38 常連様からの依頼と姿を変えるランチ(2/2パート)
※第1パートからの続きです
そして三週間の時日が流れ、“団体ご予約”の日がやってきた。
今日は、いつもより早くロランドも『ツバメ』のキッチンへと出勤してきている。
たまたま私学校が休みであったルナも、エプロンを纏って手伝いに参加していた。
本日の第一便が出発し、駅舎の業務をテオに任せて戻ってきたタクミが、先に仕込みを始めている二人に声をかける。
「早速始めて頂いていますね。ありがとうございます。今日は『ツバメ』始まって以来の多くのお客様をお迎えすることになりますが、力を合わせて頑張っていきましょう。それでは、よろしくお願いいたします」
「うぃーっす!」「はーいっ!」
タクミの掛け声に、ロランドとルナの二人が元気よく言葉を返す。
それを合図に、ランチの仕込み作業が急ピッチで続けられた。
総勢四十二人もの団体予約が入った今日は、普段のランチをとりやめて特別メニューとしている。
必要な食材は、事前にガルドやサバスに依頼し普段の倍以上の量を用意してもらっていた。
既に食材の多くは下ごしらえが済んでいる。
ロランドやルナがモーニング営業中の合間を縫って進めていてくれていたおかげだ。
ずらりと並んだ食材を確認したタクミが、この後の段取りの指示を出す
「では、ロランドは揚げ物に取り掛かってください。ルナちゃんはソース作りをお願いします。私はスープを仕込んでからメインの具材へと取り掛かりますね。何かわからないことがあったらすぐに声をかけてください」
「了解っす!」「分かりましたっ!」
小気味の良い掛け声とともに、三人が持ち場へと別れる。
二つ並んだロケットストーブの間に陣取ったロランドは、それぞれに少しずつ薪をくべて火力を調整する。
どちらの上にも、たっぷりとコルザ油が入った鍋が載せられていた。
衣をポトリと垂らすと、一瞬沈んだ後すぐに浮かび上がってくる。
十分に油が温まっているサインだ。
(温度はよしっと……さてとっ!)
ロランドは、まず左側の鍋に、大ぶりにカットしてたっぷりと衣をつけた鶏モモ肉を投入していった。
この鶏モモ肉は、セボーリャやアッホをすりおろしたものに白ワイン等を合わせて作った漬け地に一晩漬け込んである。
周りに纏わせた衣は、アロース粉とマイス、卵、そして少量のコルザ油を合わせた特製のものだ。
コルザ油の入った大きな鍋の中へ鶏肉を泳がせたロランドは、最近ようやく使い慣れてきたサイバシを使ってひっくり返す。
そして揚がり具合に注意を払いながら、もう一つの食材を手に取って右側の油鍋の前へと移動した。
次にロランドが手にしていたのはメルルーサと呼ばれる魚の切り身だ。
メルルーサとはこの辺りでよく食べられている白身の魚であり、火を通すとほっこりと柔らかい仕上がりとなる。
その切り身にアロース粉と溶き玉子、そしてマイスブレッドをすり下ろして作った粉を順にまぶし、油の中へ投入する。
こちらも入れるたびにジュワーっという良い音が奏でられた。
二つの鍋を使い、同時進行で揚げられる食材たち。
どちらからも、美味しそうな狐色となった揚げ物が次々に仕上がっていった。
一方のルナは、この揚げ物に添える特製ソースの仕込みを行っていた。
まずは、冷まして殻を剥いておいたゆで卵をボウルの中に入れ、フォークの背を使って潰していく。
そしてそこに、細かく刻んでから水気を絞ったセボーリャと、保存用に漬け込んでおいたペピーノの甘酢漬けを刻んだものを混ぜ合わせる。
やや胡椒を効かせ気味にして味を調えた後、それらの入ったボウルの中に『ツバメ』特製の白いマヨネーズソースを投入する。
塩こしょうで味を調えて最後にもう一度よくかき混ぜれば、野菜がたっぷり入った白いソースが出来上がった。
続いてルナはもう一つのソース作りにも取り掛かった。
用意したのは小さ目の片手鍋。
その中に白いウーバから作ったビネガーが注がれる。
そして、ビネガーの中に赤いピミエントを種ごと細かく刻んだもの、砂糖、塩、すり下ろしたアッホを入れると、鍋をオーブンストーブの天板の上に置き、ゆっくりと温め始めた。
やがてフツフツという音が聞こえてくると、辛さと甘さ、そして酸っぱさを含んだ香りが広がってくる。
そのまま火加減に注意しながら煮詰めていくルナ。
ほどよくとろみがついてきたところで小皿に少し取分けると、タクミに仕上がりの確認を求めた。
「タクミさんっ、これくらいでいいですかっ?」
