37 完成間近の新店舗と新たな看板商品(1/4パート)
熊本地震で被災された皆様に心からお見舞いを申し上げます。
===
本日も当駅をご利用いただきまして誠にありがとうございます。この列車は当駅が終点となります。改札口にて乗車券を拝見いたします。
到着いたしました列車は車庫に入ります。お手荷物などお忘れ物がございませんよう、ご注意をお願いいたします。
―― なお、当駅舎では新たに売店を開店する運びとなりました。喫茶店『ツバメ』ともどもご愛顧いただけますようよろしくお願い申し上げます。
二ヶ月ほど前から進められていた駅舎の改装工事は、中盤から終盤へと差し掛かっていた。
広場ではガス灯を設置に向けた工事が始まっており、駅舎の中でも傷んだ箇所の補修が急ピッチで進められている。
そして喫茶店『ツバメ』の向かい側には、新たに設置される売店がその姿を見せ始めていた。
白木の香りが漂う真新しい店舗は、職人たちの手によって仕上げの作業が行われている。
その傍らにあるのは一人の少年の姿。
間もなくこの店を任されることになるフィデルが、順調に進められる工事の様子をじっと見守っていた。
新しい店が出来るというにも関わらず、フィデルの表情はどこか冴えない。
それに気づいたタクミが、眉間に皺を寄せる少年へと声をかけた。
「こんにちは、なんだか随分難しい顔をなさっているようですが、気になることでもありましたか?」
急に声をかけられ一瞬ビクッとしたフィデルだったが、声の主がタクミであることに気づきすぐに頭を下げる。
「あ、タクミさん、こんにちわです。いや、ここに商品が並んでいるのをイメージしていたんですけど、何かもう一つ、これって言うのが欲しいなと思ってまして……」
「ふむ。と、いいますと?」
「いや、セントラル・ストリートの方でやっていた時のことを思い出したんですよね。冬場になって蒸しブレッドを出したときに、あれよあれよという間に売れていったじゃないですか。そうすると、ここでもあんな感じで、目の前で作って販売できるようなものが合った方がいいのかなーって……」
フィデルの言葉に、タクミがうんうんと頷く。
「なるほど。確かに蒸しブレッドなんかですと、立ち上る蒸気が興味を引きますし、香りも食欲をそそりますよね」
「ですよね! でも、蒸しブレッドって温かいじゃないですか。そうするとこれから暑くなっていく時期はさすがに厳しそうだなって。そうなると、蒸しブレッドみたいに簡単に調理できて、しかも夏の時期でも喜んでもらえそうな何か新しい商品が必要だなぁと考えていたんです」
「そういうことでしたか。何か調理の設備を用意するなら今のうちに準備も必要になりますもんね」
「ええ。仕込みはロランドにある程度やってもらうとしても、蒸しブレッドの時の蒸し器みたいな多少の設備は必要になるでしょうから、何かやるなら早く考えないと……」
そう言うフィデルの眉は再びハの字になっていた。
スケジュールを考えれば、工事が必要な設備を用意するなら今のうちに頼んでおかないと間に合わない。
しかし、アイデアも固まらないうちに設備を頼むことは無理な話だ。
フィデルの焦りは、タクミにも十分に理解できるものであった。
「ええと、確か例のガレータとマドレーヌはこの店で販売されるのですよね?」
「ええ、その予定です。でも……」
この街の風景や駅舎にまつわる物をかたどった二種類の焼き菓子。
この売店を出すことができるきっかけとなった、“旅の思い出を形にした土産物”だ。 ロランドやルナと共に工夫を凝らして開発したこの焼き菓子を、フィデル自身も売店の主力商品に据えようと考えていた。
主力商品の二つを実演販売で見せられればインパクトはすごいであろう。
しかし、事はそう簡単にいくものではない。
実演に伴う困難さをフィデルはきちんと認識していた。
「ガレータもマドレーヌも、オーブンストーブの窯の中で焼き上げる形になるので焼けていくところは見せられないんですよね。それに、焼いている間はつきっきりで火の番をしなきゃいけないので、売店の仕事をしながら焼き上げるのは難しそうなんです」
「うーん、確かに仰る通りですね。そもそも、オーブンストーブはそれなりの大きさになってしまいますし、ちょっと大変かもしれないですね」
「そうなんです。出来れば蒸しブレッドのように一度準備してしまえば後は販売するだけって形のが理想なのですけど、そんな都合のいいモノなんてなかなかないですよねぇ……」
俯きつつも見上げるようにして視線を送るフィデル。
言葉としては口にはしないものの、出来ればタクミの力を借りたいという言葉が頬にありありと浮かび上がっていた。
