アクロス・ザ・ユニヴァース
「一七世紀から一九世紀の終わりにかけてほぼ完成したニュートン力学と、ファラデーやマクスウェルの電磁気学。これらによって、自然界で観察されるほとんど全ての現象は〈重力〉と〈電磁気力〉だけが支配してるってわかった頃、物理の基本法則はもうあらかた発見されたと思われてたの。物理学はもうじき終わる。あとは光の速度に関する、マクスウェル方程式とニュートン力学の矛盾等の、一部に残った問題を解決するだけ――それが多くの科学者の共通認識だったわ。
でも、二〇世紀に入ってアインシュタインが発表した特殊相対性理論と一般相対性理論、同じ頃にボーアの主導で発展してきた量子力学によって、それまでの世界認識は根底からの見直しを迫られたのよ。狭義のパラダイムシフトってやつね。現代物理学は、このうちの〈一般相対性理論〉と〈量子力学〉の二本を軸にして成り立ってるわけ」
「は、はあ」
なんだか専門的な話になってきたぞこりゃ。本当にこれが事件のヒントになるのだろうか? 俺は曖昧にうなずく。
「で、量子力学はその名の通り、量子を対象にした力学なんだけど、成道くん。あなたそもそも〝量子〟って何なのか知ってる?」
試すような視線をこちらによこす白衣の妖狐。
そういえば、松田先輩が書いていた小説や、何年か前龍樹に借りた小説のどれかに、量子についての説明が出てきたような気がする。が、いざ説明してみろと言われると……。
俺がまごついていると、彼女は龍樹のほうを向き、
「不動くん。彼、量子が何なのかど忘れしたみたいだから、説明してあげてちょうだい」
親指でこちらを指差しながら言った。
「人に何かを説明するのは苦手なんだが」
急に話を振られ、面倒臭そうに頭をぼりぼりとかく龍樹。
「大雑把な説明でいいわよ」
拒否できる空気ではないと観念し、龍樹はしぶしぶ口を開く。
「……プランクの量子仮説とか、粒子と波動の二重性とか、不確定性原理とか、量子論の詳しい話は置いといて、ひとまずざっくり言うと、量子はとてつもなく小さい粒のことだ。例えば……物質を形作ってる分子、分子を構成する原子、原子を構成する陽子と中性子と電子、さらに陽子と中性子を構成する最小単位のクォーク、あとは……光を構成する光子とか、実験装置の不備で、光速を超えただの一時期騒がれてたニュートリノなんかもそうだ」
「はーい。よくできました」
ぱちぱちと拍手をする妖狐。
「不動くんが今説明してくれた量子は、私たちの常識的な感覚じゃ考えられないような、あまりにも奇妙な振る舞いをするの。地上の誰もが発想し得ないことすら発想し、どんな未知への跳躍をも恐れなかったあのアインシュタインでさえ、量子力学が出した結論を生涯信じられなかったほどにね」
白衣の妖狐が再びこちらを見据えてくる。
「具体的な例を挙げましょう。成道くん。あなた、原子の一部の〝電子〟が普段どんな風になってるかは知ってる?」
「それなら俺にも答えられますよ」
ふう、どうやら、自分にもわかる領域の話になったらしい。内心で胸をなで下ろす。
「中学のとき、理科の授業で習いましたからね。惑星が太陽の周りを回ってるみたいに、原子核の周りをぐるぐると回ってるんでしょう?」
「ありがと。予想通りの答えね」
「……その反応は間違ってるってことですか?」
完全にこちらをコケにした彼女の態度に、俺は少しだけむっとしてしまった。
「そうね。でもまあ、高校までだと習うのは電子殻だけで、電子軌道については習わないから、惑星と太陽のイメージのほうが勉強しやすくはあるんだけどね」
「ええー? じゃあ、電子は本当はどんな風に動いてるんですか?」
不思議そうに首をかしげる智慧。
妖狐は「にやり」という音が聞こえてきそうな口元の吊り上げ方をすると、「これは大学でやるような内容の話なんだけど」と前置きし、
「〈電子雲〉っていってね。電子が発見できる可能性のある範囲とその確率分布が、原子核の周囲にぼんやり雲みたいに広がってて、実際その範囲のどこをどう電子が動いてるかは決まってないの」
「んーと……それってせんせー、今の技術じゃ電子がどこにあるか測れないってことですよね?」
「いえ、電子がどこをどう動いてるか本当は決まってるんだけど、観測できないっていう意味じゃないのよ。電子の位置、速度(運動量)、角運動量、電位その他の物理量は、観測されるまで不確定。別の言い方をすれば、電子は観測されてないときは、どこにも存在してないの。なのに、電子の物理量は、全部を一度に観測することができないのよ。技術的な問題じゃなく、原理的にね」
「なるほど。つまり……どういうことですか?」
ますます不思議そうに首をかしげる智慧。
