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7 ギルドを束ねる男とお土産の菓子

本日も当駅をご利用いただきまして誠にありがとうございます。ウッドフォード行き一番列車は、明日の朝9時の出発予定です。改札は、出発の10分前を予定しておりますので、ご乗車のお客様は、改札口横にございます待合室にてお待ちください。

―――なお、喫茶店『ツバメ』へのテイクアウトでのご注文については、前日までにご予約をお願いいたします。

「うぃーっす。邪魔するぞーい」


 今日も無事平穏にランチ営業を終えた喫茶店『ツバメ』の扉がカランカランカラーンと鳴り、一人の男が店内に入ってきた。小柄でがっしりとしており、口元にはたっぷりと髭を蓄えたその男は、頭に着いた熊耳をぴょこぴょこと揺らしながら、慣れた様子で店内のメンバーに声を掛ける。


「あっ、グスタフさんなのなっ!いらっしゃいませなのなーっ!」


 ホールの掃除をしていたニャーチが、先ほどの男 ―― グスタフに飛びつかんばかりの勢いで駆け寄る。


「おおう、ニャーチちゃん、久しぶり。いつも元気だなぁ。マスターは?」


「ご主人ならキッチンの片づけ中なのな。呼んできた方がいいかにゃ?」


「いや、キッチンの機械たちの様子も見たいから、そっちに行ってもいいかい?」


「了解なのなっ!では、こちらにどーぞなのなっ!」


 ニャーチはグスタフをキッチンへと案内する。キッチンでは、既に大方の片づけを終えたタクミが、ロランドと並んで一枚ずつ丁寧に皿を拭き上げていた。グスタフは、キッチンへ入って包みを掲げながら、タクミに声を掛ける。


「おーい、マスター。例のアレ、何とかできたぞー」


「あ、グスタフさん、アレが出来ましたか!」


 タクミは、ロランドに皿拭きを任せると、キッチンの脇にある小さな木製のダイニングテーブルへと案内し、着席する。ニャーチは客人のための飲み物を用意しに行ってくれたようだ。席に着いたグスタフは、タクミに先ほどの包みを渡す。


「まぁ、開けてみてくれ」


 タクミがグスタフに従って渡された包みを開くと、中には2本の泡立て器のようなものが組み合わされた金属製の道具が入っていた。タクミが以前からグスタフに注文していた品物だ。タクミは上部の取っ手を手に取り、その下の側面に付けられたハンドルをくるくると回す。すると、組み合わされた歯車がカラカラカラと小気味良い音を立てながら、下についた泡立て器部分を勢いよく回転させていく。タクミはその動く様子に満足そうに頷きながら感謝の言葉を伝える。


「これはいいですね。まさにイメージ通りの品です。これがあればずいぶん仕込み作業が楽になります。グスタフさんには、いつも無茶な注文をお聞きいただいてありがとうございます。 」


「まぁ、依頼されたモノは、希望通りに完成させるというのがギルド長としての俺の矜持ってところだ。まぁ、お前さんの注文は頼まれるというより“挑まれる”って感じのが多いけどな」


 グスタフがガハハハと笑いながらタクミに言葉を返す。タクミは、若干恐縮そうに頭の後ろに手をおいてぺこりと頷く。


「とはいえ、お前さんのアイデアにはいつも驚かされるというのが本音のところだな。おかげで、機械工ギルド全体にいい刺激になっている。まぁ、あの“駅長”が見込んだ男なんだから、当然と言えば当然かもしれんがな。っと、そうそう、ついでと言っては何だが、オーブンやロケットストーブの点検もしていっていいか?見えないところでガタが来ていたらマズイしな」


「ええ、ぜひお願いします」


「でも、その前に一服するといいのにゃっ!せっかく入れたから飲んでからでも遅くはないのにゃっ!」


 グスタフとタクミが話している間に、ニャーチが割り込んできた。どうやらコーヒーが用意できたらしい。グスタフとタクミは苦笑いしながら、ニャーチが新しく入れてくれたコーヒーをそっと受け取った。






◇ ◇ ◇






 その日の晩、タクミはキッチンで一人思案していた。タクミは、グスタフが帰り際に頼んでいったテイクアウトの注文を思い出す。グスタフの注文は“手回し泡立て器の良さがわかるお土産品”。何でも、機械工ギルドの合同連絡会議が明日行われるので、グスタフ自慢の逸品である“手回し泡立て器”の威力を見せつけたいとのことだった。グスタフからは、明朝の始発便に乗る前に取りに来るので準備をしておいてほしいと依頼されていた。


(そうなると、やっぱりアレですかね……。)


