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第三話:御前裁判

異世界転生した、男子高校生赤城ケンジは、貴族の娘、アリス・マリシアに拾われ、マリシア家の客人となる。しかし、この世界で赤城ケンジが出会ったのは、メカニカル・ウォーリアと呼ばれるロボットであった。


その夜、目覚めたケンジは、一機の武士のようなメカニカル・ウォーリアと出会う。その、メカニカル・ウォーリア、武蔵に触れた瞬間、武蔵が急に起動し、ケンジは、武蔵に乗って、突如現れた巨大な猿の怪物バーバリアンと戦うのであった。


一時、バーバリアンに馬乗りになられ、窮地に追い込まれるケンジであったが、武蔵の鬼人化により、気力と体力を使い果たし、なんとか撃破したのであった。

暗い闇に一筋の光が灯る。


光の先で、一人の、背中から三対の羽を生やした女性がいた。


「これより、査問会を始める」


老人の声とともに、闇の中から絵が出てくる。その絵は、悍ましい邪神が人を恐怖に貶めている絵であった。


「今回の議題は……」


その声を遮るかのように、もう一つの絵が出てくる。その絵は、荘厳な天使を描いていた。


「言わなくてもわかっている。例の少年についてであろう?」

「左様、今回はかの者の身に起きた事変についてである」


それに動じず、老人の声は続ける。


「まさか、あの化け猿が出てくるとは思わなんだ」

「うむ、あの化け猿があちらの世界で出現するとは、意外ではあった」


その時、もう一つの絵が現れる。その絵には、堕天使が描かれている。


「しかし、彼の者は、あのような化け猿ごときに死ぬことはあるまい」

「左様、彼の者は生きながらに死する存在。我らと同じ存在よ」


もう一つの絵が出現する。その絵には、神々しく光る神の絵が描かれていた。


「しかし、計画にはなんの支障も無かろうて。彼の者をこちらの世界から引き離す。それだけが今の段階では?」

「うむ、しかし、あの化け猿があの世界で出現することは、気がかりでもある」

「あの化け猿は、彼の地にて厳重に封印されているはず」

「それが、この世界に紛れ込むとは如何なることか」

「この世界の神たる其方に、原因とは言わずとも意見ぐらいは聞かせてもらいたい」

「何が起きているのだ。熾天使ミカエルよ」


その声に、彼女は顔を覆う2枚の翼をわずかに開き、その美貌を僅かに覗かせる。


「あら、それは周知のことではなくて?」

「な、何⁉︎」


彼女が言った言葉に、一同が騒つく。当然だ、自分たちが知っているのに、知らないふりをしていると言われたようなものなのだから。


「それは、どういう意味か教えてもらおうか。熾天使ミカエルよ」

「あら、皆様方は気づいているのに、わざわざ黙っているのではなくて?」

「ぐぬぬ……」


一同は、唸り声をあげ、彼女は僅かに口元を綻ばせる。


「皆さん、誰一人口にしたくないようですね。よろしい、では私が代弁しましょう。皆さんも気づいているのでしょう?帝国の中に反逆者がいるのです」

「…………。」


一同が一斉に黙る。図星のようであった。


「帝国の中に、我々の計画に反発するものがいる。そして、其奴があの化け猿を私の世界に送り込んだ。違いますか?」


一同が、無言の肯定を返す。それに満足した熾天使ミカエルは、続ける。


「そして、其奴が送り込んだのは一匹だけでは無いでしょう。計画を妨害するには、一匹では不十分です。せめて、二十匹は送り込むのでは無いでしょうか?私なら、三百匹一斉に送り込むところですが」

「な、なんと……!」


その女が微笑みまじりに言うと、一同がざわつきだす。


「二十匹…そんなに!」

「下手したら、それ以上かもしれません」


熾天使ミカエルがそう言うと、一同が驚愕に包まれる。だが、そこには、あまり驚きが含まれてはいなかった。それは、一同が薄々と感づいていたからかもしれない。だが、それを敢えて熾天使ミカエルに言わせたのは、計画の監視者としての立場からだろう。それを知っていたのに、何の対策も出来なかったとあれば、処分を免れ得ないからだ。


