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異世界駅舎の喫茶店  作者: Swind/神凪唐州


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37 完成間近の新店舗と新たな看板商品(2/4パート)

※前パートからの続きです。

「さて、これでセッティングは大丈夫そうですね」


 テーブルの上にはニャーチとルナが運んできた食材がきれいに並べられていた。

 フィデルとルナが仲良く並んでボウルやトレイの中身を覗きこむ。

 そこに用意されていたのは、赤・緑・白と色とりどりの食材であった。


 その中でも目立つのは赤く茹であがった表面の下に真っ白な身を覗かせるぶつ切りのもの。

 その表面には吸盤らしきものも見て取れる。


 ポートサイド生まれのフィデルはその正体をすかさず見抜いていた。


「これってプルポ(タコ)の足ですよね?」


「ええ、その通りです。実は“タコヤキ”の“タコ”はこのプルポのことなのです」


 フィデルの言葉にタクミが頷ながら答える。

 八本足が特徴的なプルポは“こちらの世界”でも親しまれている食材だ。

 特に漁が盛んなポートサイドを中心とした地域では春から夏にかけての味として食されている。

 水揚げした後も海水に入れて置けばしばらく生きているという生命力の強さから、“プルポを食べれば夏の暑さに負けることがない”とも言われていた。


 そんなプルポはこれから本格的な旬を迎え、ますます美味しさを増していく。

 そこでタクミは『ツバメ』のメニューを彩る食材として使えないかと、ロランドに頼んで試作用のプルポを取り寄せていたところであった。


「こっちのみじん切りはプエーロ(ネギ)ですねっ。 それにこれは……なんでしょう?」


 他の食材へと目を移していたルナが、小皿に入れられた食材らしき何かをつまむ。

 狐色をした小さな粒の中には特に具材らしきものは履いておらず、僅かに赤い点が入っているだけのようだ。

 タクミが時折作ってくれる“テンプラ”の衣くずのようにも見えるものの、どうやって使うものなのか全くイメージが湧いてこない。


 うーんうーんと唸りながら首をかしげるルナ。

 タクミが微笑みながらその正体を明かした。


「それは揚げ玉っていうものです。時々作る天ぷらの衣の部分みたいなものです。今日は干してから砕いたガンバ(小海老)を少しだけ混ぜて作ってあります」


「アゲダマって言うんですねっ。でも、これをいったいどうするんですかっ?」


「これは“タコヤキ”を焼くときに生地に混ぜて使います。後で一緒に作りますから楽しみにしていてくださいね」


 タクミの説明を横で聞いていたフィデルも、眉間に皺をよせながら首をひねる。


「うーん、全くイメージがでてこないですね。タコヤキ、いったいどんな料理になるんでしょう……」


「大丈夫なのなっ!タコパは楽しい美味しいのなっ! たっこたっこぱーっ♪」


 悩む少年と少女をよそに、ニャーチが踊るように歌いながら自慢げな表情を見せた。

 その姿に、二人はくすっと笑みをこぼす。