「まあ、順序立てて説明していくわよ。本来なら数式を使いたいんだけど、そうすると却ってわかりにくくなるから、まずは〈二重スリット実験〉の話をするのが一番いいわね。二十世紀で最も美しい実験っていわれてる有名な実験よ」
その有名な実験が松田先輩の事件と関係があるとは思えない。これはだめだと感じ、俺が口を挟もうとすると、宝生さんに目で制された。一瞬意味をはかりかねたが、すぐになるほどと了解する。恐らく女帝は、妖狐に気がすむまで好きに喋らせて、口が軽くなったところを上手く尋問するつもりなのだ。それなら邪魔はできない。俺は神妙に、白衣の彼女の話に耳を傾けておくことにした。
「プレゼンで文字を指し示すときに使う、レーザーポインタってあるじゃない? そのレーザーポインタをスクリーンの正面に固定して、スクリーンとレーザーポインタの間に仕切り板を置くの。その仕切り板には、スリットって呼ばれる縦に細長い穴が二つ開いてて、二つのスリットは平行に、ものすごく近い距離で並んでるわ」
「はいはーい。そのスリットにレーザーポインタの光を通すんですね?」
智慧が挙手しながら、意欲的な授業態度で発言した。妖狐の口元の笑みに、ほほえましげな色が薄く差し、先生の顔になると、
「そ。で、二つのスリットの真ん中にレーザーポインタの光を当てて、両方のスリットに光が通るようにしたら、スクリーンに現れる光はどうなると思う? ちなみに、スリット同士の距離がすごく近いから、スリットを通り抜けた二つの光が、スクリーンに届くまでに一つに合流するような経路になってるわよ」
「えっ? それじゃ、普通にスクリーンにレーザーポインタを当てたときと、おんなじ結果になるんじゃ……」
戸惑いの表情を浮かべる智慧。
「普通に考えればそうなるでしょ? でも、それがそうじゃないのよね。はい、不動くん答えて」
「……またか」
二度目の指名を受けた龍樹。いつもの乏しい表情の中にも、すごく迷惑そうな感じが見て取れる。
「ほら、授業で当てられたと思って、有り難く説明なさい」
彼はぼりぼりと頭をかいて息をつくと、この妖狐には逆らっても無駄だと判断したのだろうか。それ以上渋る様子もなく回答した。
「……光の強い部分と弱い部分が交互に並んだ縦の縞模様が、スクリーンに現れる。二つのスリットの中間とスクリーンを結んだ点に光が強い縦縞、その両隣に弱い縦縞、そのさらに両隣に強い縦縞……って具合に」
「なにそれ? どゆこと?」
混乱している様子の智慧。正直、俺も似たような心境だった。
「干渉縞っていうんだけどね。これは波の性質――波動性を持つものが、二つのスリットを同時に通り抜けたことを証明してるのよ」
神月先生が補足のために口を開く。
「波動性を持つものは、スリットみたいな細い穴にぶつかると、穴の出口から広範囲に拡散していくの。真上から見ると同心円状に広がってて、ちょうど池に小石を投げ入れたときに水面に立つ波と同じような形ね。その拡散が距離の近い二つのスリットで同時に起こったもんだから、波同士の山と谷が互いに干渉して、強め合う部分と打ち消し合う部分ができたってわけ」
「それってもしかして、スピーカーを二つ並べて音を出したときの、音の干渉と同じ話ですか?」
「そうそう」
「あー、なるへそ」
腑に落ちている様子の智慧だが、こっちは全然腑に落ちていない。
「波が強め合ったり打ち消し合ったりするのはなんとなくわかりますけど、それが縞模様になるってところがイメージしづらいですね」
俺が疑問を呈すると、
「……二つのスリットの中間とスクリーンを結んだ点は光が強いと言ったが、そこは両方のスリットからスクリーンまでのそれぞれの距離が等しい点だ。だから片方のスリットから来る波が山だったら、もう片方から来る波も当然山だから、互いの山と山、谷と谷同士が重なって強め合う」
と龍樹。加えて、
「その両隣には、それぞれのスリットとスクリーンまでの距離の差が光の波長の半分に等しい点があり、その点では、片方から来る波の山がもう片方の波の谷と重なり、打ち消し合う干渉が起こる。さらにずれると、スリット二本との距離の差がちょうど一波長分になる点があり、そこでは波の山と山、谷と谷同士が再び重なるので強め合う」
と宝生さん。二人とも息ぴったりだ。
「そういうこと」
白衣の彼女は満足そうに首肯した。
「わかりやすく形を変えて説明したけど、イギリスの物理学者のヤングが、今のと大体同じような実験を一九世紀にしたり、光は電磁波の一種だってことを、マクスウェルが理論的に導いたのもあって、光は一時期〈波〉だってみんな思ってたのね。