 手土産品として求められる持ち運びやすさと、長時間の旅行にも耐えられる味持ちの良さを兼ね備えたものとなると、いくつかの候補に絞り込まれる。タクミは、その中でも最もシンプルであり、かつ、最も驚きを感じていただけるであろう一つの菓子を選択し、必要な材料を準備するために食料庫へと向かっていった。


 タクミが用意したのは卵と砂糖、それに酸味の強い黄色い柑橘であるリモン(レモン)の実、それに普段使っているトウモロコシ粉だ。最初に、卵をコンコンとテーブルの縁でたたき、殻をぐるっと一周するように丁寧にヒビをいれ、大きな椀型をした陶製の器の上でそっと殻を半分に割る。このとき、卵の黄身が殻の中に残るよう上になった部分をそっと開いていくと、白身だけがツルンとボウルの中に入る。残った中身についても卵の殻の間を移し換えながら、白身だけを器に入れていく。


(この器なら手で支えていなくても大丈夫だと思いますが……)


 白身を入れた器の中に今日届いたばかりの“手回し泡立て器”を差し込み、ハンドルをぐるぐると回す。すると、ハンドルの動きに合わせて泡立て器部分が勢いよく回転し、ボウルの中の白身をいっきに撹拌していく。重さのある陶製の器は、グラつくことなく泡立て器の回転をしっかりと受け止めていた。


(うん、やっぱりコレがあると楽ですね。いろいろ応用ができそうです)

 

 手回し泡立て器で混ぜられた白身はあっという間に白く泡立ち、ふわふわとなっていった。タクミは、手回し泡立て器自体も少しずつ動かしながらハンドルをさらにグルグル回していく。ある程度滑らかになったところで、砂糖とリモンの汁を投入。手回し泡立て器でかきまぜるたびに、泡立てられた白身はどんどんと硬さを増していく。そして、砂糖とアロース粉を加えてよく混ぜ合わせれば、しっかりとツノが立つメレンゲが出来上がった。それを油紙を敷いた金属製の四角い平皿の上に、泡をつぶさないように気を付けながら並べる。そして、あらかじめ予熱しておいたオーブンに手を入れて、温度を確認すると、炉内から火のついた薪を少しの熾火だけ残して外へ掻き出してから、先ほどのメレンゲを載せた皿をオーブンへ投入した。


 (さて、うまくいきますかどうか……。)


 今作っている菓子 ―― メレンゲクッキーは、温度が上がりすぎれば焦げてしまうし、低すぎてはサクッとした焼き上がりにならない。タクミは、キッチンの後片付けを行いながらも、オーブンの中の様子を注意深く観察する。とはいえ、暗い庫内の中は、タクミが見てもただの真っ暗な空間に過ぎない。そこで、タクミは上の階にて先に休んでいる助っ人を呼ぶことにした。


「ニャーチー。ちょっと下に降りて来てー」


 元気のいい足音とともに、ニャーチがキッチンへ飛び込んでくる。


「ごっしゅじーん? 何か用なのにゃ?」 


「うん、ちょっとこの中の様子を見てもらっていい?」


「あいあいさーっ。えーっと、どれどれなのにゃ……?」


 ニャーチは瞳孔を細めながらオーブンの庫内を見つめる。“こちらの世界”に迷い込んだ際にネコの亜人となったニャーチは、暗いところでも目が効くようになっていた。最初はとても信じられなかったタクミだが、今ではその事実を受け入れ、オーブンの庫内のような暗いところの様子を確認するときにはニャーチの力を頼りにしていた。


「いい感じっぽいよ? 真っ白でおいしそうなのなっ!」


「ありがとう、でも、途中でつまんじゃダメだからね」


「えーっ、ダメなの-っ?」


「そりゃ、途中のはとっても熱いし、それに、そもそもこれはグスタフさん用の商品なんだからね。ちゃんと試食用に分けてあげるからさっ」


「わーいっ! じゃあ、我慢してじっと見てるにゃっ!」


 タクミは、メレンゲの表面が乾いてきて、ツノが少し色づいてきたら合図をするようニャーチに指示を出す。焼き上がりを待つ間、タクミはメレンゲ作りで余っていた卵黄でマヨネーズを作り始めた。先ほどと同様に重い陶器の器に卵黄を移し、白ワインビネガーと塩、砂糖を入れてもったりするまで混ぜ合わせたら、少しずつ油を足しながら手回し泡立て器でかき混ぜていく。


(やっぱりマヨネーズ作りもはかどりますね。)


 タクミは、今までの手作業で作っていた時よりもおよそ半分の時間で完成させたマヨネーズを、あらかじめ熱湯消毒した上でしっかりと水気を切っておいた瓶に詰める。その時、ニャーチから合図の声が発せられた。