 何のことやら全く分からないが、妙な楽しさだけはしっかりと伝わってきた。


「まぁ、出来上がればわかるわけですしね。楽しみです!」


「きっとタクミさんのことだから、あっと驚く美味しい料理が出来るはずですっ!」


 二人の言葉にタクミが苦笑いを浮かべる。


「ずいぶんとハードルが上がりましたね。さてと、では始めましょうか」

「「「はーいっ」」なのなっ!」


 タクミから告げられた開始の合図に、残る三人がそろって声を上げた。


 マッチをシュッと擦ったタクミは、その火を焚き口に入れて置いた藁へと移す。

 藁から小枝、そして焚き付け用の細い薪へと移っていくにつれ、小さな種火が徐々に大きな炎へと姿を変えていった。

 やがて薪からパチパチと弾けるような音が聞こえ始める。

 薪が十分に燃え始めた合図だ。


 炎が立ち上がってきた頃合いで、くぼみ付きの銅プレートが薪七輪の上に置かれる。

 そして、その中にコルザ(菜種)油が少し多めに垂らされると、タクミが手にした布玉でギュッギュッと塗りつけられた。


 しばらく待っていると熱された油から煙が立ち上ってくる。

 やがて、焼けた銅プレートがチンチンチンと鳴り始めた。

 十分に温まった銅プレートの一つ一つに、クリーム色の生地が注がれる。

 傍目からはパンケーキの生地のようにも見えるが、それにしてはずいぶんとゆるく作られているようだ。


 料理の様子を興味津々で見ていたルナが、タクミに質問を投げかける。


「この生地は何が入ってるんですかっ?」


「これは、天ぷらを作る時の生地に良く似たものですよ。アロース(コメ)粉とマイス粉を水で溶いて、卵とすりおろしたニャム(ヤマイモ)を合わせてあります」


「ふーむ、それだけ聞くと蒸しブレッドの材料みたいにも聞こえますね。でも、ずいぶん水っぽいですが……」


「これがちゃんと焼き上がるとカリカリトロトロになるのなよっ。とってもおいしいのなっ! ねぇねぇ、タコさんいれていい? もう入れていいよねっ?」


「はい、じゃあこれを一つずつお願いしますね」


 猫耳をピクピクさせて興奮するニャーチをなだめつつ、ぶつ切りのプルポが入った器と渡すタクミ。

 それを受け取ったニャーチは、嬉しそうに目を細めながらプルポをくぼみの一つ一つにポンポンと入れていった。


「あっ! 生地がこぼれちゃってますっ!」


 その様子を見ていたルナが、慌てた調子で大きな声を上げた。

 くぼみの中になみなみと注がれていた生地が周囲へとあふれ出していたのだ、


 そんな少女をゆっくりと落ち着かせるようにタクミが優しく声をかける。


「大丈夫ですよ。周りに縁をつけていますからプレートの外にはこぼれません。むしろこれはこうするものなのですよ。さて、次はこちらですね」


 そう言いながら次の食材を手にするタクミ。

 タクミの手によってプレートの上にまんべんなくプエーロのみじん切り、そして揚げ玉が散らされた。


 そして全体に少しだけ生地をかけ回してから、火力を調整するように薪をくべる。

 しばらくすると、乳白色の生地から湯気が立ち上り、良い香りが漂ってきた。

 生地の様子を伺っていたタクミが、三人に細い木の串を渡しながら次の作業について説明をする。

 