でも二〇世紀の前半に、光は光子っていう〈粒子〉からできてることが発覚するのよ。光電効果って現象の不可解な点は、光が粒子だと考えれば説明がつくとしたアインシュタインの仮説が、いろんな実験で証明されてね」
「ええ」と俺は相槌を打つ。先ほど龍樹も、量子の例を挙げる際に光子のことを口走っていた。
「これで光は粒子であることと、光は波であることが両方とも証明されちゃったわけだけど、一点に局在する粒子と、空間的に広がりのある波って真逆の状態なのよ。科学者たちはこの両方の結果をどうやってまとめるか苦心するわけ。複数の光子が波を形作ってるっていう仮説があったけど、光子の数が足りないから否定されたしね」
智慧が「ふむふむ」といった感じにうなずく。
「それじゃ、ここでまた二重スリット実験の話に戻るわよ。市販のレーザーポインタでは無理だけど、専門の研究機関には、光の出力を弱めて光子を一個ずつ発射する技術があるの。これでさっきみたいに、二つのスリットの真ん中へ向かって光子を発射してみるのね。ちなみに、光子が当たった場所に跡が残るように、スクリーンの代わりに感光板を使うとするわよ」
彼女は「どんな結果になると思う?」というように、こちらをじっくり時間をかけて眺め回した。どうやら、また俺たちに先を答えさせたいらしい。
見当がつかないので、彼女と視線がぶつからないように龍樹のほうへ目をやる。と、俺のSOSに気づいたのか、
「……光子を一つ撃つたび、毎回感光板の違う箇所に着弾して点を一つ作る。何千回もそれを繰り返してると、さっきと同じ形の模様……干渉縞が少しずつ現れてくる」
龍樹が淡々と述べた。
「あら、乗り気になってきたじゃない」
神月先生はパチンと小気味よく指を鳴らした。
「どう、面白い結果でしょ? 複数の光子が波を形成してるって説はやっぱり間違いで、実際は光子一つだけでも波の性質を示しちゃってるのよ」
「ってことは、光子は発射されたときに粒子から波に変わって、二つのスリットを同時に通り抜けた後、感光板に当たったとたんにまた粒子に戻ったってことですか?」
智慧が身振り手振りを交えながら言う。
「そう思うでしょ?」
白衣の彼女は「ふふん」と鼻を鳴らした。
「でもね、光子は素粒子っていって、それ以上分割できない粒子なの。二つのスリットを同時に通れるような、広がりがある波に変わるなんて考えにくいのよ。じゃあ光子がスリットを通り抜ける瞬間を観測できるようにして、もう一度実験してみればいいと思うじゃない。でもそうすると……」
妖狐は不気味な笑みで、こちらに顔を近づけるよう身を乗り出した。
「光子は二つのスリットのうち、どちらか片方しか通らなくなり、感光板に残る点の跡には、縞模様の濃淡がつかなくなるのよ」
「え……?」
彼女の言葉を聞いた瞬間、ぞくりとした恐怖を感じた。まるで「ここから先は人間の踏み込んではならない領域だ」とでも警告されているかのようだ。
白衣の彼女はそんな俺の反応を見ると、さも愉快そうに、
「ものを観測するときって、観測対象に触る必要があるのよね。これは何も手で触るってことじゃなくて、例えば、あなた達の目に私の姿が見えてるのは、私の身体に当たった光が反射して、その光をあなた達の眼球の網膜が捉えてるからでしょう?」
「え、ええ」
これについては俺も知っている。だから、光のない真っ暗な場所ではものは見えないし、光の反射や吸収が起きにくいガラスや水などは、透明で見にくいのだ。
「光子がスリットを通る瞬間を調べるときも、光子に何も接触させずに観測するのは無理なわけ。でもそうすると、波の波長に影響が出るの。干渉縞ができる条件って厳しいから、それで実験結果が変わっちゃうのよ」
「波動関数の収縮ですか」
宝生さんが謎の言葉を発する。
「わかってるわね。流石は博覧強記のお嬢様」
賞賛を送る神月先生。そして、説明を求める智慧の物欲しそうな眼差し。
白衣の彼女は智慧に視線を合わせると、
「電子の普段の状態について話をしてたのに、なんで長々と光子について喋ったかっていえば、電子も光子も……というか、不動くんが名前を挙げたものを含めた量子は全部、二重スリット実験で波の性質を示すからなのよね。で、その波を数学的に表すために作られた道具が〈波動関数〉なの。二重スリット実験以外で量子が示す波も、最初に話してた電子雲も、全部この波動関数で記述されるのよ」
「それが収縮するってどーゆーことですか?」
目をぱちくりさせ、智慧が問いかける。
「波動関数で表される波は、観測されてないときは広がりを持った状態なんだけど、観測されたとたんに広がりを無くして、粒子的な性質を強く示すのよ。光子がスリットを通る瞬間を観測したときも、波の広がりが無くなって、片方のスリットしか通らなくなったってわけ。
