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外伝4

「全員、直ぐに急いで引き返せ! 山を降り領へ!」


 一つ一つの木々などを確認して探査をしていたエラーケンが突如大きな声で兵に撤退を指示した。


 何事かと疑問に思いながらも訓練された私兵たち、乱れぬ動きで回れ右をして山を駆け下りる。


 いや、兵のうちの何名か、正確に言えば魔法を扱える者たちは気付いていた。


 得体の知れない、膨大な魔力の感覚に。


 魔法を扱える者はある程度だが魔力の流れが分かる。対峙し、相手が魔法を扱えるかどうかがわかることもあれば、エラーケンほどになるとどれほどの魔力を相手が有しているのかさえもわかる。


 それは生まれ持った才能であるが、同時に動物が持っている危機察知能力の役割も果たす。今回はそれだ。


 エラーケンでさえ恐れたのだ。

 この、計り知れない膨大な魔力の持ち主に。


 目の先にいたのは――幼い少女であった。

 まるで意識がないかのようにぼーっと立っている。

 ボサボサでクセの強い純白髪に雪のように白い肌。そしてドッペルゲンガーを示す虹色の瞳。


 少女は裸であったが、劣情を抱くほどの歳ではエラーケンもなかったし、その姿も少女である。


 何よりも魔力の多さ、少女の姿をしていても油断はできなかった。


 しかし、今までのドッペルゲンガーたちとは頭一つ、いやいくつも飛び抜けて違う。


 一体どれほどの年月をかけて魔力に磨きをかけてきたのか。測るよしもない。


 ドッペルゲンガーとは別の存在かともエラーケンは思ったが、虹色の瞳を持つ者などドッペルゲンガーにしかいなかった。


「おいおい、アレが位七だったら、十は神か何かか?」


 エラーケンは相手がドッペルゲンガーだと確信しながらも、位を定めたギルドへと悪態をついた。


「来いっ、化物!」


 そしてエラーケンは迷わずに少女へ手の平を向け炎弾を打ち込んだ。無詠唱、魔法を極めてようやくできる芸当である。

 あれは少女ではない、化物だ。


 だがこれは相手の気を此方へ向けるのが目的であり攻撃が通るとは思っていない。


 兵が逃げ切るまでは、何としてでもエラーケンは食い止めねばとも思った。


 炎弾で山が燃えようが知ったことではなかった。


 もし自分が死んでも優秀な息子がいる。

 領地運営の知識も叩きこんだし、魔法の才もある。

 己が死んでも困ることはないだろう。


 そしてエラーケン自身、恐れながらも高揚していた。長年、自分を超える者がいなかった退屈さ。

 それをひと目で消し去ったあの存在と、戦いたいと思ったのだ。

 男の性か、武人の性か。


 化物に向かった炎弾は、速度も早く命中した。

 エラーケンは避ける必要もないのかと思ったが、どうやらそうではないらしい。


 少女の姿をした化物は変わらず虚空を見つめ、ただ立ち尽くしているのみ。


 なんだ?

 異様の知れない、恐怖がエラーケンを襲う。


 あれは生き物ではないのか? 生き物なら何かしらの反応を示すはずだ。


 少女の身体には火傷一つもついていない。


 次にエラーケンは腰のベルトにさしてあったナイフを少女の肩へと投擲した。


 また避けることなく少女の肩へと刺さるナイフ。血一つ出ず、魔力でできた身体から僅かな魔力も漏れ出す気配も感じない。


 すると化物はやっと此方を向いた。

 その目は虹色であったが、色を失っていた。


 化物は肩に刺さったナイフなんて気にせずに両腕を広げ、己の胸にあった核をさらけ出すように胸を覆う魔力でできた肉体をはいだ。

 その核は命中しやすいようにと言うように、大きくなる。


 なんだ。何がしたい。何が目的だ。

 エラーケンは頭で逡巡を繰り返す。


 こちらへの敵意も殺気もない。

 ただ突っ立っているだけかと思えば今度は己の弱点をさらけ出した。

 そして驚くべきは核の大きさを変えたこと。あんなことはドッペルゲンガー、いやこの世界の生き物全てができないことだろう。


 エラーケンは警戒をとかずに様子見を続ける。

 相手の煮え切らない姿勢に化物は静かに口を開いた。


「殺してよ」


 とても澄んだ心地の良い声であったが、そこには抑揚もなく感情などはなかった。


 ただそうして欲しい、という願いを込めたものともまた違う。

 この化物は、一体何なのだ……?


 エラーケンはそのうち、小難しいことを考えるのをやめた。

 元より死んだ後の未練もない。相手がどういうつもりか、カウンターでも狙っているのか知らないが、ドッペルゲンガーのできることは頭の中に入っている。


 一歩脚を踏み出す。鎧の重み、その力強さにより地面が少し抉れた。


 刹那、エラーケンの手に握られていた剣先が、少女の核へと刺さった。


 ――かのように思えた。


 ガキンッ!


 大きな音を立て、エラーケンの剣は真っ二つに折れた。核の硬さに、己の力と帝国から授かった自慢の剣が負けたのだ。

 全く有り得ないことだらけの規格外だ。


 エラーケンは死を覚悟した。

 もう、自分ができることは何もない。


 だが、化物の核には僅かながら傷も付いた。

 しかしそれでも精霊、ドッペルゲンガーだ。核が微かに傷ついた程度では死なない、そのまま放置していればいつかは死ぬがあれほどの奴だ、何かしらで治すだろう。


 エラーケンは地面にへたり込む。


 さあ、どうにでもしてくれ。

 目を瞑りながら迫る死を待つ。




 ――だが、いくら待っても意識がある。

 痛みも来ない。

 どういうことだと目を開けてみれば、化物は変わらず立っていたままであった。


 傷から僅かに漏れている魔力も変わらない。

 治そうともしないのだ。


 エラーケンは先の言葉を思い出した。


『殺してよ』


 この化物は、本気で死にたいのか。

 エラーケンはすでに頭がいっぱいであった。


 ならば殺してやろう。

 このまま核の傷を治さずにいればやがて死ぬだろう。人間から血がなくなり失血死するように。


 エラーケンは立ち直ると、近場にあった大岩に炎をぶつける。やがて大岩は溶け、中に大きな空洞を作った。


 そこにエラーケンは化物を突き飛ばすように入れる。再び匠に炎を操り、蓋をするように化物を岩の中へと閉じ込めた。


 ……暴れる様子もない。


 エラーケンは大きく息をついた。

 一体何だったのだ。


 だが、この山はやはり危険だ。

 立ち入るのを禁止しよう。


 そうしてエラーケンは山を降り、二度と登ることはなかった。




 それから何十年も後。

 身を追われた傭兵がその山に身を隠し、山賊団を築く。

 その後に起こった大地震は木々は倒れ土砂は崩れ、落石も起こった。


 その中に、少女の閉じ込められていた大岩も同じように落ち、偶然あった岩とぶつかり合い破壊された。


 少女はその衝撃で転がるように地面へと放り出されたのであった。


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