「うむ、計画には支障が無いが、異物の混入は世界線を乱しかねない」

「となると、この世界に大災厄が起きることになるのか」

「ならば、早急の対応が必要となろう。レイラ・リリーよ」


熾天使ミカエルの左後ろに、一人の少女が現れる。ミカエルは、顔を覆う一対の翼のうち、左の一枚を僅かに開き、少女を横目に見やる。


「ここに」

「委員会は、この問題にどう対処するつもりか」


その問いに、少女は変わらぬ口調で答える。少女からは、年不相応の余裕と威厳があった。


「我々の計画上の立ち位置は、こちらの世界のみ。そちらの世界に干渉することはできません。ですが、立案した側としては、早急に駆逐することが望ましいかと」

「帝国の反逆者は?」


別の声が問う。


「見つけ次第、処分いたします」

「しかし、我等は計画遂行の監視のみしか権限を持たぬ。一体誰が実行するのだ?」


また他の声が問いかける。だが、レイラ・リリーはまたしても冷静に答える。


「帝国は、我々が対処します。バーバリアンは、ミカエル様の方で隠密に対処願います」

「了承した。では、これにて査問会を終わりとする。今回の一件に対し、熾天使ミカエルのとがは無しとする」


その声と共に、一斉に絵画が闇に消える。そして、熾天使ミカエルも彼女を照らしていた光と共にに消えてしまった。




私も現実世界に戻る。私の目の前には、白衣を着た一人の老人が立っている。


「涼月、偽の報告書と、適当な死体を用意しといて」

「それは良いが、向こうは大丈夫なのか?」

「あっちは何とかなるわよ」

「何が根拠にある?」

「老いたかしら、涼月。あっちには武蔵が居るのよ。私が何かしなくても何とかなるわ」


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

意識が戻り、目をうっすらと開ける。


すると、何やら背中に硬く冷たい感触が伝わってくる。


視線の先には、見知らぬ石で出来た無機質な天井があった。


「知らない天井だ……」


何かのアニメのセリフだが、一度言ってみたかった。


体を起こす。すると、自分が今、石の台の上に藁をかぶせただけの粗末なベッドと呼んでいいのかさえも判らないものの上に寝ていたことに気がついた。


さっきの冷たくて固い感触の正体はこれだろう。しかし、そんなことは別にどうでもいい。


「どうして、こんなところにいるんだ?」


俺は、バッキバキの肩をほぐしながら、最近の記憶を探る。


(確か、昨日の夜、酒の飲みすぎで激しい頭痛と吐き気に襲われて、トイレに駆け込んで、それから、屋敷の中を這いずり廻って、レンガ造りの部屋に入って……)


記憶の更に深いところへと潜る。


(そうだ、俺はあの時、あの鬼に出会ったんだ。)


真っ黒な機体に、緑色のライン。あの特徴的な頭部の二本の角。あの夜、俺は初めて武蔵と出会ったのだ。


「うっ……!」


その時、猛烈な吐き気と頭痛が俺を襲った。酔いつぶれたのとは違う。それよりももっと激しいものだ。


(俺は、あの鬼に乗って、あの怪物と戦ったんだ。)


吐き気と頭痛はさらに増していく。それに耐え切れず、俺は冷たい石の床を転がり回る。


(それで、初めて殺したんだ!)


