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異世界駅舎の喫茶店  作者: Swind/神凪唐州


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36 手を取り合う二人と想いを伝える手料理(3/3パート)

※第2パートからの続きです

 ソフィアとタクミ、それにテオの三人は“駅長”が事前に手配をしてくれていた貸し切り馬車に乗り込み、リベルトが入院している病院へと向かっていた。

 街路樹に咲いた白い小さな花を、さんさんと降り注ぐ朝日が照らしている。

 暖かな春の日差しが窓から差し込み、ソフィアの足元を照らしていた。


 やがて目的地へと到着したのか、不意に馬車が止まった。

 最初にテオが馬車から降り、上司と令嬢をエスコートする。

 二人が降り立ったのは病院の前……ではなく、薄暗い路地であった。

 思ってもみなかった場所に降ろされたソフィアが、きょろきょろと辺りを見回す。


「えっと、病院に向かっていたのでは……?」


「病院の表玄関は、記者や野次馬が詰めかけて大騒ぎになっています。裏口から入らせてもらうよう手配してあります」


「そうでしたの。どこかに連れ去られたかと思ってびっくりしましたわ」


「すいません、説明不足でした。では、どうぞこちらへ」


 ほっと一息つくソフィアを、テオが先導して案内する。

 大通りに面した表玄関とは違い、隣の建物との隙間はわずかしかない。

 その人一人がようやく通れるほどの細い裏小路を慎重に進みながら、三人は病院の裏口へと回り込んだ。


 テオがコンコンコン、コンコンと独特のリズムで小さな木の扉を叩く。

 すると内側からガチャリと音が響き、ギギギっと扉が開かれた。

 

「お待ちしておりました。どうぞ、中へ」


 扉の向こうから顔を覗かせたのは、医師オスワルドであった。

 事情を知る彼の計らいに感謝を捧げつつ、タクミたちは病院の中へと入る。

 


 オスワルドに案内されて入った場所は、フライパンや大きな鍋、食器、それに調味料が入っていると思われる瓶などが所狭しと並んでいた。

 どうやら、先ほどの裏口は厨房の勝手口だったらしい。

 オスワルドの案内で厨房を抜けた三人は、遠くに表玄関の喧騒を感じながらリベルトの病室がある最上階へと階段を昇って行った。


「どうぞこちらです」


 大きな両開きの扉へ向かって、オスワルドが手を差し出す。

 ソフィアはタクミ、そしてテオへと視線を送るが、二人は頷くだけだ。

 扉の前で眼を瞑り、ゆっくりと息を整える。

 そして意を決したように眼を開くと、取っ手へと手をかけた。


「おう、ソフィア殿ではないか。朝早くからお越し頂けるとはうれしいな」


「……ちょっとっ!!!何していらっしゃるんですかーっ!!」


 扉の向こうからのんびりと声をかけてくるリベルト。

 それに対し、ソフィアはしばし絶句した後、憤怒の表情で怒鳴りあげた。


 ソフィアが驚くのも無理はない。

 なぜなら、病室にいたリベルトは、身体を起こして今まさにベッドの上から立ち上がろうとしていたのだ。

 

