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異世界駅舎の喫茶店  作者: Swind/神凪唐州


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39 再会した旧友と意趣を込めた贈り物(3/3パート)

※第2パートからの続きです。

 それから数日後、ハーパータウン駅の駅前広場にて、“お客様”の到着を待つエリアスの姿があった。

 腰に結わえた懐中時計をチラチラと見ながら、広場へと続く通りを眺めるその様は、どこか落ち着きがないようにも見える。

 

 しばらくすると、一台の馬車が広場へと到着した。

 エリアスはすぐさま駆け寄り、馬車から降りてきた“お客様”に向かって頭を下げる。

「ご足労頂きましてありがとうございました。こちらの『ツバメ』様にて個室を予約しておりますので、ご案内させて頂きます。それでは、こちらへどうぞ」


「うむ」

 

 “お客様”が口元に蓄えた白い髭をそっとなでながら鷹揚に頷いた。

 

 “お客様”を案内しながら喫茶店『ツバメ』の二階へと向かうエリアス。

 タクミに依頼して事前に予約しておいた個室は、落ち着いた雰囲気に設えられていた。

「さて、今日は何かお話があるとか」


 ダイニングチェアへと腰を掛けた“お客様”の言葉に、エリアスはコクリと頷く。


「はい。ぜひご覧いただきたいものがございまして、こちらへご招待をさせて頂きました。ただ、その前に…… 先日は大変ご迷惑をおかけして申し訳ございませんでした。そのお詫びとして、今日は一つ趣向を凝らしたものをご用意させていただきました。どうかご堪能いただければと存じます」


