ままならないもの
自分の部屋に帰ってからも、混乱した頭は、整理がつかず、やり場のない苛立ちが募るばかりだった。
その原因は、キュアノエイデスから来たというロキという青年。
そして、彼の魔力の存在だ。
今も自分の体内に居座り、意思を持っているかのように自由に動き回っている。
勝手に体の中で動きまわるそれを自分は追い出すことも、制することもできない。
ただ、されるままな状態にイラつき、ロキという青年の顔が脳裏にちらついて離れない。
大人しく、王宮の中で朝を迎えればよかった。そう、自分らしくも無い後悔して、余計に落ち込む。
夢に魘された朝は、気持ちを整理するために騎獣のシルディだけを連れて、王宮の近くの丘に出かけるのが習慣になっていた。ただ、一人で空を見たくて。今日もそうだった。
近頃は、国王である父の戴冠20周年を祝う式典の準備で忙しくて、自室に帰るのも月が大分高く上っている頃、湯浴みして、ベットに入ると、気がつけば、朝を迎えている。
そんな忙しい日々をこの頃過ごして、しばらく見なかった前世の記憶の夢は、強烈でいつも以上に心がひどく乱された。
魔力を扱う上で冷静さと集中力を欠けては、失敗するのが、目に見えて、無理をすれば、自分自身が消えかねない。
欲しいのは、力だ。焦って、死んでは、元もこうも無い。
シルディの食事を大量に籠に詰め込んで、気に入っていた丘に向かえば、誰も居ないはずのそこに、二つの生物の存在を感じた。
魔力を使って、自分とシルディを包み込んで、存在を隠して、ゆっくりそこへ向かえば。最初に騎獣の姿が見えた。
お腹を上にして寝ているその姿は、間抜けて可愛い。
随分リラックスしているようだ。
自分とシルディの存在を包む隠しているお陰でかなり近づいてもまだ気付かれてない。
さらに近づくと、人の足が見え、騎獣の腹を枕にしている人の頭が見えて、思わず、立ち止まってしまった。
自分の鼓動が聞こえてしまうんじゃないか、というぐらい大きく跳ねあがって、自分の鼓動が聞こえそうだ。
騎獣の腹の向こうに見えたそれは、夢の中でしか会えない強く望んでいた黒い色の髪。
この世界には、存在しない色だと思っていた。見えた人の髪の色は、夢の中でしか会えない、彼の色とひどく似ていたからだ。
胸が締め付けられ、また泣いてしまいそうだ。
魔力が乱れ、自分達を包んでいたベールが揺れた。寝ていた騎獣の反応は、早かった。ビクリと動いた瞬間、素早い動きで飛び起きた。
シルディがすかさず自分の前に出て、強く威嚇し始める。
一緒に寝ていた人は、飛び起きた騎獣に反応できずに、地面に頭をぶつけた様に見えた。
彼じゃないと分かっても心が震える。その顔が見たい。精一杯、気持ちを抑えて声が震えないように、言葉を搾り出した。
「あら、今日は先客が居るのね」・・・
彼の名は、ロキと言うらしい。
自分とそう年齢は、変わらないように見えた。着ている服も装備も旅慣れしているようで、キュアノエイデスから来た。と言った。
黒に見えた髪は、よく見ると微かに深い青が混じっている。月の光が微かに夜空を照らしているような色だ。瞳は、琥珀色。髪の色が黒でないことを残念に思いながらも、違ったことに安堵した。
あの黒は、夢の中の彼だけに属するものでいい。
春になったとはいえ、この丘で、夜を越すには、寒いだろう。騎獣を預けられる宿がどこも満室だったから、この丘で野宿をしたらしい。
騎獣の名前は、ルーファス。威嚇するシルディを興味津々に見つめて、嫌悪する様子も優位に立とうともしない。シルディを刺激しすぎない適度な距離を保っている。
飛び起きたときの反応は、いい物だった。ただの世間知らずなお馬鹿なのか、いまいち分からないが気に入った。
鼻先で牙を剥き出しにしているシルディに怖気づかず、一緒にご飯を食べるとこも。
初めて口にするだろう、生の鶏獣じゃないご飯も気に入ったようだ。
怒りを露わにしながらも、命令に従っているシルディが可笑しくてたまらない。
昨晩、ご飯を食べなかったと聞いたが、空腹に負けたのだろう。
普段、騎獣舎に居るシルディは、他と群れない。近づいてくる騎獣を常に威嚇して、寄せつかない様にしているらしい。
