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異世界駅舎の喫茶店  作者: Swind/神凪唐州


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40 言い争う二人と仲裁の料理(3/3パート)

※第2パートからの続きです。

 そして翌日、喫茶店『ツバメ』の二階にある個室にソフィアとリベルトの姿があった。

 二人を案内した個室の扉をコンコンコンとノックしたタクミは、中からの返事を待ってから中へと入る。

 部屋の中では、真剣な表情をした二人が何やら熱く議論を交わしていた。

 普段の穏やかな雰囲気とは異なる二人の様子に、タクミは食事の用意をしながらそっと耳を立てる。


「だから、テーゼ(チーズ)の深いコクと甘みを目いっぱいに感じられるベイクドケーキが一番なのですわ。さっぱりとしたレアケーキも悪いとは言いませんが、ケーキにはつきもののコーヒーに合わせるならベイクドに軍配が上がりますわよ」


「しかし、ベイクドのコクはともすれば重く感じられることもある。これから暑くなる時期などは、さっぱりとした酸味と甘みを兼ね備えたレアのほうがより美味しく感じられるであろう。それに、何もデザートと共にする飲み物はコーヒーばかりではない。テー(紅茶)の爽やかな香りに合わせるのなら、やはりレアのほうがふさわしいと思うぞ」


「この国で一番親しまれているのはシナモン・コーヒーですわ。飲み物との相性を考えるのであればやはりベイクドということになりませんこと?」


「いやいや、我が国をはじめ世界中の国を見渡せば、コーヒーよりもテーを嗜む国のほうが多いぞ。その論法なら、世界を基準に考えてレアのほうが優勢ということになるぞ」


「それは話を広げすぎというものですわ。それに、コーヒーとベイクドケーキの相性がまだ世界には知られていないだけで、この味わいを知ってもらえばきっとその勢力図も塗り替えられることでしょう」


「いやいや、食文化というのはその国の歴史にも根差した深いものである。そうそう簡単にはいかぬぞ」


 仕事の話題で議論を戦わせているかと思えば、どうやらそうではなかったようだ。

 その会話に若干苦笑いを浮かべつつ、タクミが二人へと挨拶をする。


「昨日からその手の話題で持ちきりのようですね。ですが、その手の話題はほどほどにされて置くのが吉かと存じます。さて、本日の一品目のご説明をさせて頂いてもよろしいでしょうか?」


