無情な告白
もし、空の上に恋愛の神様がいるのなら、そいつはなんて仕事をしない奴なんだろう。今から、ロケットで神様の世界に乗り込み、神を蹴落として、私が成り代わってやりたいぐらいだ。
そしたら、私はこういう世界に作り変えるんだ。誰もが両想いで幸せになる世界を、誰かが片思いで不幸になることが無い世界を。
ある日、クラスメイトの一人がチョコを学校に持ち出していた。彼氏にあげるために持って来たらしい。でも、今は夏だ。バレンタインデーじゃない。だから、風紀委員である私は彼女からチョコを取り上げた。
昼休み、チョコの入った袋の中身を開いてみた。猛暑の中、原型をとどめていたチョコレートは一組の男女が手を繋いでいるデザインで、表面にはホワイトチョコで「Love Forever」と描かれている。
「神様滅ぶべし」
嫉妬の心が燃え滾った。同時に彼女が羨ましいと思った。チョコを気兼ねなくあげられる相手がいるんだから。
高校入ってすぐの頃だった。私は銀色で四角いフレームのメガネをかけていた。友達からの評判は悪かった。「眼鏡は勝負下着を選ぶぐらい真剣に選ぶんだよ!」とも言われた。意味が分からなかった。
でも、私はメガネを変えようとは思わなかった。既に亡くなった祖父が選んでくれたものだったからだ。本当に私のことを可愛がってくれたおじいちゃん。悲しい時、寂しい時、いつも私はおじいちゃんの所に行った。私の心の拠り所だったのだ。今おじいちゃんはこのメガネに宿っている。そんな気さえした。
「俺はそのメガネ好きだな。似合ってるぜ」
そんな私の体の一部とも言ってよいメガネを彼は褒めてくれた。それから彼のことを目で追うようになっていた。気づいたら話すようになっていた。いつの間にか彼のことを好きになっていた。
3日前、学校は休みで街まで出掛けた私は彼を見かけた。思わず声をかけようと手を上げるが、途中で思いとどまる。彼の隣にはふんわりした茶髪の、背が低めな可愛らしい女の子がいた。彼には彼女がいたのだ。いつの間にか、私は失恋していた。
私は学校でも部活でも家の中にいても、何事も手に着かずぼんやりする日々を過ごしていた。彼とは目を合わさず、極力話さないようにしていた。もし、彼と目を合わせてしまったら、私の中にある下劣な感情が爆発しそうな気がしたから。
ガン!!
私の顔にドッジボールが飛んできた。授業中、ぼんやりしていた私に思わぬ一撃が来て、その場で倒れてしまう。衝撃でメガネが外れ、空を舞い――落下した。ピントの合わない世界で私は私の片割れを探す。見つけてすぐにフレームが曲がっていることに気付いた。私は体の一部を、祖父の魂を、彼との絆を失った気がした。壊れたメガネが古い自分を捨てろと訴えかけているように感じた。私は振られるため、新たな一歩を踏み出すため、彼に告白することを決意した。
彼に告白するため、放課後、話したいことがあるから教室で待ってもらうようにお願いした。人がいなくなるまでの間に、朝取り上げたチョコを彼女に返しに行く。返す直前、当てつけで彼女の目の前でチョコの2人が手をつないでいる部分をもぎ取った。さらに、彼女の悲鳴をバックに人差し指と親指にまとわりついたチョコを舐めてしまう。苦くて刺激的なビターチョコはまるで大人の恋愛のような味だった。一体、私は何をしているんだろう。
用事を済ませた私は教室に向かって、ぼおっとしながら廊下を歩く。メガネが無い世界はぼやっとした世界だった。まるで、これから歩む世界を私に示しているようだ。教室の前に到着し扉を開けると、暗幕がかかっており、部屋はやや暗かった。何故、暗幕がかかっているのかわからなかったが、彼に泣き顔を見せたくなかったので、ちょうどいいと思った。
その暗がりの中で、彼が立っているのを見つけた。私は扉を閉めて、数歩歩き、5歩くらいの距離で「好きだったわ。でも彼女がいるのは知ってる。3日前に見たの。今までありがとう」と決別の告白をした。彼は動揺していた。彼女がいることをバレたくなかったのだろうか。別に隠さなくても良かったのに。
「あれ、妹だけど」
暗幕の隙間から差し込む夕日がぼやっとした世界を照らす一筋の光明のようだった。「僕も好きです」と言って、彼は一歩ずつ近づいてくる。暗がりで彼の顔はよくわからなかったが、私に微笑みかけている彼の顔を幻視してしまった。自分でも顔が熱くなるのがわかった。彼は私の肩に手を置き、顔を近づけてくる。そして唇が触れそうになった時
「待って!」
彼の突然の行為に驚いた私は思わず突き飛ばしてしまい、逃げるように教室を出て行った。
次の日、メガネを新調した私は彼の所に行った。「き、昨日は悪かったわね。でも、あ、あういうのはちゃんと手順を踏んで、ムードのある空間でやるべきと思うのよ」と言ったら彼はこう答えた。
「何の話?っていうか、俺、昨日の放課後、ずっと教室で待っていたんだけど?」
どういうことだ?私の中に疑問符が浮かんだ。
昨日のことを思い返す。壊れたメガネ、お酒入りのチョコ、朦朧とした世界、暗幕の教室、僕という一人称。
そういうことだったのか。
思わず「ああ!……ああっ。……ああ」と驚愕と羞恥と脱力の3色が入り混じった嘆息が口から洩れる。
教室を間違えた。別の人に告白してしまったんだ。
蛇足な補足
あるクラスはその日の最後の授業がプロジェクタを利用した出張授業だったのですが、授業が長くなってしまったため、授業終了後、直ぐに先生は日直を除いて生徒は帰らせてしまいました。
暗幕がかかったままの教室に残った日直で木成光成という男子が教室の片づけをしている途中、頬が赤色に染まった涙目の女子が突然教室に入ってきます。暗がりながらも、光成は髪形や漂わす雰囲気から、内心思いを寄せていた隣のクラスの新島智子と判別しました。眼鏡が無くても彼女と判別できるほど彼は彼女に好意を寄せていました。
智子は光成に向かって告白をしました。光成はわけが分かりませんでした。彼女のことは遠くから見ているだけでまともに話をしたことは無かったからです。実際、彼が彼女に好意を寄せていたのはほぼ一目惚れでした。
ただ、3日前実際に妹の買い物に付き合ってた光成は、彼女の告白の誤解を解くと、智子が本当にうれしそうな顔をしていたので思わず「僕も好きです」と逆に告白しました。
暗い教室、ほろ酔い気分で色気さえ漂わす智子、初めて見たメガネの無い新鮮な智子、それらが織り成すことに寄って作り出された異様な教室の雰囲気に圧倒された光成は思わず、智子にキスをしようとするが、拒絶されてしまいます。
しばらく茫然としていた彼だったが、気持ちを取り戻すと、片づけに戻りました。心の中で「今のは夢だったのだろうか」と思いながら。