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バンドワゴネスク.2

 食後は宝生さんが水筒の緑茶をみんなに振る舞ってくれた。有名な宇治茶の老舗(しにせ)である、〈辻利(つじり)〉の玉露を氷出ししたものらしい。

 俺の水筒のコップに彼女が直々(じきじき)にお茶を注いでくれた。茶道の英才教育を受けており、煎茶道(せんちゃどう)にも通じているだけあって、手つきにはとても品があった。

「さて、そろそろ事件の話をしようか」

 みんなのコップにお茶を注ぎ終わった後、彼女は言った。

「つかっちゃんに関係ある七人(・・)に話を聞きに行くんだっけ?」

 と智慧。

「確か、ミステリー部部長、ミステリー部副部長、ミステリー部顧問、声楽部部長、美術部部長、文芸部部長、生徒会長の七人だったよね」

 俺も登校中に聞いた話を確認する。

「ああ。その通りだ。――当時二年生の松田主がミステリー部に在籍していたとき、部員は彼と、同級生の『法水大我(のりみずたいが)』、後輩の『東方(ひがしかた)るり()』の三人だけだった。その残った二人と、ミステリー部顧問『神月夜子(こうづきやこ)』。そして彼と同じクラスに所属したことがあり、生前特に親交の深かった現声楽部部長『西連寺鳴(さいれんじめい)』、現美術部部長『鳥羽総司(とばそうじ)』、遺体の第一発見者でもある現文芸部部長『伊勢大輔(いせだいすけ)』を加え、最後に彼と対立していた生徒会長『斯波蓮(しばれん)』を含めて計七人だ」

 宝生さんが答えた。

「遺体の第一発見者である『伊勢大輔』は云わずもがなだが、もう一人、この七人の中で特に重要なのが……」

「告発文に名前があった彼、『法水大我』さんだね」

 言葉を継ぐようにして智慧が言った。

 宝生さんはこくりとうなずき、

「あの告発文……少し気にかかる」

 低く落とした声でつぶやいた後、両手でコップを持ち口に運んだ。

 彼女の姿勢よくお茶を飲む所作には、指先まで繊細な心配(こころくば)りが行き届いており、ゆったりと(みやび)やかでありながらも、厳粛(げんしゅく)な雰囲気が漂っている。まるで教室内のここだけに違う種類の時間が流れているみたいだった。――こうしてじっと眺めていると、能か何かの舞台芸術でも観ているような気分になる。

 告発文か……。俺も甘く香り高いお茶をすすりながら、頭の中で(ひと)りごちた。

『松田主は殺された。犯人は法水大我』

 血のように赤いインクでそう書かれた、真っ黒な紙が昨日、新校舎の南昇降口の掲示板に貼り出されていたという。

 三年生の生徒が使っている靴箱の近くにその掲示板はあるのだが、扇情的(センセーショナル)な告発文の(うわさ)は全学年にすぐさま広がった。

 しかも掲示板に貼られた紙をスマートフォンで撮影した生徒がおり、SNSを通じて画像も生徒間に拡散していた。実際、登校中に俺たちも画像を宝生さんに見せてもらっている。

「それにしても、驚いたよね……。あの告発文の()

 みんなの顔を(うかが)い見るようにして言った。自然と俺も、声のトーンが落ちる。

「あの黒い紙に書かれた文字……松田(・・)()()()()()でした……」

 ささやくように薬師さんがこぼした。その目には少し(おび)えの色が混じっている。

「うむ。(もっと)も、捜査機関の手によって正式な筆跡鑑定が行われたわけではない。誰かが彼の筆跡を精巧に真似(まね)て書いたのだろうがな」

 冷静に宝生さんが述べた。

「じゃあ、告発文のことは警察に通報したりしてないってことですか……?」

 不安そうな表情で問う薬師さん。再び宝生さんが続ける。

「告発文の件は、単なる悪質な悪戯(いたずら)として内々に処理されているようだ。学校側も大事おおごとにするのは色々と面倒だろうからな」

 それはそうだろうと俺も思う。生徒を警察に引き渡すかのようなまねは極力避けたいだろうし、ここ半年近くですでに二度(・・)この高校には警察が立ち入っている。学校の評判や授業への影響を考慮すると、もうこれ以上は御免こうむりたいというのが本音のはずだ。

