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異世界駅舎の喫茶店  作者: Swind/神凪唐州


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34 一年ぶりのお客様と一年越しのご注文(2/3パート)

※第1パートからの続きです。

※急きょ予定を変更し、3パート構成に変更いたしました(理由につきましては活動報告をご覧ください)

(さてと、何を作りましょうか……)


 キッチンへと戻ってきたタクミはそのまま食材庫へと直行した。

 提供するメニューの大筋は決めていたものの、どのようにアレンジするかは保管している材料との相談であった。


 アロース(コメ)粉とマイス(とうもろこし)粉、砂糖、バター、牛乳、それに卵は必須アイテムである。

 それに今日は生クリームも使う予定だ。

 これらの材料を頭の中で組み立ててながら、これらに合わせる食材を棚の中から選び出していく。


(やっぱり今日は果物系がよさそうですね。そうすると……)


 タクミが最初に手に取ったのは、定番のナランハ(オレンジ)だ。

 旬の名残となったこの時期は、甘みが強くみずみずしい品種のものが出回っている。

 ジュースにしてよし、デザートに使ってよしと、この時期の『ツバメ』には欠かせない果物の一つだ。


 そして続いて選んだのが、フレッサ(いちご)キビス(キウイ)

 今朝の配達の際にガルドが一緒に持ってきてくれていた旬の走りの果物を、今日のメニューに使わせてもらうこととした。

 

(これで三種類……あと一つ何かほしいですね……)


 彩りや味わいのバランスを思い描きながら棚を眺めるタクミ。

 その時、ふと一つの瓶に目が留まった。

 濃い紫色をした小さい粒上の果物 —— アランダノ(ブルーベリー)の甘煮だ。

 やや青みがかったその実は、まるで宝石かのように瓶の中で艶々と輝いていた。


(うん、これでしょう)


 タクミは、うんと一つ頷いてから手持ちの籠の中へと瓶をしまう。

 そして、改めて取り忘れがないかどうかを確認してから、キッチンへと戻っていった。




-----




「あ、こっちの作業終わったっす。何か手伝うことあるっすか?」


 食材庫から戻ってくると、ロランドが声をかけてきた。

 どうやら指示しておいたランチ後の片づけを一通り終えたようだ。

 いつも通り作業を手伝ってもらおうかとタクミは口を開きかけるが、声を発する前にその言葉を飲み込んだ。

 そして、しばし思案したのち、再び口を開いた。


「いえ、今日はこちらのお手伝いは不要です。その代り、通常営業の方をお任せしますね」


「了解っ……すーっ!? えっ? 俺一人でやるんっすか?」


 師匠の指示を反射的に承諾しかけたロランドが、驚きの声を上げる。

 そんなロランドに、タクミはにっこりと微笑みながらもう一度指示を繰り返した。


「ええ、この後の営業はロランドに任せますね。いつもの流れであればお客様も落ち着いてくる頃ですし、食事のメニューが立て込むということもないでしょう。今日のメニューであれば、一通り作れますよね?」


「だ、大丈夫っす……けど……」


「それなら心配いりません。注文をちゃんと確認して、そのメニューをお出しする。いつもと同じように丁寧にやっていくだけです。私もここでフォローしますので、安心してください」