(さて、どうしたものでしょうねぇ……)
タクミは顎に手をあてる。
“こちらの世界”に来る前のことを思い出せば、彼の悩みに応えることができそうなものをいくつか示すことはできるであろう
しかしそれをそのまま教えてしまうのも、少々ためらわれる。
ロランドと同い年の“少年”に近い年齢とはいえ、フィデルはこれから一人前の“店主”となる身だ。
お店で取り扱う“商品”については、彼自身が責任を持って考えることが必要だとタクミには感じられた。
とはいえ、売店の工事が終わるのも間近に迫っており、残された時間には限りがあるのも事実だ。
普段であればロランドやルナと協力するに仕向けるところであるが、今回は彼らが一から考えるには少々時間が足りなさそうだ。
“店主”としての立場ではなく、この駅舎を任されている“駅長代理”としては新たな売店が順調に滑り出すためのサポートをすることもやぶさかではないタイミングとも感じられる。
“店主”と“駅長代理”、二つの立場をどのように折り合いをつけようか考えていたタクミが、しばしの間をおいてから口を開いた。
「そうですね。 たまにはうちで夕食でも召し上がっていきませんか?」
「えっ? いいんですか? でも、どうして??」
唐突な提案に驚くフィデル。
目を丸くする少年の様子に微笑みながら、タクミが言葉を返した。
「時間が迫っているのは分かりますが、あんまり集中して考えすぎていても煮詰まってしまうでしょう。こういう時には、気分転換した方がいいアイデアがでるというものですよ。それに、今日ならちょうど、フィデルさんに一度食べてもらいたいなと思っていた料理が用意出来そうなのですよ」
「へぇ、そうなんですか。うん。そしたら、そのお言葉に甘えさせていただきます。また夕方にお邪魔すればいいですか?」
「ええ。こちらで準備をしておきますので、日が暮れる頃にまたお越しください」
「分かりました! じゃあ、また夕方、よろしくお願いします」
思わぬところでタクミが作る絶品の料理が食べられることとなり、思わず顔を綻ばせるフィデル。
トレードマークの狐耳をピクピクと動かしながら、再び工事の様子を見つめはじめるのであった。
―――――
そして夕方。
営業を終えた喫茶店『ツバメ』の入り口からカランカランカラーンと鐘の音が響く。
約束より少し早目に、フィデルがやってきたようだ。
「こんばんわー。お言葉に甘えておじゃましましたー」
「フィデルさん、お久しぶりですっ!」
「あ、ルナちゃんこんばんわ。元気してた?」
「はいっ! 元気にしてましたっ!」
久しぶりに会った少女の元気な声に胸を弾ませるフィデル。
かぶっていたハンチング帽を脱ぎながら、ここにやって来るまで一番気になっていたことをルナへと問いかけた。
「今日はあのデカウサギはいない?」
「ロランドお兄ちゃんなら、さっき帰りましたよっ? タクミさんがお誘いしてたんですが、今日は家の食事を手伝わなきゃいけないって……」
「そう、そりゃ残念だ」
つまり、今日のところはロランドに邪魔されることはないということだ。
ふーっとため息をつき残念そうなそぶりを見せるが、内心では笑みが止まらない。
しかし、それをルナに悟られまいと、フィデルは口元を押さえて必死に笑みをかみ殺す。
そんなやりとりをしていると、やたらとテンションが高い声が聞こえてきた。
どうやら、この店の看板娘ことニャーチがやってきたようだ。
「あ、いらっしゃいなのなーっ! 今日はタコパなのなっ! たっこたっこぱーっ!」
いつも元気なニャーチだが、今日はそれに輪をかけてテンションが高い。
トレードマークの猫耳もいつも以上にピクピクと弾んでいる。
ふと視線を下げると、ニャーチは両腕で抱えるようにして何やら調理器具らしきものを運んできていた。
やや重そうなその荷物を受け取りながら、フィデルはニャーチが口ずさむ呪文のような言葉の意味を尋ねる。
「たこぱ……? それが、今日の料理の名前なんですか?」
「タコパはタコパなのなっ! みんなでくるくるして頂くのにゃっ! たっこたっこぱーっ、たっこたっこぱーっ♪」
荷物をテーブルに運び終えたニャーチは、ご機嫌に歌いながらくるくると回りはじめた。
まぁ、そんな気がしたとフィデルは苦笑いをしつつ、ルナへと視線を送る。
少女も苦笑いしながら、フィデルの質問に答えはじめた。
「えっと、タクミさんは“タコヤキ”って言ってましたっ。何でも、このプレートを使ってみんなで作る料理だそうです」
ルナはそういうと、ニャーチが運んできた道具の中から一枚のプレートを取り出した。 やや厚手の銅の板でつくられた丸い板には、半球状のくぼみが整然と並んでいる。
