33-五年間、最後の戦い
瞬間、顔面に向かって酒瓶が飛んできた。
俺の額にぶつかったそれはパリンと激しく音を立て、残っていた中身と一緒に破片となって飛び散る。
匂いのキツイ酒が俺とエンリへと垂れた。
頭に微かな痛みを感じる。
酒と一緒に血も額から流れているのだろう。
それにしても頑丈な身体である。本来なら頭にあの速度の物がぶつかった時点で気を失ってもおかしくはない。
我ながらこの五年間、毎日雑用の域を越える雑用で鍛え、筋肉や身体を壊し、母親の回復魔法や自己治癒で再生してきた結果だろう。
俺は微動だにしないまま親父の方を……いや、山賊の方を睨みつける。
強く、意志のこもった瞳で。
「冗談は大概にしとけよ? 俺は気が短えんだ」
知っている。
今ちょうど酒瓶を投げつけられたところだからな。
先ほどにもましてドスのきいた声にもおくせず、俺ははっきりと通る声で答える。
「エンリを渡すつもりはない。エンリは俺の大切な相棒だ」
言うと同時に立ち上がると、山賊を見下ろす形となった。
それが気に食わなかったのか、山賊も同様に立ち上がり、背後の壁に立てかけてあった、俺の身長ほどの巨斧を手に取る。
「なら、死ね」
静かに山賊は言うと、巨斧を構えた。
背後に控えていた男は汗をかきながら隅へと避難する。
俺はナイフも斧も取られたまま、武器など持っていない。
力の強さも山賊の方が上だろうし、経験の数も圧倒的に上だ。
傭兵戦の時とは違いこちらが勝っていることは何一つない。
エンリの正体もバレていれば、不意打ちのきく相手でもないだろう。
しかしここは小屋の中だ。
大きな斧を自由に振り回すこともできない。
ならば選択肢は逃げるに一つ。
背後の出口、外に立っていた二人の男を振り切り逃げることが今できる最善の選択だ。
そうと決まれば行動は早い。
俺が外へ出ようと背中を向け、山賊が斧を小屋ごと破壊するかのごとく振りかざした時であった。
俺の退路である出口の扉から男が焦ったように小屋に入ってきたのは。
「大変です頭! 騎士共が攻めてきました!」
「チッ、なんでこんな時に!」
親父がその報を聞いて、俺から気を逸らしたのを見逃さない。俺は入ってきた男を払い除け、小屋の外へと逃げ出した。
「くっ、おい、あいつを捕まえろ!」
山賊が怒鳴るように外で立っていた男たちに命じる。
命令の速さ、判断の速さ、そしてその命令に応じる男二人の速さも凄いものであった。
不意をつけたと思ったのに、扉を出てからすぐに両腕を二人の男に取り押さえられる。
だが、こんなものは問題にならない!
俺は力任せに、利き腕である右腕に力をこめて抑えていた男ごと振り下ろす。
柔道の背負投げのように地面へと打ち付けられる男。
さらに、俺がその行動を始めた瞬間元の姿へと戻ったエンリは、素早く左腕を抑えていた男の腰からナイフを抜き取り、男の腕へとナイフを突き刺した。
「ぐっ!」
「いっでぇ!」
各々痛みの声を漏らすが、俺たちは見向きもせず、エンリは奪われたナイフ二本、俺は斧を拾い上げ、エンリの手をひきそのまま駆けるように逃げる。
「最高だ、エンリ!」
「へへっ、主もすっごくかっこよかった!」
お互い言葉を交わすが、顔を見合わせる余裕はない。
しかし気分は先ほどまでとは打って変わって高揚している。
迷うことがなくなった、心の楔が全てとれた、そんな感覚であった。
エンリは俺の背に飛び乗ると、器用に持っていたナイフを俺のベルトへと差し込み、再びマフラーへと化ける。
走る速度は俺の方が早いので、良い判断である。
向かうはエイリーネのいる洞穴。
俺は焦って入ってきた男の言葉を忘れない。
騎士たちが攻めてきている。
向かっているではなく攻めてきている、だ。
この山に慣れており、騎士たちが準備をし始めているという情報を掴んでいたこちら側に一切悟られることなく山へと来ているのはなかなかの精鋭たちということだろう。
そうだ、俺は言ったじゃないか。
帰ったらすぐにでも山賊を抜け、エイリーネを助け出すと。
決意は固まる。
今までの不幸の反動か、相当に今日の俺は運がいいらしい。
場は整っている。
さあ、五年間待ち望んだ、母親の救出作戦を実行しようではないか。




