39 再会した旧友と意趣を込めた贈り物(2/3パート)
※第1パートからの続きです。
血相を変えて飛び出していったエリアスは、日が傾きすっかり外が薄暗くなった頃にハーパータウン駅へと戻ってきた。
ちょうど駅舎の点検業務を終えたテオが、籐編みの箱を小脇に抱えてトボトボと向かってくる旧友に声をかける。
「ど、どうだった?」
「う、うーん……」
言いにくそうに口ごもるエリアス。
よほどの無理難題を突き付けられたのだろうか ―― テオの心に不安がよぎる。
その時、テオの背後から声がかけられた
「あ、戻ってこられましたね」
「わっ! タクミさん、びっくりするじゃないですかー」
「営業後とはいえ油断してはいけませんよ。ところで、彼がエリアスさんですね? 改めまして、当駅の駅長代理を務めております、タクミと申します」
会釈をしながら挨拶するタクミに、エリアスも慌てて頭を下げる。
「あ、は、はいっ、エリアスと申します。このたびはご迷惑をおかけして申し訳ございませんでした……」
「いえいえ、こちらこそ申し訳ございませんでした。とりあえずあちらでお話しをお伺いしてもよろしいでしょうか?」
「え、ええ。でも、これ以上ご迷惑をおかけするのも……」
申し訳なさそうにするエリアスに、タクミが軽く首を振る。
「当駅で起こってしまったことですので、私どもにも関係するお話しでございます。お客様にご負担にならないようできる限りのことをさせていただければと存じます。」
「そ、それでも……」
なおも眉をひそめるエリアスに、テオがさらに言葉を重ねる。
「なぁ、手伝わせてくれよ。乗りかかった船だし、お前が困ってるのを見過ごせるほど俺も薄情ではないぞ?」
「そ、そうか……。じゃあ、悪いけど、何とか力を貸してほしい。正直、こっちだと頼れる知り合いがいないもんで、助けてもらえるなら心強いんだ」
「ああ、任せておけって!」
そういいながら力強く拳を突き出すテオ。
その拳に、エリアスはやや弱弱しいながらもこつんと拳を合わせた。
―――――
『ツバメ』へと案内されたエリアスは、お客様の下を訪れた時の様子について説明を始めた。
お客様の下へと急ぎ向かったエリアスは、到着するや否や割れてしまった皿をお客様に見せ、とにかくひたすらに謝った。
もちろん、エリアスとしては丁寧に扱っていたつもりだし、割れるようなことは一切していないつもりだ。
それでも、実際に割れてしまっていた以上、その非はこちらにある。
まずはお客様のお怒りを少しでも鎮めようと、ただただ頭を下げるばかりだった。
その誠意が伝わったのか、「起きてしまったことは仕方がない」とばかりにお客様から一定に許しを得ることができた。
しかし、お客様にとっては大切な皿であることに変わりはない。
何らかの不可抗力が生じたのかもしれないが、エリアスに預けた際に大切な皿が割れてしまうようなことが起ってしまった以上、このままでは今後安心して仕事を頼むことはできないと、そのお客様から告げられたそうだ。
「うーん、そりゃお客様からしたらそう思うわなぁ……。でも、お前にとっては大事なお得意様候補だったんだろ?」
「まぁ、そうなんだけどさ。それよりも、せっかく紹介してくれたうちの旦那様の顔に泥を塗る形になっちまったのが申し訳ないなぁ……って思ってたのよ。とはいえ、割れた皿を元に戻すなんてできないし、あきらめて帰ろうとしたんだけど、そうしたらそのお客様が『ある条件を満たすことができるなら、これから取引をしてもいい』って言ってくれたんだよ」
「ほう、挽回の機会を頂けたわけですね。それは幸いでしたね」
「うーん、最悪の状況ではないのですが……」
タクミの言葉に苦笑いを見せるエリアス。
あまりうれしそうにしていない様子に、テオが心配そうにのぞき込んだ。
「なぁ、その条件って?」
「いや、まぁ……それがな……、『頑張って、この皿を生き返らせなさい。それができればこれから取引を全面的に任せよう』って……」
「ふむ……」
エリアスの口から発せられた条件に、なにやら思案顔を見せるタクミ
その横で、テオが大きな声を上げた。
「なんだそりゃ? そんなの無理難題じゃねえか!」
「やっぱりお前もそう思うよなぁ……。でも、そのお客さん、無理難題を突き付けるような人じゃないんだよ」
「単に今回のことで怒らせちまったからじゃねえのか?」
「うーん、それはそうかもしれないけどさあ……」
テオの言い分も理解できるものの、エリアスはどこか納得できない様子だ。