取っ手もついていないため、フライパンのように使うには少々不便に思われた。
「うーん、これを見てもどんな料理になるのかさっぱり分からないなぁ……。ルナちゃんは食べたことがあるの?」
フィデルの素朴な質問に、ルナはぶんぶんと首を横に振る。
「私も今日が初めてなんですっ。どんな料理か楽しみですーっ」
「タコパは美味しくって楽しいのなっ! フィデルくんもルナちゃんも一緒にくるくるするのなっ」
ニャーチはそういうと、今度は自分からくるくると回り始めた。
どうやらよっぽどご機嫌のようだ。
フィデルとルナが顔を見合わせる。
「そのくるくるが良くわかんないんだけどね……」
「でも、ニャーチさんを見てるだけで楽しそうってのは分かりますね」
「そうだね。まぁ、タクミさんのことだし、きっとまたびっくりするようなものを作ってくれるよね」
「そんなに驚かせるつもりはないんですけどね」
「わっ! いたんですかっ!」
突然背後から声をかけられ、驚くフィデル。
タクミはいつものように穏やかな微笑みをたたえて、晩餐に招待した少年へと頭を下げる。
「ようこそ。今日は楽しんでいってくださいね」
「いえいえ、こっちこそお招きありがとうございます。それにしても、随分変わった道具を使う料理みたいですね。“タコヤキ”って聞いていますが、どんな料理なんでしょう?」
「それは見てからのお楽しみにしましょうか。さて、こちらのテーブルで準備を始めますので、ちょっと手伝ってもらってよろしいですか? ニャーチとルナちゃんは、キッチンから材料を運んできてもらえると助かります」
「わかりましたっ」「あいあいさーなのなっ!たっこたっこぱーっ♪」
ニャーチとルナに材料を取りに行かせたタクミは、フィデルに手伝ってもらいながら準備を開始した。
タクミが用意したのは、タコヤキ用の銅プレートを作ってもらう際、一緒に作ってもらった“薪七輪”だ。
練り上げた土を固めて作った白い筒状のそれは、側面に焚き口が開けられ、その裏側にも金属製の扉がついた小窓が付いている。
この扉を開閉することで火力が調整できる仕組みだ。
そして筒の内側には鋳物で出来た格子が置かれ、さらに底部には四つの足がつけられている。
これなら内部の炎の熱が伝わることが無いので、テーブルや床の上に置いても安心して使えるであろう。
よく見ると上端部分もところどころに凹みがつけられており、鍋やプレートを置いても火口が完全に塞がることがない。
一見シンプルながらも、非常に工夫が凝らされた道具だ。
火熾しのための細い薪を焚き口に並べながら、フィデルが感想を口にする。
「なるほど。これは便利そうですね。持ち運びもしやすそうです」
「本当は木炭が手に入るといいのですけどね。グスタフさんのおかげで便利なものを作っていただけました」
「さすがは凄腕ギルド長ですね。でも、元のアイデアはタクミさんが出しているんですよね? いつも思うんですけど、どうやったらそんなにポンポンとアイデアが出てくるんです?」
「アイデアも何も、以前に住んでいた場所で使っていた道具を思い出して作ってもらっているだけですよ。それも大まかな形とか使い方までです。実際に形にしてもらっているのはグスタフさんをはじめとした職人の皆様のおかげです。この薪七輪も、私がお伝えした内容からグスタフさんがアレンジして考えてくださったのですよ」
タクミの知る七輪は木炭を燃料としたもの。
しかし、“こちらの世界”ではどうやら木炭は一般的には使われておらず、入手が困難だった。
当初は熾を燃料として使うこと考えていたが、所詮は燃え残りである熾は木炭とは違ってすぐに燃え尽きてしまう。
そこでグスタフが思いついたのが“ロケットストーブとの掛け合わせ”だった。
何度か試作を繰り返して出来上がったものは、ロケットストーブのような薪を熱源と出来る投入口を持ち、かつ卓上でも使えるよう七輪の良さも兼ね備えている。
きっかけこそはタクミの知識だったかもしれないが、この“薪七輪”を生み出すことができたのは紛れもなくグスタフたち職人の力によるものとタクミは考えていた。
「なるほど。タクミさんもグスタフさんたちも、どっちもすごいです」
「フィデルくんも、何か思いついたことがあれば頼んでみるといいですよ」
「そうですね。その時が来たらぜひ……。っと、戻って来たみたいですね」
キッチンの方から聞こえてきた陽気な歌声に、フィデルが顔を上げる。
その眼に映ったのは、大きなボウルを大事そうに抱えてとてもご機嫌な様子を見せるニャーチの姿であった。
※第2パートへと続きます。明日22時頃の更新予定です




