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異世界駅舎の喫茶店  作者: Swind/神凪唐州


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35 手を取り合う二人と魔法の道具(1/3パート)

 本日も当駅をご利用いただきまして誠にありがとうございます。この列車は当駅が終点となります。改札口にて乗車券を拝見いたします。

 到着いたしました列車は車庫に入ります。お手荷物などお忘れ物がございませんよう、ご注意をお願いいたします。

 ―― なお、当駅舎及び駅前広場では改装工事を行っております。ご不便をおかけいたしますが、何卒ご容赦願います。


 喫茶店『ツバメ』の二階の個室には、馴染みの二人がテーブルを囲んでいた。

 その上に広げられているのは大きな図面。

 二人はいずれも眉間にしわを寄せ、難しい表情で図面へと視線を落としている。


 すると、部屋にトントントンと三度ノックの音が響き渡った。


「お待たせいたしました。ご注文のシナモン・コーヒーをお持ちいたしました」


「おお、これはご苦労。こちらに運んでくれるかね?」


 口元に白髭を蓄えた老人からかけられた言葉に、かしこまりました、と頭を下げるタクミ。

 そして、テーブル中央に置かれた図面が汚れないよう注意しつつ、二人の前にコーヒーカップを並べていった。

 

 コーヒーから立ち上る魅惑的な香りが鼻孔をくすぐり、厳しい表情を見せていた二人の心を癒す。

 無言のまま目で合図しあった二人は、ふーっと長い息をついでからそれぞれにカップを手に取った。


「相変わらず、タクミさんのコーヒーは絶品ですわね。今日もとっても美味しいですわ」


「ソフィア様、いつもいつも過分なお言葉で恐縮です。ありがとうございます」


 『ツバメ』の二階に集っていたのは、この駅舎の総責任者である“駅長”と若き女性銀行家(バンカー)のソフィアであった。

 “駅長”は、トレイを手にしてじっと立っているタクミに着席するよう促す。


「それでは失礼いたします。何か工事のことでご相談があるとか……」


「うむ。ソフィア殿、説明をお願いできるかね?」


 “駅長”から促されたソフィアが、コクリと一つ頷いてから口を開く。


「えっと、駅前広場の工事の件はもう聞いているわよね?」


「ええ、“駅長”からお伺いしております。少し手狭になってきているので、整備して使いやすくするというお話でしたでしょうか?」


「そうそう。でね、その工事と合わせて、一つやろうとしていることがあるんだけど……ちょっとこの図面を見てもらっていいかしら?」


 ソフィアはそういうと、テーブルの上に広げていた図面を手で示した。

 タクミが改めてみると、それはこの街(ハーパータウン)全体の様子が詳しく描かれた地図であった。

 道路や建物などが精緻に描かれたこの地図は、ところどころ赤い印がつけられている。

 その中でも真っ先に目を引くのが、ポートサイドの方に大きく書きこまれた赤い四角の枠だ。


 この枠が指し示す場所に心当たりがあったタクミは、質問を投げかける。


「確かここは、お世話になっている製氷工場の近くですよね?」


「そうね。製氷工場はここになるわ。で、この枠のところは、新しく建設している工場の場所よ。ねぇ、何の工場だと思う?」


「そうですねぇ……、さすがにヒントなしでは全く分かりませんね。お手上げです」


 優しい苦笑いを浮かべながら、両手を上げて降参するタクミ。

 その仕草が面白かったのか、ソフィアが口元を押さえてクスクスと笑いだしてしまう。


「っと、ごめんなさいね。それもそうよね。全くヒントなしじゃわかんないわよね。じゃあ、ヒント。ここで作るものは、この赤い線のところに敷設する管を通して運んでいきます。これで分かるかしら?」