「でも、あれだけしか書かれてなかったら普通イタズラとして処理するよね」

 腰に手を当て、右隣の智慧が口を挟んだ。

 告発文が気にかかっているという宝生さんもそれは承知しているらしく、

「そうだな。告発が真実だと考えようとすれば、重大な疑問が三つ浮上してくる」

 今朝のように、指をぴっと立てながら列挙していった。

「一つ『告発者はどうして法水大我が犯人だと知っているのか』。

 二つ『なぜ警察に証言せず、今になってこのような形で告発したのか』。

 三つ『法水大我はどうやって屋上に足跡を残さず、松田主を死に至らしめたのか』」

 ここで宝生さんは言葉を切り、腕を組んだ。

「こうやって疑問が残る限りはイタズラの可能性が高いってことだねー」

 うんうんとうなずく智慧。

 確かに彼女の言う通りだった。本当に法水という人物を犯人として告発するつもりなら、これらの疑問について何か言及するはずである。

 それに、仮に告発の意志があったとしても、三つ目の疑問が解決していない限り、何の根拠もない言いがかりだと判断するしかない、のだが……。

「あの告発文……俺はなんとなく、裏に深い何かが隠されているような……」

 思わずつぶやいてしまった。

「ほう」

 正面に座る宝生さんが、興味深そうな目でこちらを見てくる。

「どうしてそう思うんだ?」

「え? えっと……」

 参ったな……俺は言葉を手探りしながら、(だま)し騙し(しゃべ)った。

「論理的に考えれば、あの告発文はただの悪戯なんだろうけど、なんだか……どう言えばいいんだろう。あの黒い紙からは、そんな軽々しい雰囲気が微塵(みじん)も感じられなかった。自分でもうまくはわからないんだけど、近い言葉で表現するなら……そう、()()()()みたいなものが、あの紙には込められてるような気がしたんだ」

 言ってしまって少し後悔した。これでは一笑に付されるだけだろう。だが予想とは裏腹に、

「ふむ……君の(かん)はよく当たるからな」

 宝生さんは真面目で神妙な顔つきだった。

「龍樹。この告発文、君はどう見る?」

 彼女は自分の隣でのんびりとお茶を飲む龍樹に視線を移した。

「……ん〜……」

 彼は机にコップを置いて、頬杖をつくと、

「その法水って人と、松田が仲悪かったって話は?」

 静やかに答えた。

「うむ。その事実はやはり無視できないな」

 彼女は()っそりとした輪郭の、磁器のように滑らかな(あご)をつるりと()でる。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()らしいことは、登校中にも話があった。彼女が告発文のことを気にかけているのは、この事実が根底にあるからだろう。

「それで、具体的にどのくらい仲が悪かったの?」

 俺は宝生さんに問いかけた。

 彼女は龍樹のコップにお茶を注ぎ足しながら、

「松田主が、部誌の発行やインターネットを通じて精力的に創作活動を行なっていたのは知っているだろう? ――松田主は『多田村舞(ただむらまい)』、法水大我は『天田茉莉(あまだまつり)』のペンネームでそれぞれ作品を執筆していたのだが、彼らは推理小説好きの若い世代に一定の評価を得ており、ファンも相当数存在した」