その瞬間、ありとあらゆる記憶がフラッシュバックした。あの巨大猿を惨殺したこと、そして、それに快楽を覚えていたこと、そして、武蔵自身の記憶。


「うわぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああああああ!」


俺は目を見開いて一心不乱に叫んでいた。その記憶から、人々の阿鼻叫喚、苦痛の記憶が流れ込んでくる。その呻き声の一つ一つに宿った憎悪、怒り、悲しみ、苦痛、絶望が一斉に襲いかかってくる。


それに耐え切れなかった俺は、叫び、床を転げ回っていたが、やがて糸が切れたように止まった。呼吸は荒く、立ち上がれるような精神状態ではなかった。まだ、さっきのショックが残っている。


「おい、小僧」


しかし、それを待ち構えていたかのように、野太く、野蛮な声が聞こえた。その方向を見ると、鉄格子と廊下を挟んだ先に、ボロボロの男がいた。


「さっきからギャーギャー喚くんじゃねえよ!頭が割れちまうだろうが!」

「……あんた誰?」


寝転がったまま、そう聞き返したら、その男は厳しい顔を一瞬驚かせて、目を輝かした。


「ほう、俺にいびられてビビらなかった奴は、お前が初めてだ!」


そう言って、その男は大きく笑い始める。


「……そうですか、全く嬉しくないですけどね。ていうか、ここどこ?」


その男が眼を細める。


「小僧、一体お前何をしでかしたんだ?ここを知らねえだと?」


どうやら、ここは誰もが知っている場所らしい。そう言われても、わからないものはわからないままだ。状況から推測するに牢獄のようだが、この世界に来たばっかでまだ何にも分からない俺には、何のことだかさっぱりである。


「知りませんよ、起きたらここに居たんですから」


俺がそう答えると、その男は大きく笑いながら、言った。


「がっはっは、小僧、お前気に入ったぜ。そして、ようこそ!この最凶最悪のブタ箱、バステア監獄へ!歓迎するぜ?」

「監獄?ということは、ここは重罪人の為の牢屋なのか⁉︎」

「小僧、お前まだわかんねぇのか?バステア監獄と言ったら、死刑でも償えない最悪の罪を犯した犯罪者の行き着く所で有名だぜ?」

「いや、そう言われても、知らんもんは知らん」

「お前、ここのことを知っても動じないのか?」


ここは、バステア監獄と言って、いわば隔離された刑務所であり、最凶最悪の犯罪者が送り込まれる場所であるということは理解できた。が、今はそんなことはどうでもいい。


「なんで俺がここにいるのかっていうことが重要だからな」

「ほう、小僧、お前心当たりはないのか?」


心当たり、そう言えば一つだけある。


「昨日の夜、メカニカル・ウォーリアを動かした」

「小僧がメカニカル・ウォーリアを動かせるっていうのは意外だが、それだけじゃここにはぶち込まれねぇな」

「そうか……」


となると、益々何故俺がこんな場所にいるのかがわからなくなってきた。


「んまっ、ここじゃ全員娑婆になんて出られねぇ。早めに諦めて狂っちまった方が身のためだゼェ」


そう言って、あっひゃっひゃっひゃと笑い出す男の姿に俺は、身震いした。この監獄にいたら、ああなるのだ。それは、絶対に避けたい。断固拒否する。物語的にも。


とりあえず、この男のことは無視しておく。


俺は、なぜここに閉じ込められたのだろうか。そして、俺がもう一度お天道様を拝める日は来るのだろうか。


「おい、貴様。御前裁判が始まるぞ。早くこっちに来い」


床に寝転がったまま、考えていた俺に鉄格子越しに一人の甲冑を着込んだ兵士が言う。


「御前裁判?」

「そうだ、貴様の罪を裁くのだ。国王陛下の御前にて行われるため、失礼を起こすなよ」


どうやら、国王陛下の御前にて、裁判を受けるらしい(なんの罪状かは知らないが)。


俺は、兵士に連れられて、薄暗い廊下を歩く。その行く先々に囚人がいたが、完全にイカれている連中しかいなかった。ある者は、見えない何かを売りつけてきて、ある者は悲鳴をあげ、ある者はずっと笑っていて、ある者は自らの頭をしきりに壁にぶつけていた。またある者は寝ていたと思ったら突然跳ね起きて、こっちに走り寄ってきたと思ったら俺の腕を掴んで牢の中に引きづり込もうとしてきた。その時は、兵士が怒鳴ったらそいつは奥に引っ込んでいたが、ギラギラとした異様な目つきをしていた。


(うわっ……何だよこいつら。ドラッグでもキメてんじゃないのか?)


