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異世界駅舎の喫茶店  作者: Swind/神凪唐州


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36 手を取り合う二人と想いを伝える手料理(1/3パート)

※連載開始より満1周年を迎えました。ありがとうございます!

====

 本日も当駅をご利用いただきまして誠にありがとうございます。この列車は当駅が終点となります。改札口にて乗車券を拝見いたします。

 到着いたしました列車は車庫に入ります。お手荷物などお忘れ物がございませんよう、ご注意をお願いいたします。

 ―― なお、本日は車両運行トラブルにより臨時運休とさせていただきます。お急ぎのところ大変申し訳ございませんが、ご容赦いただけますようなにとぞよろしくお願い申し上げます。

 小さなランプの炎のみが辺りを照らす薄暗い病院の廊下に、ソフィアの姿があった。

 冷たいベンチに腰を掛け、緊張した面持ちで俯く彼女。

 白いハンカチを握りしめたその手は、カタカタと小刻みに震えていた。

 


 その傍らに佇んでいるタクミも厳しい表情を見せていた。

 普段は柔和な微笑みを浮かべている口元も、今は真一文字に結ばれている。

 

 ここに着いてからどれくらいの時が経ったのであろう。

 重い沈黙に包まれた廊下に、ガチャリと扉が開く音が響き渡った。

 その音にハッと顔を上げたソフィアが、慌てて立ち上がる。

 

「先生! リベルト様はご無事ですか?ご無事ですわよね?」


 扉から出てきた医師に詰め寄るソフィア。

 しかし、医師の表情もまた明るいものではなかった。


「傷口が思いのほか深かったのですが、無事縫合することが出来ました。今は麻酔により眠っている状況です。あとは安静にして、彼が目覚めるのを待つばかりです」


「そ、そうですか……」


 医師の言葉に、ソフィアは少しほっとした様子を見せる。

 しかし、医師の表情は厳しいままだ。


「最悪の状況は脱しましたが、縫合するまでに出血が多かったため、決して楽観視はできない状況であることはご理解ください。あとはリベルト様の体力が持つかどうかの勝負になります」


 決して楽観視はできない ―― その言葉がソフィアの頭の中で繰り返されてしまう。

 悪いイメージが湧き上がってくるのを必死に振り払いながら、ソフィアが声を絞り出した。


「……わかりましたわ。ありがとうございます」

 

「オズワルド先生、よろしくお願いいたします」


「最善を尽くします」


 頭を深々と下げるタクミに短い言葉で応え、医師オズワルドが病室へと戻っていく。

 扉がバタンと閉められた後、廊下は再び重い静寂に包まれた。

 

 いったいなぜこんなことに……。


 閉ざされた扉の向こうで苦しむリベルトの姿を思い浮かべるだけで、胸が締め付けられる。

 目の前の出来事を現実と受け止めきれず、ソフィアは閉ざされた扉の前でただ黙って立ち尽くしていた。


 虚ろな表情のソフィアに、タクミが声をかける。


「間もなく交代要員がこちらに来る予定です。そうしたらここは任せて、我々は一旦駅舎へと戻りましょう。ソフィア様も少し体を休めないと……」


「そう……ですわね……」


 感情を押し殺すようにして発せられたつぶやき。

 その言葉を受け止めたタクミは、眉間に皺を寄せつつもゆっくりと頷く。

 

 ランプの中で揺らめく炎が、佇む二人の影を床へと落としていた。




―――――




 ソフィアとタクミの二人は、病院へと駆けつけたテオたちと交替し、“駅長”の手配した駅馬車にて喫茶店『ツバメ』へと戻ってきた。

 

