ケーキのおつかい
うちに入ると真っ先に見えるのは、
ダイニングテーブルだ。
そこには3つのりんごのタルトや、クッキー、
バスケットに入ったパンなどが置かれていた。
「いい匂い」
そういうと母は、ふふ、と笑って
テーブルにあったりんごのタルトケーキを包んで、
バスケットへとしまった。
「貴女を呼んだのは、これをメディおばさんの所へ
届けてほしかったからなの。」
「メディおばさんのところに?」
「そうよ。近頃メディおばさんも弱っててね。
前に約束したのよ。今日メディおばさんの好きな
タルトを、届けるって。
貴女も久しぶりにお顔を見せてあげなさい。
きっと喜ぶわ」
「わかった。メディおばさんの家ならここからそんなに
離れてないし、届けに行ってくる。」
私はそういうと、母からタルトの入った
バスケットを受け取った。
「あまり揺らさないでね」
「はぁい。
じゃあ、行って来るね。」
「気をつけて」
ーー家を出て20分くらい歩いただろうか。
メディおばさんの家は私達が住む国を出て
左手にある道を少し行った所にある。
水車がカラカラと回っているのが遠くに見える。
そこがメディおばさんの家だ。
玄関までたどり着くと、家の中から
ワンワン!と犬の鳴き声が聞こえた。
扉を開けると、勢い良く犬のドニが飛びついてきた。
「ちょっと!ドニったら!」
あやうく倒れそうになった体を立て直して、
ハッ、ハッと楽しそうに尻尾を振りながら
ドニが私を見る。
「ふふっ、久しぶりねドニ。」
私はバスケットを持っていない片方の手で
ドニの頭を優しく撫でた。
嬉しそうに笑ったように頭を寄せる。
「ドニ、おばさんの所へ行きましょ」
そう言うとドニは私からすぐに足を下ろして
家の中へと入った。
ドニはまだ興奮しているからか、
私の周りを尻尾を振りながらくるくるまわる。
メディおばさんの家はどこか懐かしい香りがして好きだ。
目の前のキッチンを通り過ぎて、
奥のダイニングの方へと向かうと、
椅子に腰掛けるメディおばさんの後ろ姿が見えた。
「メディおばさん、お久しぶりです」
「この声は・・リンか」
メディおばさんはそういうと、
椅子の肘おきを支えに、
ゆっくり立ち上がり、振り返った。
「そ、そのままでいいよ。」
私がそういうと、メディおばさんは
これくらい大丈夫よ、とニッコリ笑った。
「久しぶりだねぇ。ドニが騒ぐから、誰かと思ったよ」
「ええ、お久しぶり。ドニもおばさんも
お元気そうで。」
「ふふ、リンに会えるのは私もドニも本当に
嬉しい事だからね。
それより、今日はどうしたんだい?」
私は手に持っていたバスケットを
丸いテーブルの上に置いた。
「これ、母さんから。
今日持っていくって約束してたんだって?
おばさんの好きなりんごのタルトよ。」
「おや、そうだったね。今日は式典の日か
どうも1人でいると、とても時間が遅く感じるよ。
それ、こっちにくれるかい?」
はい、と私はバスケットをおばさんに手渡した。
包みを開くとおばさんはうん、いい匂いだ。と
ニッコリ笑った。
「おばさんもこっちに来ればいいじゃない
とてもいい所よ?」
「私はここが好きだからいいんだよ。
ーリン、せっかくだし少し一緒に食べよう。
キッチンにお皿とナイフとフォーク、
あとハーブティーがあるから、
取ってきておくれ。」
「あ、うんわかった。」
私はおばさんに言われたとおり足早にキッチンに向かい、
ナイフとフォーク、ティーポットに入ったハーブティーを
トレイに乗せてダイニングへ向かう。
おばさんはバスケットの中から
りんごのタルトを取り出した。
「あっ、私が切るから、おばさんは座ってて。」
そう言うとおばさんは
ありがとう、といって椅子に腰掛けた。
椅子の横にはいつの間にかドニが
おばさんにぴったりとくっついて座っていた。
尻尾がパタパタと揺れている。
「はい、どうぞ。」
私は切ったタルトをおばさんの前と、
自分の前に置いた。
「あ、ティーカップ忘れちゃった。」
私は急いでキッチンの戸棚から
ティーカップを取り出した。
その瞬間、カラン、とティーカップから何か音が聞こえた。
「ん?」
ティーカップの中を覗いてみると、
そこにはキラリと赤く光る指輪があった。
「なんだろう、これ。」
私はその指輪を手に取り、ひとまず
カップを持っておばさんの所へ運んだ。
「リン、悪いね。ありがとう。」
「そんな、いいのよ。」
そういって、私は手の中の指輪をサッと
ワンピースのポケットに入れて、
ポットからハーブティーを注いだ。
「さぁ、頂きましょう」
それから数分後、
2人のお皿はすぐにカラン、と空になった。
「ふぅ、美味しかったわね。
リンのお話も聞けたし、本当良かったわ」
「私もおばさんの家に来てよかった。
これからはまたちょくちょく遊びに来てもいい?」
「もちろんよ。大歓迎だわ」
おばさんはにっこりと笑ってそう言ってくれた。
「それじゃあ、片付けしたらそろそろ戻るね。」
私は全ての食器を再度トレイに乗せて、
洗い場へと持っていった。
食事中、指輪の事をそれとなく聞いてみたけど、
おばさんは心当たりがないようだった。
こっそり持っているのに少し罪悪感を感じているのと同時に、
見覚えのあるような、ないようなこの指輪に
私は興味を惹かれていた。
洗い物を全て終えると、私はおばさんの所に戻り、
「じゃあ、またくるね。」とお別れを言った。
「ええ、今日はありがとうね。
タルト、お母様にも美味しかったとよろしく伝えて頂戴。」
「うん。わかった。
ドニもまたね。」
ワン!とひと吠えして
玄関から手を振るメディおばさんとドニに見送られながら
私は街へと戻っていった。