「ええ、よさそうですね。では、そちらの器へお願いします」
「はいっ!」
タクミの指示に従って、ルナは出来上がったソースを新しい金属のボウルへと移す。
赤いというよりはオレンジ色に近い透明なソースは、甘さと辛さが程よく合わさった絶妙の仕上がりとなっていた。
タクミは、フライパンの底を丸くしたような大きな鉄鍋を振るい、牛肉と豚肉を包丁で叩いて作ったひき肉を次々と炒めていく。
揚げ物を作り終えたロランドはライスの仕上げにそれぞれ取りかかっていた。
急ピッチで料理を続ける三人。
その時、キッチンの裏口から声が掛けられた。
「こんにちわーっ、テラスの準備はできましたーっ!」
「ありがとうございます。では、こちらで仕上げをお願いしますね」
手を動かしたまま言葉を返すタクミ。
団体のお客様への対応で手いっぱいとなることが予想されていたため、一般のお客様を案内するテラス席については、露店商の経験が豊富なフィデルに営業を任せることとしていた。
手を拭ったフィデルは、タクミが用意していたトルティーヤの皮に、刻んだセボーリャやレチューガ、トマト、そして先ほどロランドやタクミが作っていた具材を載せて、一つずつ丁寧に包んでいく。
次々に出来上がるトルティーヤロールは、予め用意しておいた箱の中へと敷き詰められていった。
柱時計がボーンと一つ鳴る。
間もなくお客様たちがやって来る時間となった。
最後の一つを包み終えたフィデルが、誰とはなしに声をかける。
「よし、出来上がりましたっ! 行ってきますっ!」
「しっかり売れよーっ!」
「ったりめーだっ! すぐに足りなくなるから次の分もちゃんと用意しておけよーっ!」
ロランドの憎まれ口に憎まれ口で返すフィデル。
そして大きな籠に山盛りにしたロールサンドを抱えると、裏口から元気よく飛び出していった。
その様子を微笑ましく眺めていたタクミが、二人へと声をかける。
「さて、間もなく団体のお客様もいらっしゃいます。あと一息頑張りましょう」
「うぃーっす!」「はいっ!」
二人は元気よく返事をすると、四十人分の料理を盛り付ける皿の用意を始めるのであった。
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「いらっしゃいませ。ようこそお越しいただきました」
「どうぞこちらへお座りくださいませなのなーっ!」
サバス一行が喫茶店『ツバメ』へとやってきたのは、予定した時間より少し遅れた頃であった。
『ツバメ』の入り口で出迎えていたタクミに、サバスが頭を下げる。
「やはり少々遅れてしまいました。いや、申し訳ない」
「いえいえ、これくらいの時間であれば問題ございません。すぐに料理をお持ちいたしますので、サバス様もお席にてお待ちください」
タクミはそう言うと、ニャーチにホールを任せてキッチンへと戻っていった。
今日の『ツバメ』のホールには、手伝いとしてサバスの部下が二人ほど入っている。
慣れない仕事で緊張した面持ちは見せているものの、どうやらそつなくこなしているようだ。
その様子を見ながら席に着いたサバスは、タクミから渡されたおしぼりで手を拭う。
ほんのりと熱を持ったおしぼりは、いつもと変わらぬ心地よさだ。
その感触を味わっていると、ニャーチが料理を運んできた。
「お待たせしましたのなっ! 本日のスペシャルランチですにゃっ!」
「おお、もう出来上がりですかな。これは助かります」
事前に予約していたとはいえ、ふぅ、と一息つくぐらいの間で料理が出てきたことにサバスは驚きを見せる。
よほど段取り良く用意してくれていたのであろうとタクミの心配りに感謝しつつ、サバスは席をたち、一行へと声をかけた。
「皆様、本日の視察お疲れ様でございました。旅の締めくくりとして、こちらの『ツバメ』さんにお願いをして昼食をご用意しました。メインの料理は“タコアロース”、横に乗っているのは鶏と魚のフライ盛り合わせとのことですじゃ」
「酒はないのかーっ!?」
商会仲間から飛んだ野次に、どっと笑い声が広がる。
サバスも笑みを浮かべながら言葉を返した。
「申し訳ござらん、こちらは“喫茶店”なのでな。食後にコーヒーをご用意いただいておるのでそちらでご勘弁くだされ。それではどうぞ、お召し上がりください」
サバスの声を合図に、胸の前に手を組む一同。
しばし黙想にて食前の祈りが捧げられた後、次々にスプーンやフォークに手が伸ばされた
