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国会議員・吉田龍三の場合

「今回はこのようなパーティにお招きいただきありがとうございます。私も今年で国会議員20年です。20年という長い年月を国のために働けたことを嬉しく思い、また私と考えを同じくする者たちと今という時間を過ごせることがなにより喜びであります。」

 衆議院議員になったのは45歳のときに初当選し、そして議員として在籍したのは今年で20年という節目の年となった。

 彼にとって長いようで短かった。

 政局の荒波を乗り越え、選挙という戦いを勝ち抜いてきたのだ。

 65歳というのは体力的にきつくなる時期だが、未だ野望の方は衰えない。

 精力的に活動していこうという意気込みは十分だ。


 国会議員の主な仕事は法律を作ることだ。

 法律を作ることで国のルールを変えていくのだ。

 国のルールが変われば国の形が変わる。

 そんなことをこの20年、何度も経験してきた。

 例えば、原発が止まりソーラー発電が各地に設置されるようになった。

 そういう法律ができたからだ。

 ソーラー発電畑と呼ばれる元は農地だったところが今では発電施設になっているところだってあるのだ。

 そこまでは目に見える変化だ。

 しかしその裏では大金が動いているのだ。

 まず、ソーラーパネルを作る業者にお金が流れる。

 さらに法律上の仕組みで発電した電気を電気業者が強制的に買い取らされる。

 電気業者は高い発電料金を国民に電気料金という形で徴収するのだ。

 つまり簡単に言うと、この仕組みはソーラーパネル設置している個人が、国民からお金が入って来るというシステムになっているのだ。

 誰しもソーラーパネルを設置する土地をもっているわけではないし、そんな資金を持っているわけではない。

 しかし、このソーラー発電を守る法律ができたがためにソーラパネルを設置した個人は得をして、大多数の国民は損をしているのだ。

 国会議員はこの何もないところからお金を絞り出す案を出すのが仕事だと吉田は考えているのだ。


 そして、当然裏金が動いている。

 自分の弟の経営する会社のさらに子会社にソーラーパネルの受注をさせているのだ。台湾のソーラーパネルメーカーを通してさらにその金はアメリカドル経由され、弟の会社に入って来る。

