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異世界駅舎の喫茶店  作者: Swind/神凪唐州


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37 完成間近の新店舗と新たな看板商品(4/4パート)

※第3パートからの続きです。

 それからさらに数日後の夕刻、一日の営業を終えた喫茶店『ツバメ』のキッチンにロランド、フィデル、そしてルナの三人が集合していた。


 天板の一部が取り外されたオーブンストーブの前に並ぶ三人。

 その中では薪が時折パチパチと音を弾けさせながら炎を立てている。

 フィデルは、火傷をしないように注意しながら二本の棒を渡すと、その上に今朝受け取ったばかりの銅製のプレートをそっと置いた。

 

 グスタフに頼んで作ってもらった新しい銅プレートは、手のひらほどの大きさになるよう大きな丸いくぼみが付けられている。

 先日と大きく違うのはくぼみの形だ。

 新しいプレートには、“タコヤキ”用のものを模して作った半球形とは異なり、平らな底の浅い円筒形に仕上げられている。

 頼んだ際には「また難題を突き付けやがって……」と愚痴をこぼされたものの、そこは職人のなせる業、グスタフから届けられたそれは注文通りの実に見事な仕事が成されていた。

 


 薪から立ち上る炎が銅プレートを温めると、やがて表面に塗られたコルザ(菜種)油が白い煙がわずかに立ち上らせた。

 じっと目を瞑って銅プレートの上に手をかざしていたフィデルが、コクリと頷く。


「うん、これくらいだね」


「上手く行くかどうか楽しみですっ!」


「生地はコイツだな。ちゃんと上手に焼けよーっ!」


 ルナとロランドの言葉を受け、もう一度頷くフィデル。

 そして、ロランドから受け取った乳白色の特製生地をレードル(おたま)で掬い、銅プレートの上にそっと流し入れた。


 十分に熱された銅プレートが生地の水分を一気に温め、ジュワーっと美味しそうな音を奏でる。

 立ち上る湯気は、甘さと香ばしさを含んだ何とも言えない良い香りを含んでいた。

 ルナがうっとりとした笑顔を浮かべる。


「ふわぁ、この匂いだけでお腹が空いてきちゃいますぅ」


「ま、俺の特製生地だからな」


 鼻の下を擦りながら自慢げな顔を見せるロランド。

 今日の“特製生地”は、先日の試作品と同じく“パンケーキ”用の生地をベースとしていた。

 最近はアロース(コメ)粉とマイス(とうもろこし)粉でつくることが多いパンケーキ生地だが、今日の生地にはこの二つにソーハ(大豆)粉も合わせている。

 そこに、溶き卵と牛乳、コルザ油、ミエール(はちみつ)、砂糖、そして隠し味程度の塩を加えてしっかりと混ぜ合わせることで特製生地に仕立てていた。

 普段よりも卵は少なめにその分牛乳が多めに作られた生地は、普段よりもさらっとした滑らかな仕上がりとなっていた。

 

