37 完成間近の新店舗と新たな看板商品(3/4パート)
※第2パートからの続きです。
「ふぅ、お腹いっぱいになったのな。満足満足なのにゃーっ」
くちくなった腹をさすりながら、うっとりとした声を上げるニャーチ。
多めに作っておいたはず生地はすっかり使い切り、プレートの上に数個程度を残すばかりとなっていた。
幸せそうな表情を見せるニャーチに、フィデルがふと声をかける。
「そう言えば、くるくる楽しいって言ってた割には、途中からくるくるしてなかった気がするんですけど……」
「ごっしゅじんがやってくれたから大丈夫なのなっ。こまかいことを気にする男子はきらわれるのなよっ?」
「そ、そ、そういうもん、です、か……?」
助けを求めるようにタクミへと視線を送るフィデル。
タクミは何も言わずに首をすくめるだけであった。
取り分けてもらった分の最後の一つまできれいに食べ終えたルナが、ふぅと一息つく。
「本当に美味しかったです! ところで、これって売店では出せないんですっ? とっても人気が出そうに思うんですけど……」
「そうですねぇ、フィデルくんはどう思いますか?」
「うーん、確かにすごく美味しいんですよね。アツアツで食べればインパクトもあると思います。でも……」
言葉を区切り、いったん間を置くフィデル。
タクミはあえて何も言わず、次の言葉をじっと待った。
横ではルナも固唾を呑んで見守っている。
しばしの間の後、フィデルは一つずつ言葉を選びながら自分の考えを話し始めた。
「このタコヤキ、確かに生地さえ作っておけば俺でも焼けるとは思うんです。でも、これって美味しく食べられる時間は短いんじゃないですか?」
「ふむ、それはどうしてでしょう?」
「このタコヤキの美味しさは、表面のカリカリ感と中のトロっとした食感にあると思うんですよ。何個か食べてる間に気づいたんですけど、少し冷えてしまうだけで、そこの魅力がずいぶん減っちゃうように思うんですよね」
「あー、確かにそうかもしれないですねっ。表面の感じは揚げ物にちょっと似ている所もありますし、時間が経つとベタベタになっちゃいそうです」
ルナもフィデルと考えを同じくするようだ。
タクミも二人の意見に頷き、自らの経験を話し始めた。
「昔住んでいたところだと、屋台やフィデルくんの売店のような小さなお店でタコヤキを作って売っていたところはありました。ただ、そういうところでも基本的には“焼き立て”を買って、出来るだけ早く頂くのが基本でしたね。持ち帰る間に冷めてしまった場合は、家で温めなおしてから食べたりしていました」
「やっぱそうですよねー。そうすると、今回のお店で扱うにはちょっと難しいと思うんですよ。注文ごとに焼くには時間がかかってしまいますし、折角焼き立てを出しても列車に乗ったらすぐに食べなきゃいけないとなると、ちょっと違うかなぁって」
「うーん、出来たてだとこんなに美味しいんですけどね……。難しいですっ」
フィデルもルナも、そろって眉間に皺を寄せる。
「商品にするなら、ただ“美味しい”だけではだめってことだね。買ってくれた人たちがどこでどんなふうに食べてもらうかも考えて、“美味しい”を作んないと……」
「でも、すぐにあきらめるのはちょっともったいない気がしちゃいますっ。くるくるしてるところは見てても楽しいですし、店頭で出来たてを出せるのならみんな喜んでくれると思うんですよねっ」
「そうだね。せっかくこんな面白い道具を教えてもらったんだし、生地や中身を工夫して冷めても美味しいのを作ればいいってことだもんね。うん……タクミさん、もしよかったらこれをしばらく貸してもらえませんか?」
フィデルの言葉にタクミがコクリと首肯する。
「ええ、それは構いませんよ。ただ、この形にとらわれすぎないようにだけは注意してくださいね」
「えっ? それはどういうことです?」
「これはあくまでも“タコヤキ”を作るために作って頂いた道具です。作るものによってはこれが一番いい形とは限りません。方向性を考えるための試作程度に使うのは構いませんが、商品として出すのであれば、どんな形がいいのか、どれくらいの大きさがいいのか、しっかり考えなきゃいけませんよ」
「確かに……、ひゃー、大変だー」
難しい頭を抱えるフィデルを、ルナが励ます。
「フィデルさん、私もお手伝いしますから頑張りましょっ!」
「そうだね。よし、ルナちゃん、よろしくねっ!」
「はいっ! あ、ロランドお兄ちゃんにもお手伝いしてもらえるようお願いしておきますねっ」
「あ、う、うん……」
微妙にトーンが下がったフィデルを微笑ましく見つめながら、タクミが声をかける。
「必要な道具があるならグスタフさんにお願いできるよう手配しますので、いつでも言ってくださいね。じゃあ、今日はこの辺でお開きにしましょうか」
「あいあいさーなのなっ! フィデル君もルナちゃんも頑張ってなのなっ! じゃ、おつかれなのにゃーっ」