「ふむ。何か面白そうな気配がしますな。分かりました。それでは早速お願いできますかな?」


「かしこまりました。それでは少し失礼いたします」


 エリアスは一礼をすると、いったん扉の外に出てチリリーンとベルを鳴らす。

 あらかじめ決めておいた準備完了の合図だ。


 階下から返されるベルの音を確認し、部屋へと戻るエリアス。

 ほどなくして、扉がコンコンコンとノックされた。


「失礼いたします。ご注文の品をお持ちいたしました」


 エリアスが、どうぞ、と声をかけると、タクミとルナの二人が部屋へと入ってくる。

 いつものように微笑みをたたえるタクミに対し、ルナは若干緊張しているようだ。


 タクミが紅茶の用意をしている間に、運んできたスタンドを設置するルナ。

 やや背が高い金属製のスタンドには木で出来たトレイが三段載せられており、それぞれにサンドイッチやクッキー菓子などが盛り付けられている。


 テーブルのセッティングが終わると、タクミが改めて二人に挨拶を始めた。


「本日は、エリアス様からのご希望により、ミニパーティー形式にてお飲み物と軽食をご用意させていただきました。それではどうぞごゆっくりお過ごしください」


 軽く頭を下げるタクミの様子に、慌ててお辞儀をするルナ。

 その何とも可愛らしい仕草に、エリアスは心がほっこりと温まるような気持ちとなった。


 部屋から退出する二人を見送った後、エリアスは“お客様”に紅茶を勧める。


「わずかばかりではございますが、心を込めてご用意させて頂きました。どうぞお召し上がりください」


「ありがとう。しかし、どれから手を付けていいか迷ってしまいそうですな」


「実は私もです」


 エリアスの言葉に“お客様”の口から笑みがこぼれた。


 場が和んだところで、二人はそれぞれにスタンドへと手を伸ばす。

 “お客様”が最初に手を伸ばしたのは、スタンドの一番下の段に盛り付けられていたロールサンドだった。


「ほう、これは美しいですな。色のついたトルティーヤ生地とは珍しいですな」


「オレンジの方にはトマトが、緑色の方にはエピスナーカ(ほうれん草)を練り込んで焼き上げていると伺っております」


 事前にタクミから聞いていた話を、自分の言葉に咀嚼しながら“お客様”に伝えるエリアス。

 オレンジの生地の方には生ハムとレチューガ(レタス)、そして薄切りにしたペピーノ(きゅうり)が巻かれている。

 一方、緑に色づけられた生地には、薄焼きの卵とテーゼ(チーズ)、それに千切りにされたサナオリア(にんじん)が巻かれていた。


 二種類のロールサンドは包丁で一口大にカットされ、その美しい断面で模様を描くように並べられている。

 その姿は、まるで美しいパッチワークを見ているようにさえ感じるものであった。


「うん、こちらのケーキも美味しいです。色目が濃いので少々驚きましたが、しっとりとした少しビターな味わいが、このテーと良く合いますね」


 エリアスが手を伸ばしていたのは、真ん中の段に入っていた濃いこげ茶色のカップケーキだ。

 タクミの言葉を借りると“ガトー・ショコラ”と呼ばれる焼き菓子らしい。


 折角なので作り方も教わったが、思いのほかシンプルで驚いた。

 チョコレートを刻んでから湯煎で溶かし、そこに砂糖、卵、そしてアロース(コメ)粉を混ぜ合わせる。

 その生地を薄手のカップの中に入れて、少し薪を減らし温度を下げたオーブンストーブのグリルでじっくりと焼き上げるだけのものだ。

“たったそれだけ”というと失礼にはなってしまうが、特別に複雑な技法を使っているものではない。

 それでも、一つずつ丁寧に焼き上げられたこの菓子は、カカオ特有のほろ苦さと砂糖の甘さを併せ持つ素晴らしい味わいとなっていた。


 最上段に載せられているガレータ(サブレ)やメレンゲクッキーも、さっぱりとした甘さで舌を楽しませてくれる。

 もちろん、テーとの相性も抜群だ。


 テーを楽しみながら、しばらく談笑を続ける二人。

 話題は、テーを淹れている入れ物へと移っていった。


「そういえば、こちらのポットやカップもなかなかに良いデザインですな。舶来品ですかな?」


「さすがはお目が高い。こちらはアルガバンブ社製の白磁(ボーンチャイナ)となります。まだこの国では有名ではございませんが、均整のとれた美しさは一目の価値があるかと思っております」


「なるほど。銘によらず、良い物は良いと評価するのはとても大切なことですな」


「ありがとうございます。ところで、今日はもう一つご用意させていただいたものがございまして、お出しさせて頂いてもよろしいでしょうか?」


「ほう、何か面白いものでもございましたかな?」


 “お客様”の言葉に、エリアスは微笑みながら静かに頷く。

 そして、手元の荷物から薄手の木箱を取り出すと、上蓋を開き、そっと“お客様”見せる。

 

 箱の中に納められていたのは、両手を合わせたほどの大きさがある一枚のステンドグラスプレートだった。

 こげ茶色の木枠の中には、色とりどりのグラスによって花模様が鮮やかに描かれている。


 手元に置いたプレートを見せながら、エリアスが口を開いた。


「本日のために特別にご用意させていただきました。一品ものでございます」


「おお、これはまた素晴らしい。見せてもらっても良いかね?」


「ええ、どうぞ」


 “お客様”の求めに応じ、エリアスはステンドグラスのプレートを箱から取り出す。

 そして、“お客様”の横へと回り込むと、手元にそっと差し出した。


 エリアスに促されるように、“お客様”は一つ頷いてからプレートを受け取ろうとする。

 しかし、呼吸が合わなかったのか、その手にプレートが触れる前にエリアスが手を離してしまった。


 物理法則に従い、テーブルへ向かって自由落下するステンドグラス。

 そして、テーブルとぶつかった瞬間、パリンという音が部屋に響いた。


「なんと……」


 割れてしまったステンドグラスを見て絶句する“お客様”。

 エリアスが慌てて謝罪する。


「も、申し訳ございません! お怪我はございませんか?」


「い、いや、私は大丈夫だが、折角の品が……」


 テーブルの上に散らばったステンドグラスの破片を見ながら、“お客様”がため息を吐いた。

 それほど高い所から落ちたわけではないので粉々にはなっていなかったが、それでも修復するのは難しいであろう。


 何とも残念なことだと思いながら見つめていると、散らばった破片をエリアスが一つずつ丁寧に拾い集めはじめた。

 そして、その欠片を手元の箱に納め直すと、眉間に皺を寄せながら頭を下げる。


「私の不注意でこのような形にしてしまい申し訳ございません。こうなったら……もったいないので食べてしまいましょうか?」


「ん? 今なんと?」


 聞き間違いかと思った“お客様”が、エリアスに尋ね直す。

 エリアスはそれに応えることなく、箱の中から破片を一つ取り出し、一口大の大きさになるよう手で小さく割ってから口の中へと放り込んだ。


「なんと! いったい何をしているのかね?」


「んー、甘くておいしいです。テーにもよく合いそうですね……。よければおひとついかがですか?」


 いったいこの青年は何をしているのだろう?

 もしかして二度も品物を壊してしまい、気が触れてしまったのではないだろうか?

