27-出所
カツン……カツン……。
こちらへと近づいてくる足音が聞こえ、エンリは素早く蜥蜴に化けて身を隠し、俺も姿勢を正す。
緊張しているのか、鉄格子の方を向き、真っ直ぐに背筋を伸ばして直立するような形になってしまった。
足音が目の前まで来る。その正体は俺をここに案内した看守であった。
その手には木箱が抱えられており、牢屋の前までくると一旦降ろし、俺の牢の鍵を開けた。
「まさか、本当にここを出るとはな」
微かに笑いながら言う看守。
俺は無言のまま、ただ立っている。
そんな俺の姿を見て、ふっと笑みを零す看守。
「お前が来てからは、囚人の自殺が極端に減った。そして、仕事に対する活気も上がった。お前のひたむきに頑張る姿を見たからだ。……犯罪奴隷のくせに、本当にお前は変な奴だ」
木箱の蓋を開けながら、しみじみと言う看守。俺はただ、自分に与えられた仕事をしていただけだったのだが、周りにそんな影響を与えていたとは。
知らなかったことを伝えられ、何か言葉を返そうにも出る言葉が見つからない。
そうして立っていただけの俺に、看守は木箱の中から取り出したものを、俺へと直接渡してきた。
「約束通り返そう。これはお前から預かっていた、だけだからな」
囚人服の時とは違い、投げ捨てるようなこともない。俺は両手でそれを、ここへ入った時に取り上げられた装備一式を受け取っていった。
看守は装備と俺の顔を交互に見て、これまた笑う。
「今のお前には大きさは合わないだろうな」
「……そう、ですね」
四年と半も経ったのだ。
あの頃装備していた革鎧は、もうキツく、装備することはできないだろう。
使えるのは、斧とマントくらいか。
最後に看守は木箱から麻でできた服とズボン、下着を取り出し、俺へと渡した。
「要らないものは囚人服と一緒にここへ置いていっていい、処分しておく。それとこれは、ここを出る時お前が素っ裸ではまたここに逆戻りだからな。着るといい。お前の大きさのものを探すのには苦労したぞ」
「貰ってもいいんですか!? それに探したって……」
看守の態度が、俺にはわからなかった。事務的なことだけを話して終わりかと思っていた。
だが、話を聞くと、わざわざ俺のために服を探し、買ってきてくれたことになる。
俺の反応に、顔をそらす看守。
「別に、それも要らないものであれば置いていって構わないぞ」
「いえいえ! ……ありがとう、ございます」
俺は服を抱えたまま、大きく頭を下げた。
初めて会った頃とは違う。看守も、俺の成長や態度を認めてくれたのだ。
下げた顔が、思わず緩む。それほどまでに嬉しかった。
看守は変わらずそっぽを向いたままだが、雰囲気が柔らかい。この服は、大事にしよう。そう、心に決めた。
「じゃあ、支度が終わったらさっさとここを出ろ。二度と、戻ってこないようにな」
そう言い残して、看守は去って行ってしまった。
俺は足音が聞こえなくなるまで、頭を下げたままでいた。
まさかの人物から、好意で物が貰えるとは。
俺はベッドに貰った服一式を置く。
持っていくものは、マントと斧、後はナイフ二本か。
革鎧一式は、持っていっても傷があるし、売れもしないだろう。そういうわけで、置いていくことにした。
と、すっかり俺以外の人の気配が消えると、パッと元の姿に戻って姿を表すエンリ。
行く先は、地面へと置いたボロマントである。
「へへっ、やっと返ってきた!」
興奮気味に、早速今まで元の姿として化けて作っていた偽のマントを消し、ボロマントを羽織るエンリ。
そのままマントにくるまり……その顔は、とても満足気である。
「良かったな、エンリ」
「うん!」
おぉ、とても素直な返事だ。俺のお下がりの、ボロボロのマントだが、そこまで大切にしてくれていると俺まで嬉しいな。
微笑ましくエンリを眺めていると、エンリはハッと何か気づいた表情を浮かべ、俺の方へと顔をゆっくり向ける。
「主。下着がない」
「……ぉう」
最後、元の着ていたズボンのポケットを調べたが、見つからなかった。……盗品か何かとして、没収されたのだろう。捕まったのは俺一人だ。男一人で、その持ち物の中から女物の下着が出てきたら、なんてどう処理されるかは想像がつく。
「ここを出たら、まずは装備とエンリの下着だな」
自然との笑みが浮かぶ。
何ともない会話が、楽しく感じる。これが、自由って奴か。
だが、いつまでも喜びを噛みしめているわけにもいかない。俺も支度を整えねば。
「じゃあエンリ、そのまま顔もマントにくるまっておいてくれ」
俺は言いながら、ベッドへと体を向け服を脱ぎ始める。
その背後から、間抜けな声がかかった。
「え? なんで?」
…………。
いくら一緒にいるからといって、裸を見られるのが恥ずかしくなくなるわけではない。
これまでも、排泄行為などをする時は外に出てもらっていたし、今まで裸を晒したことはない……と思う。
まあ、エンリは元の姿が人のような姿をしているだけの精霊なので、裸に対する羞恥心とかはないのだろうが、俺にはある。
「これから着替えるからだよ、頼むぞ」
「ん、はーい」
かといって、人間に化け続けているエンリだ、人間のそういった気持ちにも理解はある。
俺はエンリを信頼している。
なのでちゃちゃっと看守に貰った服を着て、ベルトを巻いてナイフポケットにナイフを二本差し込む。
背後から視線を感じていたような気もするが、多分気のせいだろう。
最後に斧を背負い、紐で縛って固定し、マントを羽織る。準備完了だ。
残ったものを一箇所にまとめていると、再び声がかかる。
「あの人、良い人だったんだね」
振り向くと、壁に寄りかかって座り、天井を見上げながら言うエンリの姿があった。
俺は荷物をまとめ終えて立ち上がる。
「良い人かどうかなんて、人次第だろうけどな。……でも、俺もそう思うよ」
俺の返答に、エンリはニッと笑うと立ち上がり、背後から首へ抱きつくようにしてマフラーへと化ける。
途中でボロマントを器用に俺に羽織らせるのも忘れない。
「……この季節だと、マフラーは不自然じゃないか?」
麻の服にベルトにナイフ、二重マントにマフラー。
何だか今さらのような気もするが、別に化けるものでもあるだろう。
しかしエンリは、
「そんなの今さらだって。それよりも早く出ようよ、外にさ!」
「……あぁ、そうだな」
どうやら考えは同じらしい。
俺は牢の扉から一歩出て振り返り、頭を下げる。
……さあ、こことの別れは終えた。
今日から、俺の本当の人生が始まるのだ!
俺は胸を高鳴らせながら、牢獄の外へ、街へと出た。
時刻は昼を過ぎた辺り。
いつもより、外が明るく感じた。