 事件対応の前線基地となった『ツバメ』は、すっかり暗くなった時間帯にも関わらず大勢の人たちが慌ただしく出入りしている。

 その様子を見たタクミは、表玄関から入るのを避け、キッチンへと通じる裏口へとソフィアを案内した。


 ランプの灯りに照らされたキッチンの中にもホールの喧噪は響いている。

 タクミたちが扉をくぐると、ランプの置かれた小テーブルを挟むように“駅長”とニャーチの二人が座っていた。


 タクミの姿を見つけたニャーチがバタバタと駆け寄ってきて、タクミにしがみつく。


「あのねあのねっ、ルナちゃんは今日はロランドくんのところに預かってもらうことにしたのなっ。それで良かったよねっ?良かったよねっ?」


「ええ。ルナちゃんもここでは落ち着かないでしょうし、ロランドくんのところであれば安心だね。ありがとうね」


 猫耳をペタンと折り上目遣いで見つめくるニャーチの頭を、タクミは優しい笑顔でそっと撫でた。

 そして、こちらを見つめている“駅長”に頭を下げ、先ほどニャーチが座っていた椅子にソフィアを座らせた。


 “駅長”がゆっくりと口を開く。


「お疲れさまじゃった。リベルト殿の具合はどうかね?」


「とりあえず急場は脱したといったところですわ。でも……」


 状況を伝えようとするソフィアが、つい言葉を詰まらせる。

 病室の前で告げられた医師の言葉が、頭の中に重くのしかかっていた。


 瞳の端にうっすらと涙をためるソフィアに代わり、タクミが報告を続ける。


「……失血が多く、決して予断は許さないとのことです。リベルト殿の体力次第ということでした」


「そうか……。なればあとは天に祈るほかはないな」


 “駅長”の言葉にタクミがゆっくりと首を縦に振る。

 それにつられるように、ソフィアも小さく頷いた。


「さて、こちらのほうで分かったことも話しておこうかの……。ソフィア殿は、先に休まれるかね?」


 焦燥した様子のソフィアに、“駅長”が言葉をかける。

 しかしソフィアは首をふるふると横に振ると、いつもの凛々しい表情で“駅長”に言葉を返した。


「お気遣いありがとうございますわ。でも、差し支えなければ私にもお話をお聞かせくださいませんか?」


 リベルトのことは胸がつぶれるほど心配ではあるが、彼とは婚約はおろか、まだ正式に付き合っているわけでもない間柄だ。

 彼のことばかりに気を取られて、仕事をおろそかにすることはできない。。


 明日からいつも通りの仕事に戻るためには、リベルト(パートナー)が深手を負った理由をきちんと聞き、心の引っ掛かりを拭い去ることが必要だ ―― ソフィアはそう考えていた。


 彼女の想いは、“駅長”と“タクミ”にもしっかりと届いたようだ。

 タクミはニャーチに四人分のコーヒーを入れるよう声をかけてから、駅長にコクリと頷く。


「時間も遅くなってまいりました。簡単ではございますが夕食をご用意させていただきますので、そちらを召し上がりながらのお話にいたしませんか?」


「え、でも……」


 気丈に振る舞っているソフィアだが、さすがに食欲は沸いてこない。

 どうしたものかと悩む様子を見せる彼女に、“駅長”が優しく言葉をかけた。


「食が進まぬかもしれぬが、少しでも食べておいたほうが良いじゃろう。明日からに備えて体力を回復せねばならぬし、何より、腹が減っていては気分も余計に滅入ってしまうぞ」


「……おじ様の言う通りね。うん。タクミさん、わがまま言って申し訳ないのですけど、あまり重たいものは入りそうにないから、何か食べやすいものをご用意いただけるかしら?」


「かしこまりました。少し冷えてきましたので、何か温まるものをご用意させていただきますね」


 タクミはそう告げながら、壁にかけてあるエプロンを取るのであった。




―――――




 ほどなくして夕食が出来上がった。

 ありあわせの材料で作った簡単な料理。

 それでも、少しでもほっとしてもらおうとタクミは心を込めて料理を作っていた。


 ホールにいる人たちの分も合わせて作り、ニャーチに運ばせている。

 ソフィアと“駅長”が待つテーブルにも、タクミの手によって料理が運ばれてきた。

 

「お待たせいたしました。簡単ではございますがランチ用のスープや具材を使ってポトフを仕立てさせていただきました。風味をつけて軽くトーストしたマイスブレッドを添えておりますので、お好みで浸してお召し上がりください」


 タクミが運んできた深皿には黄金色のスープが注がれている。

 その中には鶏の手羽元の部分が二つと、大きくカットされたセボーリャ(玉ねぎ)サナオリア(人参)パタータ(ジャガイモ)が入っていた。

 

 何とも言えないよい香りがソフィアの鼻孔をくすぐり、沈んでいた食欲をわずかにかきたてる。

 これなら何とか食べられそうだ……、ソフィアはまだ湯気が立ち上るスープの表面をスプーンでそっと撫でてから、静かにすくって口へと運んで行った。


「……優しいお味ですね」


 ため息とともに言葉がこぼれ落ちる。

 ささくれだった心に染み渡るような味わいだ。


 スープには鶏肉や野菜の旨みがたっぷりと染み出している。

 その滋味に富んだスープを鶏肉や野菜たちが吸い込み、それぞれの旨さを一層引き立てていた。

 しっかりと炊きこまれた手羽元は、スプーンの背で軽く押すだけで骨がほろりと外れる。

 セボーリャも蕩けるほど柔らかく、サナオリアやパタータもしっとりと炊きあがっていた。

 

 添えられたマイスブレッドはアッホ(にんにく)の香りが着いたバターを塗ってからトーストされているようだ。

 全体的に柔らかい味わいのポトフにこのブレッドを浸して食べれば、引き締まった味わいへと生まれ変わった。


 食べるほどに食欲が掻き立てられ、また一口、また一口とスプーンが進んでいく。

 お腹の中に広がるポトフの温かさが、ソフィアの心を癒してくれていた。


「何とも癒される味わいじゃな。これならソフィア殿も食べやすいのではないかね?」


「ええ、おじ様。 ようやくほっとすることが出来たようですわ。 タクミさん、お気づかいありがとうですわ」


「そんなそんな、恐縮でございます。ランチの残りを組み合わせただけのありあわせの料理ですが、お気に召して頂ければ幸いです」


 一礼を持って応えるタクミ。

 その口元には、ようやく穏やかな笑みが戻ってきていた。


※次パートへと続きます。


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