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異世界駅舎の喫茶店  作者: Swind/神凪唐州


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35 手を取り合う二人と魔法の道具(2/3パート)

※第1パートからの続きです。

 “駅長”からの質問に、タクミは腕組みをして思案する。

 そして一つの考えをまとめると、ゆっくりと口を開いた。


「そうですね……。新聞で拝見する限り、今のアーク灯では耐久性やコストの面でガス灯に及ばないかと思われます。このままの技術で比べるのであれば、ガス灯は十分魅力的に感じられますね」


「それはあくまでも『今』を前提とした話よね? 『将来』はどうかしら?」


 真剣な眼差しを見せるソフィア。

 普段『ツバメ』を訪れるときのようなプライベートの時間とは全く異なる表情だ。

 きっと仕事の時にはいつもこのような表情を見せているのであろう。


 その優れた才覚を感じさせるソフィアの姿に、タクミもいつもの柔和な表情ではなく真剣な面持ちで質問へと答える。


「……技術発展がどれくらい早く進むかにもよりますが、いずれは『電灯』が主流となることでしょう」


「ほう、つまり、将来的にはガス灯は使われなくなるということかね?」


 “駅長”の言葉に、タクミがゆっくりと頷く


「理由は二つあります。まず第一に、電灯はガス灯に比べて圧倒的に“明るい”ということです。こちらの新聞でもアーク灯は“まるで昼のような明るさ”と書かれていますが、光を得るための仕組みの違いから、電灯の方がより明るい光を得ることができると思われます」


「確かに、直接見てしまうと目が痛いほどの眩しさでしたわ」


 あの眩い光を見た時の衝撃は今でも忘れることができない。

 その光によって銀行家としての自信を吹き飛ばされてしまったかのようにすら思えたのだ。


 もちろん、リベルトから聞いている新技術を取り入れたガス灯に期待をかけていないわけではない。

 しかし、少々のことではあの明るさに追いつくことはできないのではと感じざるを得ないのも、また正直なところであった。


 眉をひそめるソフィアに、タクミが言葉を続ける。


「そして、もう一つの理由が、ガス灯では『ガスを燃やさなければならない』ということです。可燃性のガスを必要とする以上、器具や設備は頑丈にする必要がありますし、取り扱いにも十分な注意が必要です。また、特に、屋内でガスを燃やすとなると換気やガス漏れの問題も出てまいります。これらは『ガス灯』が根本的に抱える課題かと思います」


「タクミさん、おっしゃりたいことはわかりますわ。でも、先日拝見したアーク灯の扱いを見る限り、あちらも取り扱いはずいぶん大変そうでしたけど……」


 先日のことを思い返したソフィアが首をかしげる。

 先日のアーク灯の点灯の際には、専門の技師が複雑な道具を使いながら準備をしていたはずだ。

 それに比べれば、ガス灯の扱いなど少々の注意が必要なだけでそれほど難しいようには思われなかった。


 しかし、ソフィアの言葉を受けたタクミは、首をふるふると横に振った。 


「今のアーク灯についてはその通りかもしれません。しかし、いずれ技術が発展すれば、誰でもスイッチを操作するだけで電灯の明かりを灯すことができるようになるでしょう。耐久性やコストの問題も、普及が進めば解消されます。それが十年先なのか、それとも何十年先になるのか、はたまた数年先には実現してしまうのかは私に判断することはできませんが、いずれ“電灯”が主流になる時代が到来することは確実かと思われます」


 さらに言葉を紡ごうとするタクミだったが、言いかけた言葉を喉の奥へと飲み込んだ。

 自分がかつて暮らしていた頃の生活を思い出せば、容易に推測される“未来の姿”。

 もちろん、転移前の世界(現代日本)と“こちらの世界”が全く同じように発展するとは限らない。

 しかし、技術競争の“結果”を知っているものの立場からすれば、人々が求めるものが本質的に変わらない以上、その先に待つものもまた大きく変わらないであろうとタクミには感じられるのであった。


 タクミが話す都度に、ソフィアの眉間に深いしわが刻み込まれていく。

 その心情を推し量りつつも、“駅長”があえて声をかける。


「ふむ、つまり、タクミ殿の見立てでは、ガス灯の事業はいずれ続かなくなるというわけか。ソフィア殿、これでは難しいのう」


「仕方がないですわ。タクミさんのお話には説得力がありますし、どこにも否定する材料が見つかりませんわ。やはり、ガス灯の事業はあきらめざるを得ないようですわね……」


 肩を落とし、力なく呟くソフィア。

 しかし、タクミから続けられた言葉により、その表情は一変することとなった。


「お待ちください。まだこの話には続きがございます」

 

「続き? どういうことかしら?」


 タクミの言葉をいぶかしむように、ソフィアが首をかしげる。

 タクミは、コホンと一つ咳払いをしてから、話を続けた。


「確かに『灯り』という分野では電灯、すなわち電気の利点は大きいものがあります。しかし、一方で電気は『炎』を生み出すことができません。つまり、『炎』を生かすことができる分野であれば、ガスの優位性は飛躍的に高まるかと存じます」


