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異世界駅舎の喫茶店  作者: Swind/神凪唐州


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41 臨時休業と特別営業(3/3パート)

※第2パートからの続きです

 そして当日の朝早く、喫茶店『ツバメ』のキッチンにタクミとロランドの姿があった。 特別営業の準備を始めているロランドに、タクミが声をかける。


「10時になったら工事の方々がいらっしゃいますので、それまでに片づけをお願いしますね。しかし、本当に手伝わなくても良いのですか?」


「大丈夫っす! 今日は俺とフィデルに任せておいてくださいっす!」


 作業を進めていた手をいったん止め、ロランドがドンと胸を叩いた。

 その二つの瞳からは、絶対に成功させるという強い意志があふれ出ている。

 力強く答えるロランドの様子に、タクミは笑みを浮かべながらうんうんと頷いた。


「では、その言葉を信じてお任せしますね。さて、そうしたらこれを渡しておきましょうか」


 タクミはそう言いながらポケットの中に手を入れる。

 そしてロランドの手のひらに自分の手を重ねると、中から取り出したものをそっと握らせた。


「えっ、これって……」


 ロランドが託されたのは、一本の鍵だ。

 持ち手の部分に結わえられた組み紐の先では、小さな鈴と小さな猫の人形 ―― ロランドの知らない不思議な素材で出来ている ―― がゆらゆらと揺れている。

 確かこれは ―― 。

 その正体に気付いたロランドがはっと顔を上げると、タクミがゆっくりと頷いた。


「それはこのお店、喫茶店『ツバメ』の鍵です。表の入り口のところのものですね」


「えっ? でも、確かここのカギは“駅長”さんが持ってるんすよね?」


「ええ、この駅舎の一番の責任者は“駅長”さんですしね。ただ、今日と明日の二日間はロランドがこの『ツバメ』のマスターを担うことになりますから、この鍵も預けておこうと思います」


「ま、まじっすか?」


 不安げに尋ねるロランド。

 工事の作業員や関係者が出入りする関係もあり、タクミがいない間は“駅長”が『ツバメ』の戸締りをすることとなっていた。

 したがって、よほどのことがない限り、ロランドがこの鍵を直接扱うことはないであろう。

 

 それでも、タクミはあえて鍵をロランドへと託した。

 そこに込められた意図を理解できない弟子ではない。

 その重さにロランドは手を震えさせながらも、しかししっかりとタクミを見据えて力強く言葉を発した。


「ではこの鍵、しっかりお預かりさせていただくっす!」


 熱を帯びた弟子のまなざしに、タクミも大きく頷く。

 そして、頼もしく成長した弟子に最後の確認を行った。


「キッチンとホールは、作業の方が入る九時半までは使っていいそうです。それまでにいったん片づけを終わらせるようお願いしますね。夕方の五時ごろには作業をいったん終えるとのことで、それ以降ならキッチンにも出入りしてもいいそうです」


「確か、火を使うのはホールのミニオーブンストーブだけでしたよね?」


「ええ、少し不便かもしれませんがなんとか頑張ってください。といっても、火を使うのは最小限にしていたはずですよね?」


「うぃっす。シナモン・コーヒーを淹れるのと、あとはオープンサンド用の炒め煮を作るだけっす。いざとなったら小型コンロ(薪七輪)もありますし、何とかするっす」


「わかりました。では、いつものことですが火の始末は十分にお願いしますね。あとは……うん、よさそうですね。じゃあ、ロランドマスター、よろしくお願いします」


 タクミは普段とは違う呼び方でロランドに声をかけると、そっと手を差し出した。

 それに気づいたロランドは、エプロンでぱっと手を拭くとしっかりと握り返す。

 そのまま視線をかわしあう二人。

 やがて、二人の口からクスクスと笑い声がこぼれるのであった。




―――――




 前日からしっかりと準備をしていたおかげで、特別営業の準備は滞りなく進められた。 ロランドがキッチンで仕込みを進めている間に、フィデルがテラス席の設営を進めていく。

