41 臨時休業と特別営業(1/3パート)
本日も当駅をご利用いただきまして誠にありがとうございます。この列車は当駅が終点となります。改札口にて乗車券を拝見いたします。
到着いたしました列車は車庫に入ります。お手荷物などお忘れ物がございませんよう、ご注意をお願いいたします。
―― なお、喫茶店『ツバメ』は間もなく改装工事を予定しております。ご迷惑をおかけいたしますが何卒よろしくお願い申し上げます。
春から夏に変わろうとするこの時期、ハーパータウン駅周辺は一年でも最もさわやかな季節を迎えていた。
夕方ともなると日差しも一段落し、そよそよと吹く涼しい風が人々の疲れを癒してくれる。
濃い赤色から深い青色へときれいなグラデーションに染まる空の下、一日の営業を終えた駅舎にて、スタッフが全員集まっての会議が開かれていた。
“駅長”を中心に集まったタクミやニャーチはもちろん、テオ、ロランド、それにフィデルやルナの姿まである。
間もなく行われる駅舎のグランドリニューアル、それに向けての段取りの確認が“駅長”を中心にして行われていた。
「では、先ほど説明したように来週の水・木で『ツバメ』の改装工事、そして金曜日に最終確認のうえ、土曜日にグランドリニューアルのお披露目、この段取りでよろしいかな?」
駅長の言葉に首をコクリと縦に振る一同。
新装オープンとなる売店を任されることになったフィデルは、一層気合が入っているようだ。
「いやー、いよいよか。体が震えてくるな……」
「なんだ、今からビビってんのか?」
「ちげーよっ! これはほら、あれだ、武者震いだよ!」
「フィデルさん、楽しみですねっ! ロランドお兄ちゃんも、新商品のお披露目になるから腕が鳴るって言ってましたよっ」
「あ、それは言わないでって言っておいたじゃないっすか!!」
キャーキャーと声を上げる少年組の様子に、タクミと“駅長”が目を細める。
その横ではテオが何やら考え事をしているようであった。
それに気づいたニャーチが、テオに言葉をかける。
「にゅ? なんか気になることがあるのなっ? あるなら今のうちに聞いておいたほうがいいのなっ!」
「え、ええ。私のほうは結局いつも通りの仕事ってことになりますけど、ここが休みになると、お客様をどこに案内すればいいかなぁと思いまして。最近は『ツバメ』の評判もうなぎ上りですし、近くのほかのお店といってもなかなかイメージ沸かないなぁと……」
「ふむ、それほども『ツバメ』は評判を呼んでおるのかね?」
「ええ。どうやらこの駅をよく利用されるお客様からの口伝えか何かで『ツバメ』のことが広まっているようです。初めてハーパータウンに来るお客様からもお店の場所を尋ねられることが増えているように感じます」
「なるほど、それは良いお話しじゃな。しかし、そうなると、ふーむ……」
テオの言葉に、“駅長”が白い髭で覆われた顎に手をやりながら考え込む。
最近でこそ少しずつ賑わってきたハーパータウン駅の周囲だが、セントラルストリートやポートサイドの賑わいに比べればまだまだ寂しいのが実情だ。
その中にいくつか飲食店はあるものの、軒先にテーブルを並べただけの屋台のようなお店であったり、日が暮れる頃から営業を始める呑み屋であったりと、『ツバメ』とは毛色や目的が異なるところばかりである。
『ツバメ』を目当てにしているお客様の期待とは少々離れてしまうかもしれないというテオの懸念は、“駅長”も理解するところであった。
そしてその懸念を抱いているのはタクミも同じである。
ここまで二人の会話を静かに見守っていたタクミが、眉間にしわを寄せながら口を開いた。
「そうなると、やはりお休みを頂かずに何かしらの形で営業をさせて頂いた方が……」
「いや、それはいけませぬぞ。喫茶店を始めて以来、いや、この駅舎の仕事をお願いするようになってから、タクミ殿もニャーチ殿もずっと休みを取っておらぬではないか。お二人には、ぜひこの機会に休みを取っていただきたいのじゃ」
「そうですよー! タクミさんが休みを取ってくれないと、自分も休みを取りづらいじゃないですかー!」
タクミたちが休みを取った後、テオも交代で臨時の休暇を取る約束となっていた。
以前に聞いた話だと、公休日と合わせて三連休として実家に帰省する計画を立てているようだ。
なかなか巡ってこない貴重な機会を逃すまいと必死に訴えかけるテオ。
それを後押しするように駅長が言葉を重ねる。
「ほら、テオ殿が休みを取りやすくするのもタクミ殿の役割であるぞ。ここは上司として、範を示す必要があるのではないかね?」
そう言われてしまうと、さすがのタクミも反論できない。
眉間に皺を寄せながらも、ゆっくりと頷いた。
「それでは、お言葉に甘えて私たちはお休みを取らせて頂こうかと思います。ただ、それはそれとして何かしらの手は打っておいた方が良いと思うのですよね。ふぅむ……」
「じゃあ、いっそロランドくんたちに全部任せちゃえばいいのなっ! あ、コーヒー持ってきたのなっ」
タクミの言葉に被せるようにして、ニャーチが口を挟む。