ここで当然〝観測とは何か〟っていう問題が出てくるわけだけど、この観測を定義づけるのはかなり困難なのよ。人間の意識が関係してるんじゃないかとか、量子論の初期にはいろいろ言われてたんだけど、とりあえず今は『微視的なものが巨視的なものと相互作用して、何らかの痕跡を作り出すこと』とされてるわ」
「光子の二重スリット実験で、光子がスリットを通り抜ける瞬間を観測しようとしたときも、ミクロとマクロの相互作用が起きたってことですか?」
「そう。ミクロな存在の光子が、光子の位置を特定するマクロな仕掛けに痕跡を残したってことだから、その時点で観測が行われたことになるわけ。人間がそれを見るかどうかは関係なく、ね。だから、光子がマクロな存在の感光板にぶつかるのも観測ってわけ」
「なるへそなるへそ。じゃあ、量子は観測されてないときは波だけど、観測されると粒子になるってことかー」
「ここがややこしいんだけどね。さっきも言ったけど、観測によって『波から粒子になる』んじゃなくて『粒子的な性質を強く示す』のよ。つまり、観測の状況によって、粒子性が顕著になったり、波動性が顕著になったりしてるだけで、完全な粒子になったわけじゃないってこと。量子ってよく『波でもあり粒子でもある』って説明されるし、ここまで私もそう表現してきたけど、正確には『波でもなく粒子でもなく、量子っていう新しい概念』なの」
「ほんとにややこしいですね」
「もっとややこしい話をすると、この波的な性質と粒子的な性質は、同一のものがその時々で姿を変えてるわけじゃなくて、一組のペアではあるけど別々のものっていう可能性もあるの。勘違いされやすいけど、実は波動関数で表される波って、ヒルベルト空間っていう抽象的な空間内で定義されるもので、現実の空間を広がる物理的な波じゃないのよ」
「うわーん、わけわかんないよー」
混乱している様子の智慧。これが漫画なら、頭から煙が出て、両目がうずまきになっていることだろう。俺も頭がこんがらがってきた。
「じゃあ、二重スリット実験で光子が示した波としての性質も、実際に光子が波みたいに広がってたわけじゃないってことですか?」
「ええ。二重スリット実験で干渉縞を作るには、発射されてから感光板にぶつかるまで、ずっと波の広がりを維持している必要があるのよ。でも、光子一つ一つが感光板に残すのは点の跡だから、広がった波は感光板にぶつかったと同時に、もう収縮し終えてることになるわけ。だから、実際に光子が波状に広がってると解釈すると、収縮の速度は光速を超えて、特殊相対性理論と矛盾するのよ」
また、龍樹曰く、こんな思考実験もあるらしい。
電子を箱に閉じ込め、箱の中全体に波動関数の波(電子雲)が均一に広がるようにする。箱を真ん中で二つに区切り、箱の内部で波が半分ずつに分かれた状態にする。電子が実際に波になって広がっているとすると、箱の中で電子は半分に分かれていることになるが、電子は光子と同じように、それ以上分割できない素粒子である。そんなことはあり得ない。もし、実際にこの状態で箱の内部を観測したとしても、やはり半分ずつの電子が観測されることはなく、箱のどちらか片方だけで一つの電子が観測される。
「ドイツ生まれでアインシュタインとも親しかった物理学者のボルンは、波動関数の波を実在する波じゃなく、量子の存在する確率の分布だって解釈したの。波の振幅が大きいところは量子が見つかる確率が高くて、波の振幅が小さいところは量子の見つかる確率が低いってことね。二重スリット実験でいえば、確率の高いところが干渉縞の濃い部分、低いところが薄い部分になるわけ。ボルンはこの波動関数の確率解釈の提唱でノーベル物理学賞を受賞してるわ。
あと、これは全くの余談だけど、歌手のオリヴィア・ニュートン=ジョンはこのボルンの孫娘よ」
「えっ、そうなんですか」
智慧が驚きの表情を浮かべる。俺も少し驚いたが、これ以上脇道に逸れないように話を先に進める。
「電子雲は、電子が発見できる可能性のある範囲と、その確率分布だって言ってた意味がやっとわかりましたよ。それに、物理的な波じゃないから、観測するまで電子は実体としてどこにも存在しないし、二つのスリットを同時に通り抜けたように見える実験結果も出ると」
「そういうことよ、成道くん。電子や光子を含めた全ての量子は、空間の中で継続的な道筋を進むんじゃなくて、別の何かと衝突したときだけ、特定の場所に突如として出現するわけ。ここで重要なのは、量子がどこで出現するかを計算する波動関数の確率が、原理的な確率だってことなのよ」
「原理的な……確率?」
