40 言い争う二人と仲裁の料理(1/3パート)
本日も当駅をご利用いただきまして誠にありがとうございます。本日の二番列車は、この後十三時三十分の出発予定です。改札は、出発の十分前を予定しておりますので、ご乗車のお客様は、改札口横にございます待合室にてお待ちください。
―― なお、喫茶店『ツバメ』でのお食事の際、お好みがございます場合にはスタッフまでご相談ください。
毎朝賑わいを見せる喫茶店『ツバメ』だが、一番列車が出発した後にはしばし静かな時間が訪れる。
そのひと時を使ってタクミとロランドはランチの仕込みを、ニャーチはホールの片づけをするのが最近の日課になっていた。
とはいえモーニングタイムの営業は続いているので、パラパラとではあるがお客様がやってくる。
今日も静かな喫茶店『ツバメ』のホールに、カランカランカラーンと鐘の音が鳴り響いた。
「おはようございますわ」
「あ、ソフィアさんいらっしゃいませなのなーっ! どうぞこちらへのなのなっ」
「ありがとう、今日も元気でうらやましいわ」
案内された席にソフィアが座ると、ニャーチがすかさず水と濡れタオルを運んできた。
「ご注文はお決まりですなのなっ?」
「そうねぇ……、今日はスペシャルの方をいただくわ。飲み物はいつものシナモン・コーヒー、ミルクもつけていただけるかしら?」
「かしこまりましたのなっ! それでは少々お待ちくださいませなのにゃっ」
注文を承ったニャーチが一目散にキッチンへと向かう。
足音も立てずにテーブルの間をするするっと滑るように走り去っていくその姿は、まるで猫のようだ。
(猫の亜人さんとはいえ、本物の猫のようですわね……)
ソフィアはくすっと微笑みながら、手元に確保しておいた新聞に目を落とす。
銀行家たるソフィアにとって、情報は仕事の生命線。
本拠にしているマークシティであれば常に最新の情報が耳に飛び込んでくるものだが、ここでは新聞が重要な情報源だ。
どれだけ忙しくても、毎朝必ず新聞に目を通す時間だけは確保するように努めていた。
しばらく新聞を読みふけっていると、ソフィアの横から声をかけられた。
パッと顔を上げると、銀色のトレイを手にしたタクミの姿であった。
「ソフィア様、おはようございます」
「おはようございますですわ。わざわざタクミさんが持って来ていただいたのでして?」
ソフィアの言葉に、タクミが小さく頷く。
「ちょうど手が空いておりましたので、ご挨拶を兼ねてと。さて、本日のスペシャルモーニングセットは、テーゼトーストに、ミックスサラダ、焼いたブルスト、それと付け合せにミニオムレツを添えております。シナモン・コーヒーは後程お持ちいたしますので、少々お待ちくださいませ」
「今日も素敵なモーニングをありがとうですわ。じゃあ、早速……」
席を離れるタクミに軽く会釈をしたソフィアは、新聞を畳んでから胸の前で手を組み、食前の祈りを捧げた。
しばしの黙想の後、早速色とりどりの品物が並ぶプレートを見つめる。
(今日も朝から豪華ね。さて、どれから頂こうかしら……)
一瞬迷いを見せるソフィアであったが、腹の虫が早く食べさせろと刺激して来る。
その腹の虫の声に素直に従い、まずはメインのトーストへと手を伸ばした。
トーストされたマイスブレッドは、まだほんのりと湯気をくゆらせている。
一口分をちぎれば、上に載ったテーゼが糸を引いた。
やけどをしないよう軽く息を吹きかけてから口へと運ぶ。
トーストされて香ばしさを増したブレッドと、温められたテーゼのまろやかな味わいが口の中で混ざり合う。
シンプルながらも、大変に美味しい。
このテーゼトーストだけで“スペシャルモーニング”にした甲斐がある ―― ソフィアにはそのようにすら感じられた。
(さて、次はどれにしようかしら……)
ソフィアがプレートの上を見つめて品定めをしていると、『ツバメ』の扉がカランカランカラーンと音を奏でた。
その音にふっと視線を送ると、そこにやってきたのは彼女が良く知るパートナーであった。
「おお、ソフィア殿、奇遇だな」
「あら、リベルト様も今日はこちらに?」
「ああ、ちょうど今朝は急ぎの案件も訪問予定もなかったのでな。ん? なにやら美味しそうなメニューだな……」
「今日のスペシャルモーニングセットですわ。リベルト様もいかがでして?」
「うむ、ぜひそうさせて頂こう。では、このスペシャルモーニングとやらを、飲み物は食後にテーをお願いしたい」
水と濡れタオルを運んできたニャーチを見つけ、早速注文を告げるリベルト。
ニャーチは、コクコクコクと首を縦に振って注文を確認する。
「かしこまりなのなっ! えーっと、スペシャルモーニングおひとつで、食後にテーなのな。リモンもいつも通りでいいですかにゃっ?」
ニャーチの言葉に、リベルトが首肯して応えた。
そのとき、ふとソフィアの様子が眼に入った。
気づけば、ソフィアは自分が相席に着いてからフォークとナイフを動かす手を止めているようであった。
「おおっと、先に召し上がってくれ。せっかくの料理が冷めてしまうぞ」