ここにいる一人一人が気狂いで、相当にヤバイ連中だった。


「おい、貴様。あんまり牢に近づくなよ。勝手に腕を食いちぎられても困る」

「食いちぎられるのかよっ⁉︎」

「言動には気をつけろ、今の貴様はこいつらと同じ立場なのだからな」


何度か囚人たちが俺に触れたことがあったが、ここの囚人は人を襲って食う食人族もいるらしい。それを知って、なぜ俺がこいつらと同じ立場にいるのか不思議に思えてきた。精神状態は普通、特にこれといって悪いことはしてないはず。ならば、なぜ?


しばらく歩くと、観音開きの木の扉の前に着いた。


「着いたぞ、ここが裁判場だ。もう一度言うが、国王陛下の御前だ。言動態度には気をつけろよ」


そう言って、扉の横に立っていた兵士が扉を開ける。すると、そこには、中央に一つの証言台、四方を柵に囲まれ、そこにはたくさんの傍聴人がいた。そして、右脇に、マリシア家の面子、左脇に知らない男が四名とThe・魔女のような服装をした女性が一人。その真ん中に裁判長席があって、その奥に豪華なカーテンで隠された席があった。おそらく、国王の席だろう。


「被告、アカギケンジ。証言台へ」

「……貴様、証言台に行け」

「あ、ああ……」


兵士に背中を押されて、証言台に歩いていく。


(うわっ、無茶苦茶人がいるじゃねぇか)


沢山の傍聴人の視線に晒されているのは、あまり良い気分ではなかった。


「被告、アカギケンジは、大聖主ミカエルの名の下に、嘘偽りのない答弁をすることを誓いますか?」


証言台には、分厚い本がある。恐らく、聖書のようなものだろう。とりあえず、ここは話を合わせれば良いのだろうか?


「誓います」


俺は、その本に右手を置いて言う。


「よろしい、これより、御前裁判を始めます。皆様、御起立ください」


その声で、傍聴人含めた全員が立ち上がる。


「国王陛下に、礼ッ!」


すると、その場の全員が、カーテンで仕切られた席に向かって胸に手を当てながら礼をした。俺も、遅れながら真似する。


「……始めよ」


カーテンの向こうから、嗄れた声が漏れる。


「これより、開廷いたします!」


全員が座り、裁判が始まる。


「王立騎士団、質疑応答を始めてください」


左脇の席に座っていた四人のうちの一人が立ち上がる。


「被告に質問する。貴様の罪状は?」

「…………。」


とりあえず、合わせようと言ったが、前言撤回する。なぜなら、俺の罪なんて知らないのだから。


「どうした、答えられぬのか?」


俺は、適当に話を合わせたほうがいいのか迷った。しかし、俺は覚悟を決めて、言う。


「答えるも何も、今この状況からして何一つ分からない」


裁判場がどよめきに包まれる。それは予測できたことだが、適当なこと言って微妙な空気になるほうが辛い。


「何?すると、貴様は、手前が犯した罪を知らないと?」

「ああ、そうなる」


俺が、あっけからんと答えると、どよめきがさらに大きくなる。


「静粛に!今は国王陛下の御前ですぞ!」


裁判長が一喝すると、どよめきが一気に収まる。それを確認すると、男が続ける。


「貴様の話では、始まりから今まで、何一つ分からないということか?」

「そうだ」


それ以外に、答えようがなかったから、諦めて逆に堂々と答えた。しかし、男のこめかみには青筋が立ち、肩がわなわなと震えている。


「ふざけるな!そんな、馬鹿な話があるかッ!言え、嘘偽らずに、貴様の犯した罪を言え‼︎」

(ヤバイ、なんか怒り出してる。でも、そう言われても知らんもんは知らんしなぁ〜)


