具を装備していなかった分速く走れたから先に来たんだ。きっとすぐに来るよ」
言葉通り、それから数分もいないうちにケビン達は来た。
「今別の部隊に村人を避難させるように指示を出した。あいつらを信じて俺らは壁を塞ぎに行こう。……まったく、破られたのが東側でまだよかった。西側には家がたくさんあるが、この辺はほとんど畑くらいしかないからな」
そうケビンは言った。
「問題は、どうやって壁を塞ぐかよね」
アイナがそう言う。そう、この壁は所謂ロストテクノロジーであり、また作る技術自体はあっても、敵が入り込んでいる中で作り直すのは至難の業だろう。
「しかし、このままだとすぐにフェンリル以外の動物や魔物も入り込んでくるぞ」
「大丈夫。俺に手がある」
俺は静かにそう言った。そう、俺にはスキル”創造”がある。これを使えば対して時間をかけることも無く、壁の穴を修復することが出来るだろう。
「……そうか、分かった。そこはユージに任せよう。俺たちはお前を全力で守る」
ケビンがそう言うと、他の人たちもうなずいた。
移動中、何体かのフェンリルを倒したが、壁を破られたにしてはその数は少なかった。
「もしかしたら、壁の穴をあけた所にとどまって、準備を整えてから攻めてくるつもりなのかもしれないな」
とケビンは言った。
「だとしたら、早くいかないと敵がどんどん増えるって訳だね」
そうアイナが言った。
その通りだ。敵はどんなつもりなのかは分からないし、何かしらの罠もあるかもしれない。しかし俺らにできることはさっさと現場に行って壁を塞ぐことだけだ。
そのことを全員が理解しているみたいに、移動する速度は自然と上がっていった。