 新工場の場所から続く赤い線は大通りを伝うようにしてポートサイドから駅舎の前、そしてセントラルストリートを経由して温泉地であるスプリングヒルズの方まで続いていた。

 どうやらこれがソフィアの言う『管』のようだ。


 そして赤い線のところどころには、ポツポツと点が打たれている。

 これもきっとヒントなのだろう。


 顎に手を当てて地図へと視線を落としていたタクミが、ポツリと口を開いた。


「これはもしかして……ガス管ですか?」


「もうわかっちゃったわけ!? タクミさん、ちょっとそれはすごすぎよ!! というか、よくガス管なんて知ってたわね!」


 あっさりと正解にたどり着かれ、目を丸くするソフィア。

 タクミは、内心でしまったかな……と思いつつも、その理由について説明を始めた。


「最近の新聞で何度か“ガス灯”の話題が出ておりましたので、もしかしてと思ったのです。まさか正解とは夢にも思いませんでした」


「そういうことでしたの。でも、素晴らしいわ。さすがはタクミさんね」


「恐縮でございます。ところで、ガス管を通されるということは、こちらはガス工場が建設されるということでしょうか?」


 先ほどの赤い枠を指示しながら話すタクミ。

 その言葉には、ソフィアがうーん、と考えてから口を開いた。


「半分正解……といったところかしら。ここに作るのは蒸石炭(コークス)の工場よ。最近、この一帯にいろんな工場が出るようになってきたから、そこで使う蒸石炭の供給を引き受ける工場が必要になったの」

 

「なるほど。確か蒸石炭を作るときにはガスが出るのでしたよね?」


 タクミは駅舎での業務に就く際に受けた説明のことを思い返していた。

 蒸石炭とは、石炭を蒸し焼きにして不純物を取り払い、燃焼効率を高めたものだ。

 タクミの周りでも蒸気機関車や駅舎の暖房などの燃料として使われているなど、“こちらの世界”では最もポピュラーな燃料となっている。


 そして、蒸石炭を作る際に副産物として生じるのが可燃性のガスだ。

 最近の技術開発によって、“こちらの世界”でもこの可燃ガスをつかったランプ —— ガス灯が徐々に用いられるようになってきていた。

 新聞から得られる情報によれば、すでにローゼスシティのような都市部からガス管網の整備が進められており、人が集まる大通りや繁華街から夜の街を明るく照らしているそうだ。  

 

「その通り。どうせガスが出るんだったら、それも利用したいじゃない? この街にはまだガス灯がなかったから、まずは人の集まるところにガス灯を並べてみんなに知ってもらおうと思ったのよね」


「なるほど。確かにこの街ではガス灯は珍しいものでしょうし、なにより、夜道を明るく照らすことができれば危険を減らすことができますね。良い計画だと思います」


「でしょ? それにね、リベルトさんと話していたら、あの方の国で新しいガス灯が開発されたって話なの。これまでの何倍も明るくて、それに炎が立ち上らないからずっと安全なんですって。もう少し小型化できれば室内でも使えるって話なのよ」


「それは素晴らしいですね。実用化されたらぜひこの駅舎でも使わせていただきたいですね」


 タクミの返事に、目を輝かせるソフィア。

 なにやら嬉しそうに声を弾ませながら、言葉を続けた。


「実はね、リベルトさんともここで使ってもらえないかなって話をしていたところなのよ。ほら、駅舎もこのお店も、いろんなお客様がいらっしゃるじゃない? そういうところで新しいガス灯を使ってもらえれば、これがどれだけ便利なものか知ってもらえると思うのよ」