「はいはい、ニャーチはちゃんと後片付けをお願いしますね」
席を立とうとしたニャーチの首根っこをつまんだタクミは、そのままぶらーんと持ち上げるそぶりする。
ふにゃぁとか細い鳴き声を合図にするように、楽しげな笑い声が『ツバメ』のホールにこだまするのであった。
―――――
それからしばらくしたある日、『ツバメ』のキッチンにフィデルとルナ、ロランドの三人の姿があった。
タクミに教わった“タコヤキ”をベースに試作を繰り返した結果、日持ちや冷めた時の風合いのことを考え、パンケーキのような甘くふわっとした生地を使ったケーキみたいなものにするところまでは順調に決まっていった。
そこで問題になったのが「大きさ」だ。
出来るだけ大きい方がいいのか、それとも小さい方がいいのか、商品としての“見栄え”と“作りやすさ”のバランスが取れるところを考える必要があった。
そこでフィデルは、タクミを通じてグスタフに依頼し、くぼみの大きさを変えた銅プレートを二種類用意する。
今日はいよいよそれらを使った試作を行うこととなっていた。
最初は一番の基本パターン、タクミから借りたタコヤキ用の銅プレートを使った試作だ。
ロランドが調製したパンケーキと同じように作った生地を、フィデルとルナが手分けして銅プレートで焼き上げる。
しばらくすると、小さく丸いボールのようなふわっとしたケーキが焼き上がった。
三人は、出来上がったアツアツのボールケーキを口の中へと放り込む。
しばらく静かに味わった後、最初に口を開いたのはフィデルであった。
「うん、まぁ旨いね」
「つまり、俺様の生地が旨いってことだな」
「おいおい、塩梅よく焼き上げた俺様の腕が生地の旨さを引き出してるんだぜ?」
「お二人が力を合わせているから美味しいんですっ。でも、これだと……」
「うん、正直、まぁ、こんなもんかな? って感じだねぇ……」
長い兎耳をペタンと倒し、腕組みをするロランド。
どうやら、何か物足りなさを感じているようだ。
一方、フィデルの中では想定の範囲内であったようだ。
すぐに気持ちを切り替え、次の試作にと取り掛かる。
「まぁ、とりあえずはいろいろやってみようか。お次はこっちの小さい方で行ってみようかね」
フィデルが次によりだしたのは、くぼみのサイズを先ほどの半分ほどとして作られた銅プレートだ。
一つ目と同じように油を引いたプレートを薪七輪で熱して生地を入れると、先ほどと同じようにジュワーっといい音が立ち上った。
「わっ、さすがに火の通りが早いですねっ」
「ほらほら、早く返さんと焦げちまうぞー」
「わかってるって!!」
ロランドにあおられながらも、フィデルは急いで生地をひっくり返す。
早く焼けるのはいいが、熱の周りが早いせいか、生地があっという間に焦げていってしまう。
結局、全体の半分ほどしか焦がさずに焼き上げることができなかった。
「これはきっついなぁ。もっと火力を弱くしないとあかんね」
「そうだなぁ。で、仕上がりも微妙だなぁ。サクサク感はさっきより出てるけど、ふっくら感が全然でてないね」
「んー、これだとさっきのほうが良さそうですね……」
ルナの言葉に、頷くフィデル。
しかし、この手の失敗も予想の範疇だったようだ。
「まぁ、うまくいかないってのは分かったんだから、それはそれでいいんじゃないかな? 気を取り直して、今度はこっちのを試してみよう」
続いて取り出したのは、特大のくぼみをつけた銅プレートだ。
最初のプレートの倍以上の大きさのくぼみを見て、ロランドがため息交じりに声を上げる。
「こりゃすごいなぁ。生地がたっぷり入りそうだ……。んー、手元ので足りるか?」
「まぁ、たぶんいけるっしょ。さて、上手く行ってくれよー……」
二度の試作と同じように油をひき、十分に温めたところで生地を流し入れる。
よく熱を伝える銅プレートで焼いているせいか、思ったよりも順調に周囲の生地が固まり始めた。
くるくると回しながらじっくりと熱を加えると、やがて香ばしさを含んだ良い香りが漂ってくる。
最初の試作品よりも少し時間がかかったものの、何とか全体が濃いきつね色に染まるほど焼き上げることに成功した。
出来上がったのは特大のボールケーキだ。
ルナは自分の手をきゅっと握ってその大きさを見比べる。
「私の手の大きさぐらいありますよねっ。これがお店に並んでたらびっくりしそうですっ!」
「確かに、見た目はまぁ、見た目はよさそうかな」
「あとは肝心の味だね。さすがに一個丸ごと味見するのも大変だから、割ってもいい?」
「そうだな。さすがにでかいしな」
「フィデルさん、お願いしますっ」
二人の声に頷くフィデル。
用意しておいたナイフを使ってまだ湯気が沸き立つボールケーキを半分に割ると、
中からとろりとしたホカホカのクリームが流れ出してきた。
とはいえ、今日の試作では生地の中にクリームを詰めた記憶はない。