 対照的な様子に少しだけほっこりしつつ、オスワルドが二人を嗜める。


「申し訳ございません。ここは病院ですのでどうかもう少し声を押さえて頂ければ……。それにリベルトさん、身体を横にして安静にするようとお伝えしましたよね?」


「いや、まぁ、ちょっと外がにぎやかで楽しそうだったのでな……」


 バツが悪そうにしつつ、リベルトがベッドの中に足を戻した。

 動いた拍子に痛みが走り、つい脇腹を押さえて顔をしかめてしまう。

 しかし、すぐにとぼけたような表情を作ると、大丈夫だと示さんばかりに、ソフィアへと笑顔を振りまいた。


 この態度に、ソフィアの怒りは頂点に達したようだ。

 顔を真っ赤にしてツカツカとリベルトに詰め寄ると、一気にベッドへと押し倒す


「何をしてるんですかっ! ちゃんとお医者さんの言うことを聞いて大人しく寝ていなさいっ!」


「ったたた、そんなに乱暴されると傷口が開いてしまう」


「知りませんっ! そもそも、貴方は昨日、生死の境をさまようほどの重傷を負ったのですわよ! 大使であるあなたが刺されたということで、外も大騒ぎですわ!」


「おー、そうそう。昨日は連絡もできずに“打ち合わせ”をすっぽかしてしまったのだったな。いやいや、ちょっと意識を失っていたとはいえ、申し訳ない」


「それじゃないですわーっ!」 


「ほらほら。大きな声を出すとまた医師に叱られてしまうぞ。それに、さすがに少々腹の傷に響くようだ……いたた」


「あなたが言わせてるんじゃないですかーっ!」

 

 興奮したソフィアがリベルトの肩を掴み、ぐらぐらと身体を揺らす。

 痛みに顔をしかめるリベルトだが、その表情にはどこか明るさが感じられた。

 

 やがて、ソフィアはリベルトの胸に顔をうずめる。


「……本当に……本当に、しん……心配だったの……です……わよ……」


「……心配をかけて済まぬな」


 リベルトは、声を詰まらせながら想いを吐露する彼女の頭に手を伸ばし、そっと髪を撫でた。


 ようやく部屋の中に静けさが戻って来る。

 まるで二人の間だけ時が止まっているような不思議な感覚に包まれていた。


 しかし、そんな幸せな時間も長くは続かなかった。


「……ぅえっくしょん!!ああぁ……」


 テオのくしゃみが、再び二人を現実へと引き戻した。

 我に返り、リベルトの胸元からソフィアが慌てて身を離す。


 その様子に、タクミは苦笑いしながら部下へと声をかけた。


「えーっと、テオさん。先に駅舎へ戻ってもらってよろしいですか?」


「は、はいっ、失礼しましたーっ! お二方、どうぞごゆっくり!」


 良く分からない呼びかけをしながら退室するテオ。

 その様子に、タクミは眉間に皺を寄せてゆっくりと首を横に振るしかなかった。


 しかし、テオのことばかりに構っているわけにはいかない。

 すぐに気を取り直して、リベルトへ向かって深々と頭を下げる。


「このたびは、折角のご旅行中に大変な災難に巻きこんでしまい、申し訳ございませんでした。本来であれば責任者が直接詫びなければならないところではございますが、到着までもう少し時間がかかってしまいます。まずは私の方から心よりお詫び申し上げます」

 

「そんなそんな。何もタクミ殿が謝る必要はない。不幸な偶然が重なっただけのことではあるし、私にも少々油断があったかと思う。それよりも、女性はその後大丈夫だったかね?」


「はい。詳しくは“駅長”からお伝えさせて頂きますが、犯人はそのまま列車内で逮捕となり、女性も無事とのことです」


「それはよかった。まぁ、白昼堂々傷害事件を起こしたわけだから、犯人も簡単には出てこられまい。ある意味では、女性も安心して暮らせるようになるかもしれぬな」


「まったく、お人よしが過ぎますわ。知らぬこととはいえ、一国の大使閣下を刺して傷を負わせたとか、もし万が一のことがあれば……いえ、今でも十分に外交上の大きな問題になるような一大事なのですわよ」


 どこか他人事のように話すリベルトに、ソフィアが真面目な顔で迫る。

 しかし、リベルトは余裕の表情だ。


「何、こうして無事だったのだから問題ない。国の奴らが少々騒ぎ立てるかもしれぬが、私がきちんと説得しよう。大事にはさせぬから安心いたせ。それよりも今片付けなければならない重要な問題があるのだが……」


