34 一年ぶりのお客様と一年越しのご注文(3/3パート)
※第2パートからの続きです。
「お待たせいたしました。本日のスペシャルデザートです」
ホールへとやってきたタクミは、母娘の前にデザートを並べていく。
エリシアの前には大きい方を、リアナには小さい方のお皿を差し出した。
その美しい二種類のデザートプレートを見て、リアナが大きな声をあげる。
「うわぁ!すっごーい!まるで宝石箱みたーいっ!」
リアナがぴょんぴょんと飛び跳ねるたびに、二つに結わえた髪の毛も元気よく弾む。
あまりに興奮した様子に母親であるエリシアがそっとたしなめるが、そのエリシア自身も目の前に差し出されたさらに目を奪われていた。
「ほんと、美しいですわ……。なんだか食べるのがもったいないくらいですわ」
「ありがとうございます。昨年お越しいただいた時にはリアナさん向けのお子様ランチとしてパンケーキをお出しさせていただきましたが、本日はデザートして仕上げさせていただきました。さしずめ“アフタヌーン・レディースセット”といったところでしょうか? 後ほどお飲み物もご用意させていただきますので、ぜひお召し上がりください。リアナちゃんも、どうぞゆっくり召し上がってくださいね」
「はーいっ! おじちゃん、ありがとーっ!」
リアナが満面の笑みを見せながら元気いっぱいの声で返事をする。
その笑顔につられるように穏やかな笑みでうんうんと頷いたタクミは、丁寧に一礼をして席を後にした。
「えーっと、これがフレッサでーっ、こっちのがナランハ、あと、この緑のがキビスだよねっ! このちっちゃいのは、えーっと……」
「それはアランダノですよ。ちょっと酸っぱくて、でもすごくおいしんですわ」
「そっか! どれもすっごくきれいだから、きっととってもおいしいよっ!」
ますます目を輝かせて、その美しいデザートを見つめるリアナ。
そんな娘の様子を微笑ましく見守りながら、エリシアが声をかけた。
「さて、折角だからそろそろいただきましょう。食べやすいように切り分けてあげましょうか?」
「いいの! リアナが自分でやるのーっ!」
「はいはい。そうしたら、こぼさないようにね」
「はーいっ! あとお祈りもしなきゃね! えーっと、今日もめぐみをいただいたことに、かみさまとおじちゃんに感謝しますっ!」
胸の前で手を組み、高らかに祈りの言葉を捧げるリアナ。
さりげなくマスターへのお礼も混ぜているところに、エリシアはくすりと微笑みを浮かべた。
隣に並べた椅子の上では、息子がすやすやと寝息を立てている。
長旅の途中でぐずりだすことも覚悟していたのだが、ガタンゴトンとリズム良く刻まれる列車の音や揺れがよかったのか、普段以上にぐっすりと眠っていた。
こんなにもゆっくりとした時間を過ごすのはいつぶりだろうか……。
胸の奥で感謝を捧げながら、エリシアもフォークとナイフへ手を伸ばした。
しかし、見るからに素晴らしいデザートだ。
粉砂糖で化粧されたパンケーキの上に盛り付けられた数々の果物が、見事なまでに輝きを放っている。
中央の白い生クリームのドームも、実に魅惑的だ。
色目からするとアランダノのシロップだろうか?
真っ白なプレート皿の外周に添えられた紫色のアクセントがその美しさをさらに引き立てていた。
崩すのがもったいないと思いつつも、ナイフを入れなければいただくことはできない。
しばらくその美しい姿を堪能していたエリシアは、パンケーキにそっとナイフを差し入れた。
一口大に切り取ったパンケーキに生クリームを少し塗り、フレッサをひとかけ載せて口へと運ぶ。
「ううぅん!」
あまりの美味しさに身を震わせたエリシアの口から艶めかしい声が飛び出した。
自分の口に慌てたエリシアが、頬を赤く染めながら口元を手で押さえる。
それほどまでの美味しさだったのだ。
フレッサの甘酸っぱさと生クリームのコクのある甘みが口の中いっぱいに広がる。
そして土台となっているパンケーキが二つの味わいをしっかりと受け止め、見事な調和を生み出していた。
上にまぶされた粉砂糖はふんわりとした甘みを引き立たせる。
うっとりするほどの美味しさだ。
二口目にはナランハを載せて頂く。プチプチっと果包がはじけると、さわやかな甘さが口の中に押し寄せてきた。
キビスと一緒にいただけば、生クリームでやや重たくなった口の中をさっぱりとさせてくれる。
甘煮にされたアランダノは強い酸味の角がとれ、ギュッと凝縮された美味しさが際立っていた。
それぞれの果物を載せて一口ずつ頬張った後は、いろいろな組み合わせで次々と食べ進めていく。
一口ずつに違った表情を見せるパンケーキは、飽きが来ることなく楽しむことができた。
半分ほど食べ終えたところで、エリシアは娘へと視線を向ける。