 しかし弟の会社は政治資金規制法があるので直接は兄、龍三には渡せない。そこでパティーを開くのだ。

 パーティ券を売ったという名目で龍三の懐に入り込む仕組みになっている。

 パーティの壇上でちょっと挨拶をして、そして自分の政治理念を語り、大いに風呂敷を広げて見せる。政治家というのはそうやって上っていけば良いのだ。

 国民にはこのシステムは理解できないし、当然海外の金融機関を経由しているので捜査の手も簡単には伸びない様になっている。国民の暮しなどどうとでもなれば良い。

 自分に注目が集まり、潤沢な資金が転がりこんでくれば龍三は満足なのだ。

 権力を持つということがどれだけ重要なことかは理解していた。


 一通り壇上で講演をしてこれからの日本のことを語った後、少し興奮気味で壇上を降りた。

 今日のパーティは立食型式のためあまり長い間話すのは不味いと思ったが、それでも自分の演説に酔ってしまうところが吉田にはあるのだ。

 10分程度と司会に言われていたのだが、オーバーして15分近くもしゃべってしまった。

 その後パーティ会場を歩いて自分に用がある者ならば、向こうから名刺などを持ってくるだろうと思っていると何人かの中小企業の社長に声をかけられた。

 おべっかを使ってくる者もいれば、握手を求めて次の選挙のときの話をする者もいた。

 その中でIT企業の営業マンという人も声をかけて来た。

 吉田はIT業界というのにあまり詳しくはない。

 自分に声をかける人物とは社長や常務など会社の上の方の人間がほとんどだ。

 その中で一介の営業マンが名刺を持って近づいてくるなんて吉田にとってはかなり珍しいことなのだ。

 ことのほかこの男を吉田は違和感を持って覚えておくことにした。

「先生のお話には大変感銘を受けました。これからの日本にはなくてはならない人だと私も感服しました」

「いやいや、これからの日本を背負って立つのは君みたいな若人だよ。私はその若人の道をできるだけ楽に歩けるように舗装道路をひいているようなものだよ」

 吉田は二重人格と思われる様な使い分けができるのだ。

 それだけ優秀な頭脳の持ち主だからこそ20年も国会議員をしていられるのだ。

「わが社の社長、奥田も先生の後援会に来る予定だったのですが、別の用事がが入ってしまって来れなかったのですよ。そこで私が使わされたという次第です」

「そうでしたか。それは残念、ぜひ次回のパーティに来てくれるとうれしいですな。はっはっは」

「それで先生、来れなかった奥田から渡してほしいと預かったものがあるのですが」

「いや君、政治資金規正法というのがあって、今は煙草の一箱でも引っかかる可能性があるというのは知っているかね?」

「あ、いえ、手紙でして、これも政治資金規正法に引っかかるのでしょうか?」

「手紙は大丈夫だ。秘書に渡しておいてくれ。秘書はさっき司会をしていた男だ。後で見ておくからヨロシク頼むよ」

「はい、ありがとうございます。有益な情報がある手紙なので是非ヨロシクお願いします」




 一通りパーティが終わり彼の地方事務所に帰った。

 今日のパーティで一番気になっていた若者からの手紙を一番初めに目を通した。

 そこには手紙では情報が十分に伝わらない可能性があるので、SDカードに入っている動画も見てほしいということだった。

 当然秘書もそれを見ていることだろう。

 秘書に尋ねると今パソコンで再生しようとしているところだということだ。

 ウイルスとか入っていないか一応用心はしていたが中にはテキストファイルと動画だけだった。

 動画はこれからのIT技術はITスパイから情報を守る必要性や、重要性を説いたものだった。

 米国や中国との間で行われている情報戦をわかりやすく解説し、さらに興味があればテキストファイルから自分の会社のホームページを見て下さいという15分程度のメッセージビデオだった。

 情報の重要性は十分に理解しているし、見られたくない情報だってたくさんある。

(なるほど、自分にとって有効な手ごまになるかもしれないな)