「それで、二人の間でファンが綺麗に割れてたんだよね」

 と智慧。

「ああ。そしていつも、多田村舞の方が(わず)かに評価が高かった」

「じゃあ、法水って人のほうからつかっちゃんに突っかかってたってこと?」

 宝生さんはゆっくりとうなずき、

「多田村舞の作品に対する批判と読み取れる一文が天田茉莉の作品にはたびたび登場している。教室で公然と松田主を(ののし)ることもあったようだ」

「あー……相当だねそりゃ」

 智慧は苦笑いし、頭をぽりぽりと()いた。

「転落前日に創作ノートが盗まれた際も、真っ先に犯人と目されたのが彼だ」

「なるほどねぇ」

「それって、殺人の動機になるくらいの確執(かくしつ)なのかな」

 率直に疑問をぶつけた。

「それはわからん。彼の作家的感性に聞いてみんことにはな」

 宝生さんは言って、両手を広げた。

「ただ、可能性はあると私は見ている」

 続けて告げるその眼は、とても鋭くきっぱりとしている。

 と、今まで口をつぐんでいた薬師さんが、

「法水さんは、そんな状況でも部を辞めたりはなさらなかったんですね……」

 両手でコップを持ち、中をじっと見つめながら(ひと)(ごと)のようにもらした。

()()()と思われたくなかったのだろう。要は意地の問題だ」

 (けわ)しい口調で宝生さんが応じた。まるで自分自身のことを語ってでもいるかのようだった。

「それか、後輩の東方るり子って人の存在が、その人にとって重要だったのかもね」

 頭の後ろで手を組み、智慧が背もたれに体を倒す。何故か彼女も、必要以上に感情を移入した声音だ。

 しばらくの間、この場の言葉が途切れた。途端、それまで意識の遠くにあった、教室のみんなの話し声がさわさわと俺をなでる。

「えっと、今さらなんだけど……」

 とりあえず、とっさに思い浮かんだ疑問を口にした。

「なんで二人とも()()()()()()()()()()()()なのかな」

 少なくとも松田先輩は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だった。彼が女性らしいペンネームに改名した理由について、今まで深く突っ込んでみることは()えてしなかったのだが、法水という人物と二人(そろ)ってとなると妙に気にかかってくる。

「ああ、そのことか」

 宝生さんは高貴さのにじみ出る仕草で髪を軽くかき上げると、こちらを見据えた。

「彼らが部誌に掲載した作品に登場する、主人公の推理小説作家の名前をそのままペンネームに用いたようだ。これはエラリー・クイーンの手法の()だな」

「エラリー・クイーンの手法の逆?」

 おうむ返しにつぶやく。

「二人が敬愛する本格ミステリーの大家『エラリー・クイーン』は、作者と同名のエラリー・クイーンと云う推理小説作家を作中に登場させている。我が国では、クイーンフリークで有名な法月綸太郎(のりづきりんたろう)有栖川有栖(ありすがわありす)がその手法を踏襲(とうしゅう)し、作者と同名の推理小説作家を作中に登場させているな」

 流水のように(よど)みない語り口で彼女が述べた。

「なるほど。ペンネームが先にあって、そっちに登場人物の名前を合わせるエラリー・クイーンのやり方とは()に、登場人物の名前が先にあって、そっちにペンネームを合わせたってことか」

「そう云うことだ。自著の登場人物が名前の由来である点、作者の性別が分かりにくい点では(いぬい)くるみと共通しているが、作風から考えても意識しているのは間違いなくエラリー・クイーンだろう」

 宝生さんは普段から「自分は推理小説に詳しくない」と言っているが、俺のような素人からすればかなりの知識量である。

 彼女は松田先輩に出会うまで、三島由紀夫、森鴎外、泉鏡花、川端康成、谷崎潤一郎、芥川龍之介、横光利一、安部公房、ドストエフスキー、ゲーテ、トーマス・マン、ラディゲ、カミュ、スタンダールといったような、純文学作家の小説、哲学書、和歌や俳句を含めた、江戸から奈良時代の日本の古典文学、オスカー・ワイルドやジャン・ラシーヌやシェイクスピアの戯曲、そして、司馬遼太郎や山本周五郎などの歴史小説を読んでおり、推理小説に触れることはなかったらしい。

 しかし、松田先輩から借りた新潮文庫の〈江戸川乱歩傑作選(えどがわらんぽけっさくせん)〉をきっかけにして、推理小説もたまに読むようになったという。

 彼女のキャパシティの大きさに感心しながら相槌を打っていると、ふと彼女の隣にいる龍樹の姿が目に入った。何かを深く考え込んでいるような様子だった。

 俺が声をかけようか否かと迷っていると、

「龍樹、どうかしたのか?」

 宝生さんが先に呼びかけた。

「いや……何でもない」

 彼はゆるゆると首を振った。

 なんだか気になるな。今までの会話で何か閃きかけたことでもあったのだろうか。それとも、事件と全く関係ないことでも考えていたのだろうか。そんなことを思っていると、

「そろそろ三年生の教室、行く?」

 黒板の上の時計を見て、智慧が切り出した。

「そうだな。昼休みも残り半分だ」

 宝生さんがコップに残ったお茶を飲み干し、水筒に蓋をした。

「法水さんと伊勢さんは3年C組に所属してらっしゃるんですよね」

 薬師さんが宝生さんに確認する。

「ああ、まずは彼らに話を聞きに行く」

「でも、教室に行って居なかったらどうするの?」

 と智慧。

「文芸部部長の伊勢大輔については、昼休み中は確実に教室に居るであろうことが分かっている」

 伊勢大輔か……。早朝に旧校舎の部室に毎日一人で来ていて、遺体を最初に発見した人物。そして、松田先輩の元クラスメイトでもある。

「よし、それでは行こうか」

 宝生さんはそう言って立ち上がった。机や椅子や弁当箱をあるべき場所に戻した後、俺たちは3のCへと出発した。

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