「そう。電子の位置、速度、角運動量、電位その他の物理量は、全部を一度に観測することができないとも言ってたでしょう? これって結局どういうことかっていえば、量子ゆらぎによる不確定性関係の話なのよね」
白衣の彼女は姿勢を変え、椅子に深く座り直すと、淀みなく語り始めた。
「コインを投げたときに表が出る確率って、普通に考えれば五〇パーセントでしょ? でもほんとのところ、表が出るか裏が出るかって、確率じゃなくて正確に予測できるのよね。例えば、投げた高さ、コインの質量、初速度、向き、回転速度、気流の強さ、空気抵抗――こういう細かい条件が全部わかってれば、結果は一〇〇パーセントの精度で計算できるわけ。
でも、波動関数から導き出される確率はそれとは別物で、計算に必要な情報が全部わかってても、結果は大まかにしか予測できないの。不確定性関係のせいで、ある時点に量子がこれこれの位置にあって、しかも、これこれの速さでこれこれの方向に動いてるってことが、ピタッと決まってないわけ。だから、量子的な領域を扱う実験では、全く同じように実験を開始しても、毎回違う結果が出るのよ」
「なーんかうそみたいな話ですねー。ほんとは実験の結果を決定してる要因がまだあるのに、人間が気づいてないだけのようにも思えますけど」
「でしょう? 何を隠そう、アインシュタインその人も同じ考えだったわ」
「えっ、そうなんですか? いやー、まいったなー」
ちょっぴり照れている様子の智慧。
「アインシュタインは、この不確定性を基礎に据えた考え方に強硬に反対したわ。自分たちがまだ知らないだけで、実験結果を左右してる〈隠れた変数〉が存在するはずだってね。このときに生まれたのが『神はサイコロを振らない』っていう有名な言葉よ」
「へえー、そういう意味の言葉だったんですか」
「でもね、愛染さん。アインシュタインの支持した隠れた変数理論は、彼の死後、成立が困難なことをコッヘンとシュペッカーが数学的に証明してるし、アスペの実験によって完全に下火になっちゃったの。隠れた変数が存在するなら〈ベルの不等式〉っていう数式が成り立たなきゃまずいんだけど、これが成り立たないことが証明されてね」
「そのベルの不等式ってなんですかー?」
「それを数式を使わずに説明するのって、実はとっても面倒なのよね。端折って結論だけ言うと『量子の位置や速度を始めとした物理量が、観測される前からすでに決まっていると仮定したときに、満たしていなければならない条件を示した式』なんだけど、この式が成り立ってないと〈量子もつれ〉っていう奇妙な現象が存在することになるのよ。アインシュタインは弟子たちと『こんな現象はあり得ない、これは量子力学の欠陥だ』って主張し続けてたわけ」
「ふむふむ。でも、ベルの不等式ってやつが成り立ってないってことは、量子もつれはあったってことなんですよね? 量子もつれっていったいどんな現象なんですか?」
「んー、そうね」
つややかで潤いのある唇に、指で軽く触れながら、こちらに流し目をくれる白衣の彼女。
「不動くん、退屈してそうね。〈スピン〉〈観測〉〈相関〉の三つの語句を全て使用し、量子もつれについてわかりやすく述べよ」
龍樹は眉ひとつ動かさず、数秒ほど無反応だった。だが、やがてゆっくりと口を開き、抑揚のない声で話し始めた。
「……スピンを持たない量子を、強いエネルギーで二つに分け、スピンを持つ量子のペアを作ったとする。スピンは質量のような固有の性質で、上向きと下向きの二種類があり、角運動量保存則によって、全体の総量は何があっても変わらない。もともとのスピンがゼロだったから、二つに分けた量子のペアの一方を観測して、スピンが上向きだったなら、もう一方は必ず下向き、下向きだったなら、もう一方は必ず上向きだ。だが、スピンが上向きか下向きかは、観測されるまでどちらか定まっていない。すると、ペアの一方の状態が観測によって確定した瞬間、もう一方の状態もそれに同期して、まるで遠隔操作のように確定することになる。こういう、量子のペアが持つ相関を〈量子もつれ〉と呼ぶ。量子もつれは、互いの距離に左右されない。たとえペアの一方が、この地球からアンドロメダ銀河まで離れていようとも、何の媒介もなしに、一切のタイムラグなく状態がシンクロする」
「ええーっ! なにそれー!」
「そんな馬鹿なと思うかもしれないけど、それが実験で証明されちゃったのよ。量子のペアを何かが媒介してるとすれば、その伝達速度は光の速度を超えてることなって、特殊相対性理論と矛盾しちゃうんだけど、実際はベルが言ってたように、量子のペアは分け隔てられない一つの系を形成してたわけ。今じゃもう、量子もつれを使った情報伝達の実用化が研究されてて、二〇一三年には、古澤明が量子ビットの転送効率を六一パーセント近くにまで高めてるわね。間違ってたのはアインシュタインのほうだったってことよ。自然の法則の中に確率を認める考え方には、こういう覆し難い根拠があるから、受け入れざるを得ない状況にあるわけ」
