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異世界駅舎の喫茶店  作者: Swind/神凪唐州


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40 言い争う二人と仲裁の料理 ~ After Dinner

※40話から続く余話番外編です

※後書きにてご報告がございます。ぜひ最後までお読みいただければ幸いです。

 その日の夜、喫茶店『ツバメ』のキッチンにタクミの姿があった。

 ランプから発せられる柔らかな光の中、火を入れられたロケットストーブの前に立つタクミ。

 その上では、蒸籠を上に被せた大きな鍋が、もくもくと白い蒸気を上げていた、


(ふぅ、今日はしてやられましたね……)


 ロケットストーブの火口に薪をくべながら、タクミは昼の出来事を思い出していた。

 お客様の様子を掴むことには慣れているつもりだったが、昨日から今日にかけてのソフィアとリベルトの様子は、タクミの予想を超えるものであった。


 おそらくは“先日の一件”でいっそう距離が縮まったのであろう。

 聡明な二人だからこそ、議論を楽しんでいるというのも理解できなくはない。

 しかし、あのように目の当たりにしてしまうと、度が過ぎてしまわないかと心配が先になってしまうのも正直なところだ。


(まぁ、男女の仲というのはそれだけ不思議なものということでしょう……)


 料理をしながら気持ちを整理したタクミは、横に置いておいた砂時計の砂が落ち切るのを見計らって蒸籠の蓋を開く。

 湯気がふわっと立ち上り、わずかに甘さを含んだ馴染みのある香りが広がってきた。


 蒸籠に掛けられていたのは、ランチ営業の残り物である炊いたアロース(白ごはん)だ。

 平皿の上で温めなおされたアロースを、タクミは深めのボウル皿へとよそい直す。

 そして湯気が沸き立つそのボウル皿の中にそっと卵を割り入れると、トマトケチャップ、粉状のケッソ(ハードチーズ)、バター、塩、こしょうを加え、箸でグルグルとかき混ぜた。

 卵がほぐれ、アロース全体がやや赤みがかった色に染まれば、タクミ流“こちらの世界の卵かけご飯”の完成だ。


(やっぱり玉子を一番おいしくと言えばこれですよね。醤油が無いのが残念ですが……)

 タクミは静かに手を合わせて、小さな声で頂きますと呟く。

 そして箸を手に取り、まだ温かな卵かけご飯を口に運ぼうとした刹那、キッチンの入り口からの元気な声が聞こえてきた。


「ごっしゅじーん、なんかいい香りがするのなっ! きっと一人で美味しい物を食べようとしているのに違いないのなっ! ずるいのなっ! 食べさせるのにゃー!」


 その声に、タクミは思わず苦笑いをしてしまう。

 しかし、すぐさま近寄ってきたニャーチのキラキラとした視線に押され、やむなく先ほど作ったばかりの卵かけご飯を明け渡した。


「もう一人分作るから、先に食べてていいよ」


「ありがとなのなっ! 早速いっただっきまーすなのなっ!」


 ニャーチはそう言うが早いか、タクミから渡されたスプーンでボウル皿の中身を掬い、口の中へと運んでいく。

 卵のとろりとしたコクのある味わいにトマトケチャップやケッソ、バターの旨み、そしてアロースのほのかな甘みが混然一体となり、実に味わい深い。


 ニャーチは、顔を綻ばせながら次々と掻き込んでいく。

 その時、ふと何か思いついたように、タクミに声をかけた。


「卵かけご飯、こんなに美味しいのに、どうして今日はソフィアさんやリベルトさんに出さなかったのなっ?」


「ああ、それは、これが“生卵”を使ってるからだよ」


 “こちらの世界”でも卵はよく食されている食材の一つである。

 タクミがかつていた場所ほど安価とまでは言えないが、それでも、市場では庶民にも十分に手の届く値段で販売されているようだ。


 しかしながら、“こちらの世界”では卵を生食する文化はなく、何らかの形で火を通して食されるのが基本となっている。

 マヨネーズのように卵のイメージが無くなっているものであればともかく、そのままの生卵の味わいが受け入れられるかどうかは、未知数であった。


 また、卵の生食にはもう一つの懸念がある。それは“衛生面の問題”だ。

 喫茶店『ツバメ』では、ガルドが毎朝生みたての新鮮な卵を届けてくれているのでまだ安心度は高いが、それでも完全とは言えない。

 実際、今日の“卵かけご飯”に使っている卵も、今朝届けられた新鮮な卵を酢水とブラシで入念に洗浄し、表面の僅かな汚れまで完全に落としたものを使っていた。


 それでも、自分で食べるならともかく、お客様にお出しして万が一のことが合ってはいけない。

 このため、ソフィアやリベルトに出す料理としては“卵かけご飯”を選ぶことが出来なかったのだ。


 そんなことを考えながらタクミがもう一人前の準備を進めていると、ニャーチが再び声をかけてきた。


「うーん、卵かけご飯おいしいのに……、あっ! そうしたらこのまま焼けば生じゃなくなるから大丈夫なのなっ!」


「それだと、オムレツかチャーハンになっちゃうんじゃないかな?」


「むぅ。確かにそういう説もあるのなっ。むずかしいのな……」


「まぁ、好きなように食べるのが良いよね。さて、そろそろ蒸し上がったかな……」


 タクミは蒸籠の蓋を取り、改めて蒸し直したアロースを新しいボウル皿によそう。

 ふと視線を感じて後ろを振り向くと、ニャーチが空になったボウル皿を静かに差し出していた。

 その嬉しそうな様子に、タクミは毒気を抜かれる。


「はいはい、そう思って多めにご飯を蒸してあるから。器をこっちへ持っておいで」


「あいあいさーなのなっ! さすがごっしゅじん、ニャーチのこと良く分かってるのなっ!」


 猫耳をピンと立てながら、ニャーチがタクミへと近づいていく。

 その仕草を温かく見つめながらボウル皿を受け取り、そっと頭をなでるタクミであった。

お読みいただきましてありがとうございました。

40話の余話番外編でございました。


さて、本作「異世界駅舎の喫茶店」がネット小説大賞の最終選考を通過し、宝島社様より書籍化させていただく運びとなりました!(詳細は活動報告ではご報告させて頂いております)


これもひとえに読者の皆様のご愛読ご声援の賜物でございます。

この場をお借りしまして、厚く厚く御礼申し上げます。


出版の時期などまだまだ具体的な詰めの作業はこれからでございますが、発表できるタイミングとなりました活動報告などで順次ご報告させていただきます。


それでは、これからもたくさんのご笑読ご声援を頂けますよう、何卒よろしくお願い申し上げます。

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