41 臨時休業と特別営業(2/3パート)
※第1パートからの続きです
翌日の夕方、営業が終わった『ツバメ』のホールに、フィデルとロランド、そしてタクミの姿があった。
急きょ決まった『ツバメ』の臨時営業、準備に使える時間は一週間余りと時間的な猶予は少ない。
必要な食材や物品を手配することを考えると、今日明日中には大まかなメニューや営業スタイルを決めておく必要があった。
テーブルを囲むロランドとフィデルはいつになく真剣な表情を見せる
その緊張を解きほぐすように、タクミが優しく声をかけた。
「テラスでの営業となりますので、普段とは勝手が違う形となります。お二人はどんな形をイメージされていますか?」
「そうっすね……、まず、キッチンと違って作業スペースを大きくとるのは難しいと思うっす。そうすると、食事のメニューはいつも通りにというわけにはいかないっすね」
「それに、火の扱いも変わりますね。オーブンストーブを用意するのは難しいでしょうし、ロケットストーブをずらっと並べるのもお客様との兼ね合いで難しいと思います」
二人の言葉にゆっくりと頷くタクミ。
アイデアの方向性が間違っていないことを確認しつつ、彼らの視点を補うように言葉を挟んだ。
「食材を置いておくスペースも少ないでしょうから、出来るだけ表での作業は少なくしておいた方が良いでしょうね」
「そうなると、やっぱサンドイッチみたいなやつが良いんっすかね? アレなら事前に仕込んでおけば渡すだけっすし……」
タクミの言葉を受けて、ロランドが思いついたアイデアを口にする。
しかし、そのアイデアはフィデルのイメージとは合わなかったようだ
「うーん、俺もそれは考えた。でもさ、今回やるのはあくまでも『喫茶店』だろ? そうすると、やっぱりある程度はその場で注文を聞いて作って出したほうがいい気がするんだ。 出来たてを食べられるのがこういうお店の醍醐味の一つだと思うんだよね」
「となると、ある程度事前に仕込みが出来て、その場で仕上げて出す形のメニューが良さそうだな。今までに作ったのだと、カレーとか、タコアロースとかなら行けそうじゃないか?」
「でも、それだとアロースが困るんじゃねえか? 炊いたやつを用意しておくといっても、冷めちまったら味が落ちちまうぞ? かといって、火にかけっぱなしってわけにもいかんだろうしな」
「そうだなぁ。火にかけっぱなしだとあっという間に焦げ焦げになるわな。となると、パトも難しいか。うーん、そうなると、やっぱりサンドイッチとかトルティーヤとかその線で考えた方が良さそうか」
「そうだな、よし、そうしたらどんなのが出来そうかアイデアをだしてみようぜ!」
「よっしゃ! じゃあ、まずは……」
盛り上がる若者たちの様子に微笑みを浮かべながら、タクミはそっと席を離れた。
この調子であれば彼らの議論は夜遅くまで続けられるであろう。
どこかのタイミングで夕食を用意するつもりだったが、この分であれば議論が一段落したときにつまめるようなものが良さそうだ。
議論に熱中する二人を残し、タクミは一人キッチンへと向かっていった。
-----
「んー、なかなかこれってアイデアは出てこんなぁ……。 って、あれ? 師匠は?」
議論の疲れをいやすように、ロランドが腕を上げて背をそらす。
そしてふと辺りを見ると、タクミの姿が無いことに気づいた。
キョロキョロと辺りを見回すロランドに、フィデルが声をかける。
「えーっと、タクミさんならさっきキッチンに向かったと思うけど……」
「っと、しまった! そりゃ手伝いにいかないと!」
慌ててキッチンに向かおうとするロランド。
しかし、そこに見えたのは、両手に大きなプレート皿を抱えたタクミの姿であった。
「あ、話し合いは終わりましたか? お腹が空いたでしょうから食事を用意しましたよ」
「う……手伝いもせずすいませんっす」
「いえいえ、今はフィデル君としっかり話をする方が大事ですから、問題ありませんよ」
ロランドに優しく声をかけながら、タクミは運んできたプレート皿をテーブルに置く。