「えっ!? 何でございますか?」


 室内が緊張に包まれる。

 ソフィアはもちろん、タクミ、そしてオスワルドまでもがごくりと息を呑んだ。

 次の言葉を待つ三人に、リベルトは真剣な表情を見せてゆっくりと口を開いた


「うむ……私は昨日から何も口にしておらんのだ。つまり、腹が減って仕方が無い。これは由々しき問題だ」


 その言葉は、三人を脱力させるのに十分な力があった。

 ソフィアなどは、膝を崩してへたり込んでしまったほどだ。

 予想通りの反応に、リベルトは満足そうにほくそ笑む。


「食欲があるのは良いことですね。そうしたら、何か私の方で……」


「タクミさん、待って!」


 作りましょうかと言葉を続けようとした矢先に、ソフィアが声を上げた。


「私が作りたいの。お願いタクミさん、私に作らせて」


 真剣な眼差しで訴えるソフィアに、タクミはコクリと頷いた。


「……分かりました。では、ソフィアさんにお任せいたします。オスワルド先生、厨房をお借りしてもよろしいでしょうか?」


「ええ、構いませんよ。先ほど通っていただきました職員用の厨房の方ならこの時間は誰も使いませんので、ご自由にお使いください。必要な材料があれば用意させますので、どうぞ遠慮なくお声掛けください」


「ありがとうございます。では、お言葉に甘えて厨房をお借りいたしますわ」


 ソフィアはそう言うと、さっと身をひるがえして部屋を後にするのであった。

 



―――――




 厨房には、鍋の前でじっと料理の出来上がりを待つソフィアの姿があった。


 オスワルドに頼んで分けてもらった材料は、入院患者向けの食事に使う鶏のスープストックと玉子、それにサナオリア(にんじん)パタータ(じゃがいも)の四つ。

 この四つの材料で作ろうとしているのは、彼女自身にとってとても大切な料理であった。


 鍋の中には浅くお湯が沸かされ、そこに半分ほど浸されるような形で陶器のボウル皿が温められている。

 ボウルの中に注がれているのは、淡く黄色がかった液体 ―― スープストックに玉子を溶き入れたものだ。

 さらにその中には、細かく刻んだサナオリアとパタータが沈められている。


 材料を全て合わせてボウル皿ごと茹でるだけの簡単な料理。

 しかし、普段厨房に立つことが無いソフィアにとっては、苦戦の連続であった。


 サナオリアやパタータの皮は、分厚くしか剥くことができない。

 ストーブ(かまど)に火を入れるのも、煙ばかりがたってしまってなかなか上手く行かなかった。

 卵を割る時にも殻がいっぱい入ってしまい、ザルで濾すはめになってしまう。

 このままちゃんと出来上がってくれるかどうか、本当を言えばそれも自信がなかった。

 しかしソフィアは、この料理だけはどうしても自分一人の手で作りたかったのだ。

 結果としては無事だったものの、今回の事件で二度とリベルトと会えなくなる可能性も十分にあった。


 そうなれば、行き場を失った気持ちがソフィアに重くのしかかることになっていたであろう。

 それを想うと、恐ろしさと悲しみで今でも背筋が震えてくる。


 いつ何があるか分からないのだから、気持ちは伝えられるときに伝えなければならない ―― 今回の一件で、ソフィアはそう強く感じていた。

 しかし、いざ顔を合わせると、ついつい彼のペースに巻き込まれてしまい、言葉が口から出てこなくなる。

だったら、この料理に想いを託そう。そして、彼に私の気持ちを届けよう。

ソフィアは、無事に料理が出来上がるのを祈りながら、鍋から立ち上る湯気を見つめていた。


(……そろそろいいかしら?)


 直感を頼りに、鍋の中の様子を確認するソフィア。

 一つの人影が厨房の入り口から静かに離れたことを、彼女は知る由もなかった。




―――――




 料理を作り終えたソフィアが、ボウル皿を載せたトレイを手に病室へと戻って来る。

 すると、その部屋にはいたのはリベルトただ一人であった。


「お待たせしてしまいましたわ……。あら、タクミさんたちは?」


「ああ、何でも二人で話があるとかで先ほど部屋を出ていったぞ。っと、いい香りだな……」


「無理はいけませんわ。少しお待ちになって」

 香りにつられて身体を起こそうとするリベルトをたしなめつつ、ソフィアはベッド脇の小テーブルにトレイを置く。

 そして、リベルトの背中を支えながら、ゆっくりと身体を起こしていった。


 椅子の上に置いてあったクッションを背もたれ代わりに差し入れ、リベルトに体を預けさせる。

 そして傍らに置いてあった椅子に腰を掛けたソフィアは、木匙でボウル皿の中身を一口掬い、ふーふーと息を吹きかけてからリベルトの口元へと差し出した。

 

