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プロローグ:異世界機動師団

このプロローグは、一部残酷な表現を含みます。ご注意ください。

 神聖タルジスタン帝国王城の周りには静寂と魔物の殺気を帯びた鬱蒼と生い茂る陰樹林がある。その森の中から次々と頭を表すものたちがあった。彼らは、皆周りの陰樹林に溶け込むために濃いめの迷彩服と鉄のヘルメットを着用し、それらには魔物除けの魔術が施されていた。そして、彼ら全員の手には無骨な小銃があった。


 彼らは、音を立てずに森の中を進む。すると、彼らの後ろから巨大な黒い影が音も立てずに出てきた。


 僅かに月明かりに照らされたその影は、黒を基調としながらも所々に緑色の燐光を発している。そして、その頭部には二つの赤い光を湛えた目があり、後頭部にかけて伸びている二本の角があった。その背中には、緩やかに美しい曲線を描いている二振の刀があった。


 その様は、まさに鬼人と化した武士のようであった。


「一九三〇、パーティの始まりと同時に突入。”深きもの”と、”アヴドゥル・アルハザード”は子鹿を救出した後、ランデブーポイントにて合流。子鹿を連れて二〇〇〇にドレッドノートで離脱する」


 リーダー格の男が言う。


「各員、これは要人救助であるが、目標は一国の姫。失敗は許されない」

『了解』


 全員が小さな声で敬礼をしながら短く言う。


「既に他の班は配置についている。我々も急ぐぞ、時計合わせ!」


 その声と共に全員が時計を19時00分に合わせる。そして、二手に分かれて闇の中に消える。


「さて、諸君らは”深きもの”だ。父であるダゴンのように闇の中を泳ぐかのように隠密に、連中が知らない恐怖を与えるような作戦遂行を期待する」


 その発破かけに、全員は無言で答える。しかし、その男は城の方を見いやる。そして、巨大な鋼鉄の人影を振り返る。


「おい、お前もわかっているよな。この作戦の成否には『武蔵』が大きく関わってくる」


 その巨大な影は微動だにしなかった。


「元々はお前が言い出したんだ。その分の働きはしてもらうぞ」


 それに何も答えず、巨大な影はほんの僅かな駆動音を響かせながら王城に向かって歩き始める。それに、男も付いていく。


────────────────────────────────────────────────


 王城の裏手、”深きもの”の待機位置に着いた。これから、二〇〇〇まで息を潜め、王城内で舞踏会が始まったら突入する。


 操縦桿を握る手にはじっとりとした汗が滲む。だが、それを拭うことはできない。なぜなら、今俺の両手両足はしっかりと操縦桿とペダルに縛り付けられているからだ。


 刻々と時が過ぎていく。あそこにいる彼女のことを思うと、焦る気持ちで歯の根が噛み合わなくなってくる。


「各員、準備はいいか?」

「白虎壱、問題無し」

「白虎弐、問題無し」

「白虎参、問題無し」


 俺は、それに応えない。この作戦において極端な静寂性を求められるため、『武蔵』のスピーカーは切られている。


「よし、突入開始六〇秒前だ」


 隊長がカウントダウンを始める。これが0になった瞬間に見張りの兵士を一掃して、俺が活路を開き、救出部隊総出で彼女を捜索、救出する。そしてその間、俺はこの王城の歩兵機装部隊と交戦、食い止める。


「十秒前、八、七、六、五、四、三、二、一、今ッ! 突撃開始!」


 その合図と共に俺らは駆け出す。俺は、先陣を切り、王城をぐるりと囲むレンガの壁を重力制御モードで一気に登って城内に侵入した。


 状況を飲み込めないで戸惑っている兵士を14mm機関銃で薙ぎはらう。そして、敵の歩兵機装を見つけると、手にしている39mmライフルでコックピットに風穴を開ける。その歩兵機装は、操縦手を失ってしまい、こっちに走り出した慣性に従って前のめりに倒れる。


