表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
タコ女  作者: 陸奥
Peace of the "Asunaro" town
1/28

001話 「電話口で」

 静かさに身を任せてずっと眠っていた。新しく買った時計が三時の鐘を鳴らし、それで私は起きた。

 視界に入る何もかもが新しかった。そして、目覚めも新鮮だった。絨毯に身を投げるようにしていても誰かが怒るわけでもなし。家族の声もここでは聞こえない。厄介なあの妹の声も。私は、心底幸福に身を委ねていた。そして、これから訪れるだろう自分のハッピーな生活の事を考え、ただただ呆然としていた。

 スマートフォンのバイブが机の上で鳴った。ガラス板が振動する音に驚く。すぐさま上半身を起こしてそれを取った。

「もしもし、お母さんだけど」と電話主は言った。母だった。「一人暮らしをするマンションは気に入った?」

「そりゃもう。当然!」と声を大にして言った。そんな声が出たことを、自分自身が一番に驚いた。

「それは良かった」と電話口で母は笑う。「それでね、ちょっとシリアスな話になっちゃうんだけど…。大丈夫?」

 私は電話口でああ、と言って頷く。

「仕送りの額をちょっと減らしてほしいの。こっちも結構切迫してて」と母さんは言った。「二万ぐらい減らしてもらえればと思うの」

 考える間もなく、大丈夫だと伝えた。二万ぐらいきちんとした職を探しながらアルバイトをしていけば、生活面ぐらいは補えるだろう。それに、自分一人の為に家族の生活を圧迫していっては、それこそ親不孝者だ。そんなものは本望ではない。

「本当? なら、ありがとう。それとね、彰浩―」

 電話口の母さんの声が切れる。代わりに、廊下を憮然として歩くような、そんな足音が後ろでする。そして、多分家の玄関ドアを開けたのだろう音がした。「家出する」そんな声と共に。

「ごめんね」と母は謝った。その言葉の意味が、もはや自分には分からない。

「なにも謝ることなんてないさ。あいつはあいつなりに人生を送っているだけなんだから」

「あなたは、優しすぎるのよ…」と母は言った。それから少し間を空けてまた話す。

「強制とは言わないけど、あの子をそっちで生活させてほしいの」

「秋と同居しろって?」

「うん…」

「別段、構いはしないけれど、その分、生活は苦しくなる。なにせあいつは何もしないから…」

 深い沈黙が訪れる。

「そう、よね」と母は言った。

「ああ」と私は言った。

 電話は、やがて私たち二人が喋らなくなり、誰かが切った。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