―― またずいぶんと面白い盛り付けですな。 ―― なるほど、一皿に盛り付ければ運ぶのも一度で済む訳ですな。 ―― アロースに乗ってるのは炒めたひき肉と野菜に、これはテーゼ? ―― まるでトルティーヤの具材のようではないですか、どれどれ…… ―― おお、なかなかな美味だ。スパイシーなひき肉とさっぱりとした野菜、それにほっこりとしたアロースが相まって、これは食が進む。 ―― アロースってあんまり食ったことなかったけど、こうしてみると旨いもんだなぁ。 ―― それも旨いけど、こっちの揚げ物も旨いぞ。魚の揚げたやつにこの白いソースがめちゃくちゃ合ってやがる ―― なんの、赤いソースも負けてはおらん。カラリと上がった鶏肉に、この甘辛いソースが絶妙だ ―― やっぱりこれは酒が欲しくなるやつじゃねえか! 誰か、ロンを……いや、やっぱりテキーラ持ってきてくれ! ―― だからここは酒場じゃねえって! スープ飲んで落ちついとけって ―― いや、このスープも本当に旨いぞ。玉子の味わいが実に優しい。 ―― サバス殿が一押しのお店という理由がわかるというものだな。 この料理を食べるためだけにこの街へ足を運びたくなりそうだ。
賑やかに食事を進める一行の様子に、サバスはほっと一息をついていた。
その横へとやってきたタクミが、そっと声をかける。
「改めて、本日はありがとうございました。いかがでしょうか?」
「いやいや、礼を述べるのはこちらですじゃ。 皆もご覧のとおり満足頂いております。 しかしどれも随分と凝った料理のようですが、テラスの準備と並行しては大変だったのではないですかな? どうやらテラスの方は別の料理のようですし……」
「ご心配には及びません。実は形は違えども、ほとんど同じ料理をお出ししているのです。」
「ほう、といいますと?」
疑問の声を上げるサバスに、タクミは一つのお皿を差し出した。
そこには、斜めにカットされた三種類のトルティーヤロール並んでいた。
その中身を見たサバスが、ほーっと声を上げる。
「なるほど、このタコアロースの具材や揚げ物は、こうしてみれば確かに“トルティーヤの中身”にぴったりですな」
サバスの言葉に、ゆっくりと頷くタクミ。
そのまま説明が続けられた。
「仕上げこそ異なりますが基本的には同じ“具材”の組み合わせですので、一度に両方の分を仕込むことができます。ホールで召し上がっていただく皆様には、ゆっくりと召し上がっていただけるプレートランチとして、テラスをご利用の方には手でつまんで食べて頂けるロールの形でとさせていただきました。幸い天気も良く、テラスのお客様も普段と違う雰囲気を楽しんで頂いているようです」
「いや、実に素晴らしい。タクミ殿、本当にありがとう。しかし、うーむ、これは困りましたなぁ」
「おや、何かございましたでしょうか?」
突然弱り顔を見せたサバスに、タクミが声をかける。
するとサバスは、顔を上げ口角を持ち上げながら、タクミに言葉をかけた。
「この店の常連たる私としては、ぜひテラス席も楽しみたくなってしまうのですぞ。いやはや、どうしたものやら……」
その意図に気づいたタクミが、いつものように微笑みながら言葉を返す。
「ご安心ください。第三便の到着頃まではテラス席をそのまま開いておく予定ですので、皆様のお見送りをした後、ご堪能頂く時間はあるかと思います。後程声をかけておきますのでどうぞごゆっくりお楽しみください」
「ありがとう、それではお言葉に甘えさせていただきますかな」
意図した答えがかえってきて、満足げに頷くサバス。
ふと周りを見渡すと、食事を終えた一同にシナモンコーヒーと添え菓子のガレータが配られている所だった。
皆の表情を見れば、どれだけ満足してくれたか一目瞭然で分かる。
やはり『ツバメ』を選んで良かった ―― 無理な願いを聞き届けるだけでなく、細やかに心配りでもてなしてくれたタクミに改めて感謝するサバスであった。
お読みいただきましてありがとうございました。
ほぼ同じ材料で全く形の異なる二種類のランチ、いかがでしたでしょうか?
さて、活動報告でもお伝えさせて頂いておりますが、本作「異世界駅舎の喫茶店」が
ネット小説大賞にて二次選考通過という栄誉を頂きました。
これもひとえに皆様のご愛読ご声援の賜物でございます。
ここに改めて、感謝の言葉を述べさせていただきます。
次回も定期更新の予定、ちょうどGWの最終日からの更新となります。
これからも頑張って更新を続けてまいりますので、引き続きご笑読いただけますようよろしくお願い申し上げます。