真ん中に積まれているのは一口大にカットされたロールサンドだ。
そしてその周りには、やや小ぶりに作られた揚げ物に様々な食材を小さな竹串に刺したもの、それにサナオリアやペピーノを短冊状に刻んだものが並べられている。
「まだ話し合いが続いていてもいいように、指でつまんで食べやすい形に仕立ててみました。どうぞ召し上がれ」
「有り難いっす! 頭使ったせいか、すっごくお腹がすいちゃったんっすよね!」
「今日も美味しそうです。タクミさん、ありがとうございます!」
「では、私は片づけをしてきますから、ゆっくり召し上がってくださいね」
再びキッチンへと戻っていくタクミを見送ってから、二人はプレート皿の上へと手を伸ばした。
ロランドが最初に手にしたのは唐揚げだった。
親指と人差し指で輪を作ったぐらいの大きさに丸められた鶏肉の先から、細い骨が串のように伸びている。
その姿は、まるで綿花のようにも、花をつけたプエーロのようにも見えた。
「そうか、これは唐揚げに骨を刺したんじゃなくて、手羽中の部分の肉を丸めてそのまま上げてあるのか」
「へぇ、良く分かるなぁ」
「まぁ、これでも一応ずっと料理をしてきたしな」
感心した様子を見せるフィデルに軽い言葉で返しつつ、唐揚げを口へと運ぶロランド。 歯でこそげるようにして頬張ると、期待していた通りに揚げたての衣のサクッとした感触が伝わってきた。
そのままプリプリと弾力のある身を噛み締めていけば、ジューシーな肉汁が口の中いっぱいに広がっていく。
どうやら、下味は塩こしょうだけではなく様々なスパイスを利かせてあるようだ。
このスパイスの香ばしい香りが、旨みと肉汁が溢れ出すような手羽中の美味しさを存分に引き立てていた。
一方のフィデルは、メインのロールサンドを指でひょいっとつまんでは、次々に口の中へ放り込んでいる。
トルティーヤ皮で作られたロールサンドは、二種類の具材が入っていた。
一つはスパイスとともに炒めた薄切りの牛肉を、テーゼと一緒に巻いたもの。余熱で溶けたチーズとスパイシーに炒められた牛肉の愛称が絶妙だ。
そして、もう一つは、白身魚のフリットと、セボーリャ、レチューガ、サナオリアと共に巻き上げたもの。サクッとした衣の食感と野菜のシャキシャキ感に、マヨネーズをベースとした白いソースの旨味が加わり、さっぱりと食べられる一品だ。
「やばいなこれ、一口大だから全然止まらねえや」
「ってテメェ、俺の分まで食うんじゃねえぞ!」
「そっちこそ、その唐揚げを寄越せ!」
やいのやいのと声をかけ合いながら、二人は次々とプレートの上の料理を平らげていく。
竹串でまとめられているトマトとテーゼの間には緑のアルバアカがひょっこりと顔を覗かせていた。
さっぱりとした風味がちょうどいい口休めとなっている。
もう一つの竹串には、一口大にカットされたブルストと親指ほどの大きさのゆで卵 ―― 恐らくはコドルニースのものであろう ―― が刺されていた。
こちらも一口で口の中に放り込むことができ、パリッと焼き上げられたブルストとほっこりとした卵の味わいを堪能することができる。
短冊状に切られた野菜たちのためには、マヨネーズやケチャップなどを合わせて作った特製のディップソースが用意されていた。
よほどお腹が空いていたのか、二人は競うようにして次々と料理に手を伸ばしていく。 そして、瞬く間にプレート皿の上にあった料理はきれいに平らげられた。
ようやく一心地ついたと言わんばかりに、ロランドがふぅと息をつき、くちくなった腹をさする。
「いやー、食った食った……。やっぱり、師匠の料理はすごいなぁ」
「これに負けないのを出さなきゃいけないってことだよな……。なぁ、結構ハードル高くないか?」
「う、そ、そりゃ相当頑張らなきゃいかんけどよっ! でも、俺だってここまで頑張って修行してきた自負はあるぜ?」
「そうですね、その意気ですよ」
「わっ! 聞いてたんっすか!」
突然背後から声をかけられ、驚くロランド。
慌てて振り向いた先には、微笑みながら二人の様子を伺うタクミの姿があった。