 後ろから、王城裏手門の鉄扉が爆破される音が聞こえた。救出部隊の突入だ。


 俺は後退して救出部隊の護衛に向かう。下方向のモニタにも気を配りながら、目の前の歩兵機装のみを手持ちのライフルで撃って撃って撃ちまくる。そして、あらかた殲滅したら、ライフルに擲弾を取り付けて城壁を爆破する。


 そして、空いた穴から救出部隊が突入する。すでに、騒ぎを聞きつけた兵士と歩兵機装が集まり始めている。


『前方に歩兵機装十三機、歩兵四十三人。脅威度更新。歩兵機装が三十に、歩兵が一』


 俺は、AIの声を聞きながら、冷静に目の前の歩兵機装を撃ち倒していく。


 まだまだ大丈夫だ。弾薬はこの調子だと作戦終了時間まで持つ。目の前の敵も大したことはない。


────────────────────────────────────────────────


 外の騒ぎに気付いていない甲冑を着けた兵士の背後から口を塞いで10.5mm拳銃弾を三発心臓の位置に撃ち込む。


「うっ…く、ぁぁ、ぁ…」


 喉の奥から擦りだしたような小さな悲鳴をあげてその兵士は倒れ落ちる。その兵士が流す血で彼らのブーツが赤く染まったが、彼らはそれを無視して先に進む。


「手榴弾」


 隊長がそう言うと、隊員の一人が手榴弾を投げ込む。


『何だこれ?…うわぁぁぁ!』


手榴弾が爆発したのを確認すると、彼らは小銃を構えてその部屋に突入する。


「や、やめろ、俺を殺さないでくれ…!」


 一人の兵士がそう懇願したが、隊員は無慈悲に小銃の引き金を引く。6mm実包の炸裂音がして、その兵士は倒れた。


「クリアー」

「クリアー」

「クリアー」

「クリアー」

「制圧完了」


 そして、彼らは次の部屋へと進んだ。


────────────────────────────────────────────────


 息が上がり、肩が大きく上下する。いくら、この『武蔵』が強いといえど、操縦手の疲労は別物だ。たったの十数分の戦闘だが、彼女の安全に対する精神的プレッシャーもかかってくるため、予想外に疲れた。


 残り弾数は、三十五連マガジンが十二、装填されているもので十二発。追加兵装の機関銃は右三百二十四発、左二百七十六発。まだまだ持つだろう。


 目の前の歩兵機装のコックピットに向かってライフルを撃つ。相手の歩兵機装も、槍や小銃、拳銃で対抗してくるが、こちらの歩兵機装は対消滅弾の炸裂にも耐えられるような装甲を積んでいる。早々、穴が開くようなことはない。


 俺は、目の前の歩兵機装をあらかた片付けて一息つくと、周りを見やる。


 周りには、14mm機関銃で撃たれ、四肢が飛んでしまったもの、頭部や体の一部が大きく欠損した死体で埋め尽くされ、それらの流す血で石畳は赤く染まっている。その中に、歩兵機装が混じっており、これまたひしゃげたコックピットのハッチが赤く染まり、その他の部分も跳ねた血で汚れている。


