2-牢獄生活 一日目
連れて来られたのは街の隅、街を囲む石壁に近く人気の少ない場所。
そんな所に建てられた、石造りの物々しい建物であった。外壁は雨などに打たれシミが大きくできており、これまたヒビなども入っているので不気味でもある。
辺りも役人との応答により時間が経ちすっかりと暗くなっていることも拍車をかける。
鉄でできた頑丈な扉を開け、縄を引かれて入ると中はより一層薄暗く、恐ろしいほどに静かであった。
中にいたここの看守であろう人物と挨拶を騎士は交わすと、縄を引く相手が看守へと変わった。
騎士はそのまま扉の外へと出ていこうとする。どうやらここでお役御免のようだ。
この騎士にはここまで運んできてもらったこともある、なので去り際に礼を言ったのだが、驚いた様子で振り返り立ち止まってしまった。
すると、フッと笑った後に、「頑張れよ」とだけ言い残してその騎士は去っていった。
母にも騎士にも、頑張れと言われてしまった。
何をとか、どうとか、嫌味も全く感じないそのままの意味だろう。
頑張れという言葉は時と場合によっては苦痛を助長する言葉であるが、今の俺には支えになるように感じた。
フッ、言われなくても頑張って生き抜いてやる。
前世の歴史の背景では、こういった犯罪奴隷などで入った後の生存率なんてたかが知れている。
しかも俺の刑期は五年。
だが不安は感じない。エンリもいる。
「こっちだ」
看守はそのやり取りに眉をひそめながらも待っていてくれたようで、話が終わると同時に縄を引かれた。
看守といっても先ほどの騎士よりかは軽装に見えるが鎧を身にまとっており、剣も携えている。
この街の騎士などが担当しているのだろうか。
連れて行かれたのは階段を下った地下の一室である。
均等に配置された光輝石のおかげで最低限の光があり足元は見えるが薄暗く、何やら腐臭のような臭いもする。
部屋に連れて行かれるまでに見えた鉄格子の部屋の中にいた犯罪奴隷たちの姿。
目に見えてやせ細っていることはなかったのだが、諦めているような生気のない顔をして壁によりかかるように座っている者がほとんどである。
これから何をやらされるかは知らないが、人とは暗い中、人との会話もない、この二つだけでも精神に異常をきたしてくる。
いくら犯罪者とはいえ人間は人間ということだろう。
俺は看守に鉄格子の部屋の中に入れられ、器用に今まで来ていた装備を外されていく。
「一応これは預かっておく形になる。まあ、生きていられたらの話だが」
看守の声に嫌味は感じられない。
今までこういったことを何度もしてきた、そしてその結果を何度も見てきた故に出てきた言葉。そう俺には受け取れた。
途中、エンリが化けていたマフラーも取られそうになっていたので、看守が革鎧を脱がす際に目をそらした一瞬のうちにエンリは何かに化けたようでマフラーが消えた。
看守は不審に思い、俺の身体を何度も確認したが何もなく、諦めたように息をはいた。
まあエンリのことだから例え奪われたとしてもここに戻ってくるのは容易そうではあるが。
最後に木の手錠を外され、脱げなかった残りの装備を剥がされ、代わりに麻でできた質素な服と白いバッジのようなものを地面に投げ捨てられるようにして渡された。
囚人服のようなものか。
それを着ろということだろう。
それにしても俺は特に抵抗する気はなかったが、手錠を外した際に反撃でも食らったらこの看守はどうするつもりであったのか。
よほど自分の腕に自信があるのか。確かに看守服の上からみてもそこそこに鍛えられているのは見てわかるが。
ここまで来る途中に見えた看守は三人ほどであった。
だが出口は一つであり、逃げ切るのは難しそうである。それに外には騎士も在中している街だ。
俺に脱獄の意思はない。ちゃんと罪を償い、晴れやかな気持ちで五年後にここを出るつもりである。
やがて看守は無言のまま革鎧を持って鉄格子の鍵を閉めると去っていく。
鉄格子の部屋の中は汚れたベッドと排泄用であろう人口的にあけられた地面の穴があるのみ、同居人はおらず俺とエンリのみだ。
「なんだか凄い所に来ちゃったねー」
耳元でエンリの声がした。
見てみれば肩に小さな蜥蜴のような生き物がちょこんと乗っかっていた。
「お前も凄いものに化けたな」
指を肩につけると、蜥蜴は指の方へと移動して手に乗っかる。俺はそのまま手を目の前に移動させ、蜥蜴と目線を合わせた。
「へへっ、エンリちゃんの咄嗟の判断、すごいでしょ?」
うん、すごい。
何がすごいってこの何の可愛げもない爬虫類に躊躇なく化けられるエンリも凄いし、ギャグだとしか思えない、声優のミスマッチングのような可愛らしい声がこの蜥蜴から聞こえるのも凄い。
とりあえず蜥蜴の頭をよーしよしよしと指でうりうりと撫でてやると、蜥蜴は目を閉じて気持ち良さそうに受け入れる。
感触は本物の蜥蜴のようで少し柔らかいような何とも言えない感じであった。
好きな人は好きなんだろうが、俺は蜥蜴よりも美少女を撫でていたいのだが……。
鉄格子の向こうは無機質なただの石の壁であり、中の様子を見られる心配もない。
向かいの者と話すような機会をなくすための作りだろうか。
なので隣の者の声も、覚悟していた呻き声も聞こえずただひたすらに静かである。
一応声は落としてあるが、ある程度は問題ないだろう。
うむ、エンリが蜥蜴の姿をしていなくても問題ないのだ。
看守が見回りに来るときには石の床なので足音も聞こえる。
問題ないのだ……。
エンリにその意を伝えると、前の妹の姿へと化けて抱きついてきた。
「えへへ、久しぶり、お兄ちゃんっ」
うむ、やはりこちらの方が何倍も嬉しい。
牢獄生活にも華があるというものだ。
俺の撫でにも気合が入る。
それはもうわしゃわしゃと撫でてやった。
……が、何やらエンリは嬉しそうにしながらも複雑そうな表情で後ろをチラチラと見ている。
……あぁ、そうか。
「ごめんな、エンリ。マントもとられちまって……」
エンリは俺と最初に出会った時に羽織らせたボロマントをとても大切にしていてくれた。
それが取られて、気分を落としているのだろう。
「ここから出たら、返してもらえるから、頑張ろうな」
「……うん!」
俺がそう言うと、エンリは笑顔で頷いてくれた。
そうだ。ここから出られれば全てが解決する。
その後は食事の配給時間も終わっていたのか食事が出されることはなかった。
そして俺も疲れていることもあり、そのまま汚れたベッドへとエンリを壁側に置いて俺の身体で隠すように横になり、眠りへとついた。
牢獄生活一日目は、こうして終わったのであった。