智慧は今までの説明に納得している様子だった。だが、俺には先ほどから、問うタイミングを逸していた二つの疑問があった。
「量子がどこをどう動いているかは確率でしか予測できない、量子が示す波は存在確率の分布であって、実在する波じゃないってことはよくわかりました。でもそうすると、さっきの二重スリット実験で、波同士が干渉を起こしたのはどういうことなんですか?」
「あら、ボウヤのくせにいいとこ突いてくるじゃない。実はこの波の正体って、誰にもわかってないのよ。ボルンが言ったのは、この波を量子の存在確率として解釈すると、計算がうまくいきますよってことでね。二重スリットで干渉を起こせるってことは、単なる存在確率っていうだけでもないのよ。それに、波動関数の収縮もよくわかんない現象だしね」
「よくわかんない現象?」
「それまで広い範囲に拡散してた存在確率が、観測されたとたん一点に集中するっていうプロセスが不明なのよ。このとき、波動関数の波は前後の連続的な流れを無視した変化をしてるの。かつて、天才の代名詞として知られる数学者のノイマンが、これに数学的な計算で理論づけをしようと試みたんだけど、悪戦苦闘の末、ついに不可能だって結論を導き出しちゃったのよ。そこで彼は、実験結果と整合性をとるために、観測時だけ、例外的な数式上の処理を無理やり加えることにしたわけ。これが射影仮説であり、波動関数の収縮ってこと。だから、波動関数の収縮は数学的に説明できないし、現実にどういう現象なのかもわからないのよ」
白衣の彼女は「ふう」と息をつき、腕を組んだ。重量感がある二つの張り出しが腕の上に乗り、強調される格好になっているのはわざとなのだろうか。
「もう一つ、質問があるんです」
「あら、なにかしら」
「『ミクロなものがマクロなものと相互作用して、何らかの痕跡を作り出すこと』が観測の定義とのことですが、ミクロなものとマクロなものの境界はどこなんですか? 観測時だけ例外的な変化をするなら、そこを明確にする必要があるはずですけど」
「また、ピンポイントにいいとこ突いてきたわね。それが、今もはっきりとはわかってないのよ。実験によると、ミクロとマクロの中間的な大きさでも、量子力学的現象は起きてるみたいだしね」
彼女は腕組みをやめ、手振りを交えながら弁じ始めた。
「ミクロの量子の位置や速度等の物理量は、確率的に決定されてる、それが量子力学の実験で証明されてるってことを今まで説明してきたわけだけどね。でも、マクロの世界も、その量子から構成されてるわけじゃない。じゃあ当然、ミクロもマクロも、同じ法則に支配されてるってことになるわよね? そこに、波動関数の収縮みたいな例外現象を持ち込んで、両者の線引きをするためには、例外を説明できる程度の明確な違いがミクロとマクロの間で必要なのよ。だから、ハンガリーの物理学者のウィグナーはこんな仮説を提示したわけ。『人間が認識した時に、波動関数は収縮する』ってね。バークリーの言った『存在するとは知覚されること』にも似たところがあるわね。――そして、この仮説への問題提起が、かの有名な〈シュレーディンガーの猫〉なのよ」
神月先生による説明はこうだった。一時間以内に、五〇パーセントの確率で放射性崩壊を起こすラジウムがあるとする。鉄の箱の中に、このラジウムと放射線の検出装置、そして検出装置に連動した毒ガス発生装置をセットし、生きた猫を入れて蓋を閉じる。放射性崩壊が起これば、放射線が装置に検出され、毒ガスが発生して猫は死亡する。さて、一時間が経過したとして、猫は生きているか、死んでいるか。これが、シュレーディンガーの猫と呼ばれる思考実験である。
「ラジウムの放射性崩壊は、正確にはα崩壊っていうんだけどね。これは、量子的な現象の〈トンネル効果〉が原因で、α粒子が原子核から飛び出すことなのよ」
例によって、智慧がトンネル効果について質問すると、
「量子ってね、原子核内で働いてる結合力(強い力)とか、コンクリートの壁とか、古典物理学の観点では絶対に通り抜けられないはずの障壁でも、何度も体当たりしてるうち、まれに向こう側に通り抜けることがあるのよ。これがトンネル効果ね」
「ということはつまり……量子はプリンセス天功だったんですか?」
智慧の言葉に先生は苦笑し、
「波動関数の波って、壁の向こう側にもにじみ出すのよ。ほら、壁で隔てられてても、音は壁を通して向こう側に伝わるでしょ? 強い光が薄い金属箔を透過するのとも、イメージは似てるわね」