「ごっしゅじーん! たぶんいい感じなのにゃーっ!」


 タクミは、ニャーチの合図にうなづくと、オーブンの扉を開いて中の鉄皿を取り出す。焼きあがったメレンゲは、縁がほんのりと茶色に色づいているものの真っ白な素肌のまま固まっていた。タクミは、メレンゲを鉄皿に載せたままオーブントップの上に置き、余熱で最後の水分を乾かす。しばらく置き、粗熱がとれたところで、小さ目の一つを手に取り、半分に割って中を確認。そして、片方を自分の口の中へ、もう片方を今や遅しと待ち構えていたニャーチの口の中へと放り込んだ。


「うん、ばっちりなのにゃっ!」


 タクミは、ニャーチの合格点をもらってほっとする。これならグスタフさんも喜んでくれるだろう。タクミは、グスタフから預かったブリキ製の円筒缶の中へ完成したメレンゲを一つずつ丁寧に入れていった。






◇ ◇ ◇






「こちらが実際に作っていただいた菓子です。どうぞご賞味ください」


 各地の機械工ギルド長が一堂に会した合同連絡会議の席上、グスタフは自信に満ちた態度で列席した参加者たちにこう告げ、先に配っておいた白い菓子を口にするよう促した。参加者は訝しげな表情を見せつつ、目の前の菓子に手を伸ばす。会場がにわかにざわめきたつ。


「これは…いったいなんだ……。サクッとした歯ごたえにも関わらず、口の中でハラリと溶ける…」


「まるで雪を食べているようだ。そして、一切くどさを感じさせないこの爽やかな甘さも不思議だ」


「これまでに体験したことがない、摩訶不思議な菓子だ。グスタフ殿、これはいったい何で出来ているのだ?」


 ギルド長たちは口々に最大の賛辞とともに感想を述べる。グスタフも、自身の分のメレンゲクッキーに手を伸ばし、ゆっくりと味わう。歯を立て入れた瞬間はサクッとした心地の良い食感。それが口の中の水分と出会えばシュワワッっと儚く溶けていき、微かな酸味に包まれた甘さが口いっぱいに広がる。グスタフは、ざわめきの中でしばらくメレンゲクッキーの味わいを楽しんだ後、口元に微笑みを蓄えながら、参加者の疑問に答えた。


「これは、メレンゲクッキーという菓子です。料理人によると主な材料は卵白とのことですぞ」


「なんと!しかし、卵白をただ焼いただけではこうはなりますまい。何か特別な技法を使われているのでは?」


 参加者の一人が質問を発する。それの言葉を待っていたかのようにグスタフは言葉を続けた。


「いかにも。本来であれば、熟練した技法をもった料理人や菓子職人が泡立て器にて根気よく卵白を混ぜ続け、大変な労力と技術を持ってようやくできる物とのこと。しかし、今回は、こちらの“ハンドル型泡立て器”を用いることで、少ない労力で仕上げることができたとのことです。生地づくりにかかった時間も通常の泡立て器の半分以下とのことでしたぞ」


 再び会議の場がどよめきに包まれる。グスタフは、さらに言葉を重ねる。


「もちろん、卵白の泡立てだけではなく、様々な生地づくりや混ぜ物など、広範な用途に使えることは間違いないです。すなわち、このようなカラクリを持つ機械一つでも、キッチンに革新をもたらす可能性があるというもの!議長、いかがでしょう?こうした生活に根差したものこそ、市民の日々をより豊かにする可能性があるものではないでしょうか?」


 議長と呼ばれた男性がコクリと頷く。


「確かにグスタフ殿の言う通りじゃ。無論、料理人や菓子職人の技術を否定するものではないが、もしそれが簡易に行えるとしたら、それは発展へと通じる。技術を持たない一般市民の生活を豊かにするだけではなく、職人自身も今までよりも労力が少なくなる分、新たな発展を目指す余裕ができる。今回の試みは、各ギルドにおいてもぜひ模範としてもらいたいものじゃ」


 議長の言葉に、グスタフが一礼にて応える。参加者一同からは自然と拍手が沸いた。かくして、タクミの注文から生まれた”ハンドル型泡立て器”は、ローゼス―ハーパー線沿線の機械工ギルドにて広く製作されることとなったのである。


 ちなみに”ハンドル型泡立て器”普及のきっかけとなった、ギルド連合会議でふるまわれた菓子は“ツバメのメレンゲクッキー”として長くレシピ集に名を残すことになるのだが、それはまた別のお話である。


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