 真新しい売店の前では、カウンター代わりの長机にかわいらしい飾り付けを施すルナの姿があった。


 天気は雲一つない晴天。まるで若者たちの頑張りを祝福しているかのようだ。


 やがて、ハーパータウン駅に汽笛が鳴り響く。

 一番列車が到着した合図だ。


 改札を済ませたお客様が次々に売店の前へとやってくる。

 どうやら、“駅長”とテオが改札口で声をかけてくれているようだ。


 フィデルとルナは、テーブルの前に立ち、仲良く並んで呼び込みを始めた。


「いらっしゃいませーっ! 今日の『ツバメ』はテラス席での青空特別営業です!」


「おいしいお食事に、冷たいお飲み物も用意しておりますっ! 今日と明日の二日間限定ですので、ぜひこの機会にお立ち寄りくださいねっ!」


「あらーっ、こんなかわいいお嬢さんがお店屋さんやってるのーっ。何を出してもらえるのかしら?」


 呼びかけを聞きつけた恰幅の良い妙齢の女性の質問に、ルナは満面の笑みで今日のメニューを説明し始めた。


「メニューはこちらになりますっ。お食事はオープンサンドのプレートランチ。載せていただく具材はトマトソースを絡めたブルスト(ソーセージ)と夏野菜の炒め煮か、さっぱりといただけるプルポ(タコ)のカルパッチョ、まろやかに仕上げた玉子と《アボカド》サラダの三種類から一つお選びいただけますっ。薄焼きのコーンブレッドとスープ、付け合わせ、それに飲み物がついていますっ」


「へーっ、とっても美味しそうだわ。飲み物は何があるのかしら?」


「温かいものですとシナモン・コーヒーとなりますっ。でも、今日のお勧めは冷たいお飲み物ですっ。氷で冷やした冷たいコーヒーか水出しのテー(紅茶)、それかリモン(レモン)シロップ入りのさわやかな炭酸水、それとナランハ(オレンジ)ジュースのいずれかお選びいただけますっ」


「えっ!? 冷たい飲み物もあるの? それってすごく高いんじゃない?」


 驚きの声を上げる女性に、今度はフィデルが声をかける。


「いえいえ、お値段はお飲み物も込みでお一人様九十ペスタです。今日明日だけの限定価格ですよ」


「ほんとにっ!? 氷を使った飲み物なんて、マークシティだとそれだけで六十ペスタか七十ペスタはしますわよ? ちょっと安すぎるんじゃない?」


「青空営業ということで大変勉強させていただいております。もしお飲み物のみでのご注文の場合は、今度こちらの売店で新たに発売させていただきますガレータ(サブレ)をお付けいたします。さて、お食事とお飲み物、どちらがよろしいでしょうか?」


 フィデルはそういうと女性の目を見つめ、にこっと微笑んだ。

 ここまでされて断る理由などない。

 女性はコクリと首を縦に振り、フィデルへと注文を申し出た。


「では、せっかくなので食事をいただきますわ。でも、どれにしようかしら……迷ってしまいますわ」


「そうしましたら、もしよろしければ三種類を少しずつ盛り付けさせていただきましょうか? 今日最初のお客様ですので、ナイショの特別サービスです」


「あら、なんだか申し訳ないわね。じゃあ、それでお願いいたしますわ。飲み物は、そうねぇ……、このリモンの炭酸水というのが気になるわ。これをお願いね」


「かしこまりました。それではランチのスペシャル全部盛り、食後にリモンシロップの炭酸水で承りました。先にお会計をお願いしているのですが、よろしいでしょうか?」


「ええ、わかったわ。じゃあ、これでちょうどね」


「確かにちょうどいただきましたっ! そしたら、ご案内お願いね」


「はいっ、それではお席へご案内いたしますっ」


 フィデルはお客様の案内をルナに任せると、背後に控えているロランドへと注文を告げた。


「ファーストオーダー、ランチは全部乗せで! ドリンクはリモネードね」


「いきなりそれかよ! 冷たいドリンクはそっちで任せていいか?」


「りょーかいっ。じゃ、ランチがどんどん入ると思うから、そっちはよろしくなっ!」


「わーってるって!」


 売店の奥にいても、大きなウサギ耳で店頭やテラスの気配は十分に察することができる。

 どうやら、少なくとも興味は持ってもらえているようだ。

 この分だと先ほどのお客様がきっかけとなって一気に行列ができる可能性もある。

 手早く対応するためにも最初が肝心だ。


 とはいっても、調理はほとんど済んでいるといっても過言ではない。

 あらかじめ仕込んでおいたものをお皿に盛り付けるだけだ。

 