「ふーむ。なんとなくわかりました。でもせんせー、それが毒ガスや猫とどう繋がってくるんですか?」
「α崩壊には、波動関数で表される量子の存在確率が関係してるってことよ。つまり、ラジウムがα崩壊してるかしてないかは、観測されて初めて確定するの。で、この思考実験じゃ、猫の生死はα崩壊の有無と完全に連動してるでしょ?」
「そうか」この思考実験の意図が、俺にもようやくつかめた。
「人間の認識を観測の定義とすると、猫の生死も、人間が箱の中を見るまで、どちらか確定していないことになるんだ」
「その通り。箱の中で、生きてる猫と死んでる猫が、電子雲みたいに重ね合わさってることになっちゃうの。これがシュレーディンガーの提起した問題ってわけ。まともに考えれば、箱の蓋を開けて人間が見なくても、一時間経った時点で猫の生死はどっちかに確定してるはずでしょう?」
俺はうなずいた。ミクロの領域で起きていることは確かに奇妙だが、その奇妙さは、俺たちが普段ミクロの領域に馴染みが薄いからこそ生じてくる。同じ現象が、日常的に触れているマクロの領域で起こるとなると、話は全く違ってくる。
「この問題に対する一つの落としどころは『検出器が放射線を検知した時点で、もう波動関数は収縮している』って考え方ね。検知された放射線は、トンネル効果で原子核から飛び出したα粒子の流れだから。これなら、生きた猫と死んだ猫が重ね合わさってるって状態は避けられるわ」
「でも結局〝波動関数が収縮するかしないかを分ける境界は何か?〟っていう点は曖昧なままですね」
「そこで出てくるのが〈デコヒーレンス〉っていう理論なのよ」
「でこひーれんす?」
智慧がおでこに手をやる。
「今までみんな、ミクロとマクロが相互作用した時にだけ、波動関数の収縮が起きると思ってたわけ。だけど、このデコヒーレンスは、ミクロ同士の相互作用でも状態の収縮が起きると考えるの。 そして、収縮の速度は、相互作用する物体が大きければ大きいほど、速くなっていくのね。ミクロ同士の相互作用で波動関数の収縮が起きないように見えたのは、あまりに収縮の速度が遅過ぎて、量子が一瞬でマクロなものに衝突しちゃう普通の実験じゃ、その変化がわからなかっただけだって説明するのよ」
「なるほど。それならこの問題は解決しますね」
「ほとんどはね」
「ま、まだなにかあるんですか?」
「さっき言った、波動関数の収縮プロセスの話よ。それまで〈α崩壊が起きた状態〉と〈α崩壊が起きなかった状態〉のどっちにも確定してなかったのが、検出器で検知された瞬間、どっちか一方に収縮する仕組みがわからないわけ。だから、こんな考え方があるのよ」
俺の目をまっすぐに見つめて、彼女は言った。
「〈α崩壊が起きて猫が死んだ世界〉と〈α崩壊が起きず猫が生きている世界〉とが枝分かれしたまま、同時進行する――ってね」
「なっ……」
話が俄然ハードSFじみてきた。
「量子だけじゃなくて、世界全体が重なり合ってたくさんある、人間も含めて、この世界の全てが巨大な波動関数で表されてるって考えるの。これが〈多世界解釈〉よ。波動関数が表す確率のそれぞれは、枝分かれした別の宇宙を指しているってわけ。波動関数の収縮は、デコヒーレンスによって、分かれた世界同士が干渉性を喪失することを意味してるの。こう考えれば、波動関数の収縮に説明がつけられるのよ」
「わー、量子力学ってすごーい!」
いたく感激している様子の智慧。
「ま、デコヒーレンスは数学的厳密さに欠けるっていう批判があるし、この多世界解釈は、世界の外部に観測者がいないことを前提にした話だけどね。あと〈量子重力理論〉には、全く別のアプローチで、全く別種の多世界に言及したものもあるのよ」
またもや新しく出てきた、量子重力理論という語句について、智慧や神月先生に説明を求められた龍樹によると、
「……星やら銀河やら、かなりマクロな領域を扱う一般相対性理論と、目に見えないミクロな領域を扱う量子力学は、互いを無視して作られていて、現状ではそのまま突き合わせると矛盾する。だが、一般相対性理論と量子力学が両方必要な局面は存在する。宇宙の誕生や、ブラックホールの内部について考えるときがそうだ。そこで、二つの理論の対立を解消して、一つに統合しようとしてる理論の総称が量子重力理論だ」
ということらしい。
「量子重力理論の一つには〈超ひも理論〉っていうのがあってね。この理論では、宇宙の究極の構成要素を〈点〉じゃなくて、一次元の〈ひも〉として考えるの。二一世紀の技術じゃ検出できないようなサイズの、すごく小さいひもの振動が素粒子として現れてるわけ。南部陽一郎がこのひもモデルの考案に関わってるのは有名ね」