 フィデルは真剣な表情でオーブンストーブを見つめている。

 生地が焦げないように注意しつつも、あまり弱くては火が通らない。

 時折薪をくべたり位置を調整したり、丁寧に火加減を調整していった。


 やがて、くぼみに入れられた生地が徐々に固まり始める。

 その時、隣にいたルナがフィデルに声をかけてきた。


「はいっ、今度はこっちですっ」


「ありがとうルナちゃん。さてさて、上手く行くかな?」


 フィデルが受け取ったのは、何か中に詰められた円錐形の袋だ。

 目の詰まった綿布で出来たその袋は、たっぷりと詰められた中身で円錐状に膨らんでいる。

 袋を受け取ったフィデルは、右手で袋の上部をしっかりと持つと、金属の口金が付いた先端にそっと左手を添え、プレートのくぼみの中央を目がけて中身を絞り出した。


 口金から出てきたのは淡黄色の滑らかなクリーム ―― カスタードだ。

 フィデルのリクエストにより用意されたカスタードクリームは、卵、牛乳、アロース粉、砂糖という基本の材料に、隠し味として熟成したロン(ラム酒)が加えられている。

 ロンによって僅かな苦みを含んだ風味をつけられたカスタードクリームは、いつも以上に深みのある風合いに仕上げられていた。


 くぼみの一つ一つにたっぷりとカスタードクリームを入れていくフィデル。

 そして全体の半分まで入れ終えると、ルナから別の絞り袋を受け取って、残りの半分にその中身を絞っていく。

 二つ目の絞り袋出てきたのは、濃い目の茶色に色づいたもの ―― 卵の代わりにチョコレートを溶かし入れた、チョコレートクリームだ。


 全てのくぼみにクリームを入れ終えたフィデルは、それぞれ山盛りにされたクリームの上にもう一度生地をかける。

 たっぷりとかけられた生地はクリームを包みつつ、くぼみの周りへも溢れ出していった。


 フィデルが、ふーっと息をついて顔を上げる。

 その前には口を真一文字に結んだロランド、そして心配そうに見つめるルナの姿があった。

 わずかな静寂の後、銅プレートを見つめるロランドが静かに口を開く。


「さて、そろそろっぽいな……」


「上手く行くでしょうかっ……」


「まぁ、やってみるしかないね……よいしょっとっ!」


 掛け声とともにくぼみの周りの生地を右手に持った木の串で四角く切りだすフィデル。

 一つ分を切り出した流れでくぼみの中の生地に串を軽く当て、少しひっかけるようにしながら持ち上げる。

 そのまま左手を添えて串をすっと持ち上げると、くぼみからスポッと抜けた生地がくるりとひっくり返った。


 そこに現れたのは、こんがりと焼かれた生地だ。

 パンケーキが上手に焼けた時のようなやや濃い目の狐色の表面が、期待を膨らませる

 周りにはみ出した生地を串の先でくぼみの中へと押し込むと、フィデルはふぅと一息ついた。


 その様子を見守っていたロランドが、にやっと口角を持ち上げる。


「なかなかやるじゃねえか。この形でも上手くいきそうだな」


「生地がちゃんと焼けてさえすれば、思ったより簡単に行けそうだね。まぁ、それも俺様の腕があってこそなわけだが……」


「まぁ、こっちの絶妙に配合した生地を使えば、お前みたいな不器用でもいけるってことさ」


「もーっ。お口ばっかり動かしていないで、手を動かさないと焦げちゃいますよっ」


「うぉっといけねっ!」


 ロランドとの掛け合いに気を取られていたフィデルが、慌てて返しの作業へと戻る。

 憎まれ口こそ叩いているとはいえ、その表情は実に楽しそうだ。


 ふと気づけば、ロランドが木の串を手にしてうずうずとしている。

 どうやら料理人としての血が騒ぎはじめたようだ。

 それに気づいたルナが、くすっと微笑みながらフィデルへと声をかけた。


「フィデルさん、ロランドお兄ちゃんにもやらせてあげてくださいっ。あと、私もやってみたいですっ」


「おーっ。なかなか楽しいからやってごらん。まぁ、ルナちゃんの頼みだし、ロランドにも仕方が無いからやらせてあげようかな」


「ってめーっ!覚えてやがれー」


 和気あいあいと作業を進める三人の元気な声が、キッチンにこだましていた。




―――――




 ほどなくして、丸く平たい形をしたケーキのようなものが焼き上がった。

 こんがりと焼かれた狐色の表面が見た目から食欲を刺激する。

 そのうちの一つをフィデルが手に取り、半分に割る。

 すると、中に入ったカスタードクリームから甘い香りを含んだ湯気が立ち上り、三人の鼻孔をくすぐった。


 中身の焼け具合を確認したフィデルが、半分に割った片方をロランドに、もう片方をルナへと渡す。

 それを受け取った二人は、静かに頷いてからそれを口へと運んだ。


 柱時計のカチカチという音がキッチンに響く中、真剣な表情で味を確認する二人。

 やがて、黙々と食べ終えたロランドが、ふぅと大きく息をついた。


「……うめえな、これ」


「なんか、すっごく落ち着く味ですっ。 あったかくて、ほっこりしますっ!」


「そ、そうか!? なら俺も……」


 手ごたえを感じさせる二人の感想を聞き届けてから、フィデルも味を確認する。

 焼きたての皮はパリッと香ばしく仕上がっており、その内側はまさにパンケーキを彷彿とさせるようなふんわりとした仕上がりになっていた。

 中に詰めたカスタードクリームも火が通り過ぎてぼそぼそになったりせず滑らかに仕上がっている。

 ねっとりとしたコクのある甘さが生地の香ばしさと合わさり、素晴らしい味わいを醸し出していた。