 楕円型の小さな皿を三枚用意したロランドは、そのうちの一枚に赤いソースをまとった炒め煮を載せる。

 この炒め煮は、この辺りで初夏から夏にかけて良くされている料理『カポナータ』をアレンジしたものだ。

 乱切りにしたナス(ベレンヘーナ)セロリ(アーピオ)、赤や黄色のピミエント(パプリカ)、それにブルスト(ソーセージ)を油で炒め、よく熟したトマトで煮込む。

 そして、塩コショウやカイエナ(トウガラシ)スパイスを使ってピリリと味を調え、適度に水気が飛べば完成だ。


 この炒め煮は、涼しいところにおいておけば日持ちがする上、冷めたまま食べても美味しく食べることができる。

 親しみやすく、またブレッドやトルティーヤとの相性も抜群ということで、今日のオープンサンドの具材の一つとして真っ先に選ばれた料理であった。


 続いてロランドは二皿目の準備にとりかかる。

 薄切りにして水にさらした紫セボーリャ(玉ねぎ)を敷き詰めると、氷をたっぷりと入れた木箱の中で冷やしておいたものを取り出す。

 木箱の中に保管されていたの茹で上げてからスライスしたプルポの足であった。

 傷みやすいプルポではあるが、氷でしっかりと冷やすことによって美味しさをそのままに保存することが出来ている。

 これまでのタクミの尽力のおかげで、氷をふんだんに使うことができる『ツバメ』ならではの料理と言えた。


 ロランドは、セボーリャの上にスライスしたプルポを並べると、その上に緑色の【ルッコラ】を軽く散らす。

 そして、仕上げにオリバ(オリーブ)油やリモン汁、ミエール(はちみつ)などで調味したドレッシングを上から回しかければ、こちらもあっという間に『プルポのカルパッチョ』が出来上がった。


 三つ目の料理は、粗く刻んだ茹で玉子とアボカドをマヨネーズで和えたシンプルなサラダ。

 こちらも事前に混ぜ合わせてあるものを皿に盛り付けるだけであり、一瞬で用意することが出来た。

 それぞれの具材が載せられた三枚の皿は、仕切りがついた大き目のプレート皿の上に並べられる。

 そして、もう片方の部分に今日のオープンサンド用に焼き上げてもらった薄焼きのマイス(コーン)ブレッドと串に刺したペピーノ(きゅうり)の生ハム巻きを添えて、今日の特別ランチ、全部乗せ版がみごとに完成となった。