「はい、どうぞ召し上がってくださいませ」


「世話をかけて済まぬな。では……」


 木匙の上に載っていたのは、クリーム色をしたふるふるの柔らかい塊だった。

 まだ湯気が立ち上るそれにもう一度吹きかけてから、吸い込むようにして食べるリベルト。

 チュルンと心地よい感触とともに、温かさが口の中いっぱいに広がった。

 スープの旨味を含んだまろやかな玉子の味わいが口の中に溶け出す。


「うむ、まるで生き返るような心地だ。柔らかく、身体に栄養が染みこんでくるようだ……」


 笑顔を見せながら、リベルトがしみじみと呟く。

 その言葉と笑顔に、ソフィアも笑みをこぼした。


「この料理は、私が小さい頃、体調を崩すたびに母が作ってくれたものですわ。食が細かった私のことを想い、何とか食べやすくて栄養のあるものをと工夫してくれたものですわ」


「なるほど。ソフィア殿のお母様は、料理上手であったのだな」


 リベルトの言葉に、ソフィアがそっと首を横に振る。


「それが全然ですの。母も仕事をしておりましたから、普段は厨房に入ることはありませんでしたわ。 でも、この料理だけは必ず母が作ってくれました。といっても、スープを玉子で固めただけの簡単な料理です。舌の肥えたリベルト様には物足りないかもしれませんけど……」


「いやいや、素晴らしい味わいではないか。もっと頂いてもよろしいか?」


「ええ。でも、まだお熱いので気を付けてくださいね」


 ソフィアはそう言いながらボウル皿と木匙をリベルトへと差し出した。

 滋味にあふれるふるふるの塊を一口、また一口と口の中へと運んでいく。

 今のリベルトにとっては、最高のご馳走だ。

 刺された傷の痛みも忘れ、ただ黙々と食べ進めていった。


「……本当にお口に合っていらっしゃいまして?」


 黙って食べ続けるリベルトを、ソフィアが心配そうに覗き込む。

 すると、リベルトは、難しい顔をして評論を始めた。

 

「正直に言えば、私には少々優しすぎる味わいだな。もう少し塩気が合った方が好みだ。それと、中に入ったサナオリアやパタータも少し芯が残っていた。熱を加える時間が足りなかったのかもしれぬな」


「そ、そうでしたのね……ごめんなさい……」


 やはり口に合わなかったようだ、ソフィアはがっくりと力を落とす。


「……しかし、今の私には、これ以上美味しく感じられる料理は無いであろうな。ソフィア殿、本当にありがとう。ごちそう様でした」


 リベルトはボウル皿の中に木匙を入れ、ソフィアへと渡す。

 その中は、いつしかすっかりと空となっていた。


 リベルトの気持ちを受け取ったソフィアは、ボウルを手にしたまま涙ぐむ。

 静かな部屋の中に、すすり泣く彼女の声が響いていた。


 しばしの後、気持ちを落ち着けたソフィアがリベルトに話しかける。


「次は、リベルト様の好みに合うものを作ってみせますわ」

 

「ぜひお願いしたいな。しかし、もう腹を刺されるのだけは勘弁だぞ?」


「まぁ、リベルト様ったらっ」


 お互いに茶化し合いながら笑い声を上げる二人。

 ソフィアの目元に、もう涙は浮かんでいなかった。


 お読みいただきましてありがとうございました。

 ラストパートの更新が1日遅れとなり申し訳ございませんでした。


 さて、本作「異世界駅舎の喫茶店」は、おかげさまをもちまして無事に1周年を

迎えさせていただきました。

 直近ではネット小説大賞の一次通過、そして小説家になろう公式ラジオでの朗読作品候補入りと目出度い話題が続いております。

 これもひとえに読者の皆様の支えがあってこそでございます。


 これからも10日に一度“8の日”更新にて頑張って続けてまいりたいと思っておりますので、変わらずご愛顧いただけますようよろしくお願い申し上げます。


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