美味しいパンケーキを味わうことに夢中になって、ついつい娘への目配りが薄くなってしまっていたのだ。
以前よりは好き嫌いが少なくなってきたリアナだが、それでも食への興味は強くない。
食事の途中で飽きてしまい、騒ぎ出してしまうこともザラだ。
しかし、今日のところはずいぶん静かに食べているようである。
エリシアがそっとのぞき込むと、リアナは眉間にしわを寄せながら二段重ねのパンケーキと格闘をしていた。
ナイフをギコギコと動かして一生懸命切り取ったパンケーキに、たっぷりと生クリームを塗りつける。
果物を盛り付け直す姿は、まるで菓子職人にでもなったかのような真剣な表情だ。
そして一口にはやや大きいパンケーキを組み立てると、満足そうにうんうんと頷いてから大きな口で頬張っていった。
先ほどまでの真剣な目つきからうって変わり、にまーっとうれしそうな笑顔を見せるリアナ。
半ば詰め込むようにして頬張ったせいで、口の周りは生クリームで真っ白になっている。
静かに見守っていたエリシアが手を伸ばそうとするが、それよりも先にリアナが手で口元をぬぐった。
もちろん、手は生クリームでべたべたになる。
どうするのかな……とエリシアが見つめて、リアナはうん、と一つ頷いき美味しそうにデコレーションされた手をぺろぺろと舐め始めた。
「あらあら、仕方ないわねぇ」
やっぱりそうしちゃうよね、と内心で思いながらも、エリシアがそっとたしなめる。
その声にハッと顔をあげたリアナは、生クリームのついた手をくわえたままバツの悪そうな表情を見せるのであった。
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「お待たせしました。今日のお飲み物はシナモン・コーヒーをご用意させていただきました」
「リアナちゃんにはミルクテーを用意したのなっ。どうぞ召し上がれなのなっ!」
それぞれに飲み物を運んできたタクミとニャーチが、二人の前に飲み物を並べる。
母も娘も、すっかりパンケーキを平らげていた。
「ありがとうございます。本当においしかったですわ。この子は、去年もこんなにおいしいものを頂いてたのですね」
娘の頭を撫でながら、お礼の言葉を口にするエリシア。
リアナも、満面の笑みを浮かべて元気よく声を上げた。
「白いクリームがいっぱいでとってもおいしかったのっ! ありがとーっ!」
「いえいえ、どういたしまして。飲み物も召し上がってくださいね」
「はーいっ!」
再び元気良く声をあげるリアナ。
まったくもう……とつぶやきながら、エリシアがもう一度頭を下げる。
「本当に何から何まで申し訳ございません。でも、こんなにもゆっくりとした時間を過ごしたのも久しぶりですわ」
「それは何よりでした。やはり小さなお子さんを二人もお世話するのは大変ですよね」
タクミの言葉に、エリシアがゆっくりと頷く。
「そうですわね。娘はまだまだやんちゃな盛りですし、息子の方もこれからまだまだ手がかかります。男の子ですから、大きくなるに連れて娘に負けじと暴れ始めることでしょうし、今から思いやられますわ」
そういいながら苦笑いを見せるエリシア。しかし、その表情はどこか幸せに満ちていた。
エリシアの一言一言に、うんうんと頷くタクミ。
すると、隣の椅子で寝かしつけていた息子が、ふぇぇんと泣き声を上げ始めた。
「ありゃりゃ、どうしたのなー? 目が覚めたら知らないオバちゃんがいたからびっくりしたのにゃー?」
いつの間かしゃがみこんでいたニャーチが、泣きじゃくる赤ん坊の頬をツンツンとつっつく。
その様子にクスクスと笑みをこぼしながら、エリシアがそっと赤ん坊を抱きよせた。
「どうやらこの子もおなかがすいたみたいですわ。私たちだけおいしいものを食べて―って文句を言っていますわ」
「それは確かに大問題なのなっ! 一人だけごちそうなしではかわいそうなのなっ!」
「確かにそうですね。 いかがでしょう? 何かこの子にもご用意いたしましょうか といっても、この子だと離乳食になりますでしょうか……」
「それは違うのなっ! 赤ちゃんの一番のご馳走といえばママのおっぱいなのなっ!」
タクミのやや的外れな提案を即座に却下するニャーチ。
そのやりとりにクスクスと笑みをこぼしながら、エリシアが話しかける。
「確かにニャーチさんのおっしゃる通りですわ。そうしたら、何から何まで甘えてしまって申し訳ございませんが、どこか片隅でもお借りできませんでしょうか?」
「任せてなのなっ! ごっしゅじーん、二階使ってもらってもいいよねっ? いいよねっ!?」
「ええ。そうしたら、ご案内をお願いいたしますね」
「リアナもついてくのーっ!」
そう言うが早いか、椅子の上からぴょんと飛び降りたリアナが母親にしがみつく。
仲睦まじい三人の姿に心をほっこりとさせるタクミであった。




