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虹色幻想

桃山御陵(虹色幻想18)

作者: 東亭和子
掲載日:2015/06/06

 彼はとても優しい人だった。

 だから耐えることが出来なかった。


 この小さな国は、桃が綺麗だった。

 城の裏山には桃林があり、甘く美しく咲き誇った。

 人々は城主を愛情こめて、桃山殿と呼んだ。


 先代の桃山殿は力のある人で、人々は彼に敬意を表していた。

 現桃山殿は若干二十歳、と少し頼りなく、病弱だった。

 それでも穏やかな性格で人々から慕われていた。


 現桃山殿は名を頼広といった。

 頼広は家督を継いだとき、妻を娶った。

 妻は家臣の娘で、菊といった。

 菊は頼広を愛した。

 とても優しい彼に惹かれた。


 やがて菊は身ごもった。

 跡継ぎが出来た、と人々は喜んだ。

 頼広も喜んだ。

「頑張って守らなければ」

 頼広は決意を新たにした。

 菊はそれが少し心配だった。

「あまり無理をなさいませんよう」

 そう言うと頼広は、大丈夫だと微笑んだ。


 しかし、頼広にとっては重荷だったのだろう。

 菊が二人目を出産したときに、頼広は亡くなった。

 二十五歳だった。

 あまりにも早い死だった。


 頼広は桃山御陵に葬られた。

 人々は嘆き、悲しんだ。

 この小さな国の行く末を危ぶんだ。

 次期当主はまだ五歳と幼く、後ろ盾がなかった。

 菊も乳飲み子を抱え、呆然とするしかなかった。


 そんな時だった。

 隣国が攻めてきたのは。

 隣国の城主は多くの人々を殺した。

 そして菊と頼広の子供を殺した。

 菊は守ることが出来なかった。

 幼い子供たちは切り捨てられた。


 隣国の城主は笑って言った。

「そなたは殺さない。この国と共に私が貰いうけよう」

 菊はその汚らわしい手を逃れ、桃山へと走った。

 腕には子供の死体を抱えて。

 菊は近くにある木切れで御陵を掘った。

 涙があふれ、嗚咽がこみ上げた。

 それでも手を休めることはなかった。

 菊は小さな穴に子供を寝かし、土をかけた。

 そうして気を失った。


「菊、菊」

 名前を呼ばれ、肩を揺すられた。

 菊は目を開けた。

 そこには頼広の笑顔があった。

「あなた」

「どうした?泣いていたぞ」

 頼広は菊の涙を拭った。

 柔らかい頼広の指先を感じ、菊はまた涙があふれた。

 頼広はそんな菊を優しく抱きしめ、背中をなでた。

 菊は幼子のように頼広にすがりついた。

 この温もりを離したくなかった。


「母様」

 小さな手が菊の着物を引っ張った。

「どこか痛いの?」

 心配そうに菊を見ている。

 菊は涙を拭い、微笑んだ。

「大丈夫、悲しい夢を見ただけよ」

 おいで、と菊は言い小さな体を抱きしめた。

「菊、夢ではないよ。私たちは死んだ。ここは桃山御陵だ」

 頼広は告げた。

 菊は意味が分からず、頼広を見つめた。

「菊。ここは死んだものが来る世界だ。

 でも君はまだ死んではいない。生きている。

 だから、君の世界に帰りなさい」

 頼広の顔がぼやけて見えた。

 菊はあせった。

「嫌!一人にしないで!」

「菊、ずっとここで待っているよ」


 ハッとして菊は目覚めた。

 桃山御陵だった。

 夢だったのだ。

 菊は悲しくなった。

 背後で土を踏む音がした。

 誰だか菊には分かっていた。


「決心はついたかい?」

 菊は振り返らずに答えた。

「ええ、決めたわ」

 菊は小さな守り刀を強く握り締めた。

 私の世界は、ここではない。

 菊は深呼吸をして、刀を喉元にあてた。

 そうして静かに手前に引いた。


「バカだ、君は!」

 怒った顔の頼広がそこにいた。

 菊はほっとして微笑んだ。

「ずっと待っていると言っただろう?何も死ぬことはなかった…!」

 頼広は悔しそうに下を向いた。

 菊はそっと寄り添い、頼広の頬を両手で挟んだ。

「私が決めたのよ。私の世界はここなの。

 ここであなたと一緒にいたいの」

 頼広は菊を見つめた。

「守ってやれなかった。君も子供も。すまない…!」

 そんなことはない、と菊は首を横に振った。

「また、ここで一緒に暮らせばいいことでしょう?」

 この美しい桃山御陵で。


「あー」

 小さな手を一生懸命に伸ばし、微笑んでいる幼子を菊は抱き上げた。

 その柔らかい頬に顔を寄せる。

 母乳の甘い匂いがした。

 足元には五歳になる息子もいた。

 頼広が息子を抱き上げた。

 息子は声を上げて笑った。

 小さな国は滅んだが、美しい桃山御陵は残された。


 それは私達だけの美しい死後の国だった。


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