 タクミの言葉にそろって頷く二人。

 しかし、互いにぶつけ合う視線は厳しいもののままだ。

 その微妙な雰囲気に、タクミはゴホンと咳払いを一つ入れてから今日のメニューについて説明を始めた。


「本日もいつものようにミニコースを用意させて頂いております。昨日ご依頼の“卵料理”はメインの前にご提供させて頂く予定としております」


「メインの前、だな。了解した。 どんな料理が出てくるか楽しみだ。なぁ、ソフィア殿もそう思うだろう?」


「ええ、とても楽しみですわ。タクミさん、よろしくね?」


 それぞれに期待を口にしながら、リベルトとソフィアが視線を交わす。

 気のせいか、その視線が交差するところで火花が散っているようにも見えた。

 二人の仲にしこりが残らないか心配となるが、だからと言って何か出来るわけではない。

 これ以上議論が熱くならないよう願いつつ、タクミは一礼をして部屋を後にした。




――――――




 タクミが部屋へと戻ってきたのは一皿目(オードブル)をちょうど食べ終える頃であった。

 キッチンから運ばれてきたのはボウル状の白い器。

 やや大きめのその器の上には蓋がすっぽりと被せられている。

 この辺りではあまり見かけないスタイルだ。


 これをどうすればよいのか分からず、視線を重ねながらそろって首をかしげるソフィアとリベルトの二人。

 すると、タクミが軽く頭を下げてから二人に向けて話し始めた。


「お待たせしました。昨日の“ご回答”として用意させて頂きました玉子料理です。どうぞ蓋を取ってからお召し上がりください」


「これを取ればいいのね」


 タクミに促されたソフィアが、返事をしつつ器の蓋をとる。

 すると中からふわっとした“泡”のようなものが現れた。


「これは……メレンゲか? いや、それにしては色が……」


 ソフィアと同じタイミングで蓋を開けたリベルトが、その正体を見抜こうとじっと観察する。

 “泡”の雰囲気はメレンゲに近い。

 しかし、メレンゲと決定的に異なるのはその色だ。

 淡い黄色に色づいたその“泡”の様子を見ると、どうやら卵白だけではなく卵黄も合わせられているようであった。


 その泡の下には、何かスープのようなものが見える。

 その白い色からすると、恐らくは牛乳が使われているのであろう。

 見たことが無い不思議な料理をしばらく観察していると、タクミから再び声がかかった。


「料理の説明は後程させていただきます。最初は上の泡の部分だけを少し掬っていただいて、そして次は下のスープとともにお召し上がりください。」


「う、うむ……」


 リベルトはスプーンを手に取ると、器の中の泡状のものを掬い取る。

 熱が加わっているせいか、思いのほかさっくりとした感触だ。

 ほんのりと湯気が立つ淡黄色の“泡”を口へと運んでいくリベルト。 

 しばらく口の中で転がしていると、歯を建てる間もなくその“泡”は淡く溶けていった。


「……確かに卵の味わいだな。もう少し柔らかいイメージがあったが、思いのほかサックリした食感で、なるほど、これは面白いな。しかし……」


 眉間にしわを寄せながら顔を上げるリベルト。

 その視線の先では、ソフィアが口角を持ち上げて嬉しそうな表情を見せていた。


「ほんのりとした甘さが感じられますわね。これは私の意見が正しかったようですわ」


 ソフィアはニコニコとしながら再び器にスプーンを入れる。

 タクミから言われたとおりに下のスープと共に“泡”を掬い取って、口へと運ぶ。


「えっ!? これ? なんでっ?」


 口の中に広がった味わいに、思わず大きな声を上げるソフィア。

 その驚きようをみて、慌ててリベルトもスープと合わせた“泡”を口に含む。

 先ほどはほんのりとした甘さを感じたはずの“泡”は、しっかりとした塩気を含んだものとなっていた。


「なんと! 間違いなく同じ器に入っているのに、こうも味わいが違うとは……」


「これですわ、このスープにきっと仕掛けがあるのですわ」


 ソフィアはそういうと、泡を避けて白いスープだけを味わう。

 まろやかな風味や香りからは、牛乳が使われていることは間違いなさそうだ。

 しかし、それ以上に鶏や野菜の旨味がしっかりと感じられる。

 そして、塩や胡椒も比較的強めに効かせられていた。


「なるほど、この表面の泡がスープを吸い込むことで味わいが変わるということか。いやはや、これはまた不思議なものだ。タクミ殿、これは何という料理なのかね?」


「こちらは名づけるとすれば“ミルクスープのふわふわ”とでもなるでしょうか? 私が以前に旅行に出かけた時に教わった料理をベースに作ったオリジナルの料理となります」

「“ふわふわ”……たしかにそうとしか言い表せない不思議な料理ですわね。これってどうやって作ってらっしゃるの?」


「この料理の作り方は非常にシンプルです。まず、卵黄と卵白を分けて、先に卵白だけをしっかりと泡立てます。ちょうどメレンゲクッキーのメレンゲを作る要領ですね。そして、出来上がったメレンゲの泡をつぶさないようにして卵黄を混ぜ、アツアツのスープの上にそっと載せたら、あとは蓋をして蒸らすだけです」


「ふむ、それで器に蓋がかぶせられていたという訳か。しかし、甘さと塩気はどういう仕掛けなのだ?」


「甘さについては、卵白を泡立てる際に砂糖を一緒に入れております。こうすることで泡立ちが良くなり、スープの上に載せた際にもつぶれないしっかりとした泡となります。また、塩気はお分かりの通りスープの方につけております。今日のスープは通常の倍程度の濃さになるようしっかり煮詰めた鶏のスープに牛乳を合わせて温めたものです。鶏のスープに含まれる塩分がスープ全体を引き締める役割を担っているかと存じます」


 タクミの説明を頷きながら聞いていたソフィアが、感想を口にする。


「この甘さと塩気のバランスが難しいんでしょうね。スープがしっかりとした味だから、もし玉子に甘みが付いていないと負けてしまいそうですわ」


「そうだな。しかし、スープとともに口に含めば、ちょうどいい塩梅となる。この味わいの計算はなかなか出来るものではなさそうだな。しかし、これがタクミ殿にとって一番というのは少々不思議ではあるな。タクミ殿のことなら、もう少し“玉子料理らしい料理”を選ぶと思っていたのだが……」


 リベルトの言葉にコクリと頷くタクミ。

 そして二人に優しく微笑みかけながら、言葉をかけた。


「確かに玉子料理という観点で考えれば他にふさわしい料理があったかもしれません。しかし、昨日のご様子を見て、なんとか一つの料理で“甘さ”と“塩気”を同居させたいと思い、こちらの料理を作らせて頂きました。これであれば、お二方とも喧嘩をすることなく、お好きなように召し上がっていただけるのではないかと……」


 タクミの言葉に、二人が揃って首をかしげる。

 しばらく二人で顔を見合わせた後、先に疑問の声を上げたのはリベルトだ。


「うーむ、いつ私たちが喧嘩をしていたのだ? なぁ、ソフィア殿?」


「ええ、確かに議論はしておりましたけど、別に喧嘩をしていたわけでは……」


「えーっと、そうしたら昨日のお二人のアレは……」

 

 タクミは目をパチクリとさせながら二人へ尋ね返す。

 今度は、二人揃ってうんうんと頷いてからタクミの疑問へと応えた。


「ああ、済まない。最近、二人でいるといつもあんな調子なのでな。ソフィア殿とはいつも真剣に議論を交わせるから楽しくて仕方が無いのだ」


「そうよね。リベルト様とは意見を異にすることも多いのですが、それはそれできちんと筋が通っていますし、何よりとても刺激的なのですわ」

 

 二人はそう言い合うと、お互いに顔を見つめてにこっと微笑み合う。

 その様子に、タクミはしばらくの間言葉を発することができなかった。


 その時、部屋の扉からコンコンとノックの音が聞こえてくる。

 タクミが声をかけると、そこにやってきたのはニャーチの姿だった。


「ごっしゅじーん、ロランドくんがメイン出来たって言ってるけど、もう運んでもいいのかにゃー?」


「あ、そ、そうだね。うん、お願いします。では、私も手伝ってまいりますので、いったん失礼いたします」


「おお、随分と引き留めてしまってすまなかったな」


「続きの料理も、楽しみにしておりますわ」


 二人のあっけらかんとした様子に、ただ苦笑いを浮かべるしかないタクミであった。


 お読みいただきましてありがとうございました。

 2ヶ月に一度のソフィア&リベルト回、だんだんバカップルになりつつありますね。

 生暖かい目で二人の成り行きを見守っていただければ幸いです。

 

 なお、明日も『番外編』を更新予定です。

 引き続きご笑読いただけますようよろしくお願い申し上げます。


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