そこに、二人の会話をじっと見守っていたタクミが言葉を挟んできた。
「事情は分かりました。少なくとも機会を頂いたわけですから、お客様の言葉に一度しっかりと向き合ってみてはいかがでしょうか? お話を聞く限り、そのお客様はエリアスさんのためを思ってその条件を出してくれたのだと思いますよ」
「えっ? マジですか? だって、皿を元に戻すなんて無理にもほどがありますよ!」
タクミから発せられた思わぬ言葉に、テオがかみつく。
しかしタクミは、いつになく厳しい表情を見せる。
「テオ、あなたもエリアスさんと一緒にお客様の許しが得られるよう考えなさい。それまで、駅務につかなくて構いません」
「えっ! な、なんで……」
「箱の中を確認するときに、エリアスさんの許可は得ましたか? お客様の荷物を確認することは大切ですが、だからといって封印を勝手に解いていいものではありません。それに、箱を叩いて中身を確認したそうですが、もしエリアスさんから『その時に割れた』と言われたら反論することができますか? 慌てたということは分かりますが、少々配慮が足りなかったと言わざるを得ません」
「で、でも……」
「こちらに来て仕事にも慣れたころです。少々慢心があったのではありませんか? 旧友であるエリアスさんが無事に目的を果たせるよう、必死にもがきなさい。これは業務命令です」
なおも反論しようとするテオであったが、タクミの表情を見て言葉を失った。
普段の柔和な笑顔から一変し、険しい表情を見せるタクミ。
この駅舎で働くようになってから始めてみる姿に、テオは心の底から震えあがった。
しかし、その表情も一瞬のこと。
再びいつものように微笑んだタクミは、一つ咳払いをしてからエリアスに話しかけた。
「失礼しました。ということで、しばらくの間テオもサポートにつけさせていただきますので、よろしくお願いいたします。それと、お皿のことであれば、機械工ギルド長のグスタフさんを訪ねてみると良いかと存じます。この店でもお世話になっている方ですし、きっと力になっていただけることでしょう。テオに紹介状を持たせますので、明日にでも訪問してみてください」
「あ、は、はい……」
あまりにも急な展開に、あっけにとられるエリアス。
どうしたものかとテオのほうへと視線を向けるが、どうやら上司からの厳しい指導に放心状態のようだ。
「さて、せっかくなので夕食でもご用意させていただきましょうか。 テオさんも食べていきませんか?」
タクミの提案に、二人の若者が顔を見合わせる。
そして、互いに目で意思を確認すると、まずはエリアスから言葉を返した。
「えーっと、今日のところはお気持ちだけ頂いておきます。な、テオ?」
「あ、ああ。二人で早めに帰って、ちょっと話をすることにします」
「そうですか。それもいいですね。では、今日はこの辺にしましょう。後のことはやっておきますので、テオさんももう上がってもらって大丈夫です」
「ありがとうございます。では、お先に失礼します」
テオはそういいながら、おでこに軽く手を当てて軽く頭を下げる。
二人が出た後の扉から、いつものようにカランカラーンと鐘の音が響くのであった。
―――――
翌日、テオとエリアスは割れてしまった皿と紹介状を携えてグスタフの下を訪れていた。
「なるほど、そういう事情か。まぁ、タクミさんの紹介なら協力するのは構わんよ。とりあえず、その皿とやらを見せてみな」
強面のグスタフに内心でびくびくとしつつ、件の皿が入った籐編みの籠を差し出すエリアス。
蓋を開け、箱の中から皿を取り出したグスタフは、その割れた部分をじっと眺める。
しばらく続いた沈黙の後、グスタフはにやりと笑みを浮かべて、二つに分かれた皿をエリアスに突き返した。
「お前さん、一杯食わされたな。この皿をよーく見てみな」
「えっ?どういうことです?」
グスタフの言葉の意図が分からず首をかしげるエリアス。
それでも角度を変えながら割れた皿を見つめていると、ふと妙なことに気づいた。
エリアスは手にした二枚を近づけ、割れ目の部分を組み合わせてみる。
本来であれば、元通りの一枚となるはずだ。
しかし、元の形に戻そうと試みるエリアスの口から発せられたのは、疑問符のついたことばかりであった。
「えっ? なんで? あれ?」
「ん、どうした?」
「いや、なんかこれ、ぴったりくっつかなくて……箱の中に破片とか残ってなかったよな?」
「ああ、確かその二つ以外に大きな破片はなかったはずだけど……、もう一度見てみようか?」