 まさに、阿鼻叫喚、死屍累々といった光景だ。ここには、死が満ちており、死しか存在しない。そんな中で、俺は立っている。


 この地獄を作り出した鬼は、この地獄を平然と眺めて立っている。


────────────────────────────────────────────────


 彼らは、舞踏会の場へと乗り込む。状況を理解できず、貴族たちの間に混乱が広まる。そして、異常事態に気付いた近衛隊の騎士団は、真っ先に小銃の餌食となった。


 そこからは、恐怖を顔に貼り付けた貴族たちが舞踏会の場から出ようと押し合いへし合い、出口を目指していた。


 その中に、隊長は目標を認めた。


「前方、一一時の方向。子鹿を発見」


 そして、彼らは彼女の元へと走り寄る。途中、彼女の手を引っ張っていた神聖タルジスタン帝国皇帝を彼女の目の前で射殺した。


「あ、あ…あぁ…!」

「姫様、こちらです」


 彼女は、今の出来事から受けたショックのせいで放心状態に陥っていた。救出部隊が手を握って始めて立つが、それでもその脚はわなわなと震え、顔面は蒼白だ。


「姫様、私たちはあなたを救出しに参りました。さあ、逃げましょう」


 隊長は、彼女を連れて舞踏会の場から離脱する。それに後方の近衛兵と交戦しながら、他の隊員が後退しながら付いてきた。


「こちら、”深きもの”。小鹿は確保した。ランデブーポイントに向かう」


 隊長が彼女の手を引きながら、すべての部隊に無線機で伝える。


 すると、先ほどのショックからまだ立ち直れていなかった彼女が、隊長に言った。


「そ、そういえば…まだ、地下牢に捕まったままの子供達とニーシャが!」

「それは、あなたと共に捕まった者たちですか?」

「ええ、あの子たちも助けて!」

「…………。」


 隊長は、答えあぐねた。彼らの任務は、彼女の救出のみである。そして、集合の時間に遅れると、離脱ができなくなる。見捨てるのが最善だった。


「あの子達を助けてください!」

「分かりました。何とかいたしましょう。しかし、時間の許す限りです。それ以上はできません」

「ありがとう、ございます…!」


 そう言うと、隊長は無線機を取り出した。


「全隊に告げる。余力のある部隊は、地下牢にいる他の同胞を救出せよ」

『了解、”アヴドゥル・アルハザード”救出に向かいます」


 幾つかの部隊がそう返したのを確認した隊長は、彼女の手を引いて脱出ルートを進む。そして、最初に突入した穴に到着した。


 そこから見える光景は、まさに地獄であった。


「姫様、これは刺激が強いです。目を閉じていてください。我々が誘導いたします」

「いえ、大丈夫です。さっきので慣れましたから…」


 それは、彼女なりの”深きもの”に対する配慮だったのかもしれないが、結果的にそれが彼女に大きなショックを与えた。


 そこに広がっていたのは、先ほどとは違う、苦しみと残虐な死。地獄でさえ、一定の秩序があるのに、そこにあったのは無差別な苦しみ。無意味な苦痛であった。


「うっ…」


 彼女は、猛烈な吐き気に口を押さえる。


「姫様、だから見ないほうが良いと」

「大丈夫です。少し、吐き気がしただけです。一人で歩けます」


 彼女は、隊長を手で制すと、一人でよろよろと城門へ向かう。


「本当に大丈夫なのかよ?」


 隊長は頭をがしがしと掻くと、彼女の方へと向かう。


「そう言えば、あの人は…?」

「あいつならば、歩兵機装で城外の制圧を行っております」

「そうですか…」


 彼女は、ホッと胸をなでおろす。


『アリシア!無事だったんだね。良かった』

「その声は…!」


 その時、後ろから白虎四の声がした。そして、その声に振り向いた彼女は、その姿を見て絶句した。


『さあ、アリシア。早く城の外に!』

「そんな、嘘…⁉︎」

『どうしたの?早く城の外に!追っ手が来る!』


 それでも、その声に彼女は反応せず、ずっと頭上を見上げている。その目は、驚愕で見開かれていた。


『アリシア、何しているんだよ!早く逃げて!』


「ねえ、あれに…あの人が乗っているの?」

「あの歩兵機装特型には、白虎四が搭乗しております」


 隊長が冷静な口調で言う。


「そ、そんな…何てこと⁉︎」

『どうしたんだよ、アリシア!』


 白虎四が歩兵機装特型を回頭させる。


「い、嫌…悪魔‼︎」

『えっ……』


 そこに立っていたのは、黒を基調としながら、赤い燐光を発する線があり、頭部には血のような赤い二つの目と後頭部に向かって伸びる二本の赤く光を発している角がある。そして、背中にあったはずの二本の刀は鞘だけが残っていた。そして、その全身は返り血を浴びて真っ赤に染まっていた。