「さて、ここからは皆さんにも協力をお願いします。少し待つと生地が焼けてきますので、これでくるくると回していきましょう。えーっと……」


「くるくるさんなのなっ! やっていい? ねぇ、やっていい??」


 待望の作業の段取りとなり、興奮するニャーチ。

 一方、フィデルとルナの二人は何のことかさっぱりわからず、きょとんとしていた。


 その対照的な様子を見て、タクミが苦笑いを浮かべながらニャーチを優しく諭す。


「ほらほら、フィデル君やルナちゃんは初めてなんですから、ちゃんとやり方見せなきゃだめでしょ?」


「そうだったのなっ! じゃあ、今からお手本見せるからよく見ててなのなっ!!」


 ニャーチはそう高らかに宣言すると、焼けてきた生地に木の串を縦へ横へと走らせた

 くぼみとくぼみの間を縫うようにして格子模様が描かれていく。

 そして、しかくく切り離された生地をちょんちょんとつついてくと、くぼみの中の生地がくるんとひっくり返った。


 そこに現れたのは、こんがりと狐色に焼き上げられた半球状の生地であった。


「すごーいっ! こんなにきれいにひっくり返るんですねっ!」


「これは面白いですね! 俺もやってみていいですか?」


「もちろんです。真ん中の方が良く焼けていると思いますが、そちらからみんなでつついていきましょう」


 タクミの言葉を合図に、四人がそろってプレートをつっつき始める。

 フィデルもルナも見よう見まねでやってみるが、最初はなかなか上手く行かない。

 しかし、手ほどきを受けながら何度かチャレンジしていくと、やがて面白いように返せるようになっていった。


「くるんというか、つるんって感じですね。これは楽しいや!」


「みんなでやるとあっという間ですねっ。面白いですーっ」


「これがタコパなのなっ! たっこたっこぱーっ♪」


 ニャーチが何故か鼻高々の様子を見せながら再び歌い始める。

 その時、ルナが何か思いついたように大きな声を上げた。


「あーっ! タコヤキのパーティーだからタコパなんですねっ! やーっとわかりましたっ!」


「そうか、それであんな歌をずっと歌ってたんですね。いやぁ、まぁ、楽しいのは分かりましたが……、ニャーチさん、分かりにくいです」


「細かいことは気にしないのなっ。タコパは楽しい美味しいタコパだから何にも問題はないのなっ! はーい、みんなでーっ、たっこたっこぱーっ♪」


 フィデルの言葉も意に介することなくニャーチが歌い続ける。

 それにつられたのか、フィデルやルナもたっこたっこぱーっと口ずさみ始めた。

 三人の楽しげな様子に、火の番をするタクミの口元にも穏やかな笑みがこぼれるのであった。




―――――




「さて、そろそろ焼き上がりですね。じゃあ、皆さんお皿のご用意をお願いします」


「「「はーいっ!」」なのなっ!」


 そろって返事をした三人の手元には、取り皿用の小皿が用意されている。

 タクミは、その皿の上に出来上がったばかりのタコヤキを次々と配っていった。

 もちろん、自分の手元に配るのも忘れない。

 そして、第一陣のタコヤキを配り終えたところで、別に用意していたソースをベッタリと塗っていった。


 タコヤキに塗ったソースは、少し濃い茶色のとろみのあるもの。

 タコヤキの熱であたたまったせいか、酸味を含んだ良い香りが辺りにふわっと広がった。


「んー、いい香りですーっ」


「タコヤキにはこのソースが必要なのです。熱いので気を付けてお召し上がりくださいね」


「ありがとうございます。それでは……」


「いっただっきますなのなーっ!」


 食前の祈りを黙想で捧げる二人を横目に、ニャーチが一足早くタコヤキにかぶり付く。

 カリッと仕上がった香ばしい表面に歯を立てれば、中からトロリとしたアツアツの生地が口の中に溢れてきた。

 火傷をしそうなほどの熱さだ。

 必死に口の中を冷まそうと、ニャーチがハフハフと息をたてる。


「はふはふはほはっ! ふはひほほひほふへふほはっ!」


「うーん、何言ってるか全く分かんないです!」


「でも、不思議と何が言いたいかは伝わってきますよねっ……」


「そうだね。それにしても、めちゃくちゃ熱そうだね……」


 ニャーチの慌てっぷりを見て、フィデルは喉を鳴らした。

 あまり熱い物が得意でないフィデルにとっては、少々ハードルが高く感じられる。

 どうした者かと悩んでいると、タクミが声をかけてきた。


「熱いのが得意でないなら、一度半分に割ってから食べるといいですよ」


「なるほど。じゃあ最初はそうさせてもらいます。えーっと、こうですかね……」


 タクミの提案に従って食事用に渡された小さな木の串でタコヤキを半分に割ると、ふわっと立ち上る湯気の中から大きなプルポのぶつ切りが現れた。

 フィデルはそれらにフーフーと息を吹きかけてから、もう一度一つに纏めて口の中へと放り込む。

 そのまま一口、二口と咀嚼すると、口から飛び出したのはシンプルな感動であった。

 

「んーっ! これは旨いっす!」

 