いつのまにか背後へとやってきていたニャーチは、カウンターで淹れてきたシナモンコーヒーを配りながら言葉を重ねる。
「ロランドくんとフィデルくんの二人がいれば、きっと何とかなるのなっ!」
「いやいやいや、ニャーチさん待ってくださいっす!」
「そうですよ! それはさすがに無茶振りってもんです!」
ニャーチの言葉を聞きつけたロランドとフィデルが慌てて首を横に振る。
しかし、話を簡単に聞き届けるニャーチではない。
「大丈夫なのなっ! だって前もロランドくんがお料理作って、フィデルくんが売ってたのなっ。それと一緒のことなのなっ!」
「あ、あれはあくまでも新聞売りの延長線上の話ですから……」
「そうっすよ。数が決まっている持ち帰りの商品を作るなら何とかできますけど、さすがに師匠不在で『ツバメ』をやるのは流石に無理ですって!!」
突然降ってわいた話に驚き、頑固に否定する二人。
そんな二人をよそに、タクミは顎に手をやってしばし考えを巡らせる。
「……いや、案外悪くない話しですね。料理のことならロランドに任せても大丈夫ですし、お客様対応についてはフィデル君が十分できるでしょう。あとは場所ですが……」
「それなら、おそとのお店にしちゃえばいいのなっ!」
「お外のお店……、ああ、テラス席のことですね。確かにこの時期なら雨の心配もほとんどないですし、爽やかな外の空気の中で料理や飲み物を楽しんで頂ければ、かえって風情があるかもしれませんね」
この時期のハーパータウンは、一年の中で最も過ごしやすい季節と言われている。
徐々に暑さを増していく時期ではあるが汗ばむほどの陽気とはならない。
湿度も低く晴天が続くこの時期は、テラス席を設けるのにうってつけの時期ともいえた。
うんうんと頷くタクミを見たニャーチが、自慢げに胸を張る。
「ほら、私の言った通りなのなっ! ロランドくんとフィデルくんに任せればだいじょーぶなのなっ!」
「マジっすか!?」
「い、いや、そうは言っても……」
ニャーチの言葉にも、二人はなおも渋い表情を見せる。
そんな二人の懸念を解くかのように、タクミが微笑みながら二人に言葉をかけた。
「ロランドはランチ営業を一人で切り盛りできるくらいの力がついていますし、テラス席での青空営業になりますので、むしろフィデル君には元々の得意分野といえるかもしれません。大丈夫、きっと二人ならできます」
「そ、そうっすか?」
「うーん、本当に大丈夫かなぁ……?」
煮え切らない態度を見せる二人。
その姿に業を煮やしたのか、この中で最年少となるルナが二人の間に割り込みながら声を上げた。
「タクミさんがこんなに言ってくれてるんだから、きっと出来るってことだと思いますっ! 私も一生懸命お手伝いするから、一緒に頑張ってみたいですっ!」
「うん、うん……。そうっすねっ、ここまで言ってくれてるんっすもんね!」
「それに、ルナちゃんにここまで言われて、引き下がるようじゃあ男がすたるってもんだよね!」
ロランドもフィデルもようやく意思を固めたようだ。
二人は、互いに目で言葉を交わした後、うんと一つ頷いてから頭を下げた。
「タクミさん、“駅長”さん、このお話、ぜひやらせて下さいっすっ」
「一生懸命頑張りますので、上手くいくようにご指導よろしくお願いしますっ!」
二人の若者から発せられた力強い言葉に、タクミと“駅長”が力強く頷く。
「テラスでの営業となると、普段とは違う形を考えた方がいいですね。どういう形でやっていくのか、準備を進めていく中で一緒に考えましょう」
「当日の営業はお二人に任せるが、何かあれば私の方で対応しよう。困ったことがあればいつでも声をかけてもらって構わんよ」
「それはありがたいっす!」「助かります!」
元気よく言葉を返すロランドとフィデル。
その瞳には、確かに情熱の炎が灯っていた。
話しがとめどもなく盛り上がっている様子を見て、“駅長”がうぉっほんと一つ咳払いを入れる。
誰もがその意図に気づいたのか、和を囲んでいる全員がそろって“駅長”へと視線を送った。
「それでは、話を纏めよう。工事が行われる来週の水・木、『喫茶店ツバメ』はテラス席での特別営業とする。便宜上私が責任者とはなるが、基本的にはロランド君とフィデル君が中心となってお店の切り盛りを行う。それでよろしいかな?」
やや低いトーンで語る“駅長”の言葉に、全員そろって首肯する。
それを受けて“駅長”が満足げに頷いたその時、ぐーっと大きな音が鳴り響いた。
場に居合わせた全員が、一斉に“音の主”へと顔を向ける。
そこには、なんともバツを悪そうにするテオの姿があった。
「わ、わざとじゃないです。ほら、もうこんな時間ですし!」
テオは慌てふためきながら、窓の外を指さす。
外は随分と暗くなり、空と陸の境目がわずかに赤く光るばかりとなっていた。
随分と長い間議論を交わしていたようだ。
タクミはコクリと一つ頷いてから、席を立ち上がる。
「それでは、細かいことはまた明日以降の打ち合わせとしましょうか。折角の機会ですので、みんなで一緒に食事としましょう」
その言葉に、テーブルを囲む全員からわっと歓声が上がるのであった。
※第2パートへ続きます