 首をひねりいぶかしみながらも、“お客様”はエリアスから差し出されたステンドグラスの破片を受け取る。


 受け取った破片は、やや厚みのある色ガラスのように見える。

 しかし、思ったよりも重みがない。

 それに、何か表面がペタペタとしているようだ。

 

(これはまるで……、はっ、そういうことか!)


 破片を観察してあることに気づいた“お客様”がキッとエリアスに鋭い視線を送る。

 そして、にやりと口角を持ち上げると、受け取った色ガラスを口の中へと放り込んだ。


 口の中で破片を転がしていくと、甘い味わいの中にほんのりとした酸味が感じられる。 おそらくは、フレッサ(いちご)か何かの果物の汁が混ぜられているのであろう。

 ゆっくりと溶けていく破片は、極上の“美味しさ”となっていた。

 

 しばらくの間、その甘さを堪能していた“お客様”。

 やがて口の中から破片が無くなった後、テーを一口含んで口をすすぐ。

 そして、苦笑いを浮かべながらエリアスに話しかけてきた。


「してやられました。これは飴だったのですな」


「その通りです。飴とガレータを組み合わせた“ステンドグラスもどきのお菓子”でございました。驚かせてしまい、申し訳ございませんでした」


 そう言いながらエリアスは頭を下げる。

 それに対し、“お客様”はふぉっふぉっふぉと笑いながら声をかけた。


「顔を上げてください。いや、割れてしまった時には正直どうしたものかと思いましたが、なかなか楽しいサプライズでしたぞ? しかし、周りの額装などホンモノそっくりでござった。いったいどういう仕掛けなのか、もう一度見せてはいけないかね?」


「もちろん、どうぞご覧ください」


 エリアスはそういうと、先ほど集めた破片が入った箱を“お客様”へと差し出す。

 それを受け取った“お客様”は、木枠の額装に見えた部分をつまみ、しげしげと眺めた。


 木枠の破片の断面は香ばしいきつね色となっており、少し指で触れるとホロホロと粉が落ちていく。

 表面の木目に見えた部分は、焦げ茶色の塗料のようなもので薄く塗られていた。

 指に着いたそれをペロッと舐めると、先ほど食した“ガトー・ショコラ”と同じようなほろ苦い味わいが感じられる。


「……なるほど。この枠はガレータにチョコレートで模様をつけたモノでしたか。いや、こうして近くで見れば分かりますが、遠目には本物にしか見えませぬな。これはエリアス殿が作られたのですかな?」


「いえいえ、私は料理も菓子作りも全くの素人です。これはこの店のマスターであるタクミさんに作っていただいたものです。その意味では間違いなく“職人の手による一品もの”でございます」


「確かにそうだな。しかし、せっかくの素晴らしい“一品もの”を割ってしまったのですから、こうしてみると少々勿体なかったかもしれませぬな」


「その代わり、こうして味わうことができました。やはり菓子というのは味わってこそ“生きる”というものではありませんか?」


 色ガラスの破片を口に含みながら、エリアスがほくそ笑む。

 その意図を理解した“お客様”も、鷹揚に頷いた。


「確かにおっしゃる通り。菓子は食べてこそ、皿は載せてこそ“生きる”というものだ。さて、そうなると、まだ何か仕掛けがありそうだな?」


 “お客様”の言葉に、エリアスは菓子やロールサンドが載せられていたスタンドに手を差し伸べた。

 そして、一枚ずつ木製の皿を取り外し、上のものを別の皿へと移す。

 軽く表面をぬぐうと、皿いっぱいに敷きつめられたタイル模様が現れた。

 白と青が交錯するその様は、まるで“パッチワーク”や“ステンドグラス”を思わせる美しさだ。


 “お客様”のまなざしに気づき、エリアスがふぅと一つ息を吐いてから話し始める。


「最初はあの皿を継いで、元通りにすることを考えておりました。しかし、一度割れた以上、完全に元に戻すことはできません。そこで、あえて皿を細かく切り、再び“皿”として使えるようにタイル代わりに敷き詰めました。これであれば“皿が生き返った”ということになりませんでしょうか?」