「ああ、頼むわ」
エリアスの頼みを聞き入れたテオが、箱の中に緩衝材として入れられていた細い鉋屑も全て取り出し、中に破片が残っていないかどうか確認する。
「んー、特に何にも入ってないなぁ……」
「マジか? 細かいのとかはどう?」
「それもないみたいだぞ? ん? 待てよ? その皿はこの箱の中で割れたはずだよな?」
「ああ、その可能性が高いはずだけど……、でも、そうすると多少は破片が残るよな?」
「そりゃそうだろう。いくらきれいに割れたといっても、多少のクズは出るはずだしな」
だんだんと大きくなる違和感に、二人は顔を見合わせる。
その時、二人のやりとりを見守っていたグスタフが、横から口を挟んできた
「なあ兄ちゃん、お前さんは割れていない皿がこの箱に入れるところをちゃんと見てたんか?」
「ええ、もちろん見ていました。お客様が自分の目の前で箱に入れてます。バンドをするところまでしっかり見ていました」
「その後は?」
「ええっと、確か……そうそう、今回はいつもの馬車便を使わずに列車の小荷物便で送ることになったので、念のため封印をするという話になったんです。で、蝋封したものを受け取って、駅まで運んだんです」
「……ちょっと待てよ? 封印もお前の目の前でやってもらったんか?」
テオの質問に、エリアスが首を横に振って答える。
「いや、封印用の蝋が無かったから、お客さんが書斎に箱を運んで蝋封してきたんだよな?」
「じゃあ、その瞬間はお前の目の前から箱が消えてたわけか。……そん時にすり替えられたとかは?」
「はぁ? 何でそんなことする必要あるんだよ?」
「だから、お前を騙して、弁償させようとかいう魂胆だったんじゃねえのか?」
「そんなわけあるか! 元々このお客様はうちの上客だし、旦那様ともすごく長い付き合いがあるんだぜ。というかさ、そもそもそう言うつもりだったら、このタイミングで弁償って話になってるはずだろ?」
「そ、そりゃそうだな……」
まるで自分のことを馬鹿にされたかのように顔を真っ赤にするエリアスに、テオは思わずタジタジとなった。
その様子を見ていたグスタフが、再び口を挟む。
「まぁまぁそう興奮するなって。ただな、この二枚は箱の中で割れたものではなく、どこかですり替えられた可能性が高いってことはちゃんと認識しておかなきゃいかんだろう。お前さんもプロなら、冷静に現実を見ることも大事だぜ?」
「は、はい……」
グスタフの言葉に、ぐっと言葉を飲み込むエリアス。
すると、今度はテオが再び言葉を発した。
「でもよ、そうすると騙されたってことになるわけだから、別にこれ以上何かする必要はないんじゃねえのか?」
テオの言葉に、エリアスは首を横に振る。
「いや、そう簡単に済む話じゃないんだ。俺たちの商売は、目利きが何よりも大事になる。たとえ偽物を見抜けなかったとしても、それは自分の責任。まして今回は俺自身がお客さんに非を認めちまってるわけだから、例えこの皿が“偽物”であったとして、それは見抜けなかった俺が悪いって言う話だ」
「まぁ、そうだろうな。で、どうするんだい?」
首肯しながら尋ねるグスタフ。
すると、エリアスはニヤリと笑みを浮かべながらこう応えた。
「お客様の要求は『皿を生き返らせること』です。元に戻せとは一言も言われていません」
「えっ?それって一緒じゃないのか?」
エリアスから飛び出た言葉を、テオが思わず聞き返す。
しかし、エリアスは動じない。
「こんなひっかけをした上に、わざわざ回りくどい言い方してるんだ。だから、元に戻らなくても『皿を生き返らせる』ことが出来ればいいって言ってくれてたってことだよ」
「なるほどなぁ。といっても、いったいどうすりゃいいんだ? もう一度皿として使えるようにすればいいってことか?」
「うーん、それでもいいとは思うんだけど、ただ直すだけじゃ面白くないよなぁ……そうだっ! えーっと、グスタフさん、こんなことはできませんかっ?」
エリアスはそういうと、一つのアイデアを説明し始めた。
最初は真剣に聞いていたグスタフも、そのアイデアに思わず口角を持ち上げる。
「ふぅむ、それがお前さんの“答え”ってわけか。いいだろう、協力してやろうじゃねえか」
「ありがとうございますっ! よろしくお願いしますっ!」
グスタフの言葉に、エリアスは深々と頭を下げる。
その横で、テオは自信に満ちた旧友の横顔をじっと眺めるのであった。
※第3パートへと続きます。