つまり、そこから導き出される結論は一つであった。
「うわっ! 中焼けてねぇ!」
フィデルが思わず悲鳴を上げる。
ロランドも口をへの字にしてぽつりとつぶやく。
「あっちゃー、さすがにでかすぎたってことか……」
「見た目は良かったんですけど、これでは食べられないです……」
ルナの言葉に、フィデルが落胆の色を深めてしまう。
上手く行けば看板になるかと期待していた“大型ボールケーキ”が大失敗に終わり、途方に暮れてしまった。
しかし、めげている暇はない。
フィデルが二人に率直な意見を求める。
「そうすると、結局最初のやつが一番バランスがいいってことなのかなぁ……」
「でも、あれじゃあ全然インパクトはないぞ? それこそガレータやマドレーヌの方が形も凝ってるし、面白いんじゃないか?」
「こっちもマドレーヌみたいな型にしてもらうのはできませんかっ??」
「それは考えたんだけど、正直いってひっくり返すのが難しそうなんだよね。それに、味はともかく、見た目もマドレーヌと重なるのはさすがにどうかなって」
「そうだよなぁ。それなら別にマドレーヌを買ってくれって話だもんな」
ロランドの言葉を最後に、うーんと唸り声を上げながら考え込む三人。
しかし、良いアイデアはそう簡単に出てくるものではない。
しばらくの沈黙の後が場を支配する。
そして、最初に声を上げたのはフィデルであった。
「まぁ、とりあえずはタコヤキとかいうやつのサイズでやるか、それかマドレーヌみたいな型を作ってもらうかのどっちかかなぁ……」
「でも、どっちもイマイチなんだろう? 売れないものを作っても仕方ねーんじゃないか? どうせオープンしてしばらくはバタバタするんだし、ガレータやマドレーヌだってあるわけだから、後から良いのが思いついたら始めるっていう手もあると思うぜ?」
「とはいえ、最初が肝心っていうのもあるしなぁ。それに、設備を後から入れるのは結構しんどいらしいんだよ」
「それじゃあ売れないってわかってるものを用意するんか? 材料が無駄になるってわかってて用意するのは料理人としてできねぇぞ」
「それは分かってるって。だから何とかいい方法がないかなって考えてるんじゃないか!」
「なんだその言い方! てめぇの店のことなんだからてめぇがしっかり考えろよ!!」
「なんだとこのデカウサギ!!」
「言ったなぁ、このチビギツネ!!!」
「もーっ! 二人とも喧嘩してる場合じゃないですっ! めっ、ですーっ!」
見慣れた展開になってきたのを察したのか、二人の間に割って入るルナ。
そしていつの間にか用意していたあるものを、強引に二人の口へと押し込んだ。
どうやら先ほどの生地を使って作った何かのようだ。
ふわっとしたものの上に、何かとろりとしたまろやかな甘さを持つものが載せられている。
突然口をふさがれた二人は、きょとんとしつつもむぐむぐとほおばり、ゴクンと喉を通した。
「っぷはー。あー、びっくりした……」
「うん、ルナちゃん、ちょっと強引だったっす」
「二人が喧嘩しているのがいけないんですっ。 ところで、お味はどうでしたっ?」
「そうそう。今のってカスタードだよね? いや、なかなかおいしかったけど……」
「うん、なかなかうまかった。でも、いつの間に作ったの?」
さっきまでの険悪な雰囲気から打って変わって仲良く疑問符を並べる二人に、ルナはくすっと微笑みながらその正体を明かす。
「実は、今のはさっきのおっきな失敗作のを使ったんです。ほら、こうすれば食べられるかなって……」
ルナはそういうと、大きなボールケーキをまな板の上に置き、包丁でぱかっと二つに割った。
先ほどと同じく、こちらも中は生焼けだ。
しかしルナは、その生焼けの部分を丁寧にスプーンですくいとる。
そして焼けている部分だけが残され半円の器状になった中に、試作に使えるかと用意しておいたカスタードクリームを流しいれた。
「焼けてないのは真ん中だけだったからもったいないなーって思ったんです。それに、クリームを入れればパサパサっとしたかんじも薄まるかなって」
出来上がったクリーム入りのボールケーキを二人の前へと差し出すルナ。
フィデルが改めて味わいを確認しながら、ポツリとつぶやいた。
「なるほど、これは思ったよりもいいね。ん、そうなると……?」
どうやらフィデルは何か思いついたようだ。
そのアイデアを伝えようと視線を上げるフィデル。
目があったロランドが、ニヤッと口角を持ち上げた。
「を、どうやらお前も俺様とおんなじこと考えてたっぽいな」
「まぁな。ちょっとやってみるか?」
「ああ、なんでも試してみないとわからんしな。よし、遅くなる前に作ってみよう」
ロランドの言葉に、フィデルが力強く頷く。
なんだかんだで息があっている二人だ。
阿吽の呼吸でやり取りを進める二人の姿に、ちょっとだけ羨ましさを感じるルナであった。
※第4パートへと続きます。明日22時頃の更新予定です。