「でも、せっかくなのでリベルト様と一緒に召し上がりたいですわ」
「うーむ、そう言って頂けるのは嬉しいが、それは折角料理を用意してくれたタクミ殿たちに礼を失してしまうことになるな。遅れてきた私が悪いのだから、どうぞ温かいうちに召し上がってくれ」
「リベルト様がそう仰られるのでしたら……。では、失礼して先に頂きますわね」
軽く頭を下げてから、再びフォークとナイフを手にするソフィア。
何を食べようか一瞬逡巡した後、選んだのはミニオムレツであった。
フォークで軽く押さえながらナイフで一口大に切り分けると、皿の縁に添えられた『ツバメ』特製のケチャップをたっぷりとつけて、そのまま口の中へと運んでいく。
やや甘めに仕上げられた玉子の風味を、トマト風味たっぷりの特製ケチャップがいっそう引き立てていた。
「ソフィア殿は、いつ見ても本当に美味しそうに召し上がるのだな」
「そうですか? それはきっとタクミさんの料理が素晴らしいからですわ」
「無論それもあるだろうが、ソフィア殿の姿が何とも幸せそうに感じたのでな」
「まぁ、女性が食事をしているところをマジマジと見るのはマナー違反ですわよ?」
思わず口をとがらせるソフィアに、リベルトは、すまんすまん、と頭を下げる。
しばらく二人は顔を見合わせる。
やがて、どちらからともなくぷっと吹き出してしまった。
二人の間に笑い声がこだまする。
その横から入ってきたのは、ニャーチであった。
「なんかラブラブの匂いがするのな。まぁ、それはともかくスペシャルモーニングお持ちしましたのなっ! あと、ごっしゅじんは今ちょっと手が離せないから後で挨拶に行きますっていってたのな」
「ああ、ニャーチ殿ありがとう。仕込みが忙しいだろうし、気を使わなくてもいいと伝えてくれないか?」
「かしこまりなのな。でも、ごっしゅじんはきっと挨拶にくるとおもうのなっ! それではどうぞごゆっくりお召し上がりくださいなのにゃー」
ニャーチはそう言うと、するするっとテーブルの間を縫っていき、足音もなくカウンターに戻っていった。
その見事な体さばきに、リベルトが感嘆の声を漏らす。
「うーむ、ニャーチ殿のあの動き、いつ見ても見事だな……。足音ひとつ立てずに動いていく身のこなし、早々にできるものではないぞ」
「私もさっき同じことを感じましたわ。いつ見ても素晴らしいですわよね。さて、冷めないうちに召し上がりませんか?」
「っと、そうだな。では、早速頂くとしよう」
リベルトはそう言うが早いか、右手で宙に図形を描くようにしてから、そのままその手を胸へと添える。
ソフィアにとっては不思議な動作だが、これがリベルトの国における『食前の祈り』の作法であるらしい。
所変われば品変わるとはよく言うが、食前の祈りの作法にも違いがあるのはソフィアにとってはやや驚きを感じることであった。
(そういえば、タクミさんやニャーチさんも変わった祈りの捧げ方をしていますよね……)
そんなことを想いながら、食事を再開するソフィア。
ミックスサラダはちぎったレチューガにセボーリャのスライス、そしてラーバノとサナオリアを千切りにしたものを合わせ、ドレッシングで味付けされたもの。
シャキシャキとした歯触りと、野菜のみずみずしさ、そして甘酸っぱいドレッシングの味わいが、やや重くなっていた口の中をさっぱりさせてくれる。
そして続いてフォークを伸ばしたのは、焼いたブルストだ。
ナイフを入れるとパリッと皮がはじけ、中から肉汁がジュワーっと溢れ出てくる。
そしてその上に特製ケチャップをたっぷりとつけてから、口の中へと放り込んだ。
プリプリとしたその身を噛み締めるたびに肉汁が溢れ、旨みが口の中いっぱいに広がっていく。
ソフィアはうんうんと何度も頷きながら、その美味しさをしっかりと味わっていた。
その時、何やら視線を感じたソフィアがふと前を向く。
すると、正面でブルストを頬張っていたリベルトが、不思議そうな顔をして質問をぶつけてきた。
「ん? ブルストにモスターサはつけないのかね?」
「え、ええ。私はいつもケチャップをつけて頂いているのですが……」
「む、そうなのか。ケチャップも悪くはないと思うのだが、ブルストにはモスターサが一番合うのでは思ってな……」
「うーん、実は私、モスターサの辛みがあまり得意ではないのです。私にとって、ブルストを一番美味しく食べさせてくれるのは、このケチャップなのですわ」
「そうなのか……、いや、済まぬ、失礼だったな」
「いえいえ、気にしておりませんわ」
口ではそういいつつも、ソフィアはリベルトの様子を伺ってしまう。
辛い物がダメというわけではないが、モスターサのような鼻にツンと来る辛さはソフィアが苦手とするものの一つだ。
恋しい相手の好きなものが苦手というのも少々気まずく思わなくはないが、苦手なものは苦手だから仕方が無い。
ふぅと一つため息をつき、気を取り直したソフィアは改めてブルストを口に頬張るのであった。
※第2パートへ続きます。