白衣の彼女は智慧に視線を合わせ、
「ヴァイオリンやピアノの弦は、ある共鳴振動数でよく振動するでしょ?」
「私たちの耳が、いろんな基音やその倍音として感じるパターンですね」
先生はうなずき、
「同じことが、超ひも理論のひもにも当てはまるのよ。素粒子の性質の違いは、ひもの様々な振動パターンの反映、いわば音色なの。古代にピタゴラスが考えた〈天球の音楽〉しかり、音楽は宇宙に関する真理を追い求める者がよく用いた比喩だったわ」
目を輝かせている智慧。すっかり、白衣の彼女の言葉に夢中になっている。
「この宇宙に存在する全ての力は四種類に分類できるの。〈重力〉と〈電磁気力〉、原子核の中で働く核力の〈強い力〉と〈弱い力〉の四つね。これら四つの力は、全部〈メッセンジャー粒子〉っていう素粒子のやり取りだと考えられてるのよ。重力のメッセンジャー粒子が〈重力子〉、電磁気力が〈光子〉、強い力が〈グルーオン〉、弱い力が〈ウィークボソン〉ね。でも、この中で重力子だけが、実験でその存在が確認されてないのよ。それで、ここが重要なんだけどね。一九七四年にシェルクとシュワーツが、重力子の特性と完全に一致した振動パターンをひものレパートリーの中に見出したの。つまり、メッセンジャー粒子は全部ひもの振動で表せるってこと。
どう? エレガントでしょう? この宇宙の基本構成物質も、この宇宙に存在する力も、全てがひもの振動で説明がつくのよ。宇宙はいわば、膨大な数のひもの振動ハーモニーによる〈交響楽〉ってわけ」
「なんだかすごそうな理論ですけど、その超ひも理論と、多世界解釈にどんな関係があるんですか?」
俺が問いかけると、
「超ひも理論の発展系として、膜宇宙論っていうのがあるのよ。超ひも理論では、ひもは極小に巻き上げられた九次元空間を振動してるんだけど、この膜宇宙論では、空間次元をさらに一つ増やすの。私たちの宇宙は、十次元――時間を含めると十一次元――の大きな空間の中に浮かぶ、三次元の膜だって考えるわけ。そして、その十次元空間には他の膜も存在してる可能性が高いのよ。インフレーション理論で有名な佐藤勝彦は、こんなことを言ってるわ」
その著名な宇宙物理学者の佐藤氏が語るところによると、超ひも理論(膜宇宙論)は多元宇宙を予言しているという。カラビ・ヤウ空間と呼ばれる、複雑で難解な空間の色々な場所に膜の宇宙があり、その膜宇宙は三次元に限らず四次元、五次元と様々なものがあるらしい。しかも、物理法則もそれぞれの宇宙で異なり、まるで曼陀羅によって表される仏教の三千大千世界のような、無限に近い宇宙が存在することになる、とのことだった。
「ケンブリッジ大学でホーキングに理論物理学を学んだクリストフ・ガルファールは、著作の〈The Universe In Your Hand〉の中で『膜が隣り合うような場所では、ブラックホールがまるで歪んだ時空同士を結ぶチューブのような働きをして、他の宇宙との架け橋になっている』って言ってるわね」
ここで宝生さんが口を開いた。
「ひも理論は非常に興味深い仮説です。しかし、スイスのジュネーヴ郊外で、CERNが行なっている大型ハドロン衝突型加速器(LHC)による実験で、ひも理論の理論的裏付けとなるスーパーパートナー粒子の発見が期待されていたものの、その兆候すらなかったと聞き及んでいますが」
「確かにそうね。でも、それで直ちにひも理論が否定されるわけでもないのよ。機械の能力でも間に合わないほど、スーパーパートナー粒子が重いのかもしれないしね」
そう神月先生は述べると、ゆるやかに俺たち全員を眺めた。そのとき、何かに気づいたのか、急に視線の動きをぴたりと止めた。
「あなた、まだ一言も喋ってないけど、何か言いたいことがあるみたいね」
びくっと薬師さんが身体を震わせた。じっと見据えられ、彼女は怯えながらもおずおずと口を開く。
「あ、あの……すみません。私にはお話が難しくて、事件のヒントはどこだったのか、よくわかりませんでした」
こちらが気の毒に感じてしまうほど、申し訳なさそうにこぼした薬師さん。だが、白衣の彼女は、
「ま、ここまでの話はほとんどが前振りね」
あっさりと言い放つ。こうなるともう、逆に清々しい。
「私が言いたかったのはね。安っぽい歌やら漫画やらドラマやらで、世界とかいう言葉を軽々しく使ってるけど、あなた達は本当に〈世界〉というものの意味について考えたことがある? ってことなのよ」
先生の顔つきが、再び妖狐のものに変わる。長かった話も、ようやく終盤に差し掛かっているのだろうか? ここまできたら、最後までとことん付き合うしかない。