「なるほどね。でも、その『炎』を生かす分野なんてそんなにあるかしら? それこそ薪とか石炭があるじゃないの」


「火力の面でいえば確かに薪や石炭とガスの違いは大きくないかもしれません。しかし、ガスには、薪や石炭にはない大きなメリットがございます。そうですね……ソフィアさん、料理をされたご経験はございましたでしょうか?」


「え? ええ、多少は……。でも、どうして?」


 質問の意図がつかめず、きょとんとするソフィア。

 彼女からの答えに、タクミは口元に微笑みを浮かべた。


「そうすると、改めて見て頂いた方が意図が伝わりそうですね。続きはキッチンでお話しさせていただいてもよろしいでしょうか? “駅長”もぜひお願いいたします」


「うむ、何かわからぬが、秘策があるということじゃな」


「秘策というほどでもございませんが、実際に見て、経験していただいた方が分かりやすいかと。ソフィアさん、お願いしてもよろしいでしょうか?」


「え、ええ、私は構いませんが……」


 しきりに首をかしげながらも、ソフィアはタクミの言葉に頷くのであった。




-----




「あ、師匠! お疲れ様っす! それに“駅長”さんと、あと、ソフィアさんでしたよね。お久しぶりっす!」


 『ツバメ』のキッチンに三人がやってくると、ロランドが声をかけてきた。

 その横では、ルナが真剣な表情で包丁を握りしめている。

 どうやら、ルナに指導をしながら明日の営業用の仕込みを進めていたようだ。


「お疲れ様です。もう片付けは終わっているみたいですね」


「うぃっす。あとは、このスープの仕込みが終われば今日は終わりっす」


「了解です。じゃあ、仕込みの続きもよろしくお願いいたしますね。ルナちゃんも怪我をしないように気を付けて作業してくださいね」


「はいっ! 頑張りますっ!」


 タクミの呼びかけにいったん手を止め、笑顔を見せるルナ。

 そして再び真剣な表情に戻り、作業へと集中していった。


「まだ小さな子なのに、器用に包丁を使って……すごいわねぇ」


 小さな少女が手際よく作業を進めていく姿を見て、ソフィアは感心しきりといった様子だ。

 その言葉にうんうんと頷いて同意を示したタクミが、本題を切り出す。


「さて、先ほどの話の続きなのですが……。ソフィアさん、これから一つ作っていただきたい料理があるのですが、よろしいでしょうか?」


「えっ!?  私がです? 私なんて、大した料理できないですわよ?」


 思わず声を裏返すソフィア。

 多少は料理の経験があるとはいえ、所詮は“やったことがある”程度だ。

 料理のプロたちを前にして腕前を披露するなど、ソフィアにはとても無謀なことに感じられた。


 しかし、その反応はタクミの想定の範疇であったようだ。

 ソフィアににっこりと微笑むと、改めて作ってもらいたい料理についての説明を始める。


「心配ございません。えーっと、確かサルサソースは残ってましたよね?」


「うぃっす。まだ残ってるっす!」


 ロランドから帰ってきた小気味の良い返事に、タクミはうんと頷く。


「じゃあ大丈夫ですね。 サルサソースさえあれば包丁も使う必要がありません。ただ焼いて煮込むだけの簡単な料理ですが、この料理を作ってもらうと先ほどの話をより実感をもって体験頂けると思っております。それに、この料理を覚えていただくと、きっと将来良いことがあると思いますよ」


「あら? それはどうしてですの?」


「今から作っていただくのは簡単で美味しい”朝食の定番”の料理です。きっと将来結ばれる方に作って差し上げたら、喜んでいただけると思いますよ?」


 その言葉に、ソフィアは天井を仰ぎ、想像を巡らした。

 柔らかな朝日につづまれながら、二人で仲良く小さな食卓を囲んでいる。

 そして、自分が用意した料理を、美味しそうに頬張る夫の姿。

 いつもありがとう、今日のご飯も美味しいよ……、そんな言葉が頭の中でささやかれた —— “とある男性”の声色で。


「ふぉっふぉっふぉ、ソフィアさんの手料理を毎朝楽しめるとは、いやはや、そのお方が羨ましいですなぁ」


 ”駅長”の笑い声により我に返ったソフィア。

 心の中を見透かされたような気分となり、慌てて反論する。

 

「ちょっとおじさま! べ、別に毎朝作るなんて言ってませんわ! それに、リベルトさんは忙しい方ですから、毎日朝食を共にできるとも限りませんわ!」


「おや、ワシはそのお方としか言っておらぬぞ?」


「あっ!!!」


 失言をしたことに気付いた彼女の頬がみるみるうちに真っ赤に染まっていく。

 その顔からは、まるで炎が出ているのでははないかと思うほどの熱さを感じるのであった。


※第3パートへと続きます。

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