「うん、とりあえずカスタードの方はよさそうだね。となると、こっちもいけるかな……」


「おう、こっちもいけそうだぜ!」


 フィデルの言葉に軽い調子で返すロランド。

 よく見れば、既にロランドはもう一つの試作品を手にして口へと運んでいた。


「って、テメェ! 先に食いやがったのか!」


「わりぃわりぃ。まぁ、どうせ食べるんだから、一緒だろ?」


「ごめんなさいっ、私もつい……」


 舌をぺろっと出すルナ。

 その手にも、既に“半分の半分”になった試作品が握られていた。


「ルナちゃんまでー! まぁ、いいけどねー」


 二人に先んじられ思わずぼやくフィデル。

 すぐさま二つ目の試作品を手に取ると、半分に割って中を確認してからパクッとかぶりついた。


 甘さとほろ苦さを兼ね備えたチョコレートクリームのまったりとした風味が口の中いっぱいに広がる。

 もちろん、生地との相性も抜群だ。

 カスタードとチョコレート、どちらも甲乙つけがたい美味しさだ。


 二つ目の試作品もあっという間に食べ終えるフィデル。

 そして確信に満ちた表情で、コク、コクと二度頷いた。


「うん、こっちもいいね。というか、どっちもイケそうじゃない?」


「確かにボリューム感もあるし、甘さもちょうどいい感じだな」


「見た目も面白いです。鼓笛隊が使うタンブール(ドラム)みたいですっ!」


 ルナの言葉に、フィデルがポンと手を打つ。


「あ、それいいね! タコヤキならぬタンブール焼きってのはどうだろう?」


「おー、お前にしては良いセンスじゃないか。タンブール焼き、いいんじゃないか?」


「形が名前になっていれば分かりやすいですよねっ! タンブール焼き、良いと思いますっ!」


 ネーミングの方向性も出てきて、三人は意気揚々といった様子だ。

 残る試作品も分け合いながら、さらに改良するところはないか意見を交わし合う。

 そこに、タクミがひょっこりと顔を覗かせた。


「おや、まだ頑張っていたのですね。ロランドもフィデルくんも時間は大丈夫ですか?」


 タクミの言葉に、二人の少年が慌てて柱時計に目を向ける。

 時計の針は間もなく九時を指し示そうとしていた。

 思ったよりも遅い時間になっていたことに気づいたロランドが、慌てて声を上げる。


「うわっ! もうこんな時間だったんっすね!」


「俺はいいけど、お前は大丈夫か?」


「まぁ、今日は遅くなるとは言っておいたけど……さすがにこれ以上遅くなったら母ちゃんがうるさそうだな」


「じゃあ、今日はそろそろお開きにして、また続きは明日にしますかっ?」


「まぁ、そうだね。でも、残ったのはどうする?」


「うーん……、そうだっ! タクミさん、もしよかったらコレ召し上がってもらえませんか? 率直に味の感想を頂きたいです!」


 そう言いながら二つの皿を差し出すフィデル。

 その皿の上には、どちらにもたくさんの“試作品”が山と積まれていた。

 それを見たタクミは、考え込むそぶりを見せる。

 そして一拍おいた後、試作品の山からそれぞれ二つずつを手に取った。


「せっかくなので、ニャーチと二人で頂きますね。それでもまだたくさん残っていますので、残りの半分はロランドさんが持って帰ってご家族の皆様に意見を聞いてみてはいかがでしょうか?」


「なるほど。確かにいろんな人に聞いてみたいですね。なぁ、ロランド頼んでもいい?」

「もちろん! 意外と甘いもの好き多いし、喜んでくれると思うよ」


「でも、それなら全部持って行ってもらってもいいんじゃないですっ? 何で半分なんですっ?」


 ルナの質問に、そういえば、フィデルとロランドも首肯する。

 六つの瞳で見つめられたタクミが、優しく微笑みながらその答えを返した。


「あとの半分は紙か何かで包んで一晩置いておいてはいかがでしょうか? 時間が経ったときにどれくらい味が変わるのかを試しておくといいと思いますよ。これくらいしっかり火が通っていれば一日ぐらいは持つでしょうしね」


「確かにタクミさんの言う通りですね。じゃあ、半分はここに残していくとして、続きはまた明日かな?」


「そうだな。じゃあ、とっとと片付け終わらせちまおうぜ!」


「はーいっ。じゃあ、洗い物やりまーすっ」


 そう決めるが早いか、三人は早速キッチンの後片付けに取り掛かった。


 テキパキと動く三人を横目に、タクミはキッチンを後にする。

 自室のある二階への階段を上りながら、先ほど渡された“タンブール焼き”に一つの想いを馳せていた。


(タコヤキから“大判焼き”とは面白い発想でしたね。しかし、こうしてみると懐かしいものですね)


 かつていた世界では、地域によって様々な名前で呼ばれていた一つの菓子。

 偶然か必然かは分からないが、それと同じようなものが“こちらの世界”にも誕生することとなった。

 タクミにとっては馴染み深い菓子ではあるが、この手にあるのは間違いなく彼ら三人が力を合わせた“オリジナル”のものだ。


 その努力が実ることを祈りつつ、今度は“あん”を詰めてもらおうとこっそりと心に秘めるタクミであった。

 お読みいただきましてありがとうございました。

 タコヤキからのベビーカステラ……と思わせておいての大判焼き回でした。

 皆様の予想は当たっていましたでしょうか?


 さて、次回は4月28日(木)からの更新の予定です。

 これからも引き続きご笑読いただけますようよろしくお願い申し上げます。

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