 このメニューであれば、仕込みさえきちんとしておけば注文に応じて盛り付けていくだけで済む。

 少ない人数でもできるだけお待たせせずに料理を出していくために、ロランドとフィデルが工夫を凝らした自信の一品であった。


 最初のオーダー分の用意を終えたロランドが、売店前に陣取るフィデルに声をかける。

「ほい、あがったよ!」


「了解っ! じゃあ、次のオーダーは炒め煮と卵をそれぞれ一つずつ、その次は炒め煮二つにプルポ三つね」


「おっと一気に入ったな。カポナータがオール三、卵が一、プルポがオール三だな。ジャンジャン作っていくから遅れるなよーっ!」


「そっちこそ、オーダーまちがえんじゃねえぞー!」


 軽口を叩きながらも、二人の手はとまらない。

 行列が出来始めているとはいえ、まだまだ序の口。これからお昼にかけてが本番だ。

 どこかに忙しくなることを期待しつつ、そうなったらしっかりと持ち場での役割を果たそうと改めて心に誓う二人であった。




―――――




「お待たせしましたーっ、ご注文のランチとお飲み物をお持ちしました。ええっと、カポナータのお客様はー?」


 まだお昼にはやや早い時間というのに既にテラスは満席となろうとしている。

 配膳を担当するルナは、キッチン代わりとしている売店とテラス席を忙しく往復しながらも、笑顔で接客を続けていた。


 駅舎から張られた帆布製の簡易のテント屋根により、テラス席に座るお客様に初夏の強い日差しが降り注ぐことはない。

 時折吹きこむ爽やかな風に包まれながら、お客様たちはランチを楽しんでくれているようだ。

 お客様たちの賑やかな声が、ルナの耳に届いてくる。


 ―― これはまた豪華だねぇ。とっても美味しそうだよ。 ―― 早速頂くとしようか、コレを載せて食べるんだったよな…… ―― うんっ、コイツは旨いっ! このカポナータ、サルサみたいにピリッと辛みが利かせてあるのか ―― 辛みがある分、野菜の甘みが一層際立ってるねぇ。こいつはなかなかのものだよ ―― あらこっちのプルポのも素晴らしいですわ。噛めば噛むほど、うん、味がでてきますのよ ―― また、リモンの酸味がいいね。長時間列車に揺られていたせいかあんまり食欲がなかったけど、うん、これならすいすいと食べられそうだ ―― ママー、僕の分もつくってよーっ! ―― はいはい、貴方はこの玉子のを召し上がれ ―― うわぁー、おいしーっ! 玉子とー、アボカドとー、あと、この白いソースがとっても美味しいのっ! ―― そうかそうか、それはよかったなぁ。っと、この炭酸水、本当に冷てえじゃねえか! ―― さっきチラッと見たら氷がたっぷりと入った水桶に瓶を突っ込んで冷やしてたみたいだよ ―― マジでか!そりゃすげえや ―― こ、こんなに旨いものが食えて、俺は、俺は本当に幸せだぁ!!!! ―― やめてよパパー、恥ずかしいから叫ばないでよー!


「評判上々ですよっ! みなさん喜んでくれていますっ」


 いったん売店前まで戻ってきたルナが、フィデルにそっと声をかけた。

 フィデルは、照れくささを隠すように少しだけ口角を持ち上げてから、ルナに返事をする。


「ありがとう! じゃあ、そこのデカウサギにも伝えてやって。あ、ただ、だからといって調子に乗るなよーって付け加えてね」


「聞こえてるよっ! まぁ、とりあえず今のところは順調ってとこだな」


「まだまだっ。タクミさんが帰ってきたらびっくりするぐらいのことをしてやろうぜ!」

「そうだなっ! ほいっ、次の上がったよっ!」


「はーいっ! じゃあ、早速運んできまーすっ!」


 ロランドから商品を受け取ったルナが再びテラスへと戻っていく。


 一生懸命お客様をもてなしている若者三人。

 その様子を、駅舎の陰からそっと見守る二人の姿があった。


「ふぅ、どうやら大丈夫そうだね」


「ほら、だから大丈夫だっていったのなっ! ごっしゅじんは心配しすぎなのなっ! かわいい子にはせんじんの谷に旅をさせよなのなよっ!」


「えーっと、それ何かいろいろ混ざってない?」


「細かいことは気にしたら負けなのなっ! じゃ、ロランド君たちの様子も見れたから、ニャーチは旅にでるのなーっ!」


 喫茶店『ツバメ』を始めてから初めての休日。

 二人は“駅長”の計らいで、この街の名所の一つ、スプリングサイドにある温泉宿で羽を伸ばすこととなっていた。


 二人きりの時間が待ちきれないとばかりにすたすたと歩いて行こうとするニャーチ。

 それを慌ててタクミが引き留めた。


「ほらほら、慌てないの。はい」


 自由気ままに動くニャーチ()をたしなめながらも、タクミがそっと手を差し出す。

 ニャーチはその腕をぎゅっとつかむと、満面の笑みをたたえながら口元へと運んでいった。

 予想された行動に、タクミはすかさず腕を振りほどき、ポンと頭をはたく。


「だからこの腕は食べ物じゃないからね」


「じょーだんなのなっ。さ、れっつらごーなのにゃっ!」


 今度は素直に腕を組んだニャーチ。

 二人でだけ過ごす久しぶりのプライベートの時間はまだ始まったばかりであった。


 お読みいただきましてありがとうございました。

 全員集合での、賑やかな駅舎回にしてみました。

 決して最終回ではありませんのでご安心ください(笑)


 さて、前話の後書きでもご案内の通り、本作「異世界駅舎の喫茶店」はネット小説大賞の最終選考を通過し、宝島社様より書籍化させていただくことになりました。

 これもひとえに読者の皆様のご愛読ご声援の賜物でございます。


 ネット小説大賞公式ホームページでは、現在受賞作品への「応援・お祝いコメント」を募集中とのこと。

 ぜひ公式ホームページをご覧いただきまして、本作品に対するご声援をお寄せいただけましたら大変幸いでございます。


 さて、次回も「8の日」の定期更新を予定しております。

 引き続きご笑読いただけますようよろしくお願い申し上げます。



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