俺にとっては、その男がなぜ怒っているのかが不思議であった。俺は、本当に何一つ知らないわけだし、嘘も偽りもついていない。


「いやだから、知らないものは知らないんだって。ていうか何、御前裁判?なんでそんな大事になってるの?始まりからきっちり説明してくれる?」

「貴様ッ!ふざけるのも大概に……」


その男を遮るように、もう一人の、落ち着いた男が立ち上がった。


「リルコ、そこまでにしておけ。時間の無駄だ」

「はっ!し、失礼いたしました、騎士団長殿!」


騎士団長、ということは、目の前にいる四人の男たちの中で一番偉い人物ということだろう。見た感じ、落ち着いていて、話が通じそうな雰囲気ではある。


「我こそは、王立アザミの騎士団騎士団長。ツヴァイ・ザビデである。マリシア家客人、アカギケンジに問う。手前は、記憶を失っているのか?」


目の前の、ツヴァイ・ザビデを名乗った男は、俺に対し、そう問いてきた。つまり、彼は、俺が記憶を失っていて、何をしでかしたか覚えていないのかと聞いているのだろう。だが、俺の記憶は昨日の夜までちゃんと健在しているし、どこか悪いところがあるというわけではない。


「いや、そういうわけじゃない。記憶はあるにはある。だけど、俺がこんな場に呼ばれるほどのことをしでかした覚えがない」


俺がそう答えると、ツヴァイ・ザビデは、少し考えるようなそぶりを見せた。


「つまり、手前は、大罪を犯したという自覚はないのだな?」

「いや、自覚も何も、そんなものをしでかしたという事実が見当たらない」

「なるほど。では、手前は無罪だと言いたいのか?」


ツヴァイ・ザビデの目が鋭くなる。


「ああ、そうだ」


もう一度、裁判場がどよめきに包まれる。しかし、ここまで引き伸ばされると、こちらとしては苛々するものがある。


「いい加減、何がどうなってるのか説明してくれよ」

「事情がどうあれ、手前は事態を理解できていない。良いだろう、事は一昨日の夜にさかのぼる」

「ちょっと待て、今一昨日って言ったか⁉」

「ああ、そうだ。一昨日の夜だ」


今の話だと、少なくとも丸一日はあの牢屋で寝ていたことになるはずだ。


「俺は、丸一日眠りこけてたのか⁉」

「いや、正確には3日間だ」


そう言われると、急激に腹が減ってきた。いやいや、そういうことではなく。俺が武蔵のコックピットの中で気を失ってから、3日が経っているらしい。それほどにまで、鬼人化というものは体力を使うらしい。


「その間、何があったんだ⁉︎」

「3日前の夜。手前がアキュナスを繰り、王都にて残虐非道の限りを尽くしたあの夜」


その時、裁判場右手のマリシア家の席の方からと、頭の中に直接、声がした。


「「あー、もう黙って見ているの、我慢ならなーいっ!」」


その声の正体は、アリス・マリシアと、俺の目の前に現れた緑髪の少女だ。アリスはともかく、この少女は一体誰だ?しかも、この少女は宙に浮いている。しかし、俺はどこかでこの少女にあったことがある。どこだったか。


少し、記憶の海を彷徨っていたら、思い出した。彼女は、アキュナスもとい、武蔵を起動させた時に出会った少女だ。あの時は、急いでいるとかなんとかで有耶無耶うやむやになっていたが、彼女はあの時に俺に対して久しぶりと言った(勿論、会ったことはない)。そして、あの巨大な猿の怪物、バーバリアンを撃退してくれと言ったのだ。つまり、元凶は彼女になくも無い。そして、そんな重要な人物である彼女を今の今まですっかり忘れていた。


「大体ねぇ、あんたら見てないの?あの、化け猿を!あんたらの目は節穴かッ!」


彼女は、宙に浮きながら捲し立てる。だが、大声を出しているはずなのに、公衆の視線は、アリスに向かっている。


(こいつのこと、見えてないのか?)


