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バンドワゴネスク

 一時間目の英語(グラマー)、二時間目の英語(リーダー)、三時間目の現代文、四時間目の数学が終わり、待ちに待った昼休みになった。

 俺と薬師さんは捜査会議のため、お弁当と水筒を持って宝生さんと龍樹のいる隣のクラスに向かった。智慧はチャイムが鳴ると同時に食堂へ猛ダッシュし、焼きそばパンやコロッケパンの争奪戦に行っている。

 所属クラスは俺、薬師さん、智慧が1のAで、宝生さんと龍樹が1のBだ。

 クラス名簿に薬師さんの名前を発見したときには、中学よりも格段に多いクラス数なのに同じ組になれた奇跡に感激したが、智慧の名前を見て彼女との腐れ縁を改めて思い知らされた。

 ほどなくしてB組の教室の前に来ると、

「なんだか、違うクラスに入るのって緊張します」

 薬師さんが不安そうな面持ちで言った。

「大丈夫だよ。多分まだみんな、クラスメイトの顔を全員覚えきれてないから、そんなに目立つこともないだろうし」

 引き戸に手をかけ、そろりと開けて中へとお邪魔した。瞬間、教室内の騒然とした様子が目に飛び込んできた。

 俺は思わず「参ったな……」とつぶやいた。

 厄介なことに、すごく目立ってしまっているのだ……。宝生さんが。

 彼女は龍樹と机を突き合わせ、京友禅(きょうゆうぜん)の風呂敷から蒔絵(まきえ)の装飾が(ほどこ)された漆塗(うるしぬ)りの重箱を取り出していた。俺や薬師さんは中学時代から見慣れている光景なので特に驚きはしないが、当然B組の生徒の注目をかなり浴びている。

 あの視線の渦の中心に俺たちは今から飛び込むことになるのだ。薬師さんはもう(おび)えた小動物のように体を小さくしてしまっている。

「仕方ない。覚悟を決めよう」

「は、はい……」

 薬師さんのほうを振り向き勇気づけると、背後に彼女を隠すようにして、じわりじわりと宝生さんに接近した。

「来たよ、宝生さん」

 自分たちにも注がれ始めた眼差しを意識しないようにして、できる限り自然に声をかけた。

「ああ、わざわざ済まない。愛染くんは確か食堂だったな」

 宝生さんは周囲の視線に全く動じず答えた。龍樹は腫れぼったい目でぼんやりとこちらを見つめている。さては、さっきの授業中居眠りしてたな。

 机にかかっている(かばん)から察するに、ぴったりとくっつけられた二つの机は宝生さんと龍樹自身のもののようだ。この時期はまだ席順が名簿の並びなので、龍樹の席の真後ろが宝生さんの席なのだろう。

 机の周りには、空いているそばの席から拝借したと見える椅子が人数分配置されていた。

「さて……」

 と、皆が席に着いたのを見計らい、

「事件の謎解きに挑む前に、一先(ひとま)ず空腹を満たそう。腹が減っては戦ができぬという言葉もある」

 会食の主催者である宝生さんが言った。宝生家のお嬢様は、食事するなら食事、推理するなら推理と、切り替えをはっきりする人なのだ。

 正直、彼女の言葉はありがたい。事件の話をしたいのはやまやまだが、お腹はもうすっかりペコちゃんだったのだ。

「それじゃ、お言葉に甘えて」

 俺は早速あずま袋から弁当箱を取り出し、ぱかっと小気味よい音をさせて(ふた)を開けた。

 隣の薬師さんも薄いピンクの巾着袋からお弁当箱を取り出し、蓋を開けた。昨日の残り物や冷凍食品が詰め込まれたこちらのものとは違い、鮮やかで美味しそうな彩りが目に入ってくる。

 オムレツの黄色や、ポテトサラダの白、可愛かわいくあしらわれた小さなブロッコリーやプチトマトの赤と緑。その他はロールキャベツやタコさんウインナーといった顔ぶれで、盛り付けも綺麗だった。こういうところに、中学時代から美術部で(つちか)ってきた彼女のセンスが出るのだろうか?