「うむ、見事である。これであれば確かに“皿を生き返らせた”こととなるな」


 白い髭をなでながら、“お客様”が満足そうに頷いた。

 そのしぐさに、エリアスは思わず前のめりになる。


「そ、それでは……!」


「ああ、これから贔屓にさせてもらうよ。というより、意地悪をしてすまなんだな」


「いえいえ、こちらこそ勉強させていただきました」


 独り立ちを前に大変いい勉強をさせていただいた ―― 貴重な体験を得たエリアスは万感の思いを込めて“お客様”に深々と頭を下げるのであった。




―――――




 大きな仕事を終えたエリアスが『ツバメ』から出てくると、その姿を見つけたテオが声をかけてきた。


「ど、どうだった?」


「ああ、おかげで何とか満足いただけたよ。しかし、うちの旦那様とグルだったとはなぁ……」


「いいお客さんじゃねえか。なかなかこんな経験させてもらえないぜ?」


「まぁな。っと、ちょっと失礼」


 立ち話の途中で『ツバメ』から出てきた“お客様”の姿を見つけ、エリアスが小走りでかけよっていく。

 そのあとを追いかけるように“お客様”の姿を目で追いかけたテオは、驚きのあまり口をパクパクと開いた。


「え……、え、“駅長”じゃないですか!」


「へ?」


 思わず大声を出したテオに、エリアスが気の抜けた声を返す。

 その横から、立派な白い髭を蓄えた“お客様”がなんとも呑気な様子で声をかけてきた。


「おお、テオ殿も久しぶりじゃな。どうじゃ? 頑張って駅務に励んでおるかね?」


「え? ど、どういうことです?」


 話の流れが見えず、きょとんとするエリアス。

 すると、『ツバメ』の扉が三たび開き、中からタクミが現れた。


「お疲れ様でした。しかし、エリアスさんのお客さんが“駅長”だったとは……」


「いやいや、黙っていて済まぬな。というより、さすがの私もエリアス殿とテオ殿が旧友とは知らなくてな。それにしても、タクミ殿はともかく、ルナちゃんもよく声をあげなかったな」


「ルナちゃんには事前に事情を話し、素知らぬ顔をするように言い伝えておきました。賢い子ですから、ちゃんとわかっていただけたようです。おかげで少し緊張していたようですけどね」


「それはそれは。そうしたら、また何かしてやらねばならぬな」


「ええ。何かねぎらっていただけるとありがたいです」


 気さくに話す二人の様子を見て、エリアスの頭の中にますますクエスチョンマークが広がる。

 その様子を察したテオが、戸惑いっぱなしのエリアスに声をかける。


「ええっと、あちらがお前の“お客様”なんだよな? あの方、うちの“駅長”さんだぜ」


「まじか!? てか、“駅長”って、ええ!?」


 言われてみれば“お客様”とは仕事の話をしたことはない。

 ただ、立派な家に住んでいる好事家の方としか認識していなかった。

 奇妙な縁に驚くエリアスに、“駅長”が声をかける。


「今回は驚かせてしまって申し訳なかったな。しかし、これから独り立ちをすると、いろんなことに出くわすと思う。今まで温かく付き合っていた人が、突然騙してくるということもザラにあるじゃろう。お客様を信用することは大切なことじゃが、美術商という商売を選んだ以上、常に油断することなく、本質を見極める目を磨きなされ。

 それに、偶然とはいえ、テオ殿にも貴重な経験になったな。タクミ殿からすでに指導を受けているようだから繰り返すことはないが、仕事に慣れて脇が甘くなる時期じゃ。これからもしっかり気を引き締めて励みなさい」


 重みのある“駅長”の言葉に、エリアスは頭を下げ、テオは敬礼で応えた。

 エリアスもテオも、割れた皿を見たときには生きた心地がしなかった。

 結果的には丸く収まったものの、よくよく振り返れば小さな失敗を繰り返していたことに気づかされる。

 厳しくも温かい体験をさせてくれたことに、エリアスもテオも胸がいっぱいになっていた。


「では、若者たちよ、ますます精進なさい。さすれば、道は拓かれるであろう」


「「は、はいっ!」」


 夕陽が差し込む駅舎に、息がそろえて声を響かせる二人であった。


 お読みいただきましてありがとうございました。

 

 今回は、久しぶりにテオくんのお話し。彼がいるところトラブルありです(酷

 

 さて、活動報告でもお伝えしておりますが、ネット小説大賞の最終結果の発表を前に、本作は3000ブックマークを達成させていただくことができました。

 これもひとえに、多くの皆様のご愛読ご声援のたまものでございます。

 次回は最終結果発表前の最後の更新となります。

 緊張した中での更新となりますが、次回も楽しんでいただけるよう、またおなかがすいていただけるよう更新したいと存じますので、楽しみにお待ちいただけました幸いです。

 それでは引き続きご笑読いただけますようよろしくお願い申し上げます。

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