「さて、何か方向性は出てきましたか?」
「いやー、まだまだっす。おぼろげながらアイデアは出て来てるんっすが、どうにもこれってものが無くて……」
「そこにこのタクミさんの料理ですから、ちょっといいかなって思ってたやつも全部吹っ飛んじゃいました」
タクミの問いかけにロランドもフィデルも苦笑いを見せる。
そんな二人の様子に、タクミはかつての自分の姿を重ねながら言葉をかけた。
「そんなに気を張らなくても、いつも通り、お客様がどうしたら喜んでもらえるかを考えていけば大丈夫ですよ」
「そこなんすよねー。結局お客様の目当ては『ツバメ』ですから、ある程度は『ツバメ』らしさを残したいとは思うんです」
「とはいっても、普段のランチで出しているようなパトやアロースを使った料理は難しいでしょうから、マイスブレッドやトルティーヤを使ったものが良いかなというところまでは考えています」
二人から返された答えに、タクミはふむと頷く。
「そうすると、普段出している中ではBランチのタイプのものになりそうでしょうか? 今はどんなアイデアが浮かんでいますか?」
「最初はサンドイッチやトルティーヤのロールを考えてたんっすけど、どうにもテイクアウトっぽくなっちゃうんっすよね」
「テラス席とはいえ、せっかくテーブルと椅子を用意するわけですから、もう少しお店っぽさは出したいなーと」
「なるほど。そうなると、BランチよりもCランチよりになるイメージですか?」
「いや、Cランチだと調理の問題があるっす」
「できれば火を使わなくても提供できるものがいいと思ってます。スペースも限られてますし、予め仕込んでおいたものを盛り付けるだけの形が理想ですね」
フィデルの言葉の後、ふっと何かひらめいたようにロランドが声を上げる。
「なぁ、そうしたらさ、ブレッドやトルティーヤと、中の具材を別々にして出しちまうのはどうだ?」
「ん? わざわざ別で出して、お客さんに挟んだり巻いたりしてもらうってことか? それだとわざわざ手間をかけさせるだけじゃないか」
「いや、そうじゃなくてさ。小さめに切ったブレッドやトルティーヤを用意しておいて、具材やソースを好きに載せて食べてもらうんだって。一口サイズにしておけば、載せてもらうのもそんなに大変じゃあないと思うんだけど……」
「なるほど。好きなものを載せてもらって食べてもらう形か。それだと、具材やソースでバリエーションも付けられるし……、うん、なかなかいいんじゃねえのか?」
「だろ? 具材やソースもちゃんと工夫すれば、仕込みの段階で十分に行けると思うぜ? あとは、今日師匠が出してくれたフィンガーフードを付け合せにすれば、結構立派なランチになるんじゃないかな? 師匠、どうっすか?」
ロランドから話しを振られたタクミは、首を二度縦に振る。
何かの参考になればと用意した今日の“つまめる”夕食の意図は、一番弟子にしっかり伝わっていたようだ。
「これならランチは大丈夫そうですね。あとはお二人にお任せします。必要なものがあれば早めに言ってもらえると助かります」
「わかったっす!」「わかりましたっ!」
タクミからのゴーサインに、ロランドもフィデルも力強く頷く。
そんな二人を頼もしく思いつつ、タクミはもう一つ気になっていることを尋ねた。
「ところで、飲み物は考えてますよね?」
「あっ!」「そういえばっ!」
タクミの言葉にハッとなった二人が顔を見合わせる。
どうやらランチのことで頭がいっぱいで、すっかり抜け落ちていたようだ。
予想していた反応にくすっと笑みをこぼしつつ、タクミがフォローの言葉をかける。
「心配しなくても、飲み物については普段出しているものの中からいくつか選んでもらえば大丈夫でしょう。それか、フィデルくんの新しいお店で出すものがあれば、試飲がてらお出しするのも良いかと思います」
「ういっす!」「早速考えてみますっ!」
ロランドとフィデルから揃って元気な声が返される。
再び打合せへと没頭していく二人の姿を見守りつつ、食べ終えたプレート皿を片付けるタクミであった。
※第3パートへと続きます