「一理あると思います。しかし、今の営業時間のままだと、夜はお客様が少ないのが難点ではございますが……」


 現在のところ列車の運行は日が暮れる前の時間帯までであり、それに合わせて『ツバメ』の営業も終えている。

 たとえガス灯を設置したところでそれを目にするお客様は少ないのではないか、とタクミは危惧した。


 しかし、その懸念についてはタクミの杞憂であったようだ。

 二人の話を静かに聞いていた“駅長”がタクミに声をかける。


「うむ、そのことなんじゃが、もし駅舎の灯りが十分に確保できるのであれば、列車の運行をこれまでよりも遅く、夜間にも走らせようという計画が上がっているのじゃ」


「これもリベルトさんの力なのよ。さっきお話しした新しいタイプのガス灯を機関車にも取り付けられるように改良を進めてもらってるの」


 リベルトの話をするソフィアの表情はなんとも嬉しそうだ。

 タクミは内心でくすっと微笑みながら、うんうんと相槌をする。


「ということでじゃな、機関車に取り付けられるガス灯の開発ができて、夜の線路を照らしながら走ることができるようになれば、夜間の運行に踏み出そうと思っておるのじゃ」


「そうすると夜間にも駅舎に人が集うようになり、ガス灯を目にしてもらえる機会が増える。 そういうことですね?」


「そうなのよ! そうすれば、ガス灯の便利さをいろんな人に知ってもらえるから、どんどん普及していくと思うのよね。どう? 楽しそうじゃない?」


 目を輝かせながら熱く想いを語るソフィアに、タクミは何度も首肯した。

 夜の街が明るく照らされるようになり、家々に暖かな光が灯るようになれば、人々の生活は大きく変わるであろう。

 そこからもたらされる恩恵の大きさは、身をもって経験(・・・・・・・)してきたタクミ自身が一番よく分かっていることであった。

 

「とまぁ、ここまでは順調な話だったんじゃ。しかしな……」


 “駅長”が言葉を濁し、ソフィアに視線を送る。

 その雰囲気になにやらよからぬ気配がしたタクミも、怪訝そうにソフィアに視線を向けた。


 二人から見つめられたソフィアは、ふぅ、とため息をつくと、カバンの中から新聞を取り出し、タクミへと渡す。


「問題はコレなのよね……」


 受け取った新聞に目を通すタクミ。

 その記事は、ローゼスシティにある迎賓館に最新技術を駆使した“新しい灯り”が灯されたことを伝えていた。


 炎も立たず、換気も不要な新しい灯り。

 蝋燭の千倍の明るさを放ち、誰でも簡単に灯したり消したりすることができる。

 その灯りは、月が出ない闇夜においても昼のような明るさをもたらすと記事にて絶賛されていた。


 熟読したタクミが、どこかに驚きを含んだ様子で言葉をこぼす。


「アーク灯……つまり、電灯ですか」


 その言葉に、ソフィアがコクリと首を縦に振る。


「そう、電気の灯り。噂には聞いていたんだけど、こんなに早く実用化されるとは思っていなかったのよね……」


 ソフィアはなんとも言えない渋い顔を見せる。

 銀行家としての自身の読みが外れたことに、いささか悔しい思いをしているのであろう。


「しかし、話に聞くところによると、まだまだ高価なうえに、実際に光を発するのはわずか数時間というではないか。ガス灯に比べれば玩具のようなものではないのかね?」

 

 ソフィアをなだめるように、“駅長”が声をかける。

 しかし、ソフィアは首をフルフルと横に振ってその言葉を否定した。

 

「今はそうかもしれないけど、技術というのは必ず発展するわ。そして、電気の灯りは私が思っていたよりも早くこうして実用化されたのよ。 つまり、ここから急速に技術が発展して、それこそガス灯に一気に追いついてくる可能性は否定できないわ」


「ふぅむ、もしそうであれば、ガス灯事業にあまり過大な投資はできんというわけだな」

 

「そうなのよ。 リベルトさんには申し訳ないけど、銀行家としては、失敗するリスクがある以上、出資には慎重にならなきゃダメ、それが鉄則なのよね……」


「しかし、そうなると、リベルト殿は残念がるじゃろうなぁ……。まぁ、彼なら分かってくれるとは思うがの」

 

「ええ、これはビジネスの話。だから、私情に左右されてはいけないのよ。明日お会いするときには、きっちりとお伝えするつもりよ」


 言葉を紡ぎながらも、なんともいえない苦い表情を見せるソフィア。

 それをなだめるように、“駅長”が口元の白髭をなでながら声をかける。


「まぁまぁ、そう頑なになりなさんな。つまりは、例え電気の灯り ―― 電灯の技術が発展しても、ガス灯の事業が大丈夫ということが分かればいいのではないかな?」


「そ、それはそうなんですけど……しかし、やはり技術の進化というのは……」

 

「まぁ、こういうものはいろんな意見を聞いてみるものじゃよ。ということで、どうじゃろう、タクミ殿ならどう見るかね?」


 “駅長”そう言いながら、タクミに視線を送る。

 突然話を振られたタクミの表情には、戸惑いの色がありありと映るのであった。

※次パートへと続きます。

※短編版の初投稿より満1周年となりました。

 これまで本当に多くの皆様にご愛読いただきまして、誠にありがとうございます。

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