ロベルトの憂鬱、王女の異変
リズム良くドアがノックされ、室内に入ってきたのは、現在、国王陛下の執務を補佐している、右大臣の息子のロベルト・ハンドウェルである。
室内には、国王陛下と王妃殿下、第二王女のマリー様が居らしていた。
「陛下、王妃様、マリー様。おはようございます。」
ロベルトは、挨拶を延べ、国王のジャック・ヴェルメルオへ向き直った。
「ロベルトか、何だ。」
「陛下を迎えにですよ。もう良い時間では、ありませんか?そろそろ、執務室へいらして頂きたいのですが、」
陛下の少し不機嫌そうな声に、ロベルトは、少しうんざりとしながら答えた。
その不機嫌の原因は、家族の時間を邪魔したとか、そのようなものだ。だが、その家族の時間にこうして終わりを催促しなければ、いつまで経っても終わらないのだ。
陛下と王妃様の仲が良いのは、大変喜ばしい。だが、それによって、下の者は、苦労もするのだ。
特にこの夫妻間の独自の決め事によって。
「昨日は、あんなに早くいらしてくださいとお願いしたのに、いつもに増してゆっくりされるとは、朝食お済でしたら、もう執務室へお出で下さい。書類が、もう執務室に入りきれなくなりそうなので。」
陛下も王妃様も、席には付いているものの朝食は、もうとっく済んでいるようだった。
カップに少し残ったコーヒーに湯気は、立っていない。
「もう、そんな時間か、気がつかなかった。」
「本当ね。私も気が付かなかったわ。」
陛下と王妃様が、そういえば、と時計を見た。
暢気すぎる。別にいつもこのように気が立っている訳ではない。気を立たざるを得ない時期なのだ。後日には、国の一大イベントでもある国王も戴冠20周年を祝う祭事、会食などと様々な予定が身動きが自由に出来ないほど詰まりに詰まっているのだ。各国からの国賓が多くこの国へ来るし、今も書状などが処理しても処理しても次々に執務室に届けられ、机から雪崩落ちているかもしれない。
それらを出来る限り片付けなければならないというのに、未だに席でゆったりしている陛下をロベルトは恨めしく思った。
自分だって、コーヒーの香りを楽しみながら、ゆっくりと朝の時間を過ごしたいのに・・
心の中で不満をぶちまけていると、ロベルトの服の裾が引っ張られた。
「ロベルト、お姉さまはどこ?」
マリー様である。
朝食の席に姉が居なかったことが不満だったようで、頬を膨らませている。
マリー様は王妃様に似ていて大きな瞳に、キャラメル色のふんわりした髪でとても可愛らしい王女様だ。
ロベルトは、腰を落として、王女の目線の高さに屈んだ。
「フアナ様は、先ほど戻って来られたみたいですよ。こちらにまだ来ていないということは、まだシルディの所か、お部屋で着替えているのはないでしょうか?」
姉の在り処を知った途端、マリー様は、目をキラキラさせ、「お姉さま探してくる!」と言って、跳ねるように駆け出した。
部屋を出る手前で、あっと思い出したように振り返り、陛下と王妃様にしっかり挨拶してから部屋を出た。そのマリー様の後を二人の侍女が慌てて追っていく。
「そういえば、フアナは、どうしたのかしら?朝食をそんなに抜いたりしないのだけど」
「城外へ出られて、ゆっくりされたようです。陛下と王妃様からもフアナ様を注意していただけませんか?護衛を付けずに出かけて、何かあってからでは遅いのです。近衛騎士からの苦言も多く着ている状態で、フアナ様の無茶振りに困らされると」
「私は、フアナのことはジャックの判断に任せてるわ。」
「近衛兵もお前もフアナに言い負けたのか?なら、聞けんな。すべき事を疎かにしたわけじゃないなら、自由時間に口出しはしない。」
この教育方針も又、この夫婦の間で、決めていることである。
お陰で王女たちは、自由に育っている。特に性格の方面が・・
一番問題なのは、フアナ様の“自由時間”の使い方が自由すぎることだ。
魔力の操作も、魔力量も日を追うごとに上達して、王女独自の魔法のアレンジには、皆が目を見張る。
「私に出かけて欲しくないなら、私を捕まえて」
そう王女は、言うが数年前なら兎も角、今は、王女の魔法の精度もかなり高くなって、魔法を訓練した騎士でも初見でそれに対応できる者がほとんどいない。
フアナ王女に関しては、王妃様が身ごもる前より数々の暗殺、密偵、諜報者が送られて、隙あらばと命を狙われて来ている。近衛騎士は、毎日一瞬たりとも気が抜けない状態だったのだ。
今では、王女の自由奔放さに不届き者が振り回され、近衛騎士は近衛騎士で不届き者が現した尻尾を捕まえることが出来ている。
数々の危機を括りぬけ、王女はやっと17になった。
フアナ王女が一人の時間を好んでいるのは知っている。だが、護衛を連れずに出かけたり、近衛騎士を傍に居させないことに、ロベルトは、ずっと異を唱えていた。
陛下は、王女の行動に口出ししない方針だ。こちらで勝手に対策しろということなのだ。
本当にいつもこの父娘に悩まされっぱなしだ。
「分かりました。では陛下のすべきことは、全く終わっておりませんので、自由時間を終わりにして、もう執務室へおいで下さい。」
ロベルトは、不満の思いを声に込めて、言った。陛下にじろりとにらまれるが、怖くない。
「・・・」
