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主婦・竹田澄子の場合

 死の間際に、死神に「あなたの生きた証、誇りは何か」と聞かれれば、竹田澄子は迷いなく、「二人の息子を育てたことです」と答えるだろう。


 彼女は中学生の時に一つ上の先輩を好きになった。

 彼のことを思ってはいたが、なかなか告白できず、結局卒業式の当日になって告白した。

 しかし、「これからは高校生と中学生。お互い会えなくなるから」と断られた。

 それでも諦めきれず、彼と同じ高校に入学してすぐに告白した。

 そしたら簡単にOKと言われ付き合うことになった。

 そのまま交際が続いて20歳で結婚、二人の男児を授かり、そして今年、二人とも家を出て行った。


 兄の方は4年前に大学に行くため上京した。

 兄は自分の息子にしては非常に優秀で、今年の国家公務員一種試験を合格したと報告してきた。

 弟の方は勉強嫌いだったが、やさしく母思いのところがある子だった。

 高校を出て1年は一緒にいたが、冬に彼女を紹介され、結婚をしたいという話を父と澄子の前で語った。

 正直、彼女に対して軽い嫉妬と、息子に対して喜びが混ざった複雑なものだった。

 しかし息子のことを考えるとやはり嬉しいものだった。

 夫も19歳という若さで結婚することに対して最初はかなり懐疑的な姿勢を示した。

 しかし相手の娘さんはチャラチャラしたところがない誠実そうな人だったので、結婚はしないで同棲という形で1年間暮らしてみろという条件を出したのだ。

 そして春に家を出て、近所のアパートに同棲し始めたのだ。

 いつも夜になると子供がいたことが少し懐かしく感じ、賑やかさが減ったのだと7月も中ごろを過ぎて実感していた。


 二人の息子たちに愛情を持って接し、そしてグレることもなく社会人として立派に育った。

 それが竹田澄子の自慢の息子たちだった。


 息子たちが独立し、自分の時間が増えた。

 夫はいつも9時くらいに帰ってくる。

 夕食を待ってなくていいと言われているのでいつも7時頃に食べるようにしている。

 そして後片付けをして8時半から9時までのちょっとした時間にテレビを見たり、ネットを見たりするのが最近の生活リズムになっていた。


 テレビで映画の予告を見て、気になってパソコンを開いた。

 テレビドラマの映画版が近日公開になるらしい。

 そのテレビドラマはネットを使った不正株取引やネットでの殺人予告状、厚生省へのハッキングに対して主人公のサイバー警察が立ちまわるという話しだった。

 自分の知らない知識とスリルのある展開で、最近のドラマの中ではかなり面白かった。

 面白いドラマの続編ということで、映画もきっと成功するだろう。

 できるなら夫と二人で見に行きたいと考えて公開される劇場やスケジュールをチェックしようと思った。

 ネットを開いて検索をして一番上に公式のページが上がっていた。

 ネットを使った犯罪をドラマ化しただけに凝った作りになっていた。

 画面に数字が下から上へ流れていく。

 その数字がだんだん小さくなり色の濃淡ができて、人の形になってさらに主人公達の立ち絵に変わった。

 それだけでテンションが上がってくる。

 公式のページを一通り見ていると、家の扉が開く音がした。

 夫が帰って来たのだ。

 夕飯の準備はもう済んでいる。

 温め直すときに、映画の話を振ってみると、公開日時を聞かれた。

 映画の情報はチェックしていたが、肝心の日時を忘れてしまっていた。

 夫はドラマを断片的にしか見ていなかったはずだが、それでも一緒に行ってくれそうだと雰囲気がいっているのだ。

 夫が食事をしているときに澄子はもう一度ネットを開き劇場の情報を探してみると、公開は2週間先の金曜日だった。

 夫の仕事や付き合いの予定を聞いてみて日曜日なら一緒に行けそうだという話になり、久しぶりのデートになりそうで澄子は嬉しくなってしまった。

 気になる映画のことはちょっとでも情報が欲しいということで、公式のページ以外も調べていく。

 ツイッターや掲示板など普段はそれほどパソコンを使わない澄子にしては珍しくのめり込んでしまっていた。

 夫は食事が終わり風呂に行くと告げリビングを後にした。

 空返事をしてさらにいろいろクリックしていく。

 今度は画面の下からアルファベットが高速で上に流れていく。

 さっきの公式のページと似たような演出だと澄子は思って見続けた。

 しかし、画面はいくら待ってもアルファベットが流れていくだけで変化しない。

 変なページだと思って消そうとしたが体がいうことを利かない。

 そしてアルファベットは0と1だけになり、画面いっぱいに「DEATH」という文字を見た瞬間に意識が途切れた。




 意識が覚醒したのはいいが場所が全くわからない。

 壁も床も天井まで白い部屋というのは異常な感覚を覚える。

 遠近感のない部屋を一周してみたところで声が降ってきた。

「ようこそ、僕の箱庭へ。歓迎するよ」

「はぁ、ここはどこでしょうか?」

「ここは、箱庭へ行くための準備をするための門だよ」

「私は、家にいたはずです。どうして私はこんなところにいるのでしょうか?」

「それはあなたが死んでしまったからだよ」

 信じられないことを聞いた。

 自分が死んだということは、今いるところはどこ、そして私は、生きているように振舞っている私は何なの?

 どうして?なぜ?どうなっているの?

 一番簡単な答えは夢を見ているということだ。

 では夢の中と現実で一番違うのは?

 そうだ夢なら飛べるかもしれない。

 澄子は飛べると念じて思いっきりジャンプしてみた。

 しかしというべきか、当然というべきか地面に戻ってくるだけだった。

 何度かチャレンジして腕を羽ばたかせたりしてみたが、全くもって飛べる気配はない。

「何をしているの?」

「夢だったら、飛べると、思って、飛んでいる、ところ!」

「はっはっは、ひー、うける!」

 けたけたと笑う少年の声に少しムッとしてジャンプを止めた。

「さっきも言ったように、おばさんは死んでここにいるの。どんなに頑張っても飛べないし、元の世界に帰ることはできないの」

「帰れないって………主人や息子たちには会えないってこと?」

「残念ながら」

「そんな、嘘、どうして…」

 ショックが大きすぎる。

 愛している人との突然の分れを告げられている。

 夫や息子達から見れば死んだのは自分で、別れを言うのは向こうなのかもしれないが、自分からみても家族に会えないのだから一緒だ。

 一気に全ての家族を失った様なものだ。

 へなへなと座り込む。

「そんなに落ち込まないで。死んでしまったからチャンスを与えようと思って、ここに呼んだんだよ」

「何なのよ!あなた何さまなの!」

 怒りと悲しみを声の主にぶつけた。

「僕はゴッド。この世界の創造主さ」

「ゴッド…  かみ…さま」

「それで新しい世界に行くにはいろいろルールがあるから、それの説明をするのがこの門っていうわけさ」

「まずは、コマンドインベントリと言ってみて」



 一通り説明されても全く頭に入って来ない。

 息子達の結婚式も孫の顔も見ることなく、あの世に来てしまったのだ。

 未練の涙が静かに流れ落ちていく。


 ゴッドの説明によるともう一度生きるチャンスがあるらしい。

 もう一度生き返れるなら、中学生のときに戻ってグダグダ悩んでないですぐに告白すれば良かったと思い返した。

 好きなものは好きとはっきり言った方が良い。

 自分の中に閉まっておいては無駄になってしまう。

 生き返れる年齢の設定を12歳として、容姿を決定していく。


 こうして竹下澄子は全くの勘違いをしたまま箱庭の世界に入っていった。

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