 正面で宝生さんも、(おもむろ)に二段の重箱の蓋を持ち上げる。毎朝専属の料理人が腕によりをかけて作っているという品々がその姿を現し、思わず息を飲んでしまった。

 どんな料理なのかと聞くと、細魚(さより)湯葉ゆばで巻いた東寺巻き、朝掘りたけのこで作った若竹煮の木の芽添え、こごみとたらの芽の天ぷら、道明寺粉と桜の葉で包んだ(さわら)を桜もちと同じような形にして蒸し上げた桜蒸し、つくしの胡麻酢和(ごまずあ)え、あさりと三つ葉の炊き込み御飯と香の物など、春が旬の食材を使った和食が目白押(めじろお)しだった。

 どれも重箱の風格によって高められた期待感を裏切らない手の込んだ料理だ。毎日このクオリティなのか……流石(さすが)は宝生家といったところか。

 宝生さんは俺たちの準備が整ったのを見届けると、きちんと合掌(がっしょう)して「(いただ)きます」と言った。

 高校生にもなると普通、食事の前に「いただきます」の挨拶(あいさつ)をするのは恥ずかしかったりする。だが宝生さんはあまりにも当たり前に、質実に心を込めてそれを行った。旧家のお嬢様である彼女は、幼い頃から礼儀や作法をさぞ厳しく教え込まれているのだろう。

 普段からああやって自発的に、形だけでなく中身のともなった挨拶をするのは言われて次の日から簡単にできるようなことではない。そこには(とうと)(おか)(がた)い何かが感じられるような気がして、俺たちは自然と彼女に(なら)っていた。

 宝生さんは美しい箸づかいで炊き込みご飯をつかむと、これまた当たり前のように自分ではなく龍樹の口へ運んだ。

 彼は寝惚(ねぼ)(まなこ)のまま「あーん」と口を開け、もぐもぐとご飯を食べた。教室内にはどよめきが広がった。

 俺や薬師さんにとってはこれもすでに日常のひとコマである。龍樹はかなりの偏食でいつもジャンクフードばかり食べていたので、見かねた宝生さんが中学の頃から自分の弁当を分け与えているのだ。

 薬師さんはまた二人にキラキラした眼差しを送っているのだろうか。チラリと彼女の方へ視線を移す。すると案に相違して、恥ずかしそうにうつむいていた。

 彼女はりんごのように顔を真っ赤にしている。それほど周囲の視線が気になるのだろうか? そう考えたとき、はたと気づいた。

 宝生さんと龍樹がああなら、俺と薬師さんも同じような関係性だと思われているんじゃないか? そんな風に意識し始めると、薬師さんとの距離の近さや、彼女と一緒にお弁当を食べているというシチュエーションに今さらながらどきどきしてきてしまった。

 俺はあわてて弁当に視線を落とし、無心で飯をかきこんだ。


「上官殿! ただいま帰還いたしました!」

 智慧が食堂という名の戦場からB組の教室に戻って来たのは、弁当を半分ほど食べ終わった頃だった。

 彼女はこちらにびっと敬礼しながら気をつけをしている。

「うむ。よくぞ帰ってきてくれた。愛染上等兵」

 宝生さんが智慧に調子を合わせてくれている。こういうのも人心掌握(しょうあく)術の一環なのだろうか?

 智慧は俺の右隣の席に腰掛けると、食堂から買ってきたパンの数々を机に並べた。

「ほーう。これが戦利品か」

 焼きそばパン、コロッケパン 、カレーパン、メロンパン――俺は机上に置かれたそれらを点検するようにしげしげと眺めた。

 京都には丸くて網目の入ったメロンパンと、ラグビーボール型で白餡しろあん入りのメロンパンの二種類があるのだが、ラグビーボール型のほうはローカルなものらしい。目の前にあるのは、丸くて網目の入ったほうだった。

 どのパンも競争率が高いと評判のものだ。この辺りは我が宿敵なだけはある。彼女は「えへへ」と笑みを浮かべ、頭を()いた。

「いっただっきまーす」

 智慧はぱくぱくと、見ているこちらも幸せな気分にしてしまうほど美味しそうにパンを食べた。彼女は根っからの食いしん坊なので、これくらいの量ならすぐに平らげてしまうだろう。

 予想通り、あっという間に焼きそばパンを完食すると、

「メロンパンひと口あげるから、しゅうまいひとつちょーだい」

 俺の弁当箱を見て、彼女が言った。

「別にいいけど」

 言い終わるやいなや、彼女は「あーん」と口を開けてスタンバイしたので、箸でしゅうまいを放り込んだ。

 智慧が相手だと、何事にも緊張しなくて済むのでいい。そばに彼女がいることで安心している自分がどこかにいた。

 さて、次はこちらがメロンパンを食べる番だ。

()()()くれるんだな?」

 ここは重要な点なので念を押した。

「どれだけ食べられるかな? しょうちゃん」

 智慧はそう言って悪戯(いたずら)っぽく笑う。

 やはり長く一緒にいると、考えていることもお見通しのようだ。いいだろう。ひと口の限界に挑んでやるぜ……!

 そんなこんなで、昼食の時間は過ぎていった。

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