 “ふわもちとろっ”と焼き上がった生地には、海を感じさせる旨味と加熱されて甘みを増したプエーロの味わいが隅々までいきわたっている。

 生地の中でじっくりと蒸し焼きにされたプルポもプリプリだ。

 ガンバの香ばしい風味は、一緒に入れたアゲダマの成果であろう。


 さらに驚くべきは上に塗られたソースだ。

 濃い茶色をしたとろみのあるソースは、豊かな風味とコクを土台としつつも、甘みと独特の酸味、そしてスパイスの風味が何重にも折り重なっている。

 このソースこそが“タコヤキ”の美味しさを何倍にも引き上げているように感じられた。


 フィデルの横では、ルナがアツアツのタコヤキと格闘している。

 その表情は随分と真剣なものだ。

 しばらく静かにたこ焼きを味わっていたルナが、ふと何か思いついたようにタクミへと質問を投げかけた。


「このソース、もしかしてトマトケチャップを使ってますかっ?」


「良く分かりましたね。その通りです。トマトケチャップをベースとして、ミエール(はちみつ)熟成酢(バルサミコ酢)、それにスパイスをいくつか合わせています」


「それでこんなに複雑な風味なんですねっ。すっごく美味しいですっ!」


 満面の笑みで喜びを見せるルナに、笑顔を見せるタクミ。

 三人が美味しそうにタコヤキを頬張っていくのを見て、タクミは内心でほっと一息ついてた。


 実は、三人にタコヤキを出した際、タクミは一抹の不安を抱えていた。

 タコヤキに塗った“お好み焼きソース” ―― この特徴的な味わいが三人に受け入れてもらえるかどうか分からなかったからだ。


 かつては日常的に親しんでいた“お好み焼きソース”。

 “こちらの世界”来てからは味わうことができなかったこのソースを再現することが出来たのは、本当に小さな偶然がきっかけであった。


 話は少し前へとさかのぼる。

 タクミが新しいメニューの試作をしている最中、うっかり手を滑らせて熟成酢が入った小皿をトマトケチャップの中へ落としてしまうということがあった。

 間の悪いことに蓋が空いたままの瓶はケチャップの中へと逆さまに入ってしまう。

 当然、トマトケチャップの中にたっぷりと熟成酢が混ざってしまった。

 

 これでは試作にならないと熟成酢入りのケチャップを片付けようとしたタクミ。

 その時、ふと味わいが気になった。

 まぁ、ダメでもともとでしょう……、と、タクミは熟成酢とケチャップを指でくるくるっと混ぜ合せてからペロッと舐めてみる。


 するとどうであろう。

 旨味がたっぷりと詰まったトマトケチャップの味わいと独特の香気とまろやかな酸味を持つ熟成酢の味わいが合わさった結果、全く新しい味わいがそこには生まれていた。

 そしてそれは、タクミの記憶にある味わいを呼び覚ます。

 そう、その味わいはかつて慣れ親しんだ“ソース”を彷彿とさせるものだったのだ。


 もしかしたら“こちらの世界”でも“ソース”を再現できるかもしれない ―― そう感じ取ったタクミは早速改良へと取り組み始めた。

 味わいの記憶をたどりながら、様々な材料を混ぜ合わせ、甘味や酸味、香り、風味を重ねていく。

 その試作回数は数十回にも及んだ。


 そして出来上がったのが、今日のタコヤキにつかったとろみのある茶色いソース ―― “タクミ流お好み焼きソース”だ。

 やや甘めの中にもスパイシーさと旨味を併せ持つ味わいは、まさにお好み焼きソースを思い出させる。

 タクミとしても、なかなかの再現度に仕上がったと感じていた。


 とはいえ、“こちらの世界”ではこれまでになかった味わい。

 ニャーチ()であればかつての味わいの記憶が残っているかもしれないが、フィデルやルナにとっては未知の味わいだ。 

 果たして“こちらの世界”には存在しなかった“お好み焼きソース”の味わいが本当に受け入れられるであろうか ―― これこそがタクミが抱いていた小さな不安の種であった。


 しかし、結局はそれも杞憂であったようだ。

 フィデルやルナ、そしてもちろんニャーチも、次々に焼き上がるタコヤキにソースをたっぷりとつけて頬張っていく。

 楽しく薪七輪を囲む三人の様子を見ながら、ほどよく冷めたタコヤキを口の中へ放り込むタクミであった。


※第3パートへと続きます。明日22時頃の更新予定です。


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