 その姿は、悪魔であり、鬼であり、修羅の武士であった。


 その、この地獄という言葉では言い表せない惨劇を作り出した悪魔に彼が乗っているという事実を、彼女は知った。


 分かっていたこととは言え、理解していたこととは言え、愛する彼が悪魔を駆り、この惨劇を作り出したという事実は、彼女に重くのしかかった。


『…アリシア、どういう…』

「嫌ッ!悪魔!」

『…………。』


 彼は自分を助けに来た。彼が居たから自分が助かった。それは分かっている。なのに、なのに、彼のことを拒絶してしまう。


「さあ、姫様。時間がありません。行きましょう」


 こんな状況でも冷静な隊長が彼女の手を引いて城門に向かう。


『アリシア…』


 その声は、どこか悲しげであったが、彼女はそれに何か返すことはなかった。彼を拒絶してしまった、彼は悪くないのに悪魔と罵ってしまった。その自責の念で彼女は泣いていた。


(やってしまった。あの人は悪くないのに、私は勝手に彼を悪魔と言ってしまった!)


 だけど彼女は、そのまま去ろうとしてしまった。彼の優しさに甘えて、彼なら許してくれると分かってくれると勝手に押し付けて。


 彼は、コックピットのモニター越しに彼女が去るのを見ていた。さっきの彼女の一言が忘れられずにいた。ふと、自分の両手を操縦桿から離して見やる。その手は血などついていないが、何人もの血を吸ってきたのだ。


 悪魔。それは、彼を最も的確に表した言葉なのかもしれない。いくら、誰かを愛して、何かを守ろうとして、そのために強くなろうとも、所詮は鬼。それはただの人間の真似事なのだ。


「俺は、どう足掻いても人にはなれないんだな…」


 その時だった。燃え盛る城のレンガでできた壁が救出部隊と彼女の方に崩落してきた。


「危ないッ!」


 咄嗟に彼は、彼女を歩兵機装の腹に庇う。背中から大きな衝撃が襲ってくる。


「『武蔵』、耐衝撃モード最大!」

『了解、耐衝撃モードを最大で起動します』


 瞬間、瓦礫が機体にぶつかる衝撃は収まったが、機体がぎしぎしと悲鳴を上げている。


『現在、全装甲の損傷問題なし。対衝撃用電磁バリアー残り三十七分。全関節の人工筋肉、断裂多数発生。機体の損傷率30パーセント。早く離脱してください』

「そんなん、出来るっかよ!」


 そう言って、モニターに映る彼女を見やる。


「アリシア、大丈夫?」

『え、ええ。大丈夫…』

「良かった、なら早く行って!」

『でも、あなたが!』

「大丈夫。アリシアが出て行ったらすぐに出ていけるから」

『そう、本当なのね!私はそれを信じるわよ!』


 そう言って、彼女は瓦礫の山から這い出る。


「よし、俺も行くか!」


 操縦桿を弄って俺は、機体を瓦礫の山から引きずりだそうとする。すると、その時だった。


『警告、上方より瓦礫多数落下』

「嘘だろッ⁉︎」


 俺は、瓦礫の下から這い出ることは叶わず、その瓦礫に埋もれた。


「そんな……嘘…でしょ?」


一人残された彼女の声だけがこの惨劇の中に消えた。


────────────────────────────────────────────────


 地下牢の見張りを後ろから取り押さえ、喉元にナイフを刺す。そして地下牢を探索し、一つの地下牢の前で止まる。


「ニーシャさんですか?」

「ええ、私です。あなた達は?」


 彼女がそう尋ねると、彼らは自慢するようでも誇るでもなく、言った。


「我々は、アトランティス帝国軍第二十三機装師団十二大隊『鬼人の武士団』です。あなた達を救出しに参りました」

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