もし、見えてないのだとしたら、ここで変な声を上げると変人に思われてしまう。俺は、そっと、小声で話しかけた。


「……おい、お前」

「あら、久しぶりね。アカギ君。三日と13時間ぶりかしら?」

「いや、そういうことじゃなくて……」


お前誰?と続けようとした俺の声を、彼女は遮った。


「そうねぇ、確かに自己紹介がまだだったかしら?」


なんと、彼女は今の俺の疑問を当ててきた。彼女には、エスパー的な能力でもあるというのだろうか?


「フフ、私とあなたは情報伝達素子で相互通信を常時行っているから、あなたのことは何でもわかるわよ」


どうやら、武蔵起動時に注入された情報伝達素子とやらが、俺と彼女との間での情報の通信を行っているらしい。


「理解できたみたいね。じゃあ、自己紹介をさせてもらうわよ」


そう言うと、彼女は、俺の目の前でくるくると回ってから、俺を見下ろす形で自己紹介を始めた。


「私の名前は、アレースよ。アカギ君、よろしくね」


アレース。ギリシア神話で、戦争をつかさどる神であったはずだ。しかし、戦略や知力を象徴するアテーナーとは違い、血なまぐさい闘争を象徴していたはずだ。しかし、彼女がアレースというのは、言いえて妙というものである。武蔵の記憶には、残虐なものしかなかった。


「さて、お話はまた今度にして、今は裁判に集中した方がいいわよ。悪ければ、首切りかもしれないのだから」


さらりと、笑いながら彼女は言うが、こちらとしては大問題だ。しかし、裁判に集中しなければいけないのは事実である。


意識を裁判の方に持っていくと、流れは薊の騎士団から、アリスに代わっているらしかった。


「……大体ねぇ、あなたたち見なかったの⁉あの、おっきな猿の怪物を!」

「怪物?我々は、そのようなものを聞いてはいないぞ?」


ツヴァイ・ザビデが、眉をしかめる。どうやら、巨大猿もとい、バーバリアンのことを薊の騎士団は把握していないようであった。


すると、ウェランさんが、口を開いた。


「しかし、私たちが巨大な猿の怪物を見たのは事実だ。王都に住む者に聞けば、皆見たと言うはずだ」


なぜ、薊の騎士団が巨大猿のことを把握していないのかは知らないが、恐らく、向こうは俺が武蔵で大暴れして、王都を滅茶苦茶にしたと思っているのだろう。それで、こんな監獄に閉じ込められるわけだ。


「だが、現場にはアキュナスしか居なかった。それに、20年間も動かなかったアキュナスが、都合よく動き出すものか?」

「私も、それは不思議に思っている。だが、動いたのだ。それが事実だ」

「だが、動いたからと言って、ただの小僧を向かわせるのか?」


それは、もっともな意見だ。普通は軍人か、この騎士団とやらを待つはずだ。だが、俺はあの時興奮してしまって、つい戦場に駆け出してしまった。その結果、巨大猿に馬乗りにされて、死にかけた。俺も、反省はしている。だが、後悔はしていない。あの時はまだ若かったのだ。3、4日前のことだけど。


まぁ、ウェランさんもここはうまく収めてくれるだろう。


「私も、止めたのだがな。彼がアキュナスに触れた瞬間にアキュナスが動き出してしまったのだ」

「あんた、俺に動かせって言ってたよなぁ‼︎」


うまく収めてくれると思った矢先にこれだ。思わず、俺も叫んでしまった。ウェランさんが、俺の無罪を主張してくれると思っていたのだが、これだと、俺がアキュナスを動かしたというふうに捉えられてしまう。それはまずい、非常にまずい。このままでは、俺の罪は晴れないだろう。