「ふふ、ねえ、ジャック。お仕事頑張って来て。お昼は、執務室のベランダでいただきましょう?それまでにちゃんと自由時間を作って頂戴ね。」
「わかった。」
王妃様に言われ、陛下は、先ほどの態度とは打って変わって、素直にすっと立ち上がった。
「行って来る。イザベル」
そしていつものように、王妃様の頬にキスを忘れない。
部屋を出る陛下の後ろ姿にやる気が見て取れた。全く、王妃様に言われずとも毎日このように自主的だったなら自分の苦労は大幅に減るのに
ロベルトは、王妃様に振り返って、声に出さずにお礼の言葉述べたあと、お辞儀をして、陛下の後を追った。
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「あの、陛下。」
執務室へ向かう途中の長廊下で、ロベルトは、少し迷いつつも、陛下に声をかけた。
「フアナ様のことなんですが・・戻られたフアナ様を見かけた兵士が、フアナ様の様子が少しおかしかったと話しているのを聞いたのです・・」
「なんだ。」
はっきりしない言い方をしたロベルトに陛下は、立ち止まってロベルトを振り向いた。
「私も何がなんだか良くわからないのですが、フアナ様を見た兵士からフアナ様が壁にぶつかりそうっていたとか、何もなところで転んでいたとか、それにシルディが大変荒れていて、周りに当り散らしてる見たいで。無事に帰ってきてはいるようですが、外で何があったのではと・・」
そこまで話していると、長廊下の向かい側からこちらへ来る人の気配に陛下とロベルトは、そちらを向いた。
話題の人、フアナ王女だ。
王女は、考え事をしているのか前を見ていない、10歩進んだかと思ったら、すぐに後ろ振り返って2、3歩いて、また、振り向いたりと忙しない。
そしてゆっくりとぼとぼとこちらへ向かって歩いた。ロベルトはその姿を見て、自然とそれに重なる姿が思い浮かんだ。
「まるで熊か猪だな。」
ロベルトは、口には出さなかったが、陛下は、ズバリと感想を言った。
ふと、王女の視線が上がって、こちらを向いた。やっとこちらに気付いたようだ。
だが、陛下がいるのを確認した王女は、すぐさま振り返って立ち去ろうとしたのだ
「止まれ」
陛下が、すぐさま強く命じて、フアナ王女は、その場で立ち止まった。
動かない王女に嫌な予感がしてならない。ロベルトは陛下と一緒に王女の方へ向った。
「こちらを向け、フアナ。」
王女は、はい。と返事はしたが、こちらを向かない。本当におかしい。
そして一度、大きく息を吸い込んでから王女は、振り向いて、陛下へ挨拶をした。
「おはようござます。お父さま。」
「おはようフアナ。」
王女が、こんなにもばつ悪そうにしていたことが今までにあっただろうか、倉庫を一つ崩壊させた時も、左大臣を池に突き落としたときでさえ、堂々としていた。
いつもの城外へ出かけて行く時に着ている質素なワンピースに汚れは無い。一先ず王女に怪我がないことを喜んでよいのかは微妙だ。
「フアナ様?どうなされたのですか?どこか具合でも悪いのですか?」
「どこも悪くないわよ。」
フアナのロベルトに対する態度は、いつもどおりだ。
「なら、どうして陛下を見て、逃げるように・・もしかして王宮の外に出られたときに何かあったのですか!?あれほど、護衛も付けずに城外へ出かけるのは、やめてくださいといつも言っているのに今がどんな時か分かっていらっしゃるのですか!!!」
「うるさいわね、ロベルト。別に何もなかったわよ!私は朝の散歩を、一人でしたいの。貴方に私の行動を指図する権利は無いわ。」
ロベルトに怒られる王女の姿は珍しくないが、いつも適当と笑ってやり過ごしている王女が今日は、意地になって口答えしている。
陛下は、黙ったまま、フアナ王女を見ているだけだったが、ふっと一歩進み出て、屈んで王女の顔を覗きこんだ。
王女が、ビクッと体を固まらせて、後ずさりする。
「・・・なるほど」
そして陛下は、何かを見抜いたのか、にやりと笑って、うなずいた。
「いっいや!見ないでください!!!」
王女がさらに後退して陛下の視線を妨げたいというように自身の手で体を隠そうとするように慌しく右往左往させて手を振っている。
そして、「失礼します!」と逃げるように近衛兵を押しのけて、走り去っていった。
その光景を見た兵士、もちろんロベルトも頭に?が飛び、状況を飲み込めない。フアナ王女があのように取り乱した姿は見たことが無いからだ。
逃げた王女を陛下は呼び止めなかったが、くすくすと笑っている。
逃げる王女と笑っている国王陛下。
「え、陛下?フアナ様は、どうされたのですか?」
「フフフ、あーいやいや、面白いものを見た。フフ・・お前たちもいいものを見れたなあ、ハハハ」
普段、あまり笑うことのない陛下が声を出して、笑っている。
立て続けに目の前で起きた光景に不吉さを感じ、背中に汗を掻いたのは、ロベルト一人では、ないだろう。
いよいよヴェルメリオ王国の現国王、ジャック・D・ヴェルメルオ陛下の戴冠20周年の一大イベントが始まる。本当にどうか、何事もなく終えてくれ、とそこにいた誰もが神に願ったのだった。
>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>to be continued.