19-橋の完成
二年後。
壁石の積み上げも終わり、表面を平らにする作業もようやく終わった。
「お前ら、今日の仕事は終わりだ! 明日、地霊の儀を行う! だから明日に備えてしっかり休んどけ!」
親方の号令により、散らばっていく男たち。太陽は真上を通り過ぎて少し。
春の陽気が心地よく、前世からの気が抜けず、橋の完成にはちょうどよい季節だと思ってしまう。
俺は騎士が呼びかけていることも知らず、じっくりと己が積み上げてきた努力の証を目に焼き付けていた。
木材による骨組みしかなかった川のそこには、今では立派な石橋が岸と岸を繋ぎ、かかっている。
魔法により固められ、アーラの風化防止剤のおかげでより堅固なものとなっており、また大地震が来たとしても耐えうるであろうと俺は確信している。
それほどに、頑丈なものだと、ほぼ最初から橋作りに関わっていた俺にはわかっていた。
石と石の繋ぎめによる模様が美しい。
川を跨ぐそれは、この街の流通を良くし、人々の利便性が上がるだろう。街は広く、これまで遠回りをして別の門から潜ってきた商人たちも楽になるというものだ。
あぁ、なんて気分だ。
修復の時とは違い、一から重ねてきたもののような気がして、達成感や喜びも段違いである。
今日はエンリはいないが、明日はちょうど休みである。
地霊の儀とは、まあ言ってしまえば前世でいう家を建てたりする時に行う地鎮祭のようなものだ。
違うのは内容で、土の神に祈りを捧げること。
この世界にも宗教があり、四元素となる火、水、土、風の教会やらなんやらがあったりする。
といってもそこまで根強いものでも、教会が権力を持っているわけでもなく、魔力の色が違くとも、全ての属性を信仰するのも自由。
宗派争いもない、極めて平和で自由なものだ。
この地霊の儀も、土の神様に祈りを捧げて、どうか事故や崩れがないようにと祈願するもの。
けれどもそこは前世と同じくしっかりと形式はしており、明日は土の神を祀る教会の神官が来て儀を行ってもらうらしい。
前世ではあまり神やらに興味はなかったが、明日は全身全霊を込めて祈りを捧げようと思う。
それほどまでに、俺はこの橋に関わり、思い入れがあるのだ。
「……おい、行くぞ!」
と、橋を満足に見ながら頷いていたら、騎士に肩を叩かれてしまった。名残りおしいが、明日もまた見れるし、ここから釈放されればいくらだって見れる。
勝手に団体行動を崩すべきではない……俺は一言騎士に謝ってから、他の囚人たちと合流して帰路についた。
人数は最初と違って増えており、今では八人ほどいる。中でも若い、男の子とも呼べる容姿をした者が一ヶ月前に入ってきた時は驚いた。
こんな若い子でも罪を犯し……いや、それ自体は前世でもありふれたことなので気にならないが、こうして犯罪奴隷として働かされるとは。
しかも運が悪いことにこんな力仕事の現場に回された男の子の心中は計り知れない。
だがまあ、ひいひい言いながらも一ヶ月頑張ってきたのだ。途中からといえ、完成した橋を見た感動と達成感もひとしおだろう。
仕事中、何か焦っているように見えたが、まだ若い。これを期にまともな人生を……と、前も同じようなことを考えたような気がするな。
俺は門を潜り、騎士に連れられ街を歩きながら一人笑う。空は晴天。
清々しい気分だ。明日もどうか、晴天のまま地霊の儀が行えますように。
〜〜〜
「よし、皆集まったようだな」
晴天ではない曇り空。
親方が俺たちを見渡し、数を確認する。
雨が振らなかっただけでも良しとしよう。
親方と土方、そして奴隷たちと騎士。
そして、風化防止剤の提供として関わったアーラもいる。
親方が橋を背に立ち、その前に俺たちは奴隷と土方で分かれて整列していた。
騎士は五人ほどと多く、俺たちを囲むようにして立っている。
それは、いつものメンバーに加えて、教会から来た神官の存在もあるのだろう。
その神官は、土の神を祀る教会ともあり美しい茶髪の女性だ。
土方たちが前であり、俺たち奴隷は後ろ。