どう、返そうかと思っていたら、カインが口を開いた。


「しかし、巨大な猿の魔獣が出没したという知らせが届いたのは、彼がアキュナスを起動させる前だったと記憶しておりますが?」

「それは、誠か⁉︎」


薊の騎士団のリルコが、言う。


「ああ、本当だ。俺は、何故か・・・起動させてしまったアキュナスに、巨大猿のことを聞いてから乗った」


俺は、そう答える。本当のところ、俺は武蔵を起動させてから巨大猿が出たということを聞いた。が、それを言うとややこしくなるので、黙っておく。


しかし、それにしても、俺を庇うなんて、カイン・ストレイウスという男にもいいところがあったんだな。少し、カインに対する見方を改めた俺であった(だからと言って、初めてあったあの時のことを忘れたわけではない)。

──────────────────────────────────────────────

裁判は、あの後も続き、マリシア家の協力もあって、俺は無罪放免ということになった。結局のところ、真相は、俺を逮捕した菊の騎士団とやらの隠蔽だったらしい。王都で騒ぎがあったとの知らせがあり、王城にいた人々は、王城で縮こまっており、王都で何が起きていたのかはわからなかったらしい。


その時、王都内の騎士団には出動命令が出ていたらしいが、何分、ここ100年以上戦争というものがないこの国の騎士団は、権力厨のポンコツの臆病が多く、王城で閉じこもっていたらしい。騒ぎが収まったのを見計らって、菊の騎士団が颯爽登場。俺の手柄を横取りして、巨大猿の死体を片付けたのだ。死体という、動かない証拠が残っていたら、国王陛下の騒ぎを治めよという命を無視し、魔獣を好き勝手させていたという不名誉が、家の名に着くという恐怖が彼らを隠蔽に導いたのだろう。


いかにも、悪徳貴族の考えそうなことである。


そして、俺はというと、あの後即座に釈放され、監獄を囲う壁の門から、監獄の外に出ていた。そして、目の前にはマリシア家一同の出迎え付き。


「いやぁ、ケンジ、よかったね」


アリスが言う。


「うむ、私もケンジ君の濡れ衣が晴らせて満足だ」

「あんたのせいで、一瞬ややこしくなりましたけどね」


俺の追求を、ウェランさんは笑って流す。だが、だからと言って、手放しで喜べる俺ではない。


「しっかし、なんでマリシア家の皆さんが?」


すると、マリシア夫人が言う。


「水臭いじゃないの。あなたは、うちの客人よ?」

「そうそう、あなたを騎士団の野郎どもの策略にまんまとはめさせるのは、貴族としての恥よ」


アリスの姉、マリア・マリシアも加わる。


「はぁ、ありがとうございます。でも、これ以上迷惑かけられないので……」


俺が、これで失礼しますと言おうとすると、アリスが遮る。


「さあ、帰ってケンジの出所パーティよ!」


え?ちょっと待って、どうしてそういう話になるの?


「な、なんで……」

「なんでって、ケンジの無罪を証明できたからじゃない」

「で、でも、俺のために無罪を主張してくれたのに、これ以上迷惑は……」

「迷惑って、ここであなたを野に放ったとして、あなた、生きる術でもあるの?」

「そ、それは……」


それを言われると、痛いところでもある。


「こういう時は、好意に甘えるべきよ」


マリシア夫人が言う。


「でも、何にも無しじゃ……」

「そうねぇ……じゃあ、ケンジ。あなた、私の使用人になりなさい」


アリスが、そう言った。使用人ということなら、問題はないだろう。マリシア家に対して、対価を払うのだし。


「……じゃあ、よろしくお願いします」

「うん、ようこそ。マリシア家へ。よろしくね」



俺は、異世界転生後、災難に見舞われたが、そのお陰でこの世界での生きる術を手に入れた。


元の世界にさほどの未練はなかったし、この世界には興味深いものも色々とある。しばらく飽きることはなさそうだ。


俺の、俺のための、異世界生活が始まった。

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