騎獣同士、コミュニケーションを取ることは大切だ。そう思って、叱れば、その場だけ、言う事は聞いてまた、すぐに牙を剥く。
ルーファスと一緒に食べてという命令にシルディはどこまでも不服そうだ。空腹とプライドがせめぎあって、あの表情でご飯を食べている。
だめだ。可笑しくて、笑ってしまう。
そんなシルディと鼻先をつき合わせてご飯を食べるルーファスに好感はあがる一方だ。お馬鹿そうに見えるが広い心を持ったルーファスが、シルディの心を溶かしてくれたらいいと思った。
朝から淀んでいた気持ちが晴れていく。
この時の流れを出会ったばかりの人と共有している自分とそれを、受け入れている自分に気付いて驚きを感じる。
心が落ち着く。静かなこの時間が心地いい。
「力が欲しいのか、それともただ死に急いでいるのか」
突然のロキの言葉が解らなかった。
人間が二人しか居ないのだから私に向けて言ったのだろう。
「自分の魔力を体内で暴れさせて器を大きくしているのだろ、そんな嵐のようにすれば、暴走して死ぬのが落ちだ。」
続けられた言葉にようやく、ロキの言いたいことが分かった。
彼は、私の体内の魔力を感じ取ったのだ。どうしてそうするのかも、意図も言い当てたのだ。
人の体内に流れる魔力を感じ取るのは容易じゃない。敏感な人でさえ、その人の魔力に触れて、やっと微かに感じ取るぐらいだ。
ロキは、私の魔力に触れていない。だが、それを感じ取れている。
勝手に自分の体内を覗き見られているような感覚に不快感がない。心の中で眠っていた何かが飛び跳ねたような気がした。
強く叱るように、だがロキの目は、自分を心配するような眼差しが見て取れて、気付いた時には、自分の抱える気持ちをポツリと呟いてしまっていた。
自分の命を狙う者がいることを知り、自分を守るために命を落とす人を見たとき、ただ保身のために魔力を制御するのではなく、他を守れるようにと、器以上の魔力量を持つためにこの方法を見つけた。体内で暴れる魔力で、器の壁を引き伸ばし押し広げて、蓄えられる魔力量を増やしてきた。
器が壊れれば、自分も死ぬ。多大なリスクを背負うこの行いには、それだけの価値があるのだ。
近頃は、それが上手くいかず、器に限界が見え始める。成人してしまえば、器の柔軟性は、失われる。今しかないのだ。出来る限り、もう少し、器を大きくしなければ。
自分のどうすることもできない焦りの気持ちを彼に告げて何になる。
彼に会ってから自分は、変だ。彼に何かを求めているような・・
「俺が手伝おう。」
一瞬だった、何も反応できずに引き寄せられ、輪郭もはっきりわからないほどロキの顔が近づいた。
「え?・・な・・んん!!」
押し返そうと思った手は、拘束され、痛いほどに掴まれる。もう片方の手で腰を抱き寄せられて動きを封じられる。抗議の声も、言葉を成さなかった。これを期とばかりに口の中にロキの舌が進入して来て、それを追い出そうとして反対に自分の舌が口の外に掬い出されてしまう。
舌に電気が走ったような痛みがした。
噛まれたのだ。腰を掴む腕の力がさらに強くなって、身動きできない。
ロキの体温を直に感じ、そして自分がされている事が信じられなかった。
さらに強く舌を噛まれ、痛みと共にじんわりと暖かいモノが自分の中に流れ込んくる。
ロキの魔力だ。
私の器の中に自身の魔力を送り込んで来ている。じんわりと入り込んで器を満ちていくその魔力は、肌に感じるロキの体温以上に熱い。次々進入してくる魔力は、器に隙間がなくなっても、それでもさらに力が入り込もうと器の外をも包もうとしてくる。
どこまでも静かで世界に二人しかいないかのようだ・・
“グァウ!!”とシルディの吠える声に意識が現実に引き戻さる。
ロキに掴まれていた腕も腰の拘束も力が込められていない。されるがままになっていた自分が信じられない。
ロキを押しのけると抵抗もなくすぐに離れた。琥珀の瞳から逃れたくて、思わず力いっぱいビンタして視線から逃れた。
シルディを呼んで逃げるように飛び乗って駆け出す。
大分走った頃、振り向いた丘には、二つの影がじっとこちらを見ているように見えた。
>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>to be continued.