 秘書のパソコンからSDカードを抜き、自分のノートパソコンで開くことにした。

 秘書には秘書でやるべき仕事がまだ残っている。

 重要そうな情報にはなるべく早く触れておきたいというのが吉田の貫いてきた哲学だ。


 テキストファイルの説明に沿って、ホームページを開き隠しファイルをクリックした。アルファベットが下から勢いよく上へ流れて行く。

 わざわざ、自分の後援会にまで足を運んでくれた人が動画を作って、さらにスパイウェアを送りつけるはずがない。

 画面をしばらく見つめていた。

 秘書がキーンという高音を異常だと感じて、吉田のところに目を向けたとき彼は血走った眼で画面を凝視していたと思ったら机に突っ伏すように倒れ込んだ。

 飲みかけのコーヒーが机から落ちて割れた。

 その音に職員の視線が一気に集まる。

「救急車!」




 記憶がない。

 白い部屋に寝ていたのだ。


 酒で記憶が飛んだことは何度かあるが、今日は酒を飲んでいない。

 自分の後援者に対して挨拶をするときは誠意を持って対応したい。

 帰ってからも血圧の薬を飲んだくらいだ。変なものは一切口にしていない。

 彼の人生経験上ここまで白い空間にいるというのはあり得ない。

 それなりの修羅場をくぐりぬけて来たという自信はある。

 それでもこの異常さには計り知れない恐怖を感じた。


「ようこそ。国賊議員!歓迎するよ」

「何者だ!そしてここはどこだ」

 自分を『国賊』と敵視している誘拐犯に無駄だとは思うが一応聞いてみる。

「何者かは答えられないけれど、ここは僕の箱庭だよ」

「箱庭だと、ふざけるな。私を誘拐してただで済むと思うなよ!」

「残念!誘拐したのではありません。あなたを殺しました」

「はあ?何を馬鹿なことを言っている!」

「では、吉田さんあなたはどこまで記憶がありますか?」

 そう問われて思い返す。事務所に帰ってコーヒーを飲んで、IT系会社のホームページにアクセスした辺りまでは覚えている。

「それがどうした!」

「いやいや怖い怖い、そんなに怒鳴らないでくださいよ。最後の記憶はどこですか?」

 誘拐された手前、圧倒的に不利な状況なのは理解した。

「最後の記憶は、パソコンを開いて何かを見ていた様な…」

「正解!実にいいね」

 何が楽しいのだこのくそったれ!怒りを押し殺して演技をする。

 そう彼は一流の役者になれるのだ。

「何が目的だね?金か?情報か?」

「いえいえ、もう目的は果たしたよ。あとはあなたがこの第二の人生を自由に楽しんでもらえるように僕から説明するね」

 目的を達成しただと?何なんだこの声は。

「ではまず持ち物の説明から。コマンドインベントリと言ってみて」

「コマンドインベントリ」

 憮然としながら復唱すると、なにやら空中に箱というか枠が出た。

 触れないが手をかざしたところがやや明るくなる。

「何だこれは」

「それは、おじさんが持てるアイテムの枠だよ。それ以上は持てないから注意してね。さらにコマンド装備と言ってみて」

「コマンド装備」

「さっきの枠とは別に身につけられる物が入るところだよ」

「布のズボンとあるが、これは何だ?スーツじゃないのか?」

 そして布のズボンと表示されたところを掴むようにすると布のズボンが持ちあがった。

 それと同時に下半身からズボンがパッと消えてパンツ一枚になる。

「な?なんだと!」

「もう一度さっきのスロットにズボンを入れればズボンを履けるよ」

 確かにズボンを履いていた。

 頭がこんがらがってきた。

 何か今の自分にはとんでもないことが起こっているとわかった。

 もう怒りというのはどこかに行ってしまうくらいに。

「コマンドスキルと言うとスキルブックが入るスロットが出てくるし、コマンドマジックと言えばマジックブックが入るスロットが表示されるけど、今は何も持ってないので省略~」

「さらにこっからが超重要!コマンドステータスって言って」

「コマンドステータス」

 見なれない英語が並んでいる。

 STR(力強さ)、MAG(魔力)、STA(持久力)、MEN(精神力)、DEX(器用さ)、AGI(素早さ)、QUI(反応速度)、ORA(信仰心)、APP(魅力)、LAC(幸運)。

 吉田は生まれてこのかた一切ゲームというものをしたことがない。

 ステータスといえば、高い地位とか威信という意味合いだったはずだ。

 しかし、何か別の評価項目らしきものが出て来たのだ。

「ちょっと意味がわからないのだが…」

「一から?一から説明しないとダメかぁ?」

 混乱しつつも、先程からこの子供の声の主が敬語を使わないで話してくるのが一々勘に触るのだが、そこは持ち前の演技力で表には絶対に出さない。

 そしてある程度自由に設定できるというのがわかり、それがこれからの生活に重要な要素になっていることらしいというところまでは理解した。

 吉田にとっては学校の通信簿みたいな物程度の認識だった。

 自慢ではないが学校の成績はほぼ5で埋められ、美術と音楽という芸術方面だけが平均より低い2という評価だったのを思い出した。

 それが彼のステータスの認識だった。

 そして、見た目の調整もできるということだったので適当に男のパーツを選んで、男前に見えるようにした。

「まるで漫画だな」

 自嘲気味に笑う。

 年齢も現在は65歳だが、自由に変えることができるのだ、見た目通り20歳まで若くしておくことにした。


「さあ、準備はできたかな?それでは第二の人生スタートだ!」

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