「そ、そうっすか……。それなら、うん、頑張ってやってみるっす! なんか気になったことがあったらご指導くださいっす!」


 最初は不安そうにしていたロランドも、どうやら覚悟を決めたようだ。

 キッと真剣な表情を見せながら、改めて食材や調理道具のチェックを始める。


 一年と少し前に半ば押しかけるようにしてやってきた一番弟子(ロランド)は『ツバメ』の営業に欠かせない大切な人材へと育っていた。

 しかし、これで満足してもらってはいけない。ロランドには、まだまだ“上”を目指してほしいのだ。

 今日の指示はそのための第一歩。思うようにいかず悩むこともあるだろうが、それもまた成長のために必要なことである。

 ロランドならきっと乗り越えられる —— タクミはそう信じていた。


 通常注文分についてはロランドに任せることをホールを担当するニャーチに伝えたタクミは、エリシアとリアナへのお祝いとなる一品の調理を開始した。

 最初は生地作りから。

 新しく取り出したボウルにアロース(コメ)粉とマイス(とうもろこし)粉をおおむね三対一ぐらいの比率で投入し、さらにほんの少量のビカルボナート(重曹)を加える。

 すべての粉が入ったところで、全体を木べらで切るようにしながらざっくりと合わせておいた。


 次に別のボウルに卵を割り入れたら、そこに砂糖を加えてから手回し式の泡立て器(ハンドミキサー)を使って十分に滑らかになるまで泡立てる。

 卵が十分に攪拌されたところで牛乳を加えてさらにかき混ぜていくと、カスタード色の卵液が出来上がった。

 そこに先ほど合わせておいた粉をふるい入れ、ざっくりざっくりとかきまぜていく

 木べらで生地を持ち上げるとリボンを描くようにして落ちるぐらいの固さになれば、ベースとなる生地の完成だ。


 甘い香りを放つカスタード色の生地を休ませている間に、次の作業へと移る。

 次の段取りは生クリームのホイップだ。

 新しいボウルへと生クリームを注いだのち、手回し式泡立て器の先端部分 —— ホイッパーも新しいものへと取り換える。

 脂分や水分が残ったままのホイッパーを使ってしまうと、生クリームの泡立ちが悪くなるためだ。

 そして、滑り防止の役割を果たす濡らした台ふきをボウルの下にひいてから、生クリームの中に泡立て器を入れて一気に混ぜ合わせる。

 時折場所を移しながら丁寧に攪拌を続けていくと、生クリームがじょじょにもったりとしはじめ、やがてツノが立つほどのしっかりとしたホイップクリームが出来上がった。

 仕上がりの状況を確認したタクミは、これもいったんテーブルの脇に置いて休ませる。


 三つ目の段取りは、果物のカットだ。

 ナランハは上下をやや厚めにカットしたのち、表面の厚皮を包丁でそぎ落とす。

 白い皮が残らないように丁寧に削いだら、今度は薄皮に刃を添わせるようにして中心に向かって包丁を入れる。

 こうして取り出されたナランハの実は、食べやすいようにさらに半分にカットされた。

 フレッサは固く絞った白いさらし布で表面の汚れをぬぐったのち、ヘタを切り落として四等分に切り分けられる。

 キビスも上下に包丁をいれてから皮をきれいに剥き、いったん輪切りにしてから食べやすい大きさにカットした。


(アランダノはそのままで大丈夫そうですね)


 タクミは瓶詰にされたアランダノの甘煮を一粒だけ取り出し、口触りがおかしくないかを確認する。

 甘煮にしておいたおかげで皮の固さも気にならなくなっていた。


 材料の下準備はこれで完了だ。

 タクミは、キッチンを任せていたロランドに声をかける。


「じゃあ、ちょっとの間オーブンストーブを使いますね」


「了解っす!」


 ロランドに一声かけてからオーブンストーブの前に立ったタクミは、天板に手をかざして温度を確認する。

 どうやら十分に温まっているようだ。

 タクミは温まった天板にバターを薄く塗りつけると、先ほど作っておいたカスタード色の生地をそっと置いていく。

 そのまましばらく待っていると、生地の表面がフツフツといいはじめ、あたり一面に香ばしさを伴った甘い香りが広がってきた。

 表面のふちが乾いてくるまでしっかりと焼き上げたらフライ返しでひっくり返し、もう片面もじっくりと焼き上げる。

 両面がこんがりとしたきつね色になれば、パンケーキの出来上がりとなった。


 同じ作業を繰り返し、合計五枚のパンケーキを焼き上げるタクミ。

 全部を焼き上げたところで、いよいよ仕上げの作業へと取り掛かった。

 

 タクミが用意したのは大小二枚のプレート皿だ。

 まずは小さい方のプレート皿の上にパンケーキを一枚載せると、その上にホイップクリームを塗っていく。

 そこへフレッサ、ナランハ、キビス、そしてアランダノの甘煮が彩りよく散らされ、全体を覆うようにしてホイップクリームがかぶせられた。

 クリームの上に重ねられるのは二枚目のパンケーキ。

 さらにその上にホイップクリームをドーム状に載せ、その周りに果物を並べていった。

 最後に、雪を散らすようにお皿全体に粉糖を振りかけ、お皿の外周にアランダノのシロップで線を描く。

 出来上がったのは、とても華やかなフルーツパンケーキだ。


 一つ目の皿を仕上げたタクミは、もう一枚の大きな皿にも取り掛かった。

 こちらには、三枚のパンケーキを少しずつ重ねあうようにしながら三角形に並べる。

 そして、先に粉糖がふりかけられ、中央には大きなドーム状のホイップクリームが配置された。

 色とりどりの果物は、白いドームの周りを彩るように並べられる。

 そして最後に、アランダノのシロップでお皿の外周にポイントをつけて完成だ。

 こちらのパンケーキは、きらめきの中にも落ち着いた雰囲気をうかがわせるような仕上がりとなっていた。


 同じ材料を使いながらも、異なる雰囲気を醸し出す二枚の皿を見て、ロランドが思わずうなり声をあげる。


「いやー、すごいっす。盛り付け一つで随分印象が変わるもんなんっすね」


「ええ。特にデザートの類は見た目が大切ですからね。それと、今日はお祝い用のスペシャルバージョンということもあって、少々気合を入れさせていただきました。さて、では運んでいきますね」


 二枚の皿を手にしてホールへと向かっていくタクミの表情は、珍しく満足げなものであった。


※第3パートへと続きます。

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