神官は親方の横に立っているので、よくは見えないが多分美人だろう。
黒い修道服のような服装に見を包んでいるが、頭巾などは被ってはいない。胸にはきらりと光る何かがあるようだが、遠くてこれもよくわからない。
多分十字架みたいなものだろうと俺は一人で納得して、意識を集中させる。
「では、よろしくお願いします」
「はい、わかりました」
親方が神官へと頭を下げ、身を引き土方たちの方へと戻る。親方の初とも言える敬語を使った姿を見れて、俺は集中が途切れそうになった。
ああいう人が敬語を使う姿なんて想像つかないからなぁ。まあ俺も敬語を使ってる時は、他人から同じように見られているんだろうが。
やがて神官は俺たちから背を向け、橋の方を向いて……多分、手を合わせている。
神官からだいぶ俺は離れているが、身長はいつの間にかここの誰よりも高くなっていたので、姿が見えるには見える。
前世が180センチほどと高かったのに対して、それよりも高い目線でいるので、多分二メートル近くはあるのではないか。良く伸びたものだと思うが、おかげで囚人服は一番大きい物に変えてもらったものだ。
「土の神よ」
神官が透き通るような声で儀を始める。
同時に土方や奴隷までもが、一斉に膝をついて手を組んだ。
なんだ、この世界の常識か何かか!?
そんな常識は全く知らなかったので、俺は一人遅れて屈み手を組む。
ちょっと恥ずかしい。
だが、俺のことなんて皆は気にせず、祈りに集中している。それだけ大切なことなんだろう。
俺は特に神とかあまり信じてはいないし、前世でも何かの祈願に行ったりするほどではなかったが、自分でもビックリするほどに祈りに力が入る。
俺たちが作った橋を、どうかお守りください。
捧げるものは祈りしかないが、橋を皆が使ってくれること、これから永く残ってくれることを俺は祈った。
「(神なんていないのにねー。どうせなら土の精霊にでも願えばいいのに)」
……と、長々と神官が土の神へと祈りの言葉を述べる中、肩に張り付いている小さな蜥蜴が愚痴をこぼすように言った。
確かにこの世界には神なんてものはいない。どちらかといえば日本の神のような扱いだ。
祈ったからといって魔法が扱えるようになるわけでもないし、恩恵が受けられるわけでもない。
しかしこのような状況で、空気の読めないような発言をする蜥蜴には軽くデコピンを食らわしておく。
「(エンリもちゃんと祈っとけ。俺が作った橋なんだ)」
「(……主がそういうなら、まあ)」
蜥蜴に化けているときは痛覚がないのか、デコピンに痛がる様子もなく、しぶしぶ目を閉じて祈るエンリ。
まあここらへんは心の問題だ。むりやり祈りに付き合わせてる俺も悪い、後で謝っておこう。
暫く祈りを捧げていると、ふっと神官の声が止む。
「地霊の儀は、無事に終えることができました。皆様の祈りも、土の神へ届いたことでしょう」
神官の声に、立ち上がり、ざわめく男たち。
どうやら終わったようだ。
……本当に、終わったんだな。
また一つ、やり遂げたのだ。
橋を完成させたのは、何かを残すという俺の目的に近いものもある。
これが人のためになり、皆が利用して…………くっ、また目から汗が。
「(主って痛みとかでも全然泣かないのに、こういう時だけ涙脆いよね)」
エンリにツッコまれるが気にしない。
溢れる汗を腕で拭う。
「よし、お前ら! 今日は橋完成の祝いだ! 飲んで食って騒げ!」
「本当に!? やったー!」
ずっと横に停まっていた馬車に親方が歩いていき、声を上げる。
同時に湧き上がる歓声。
一際デカいアーラの声。
前も祝いがあったが、この親方は宴好きか何かだろうか。でも完成したのなら、これが普通か。
前と同じようにこの宴は奴隷も関係ない。
食える量もいつもは限られているし、今回は最初から全力で乗っかろう。
――そう、皆の意識が馬車の方へと集中していたときであった。
「お、お前ら、動くな!」
子どもらしい高い声に振り向くと、橋の前に一人でいた神官の首を締め、小さなナイフを突き付けていたあの男の子の姿が見えたのは。




