34 一年ぶりのお客様と一年越しのデザート(1/3パート)
本日も当駅をご利用いただきまして誠にありがとうございます。この列車は当駅が終点となります。改札口にて乗車券を拝見いたします。
到着いたしました列車は車庫に入ります。お手荷物などお忘れ物がございませんよう、ご注意をお願いいたします。
―― なお お子様連れのお客様は目を離されないようご注意をお願いいたします。
「わーいっ、一番乗りーっ!」
本日二番目の列車が到着したハーパータウン駅のプラットホームに、汽笛にも負けない大きな声が響き渡った。
その声とともに、扉が開いた二等車から一人の少女がホームへと降り立つ。
二つに結わえた髪を弾ませながらホームを駆けだそうとする少女に、安全確認を行っていたテオが声をかけた。
「っと、お嬢ちゃん、危ないからホームは走らないでねー」
「あっ! そういえばそうだった! おじちゃん、ありがとーっ!」
素直に聞き分けて、ペコリと頭を下げる少女。
しかし、少女の言葉に含まれる一単語が気になってしまったテオは、つい苦笑いを浮かべる。
「う、うん……。まぁ、気をつけてねー。お父さんかお母さんが一緒なのかな?」
「あ、そうだっ! ママをお手伝いしなきゃいけないだった! だって、お姉さんなんだもん!」
少女はそう言うやいなや、先ほど自分が降りてきた二等車の乗降口へと駆けだしていった。
先ほどの注意のことなどあっという間に頭の中から消えてしまったようだ。
「お疲れー。しかし、元気のいいお姉ちゃんだよなぁ」
多少のショックが抜けきらないまま安全確認を続けていたテオに、車内点検を終えた車掌が声をかけてきた。
その声に若干慌てつつも、テオは制帽のひさしに手を軽く当ててから言葉を返す。
「あ、お疲れ様です。ほんと、元気いっぱいなのはいいんですけど、ああいう子はよく注意しておかないとですねぇ」
「まぁ、ずいぶん暖かくなってきたし、これからはどんどんああいう子たちも増えてくるだろうよ。ほら、“おじちゃん”も頑張らんとな」
「なんだ、聞いてたんじゃないですかー! 私がおじちゃんだったら、クルスさんなんておじいちゃんじゃないですか!」
「はっはっは。まぁ、俺の年ぐらいになれば“おじいちゃん”になってもおかしくは無いわな。ほら、そろそろ改札口に向かわんと客を待たせちまうぞ」
「っといけねっ! じゃあ、よろしくお願いしますっ」
テオは業務用の紅白旗をクルスに引き継ぐと、小走りで改札口へと向かっていく。
最初の頃よりはずいぶんマシになったとはいえ、この調子ではまだまだ鍛えなければならないであろう。
合格点を出すには、今しばらくの時間が必要だと感じるクルスであった。
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「長旅お疲れ様でした。どうぞお通りください」
出札口についたテオは、受け取った切符の行き先が間違っていないかどうかパッと確認しながら順番にお客様を通していく。
最初の頃は苦手だった声掛けも、いまや自然にできるようになっていた。
何人目かのお客様に声をかけながら出札を済ませると、その次のお客様が下から手を伸ばすようにして二枚の切符を渡してきた。
「はいっ、きっぷですっ! お願いしますっ!」
下から切符を差し出していたのは先ほどの少女であった。
その隣に並んでいるのは、おそらく少女の母親であろう。
清楚な雰囲気の白いフレアワンピースを身にまとった女性が、優しげな表情で少女のことを見守っていた。
「はい、ありがとうございます。確かに受け取りました。っと、少しお待ちいただけるのであれば荷物を運ぶの手伝いますが?」
テオは切符を渡してくれた少女にお礼を述べてから、その母親に声をかける。
なぜなら、母親の腕に天使のような表情を見せてすやすやと眠っている小さな赤ちゃんが抱かれていたからだ。
しかし、テオの気遣いは、少女にとっては不要なものであったようだ。
少女は、自分の体とは不釣り合いな大きさの荷物を一生懸命持ち上げながら、テオに力強く宣言する。
「いいのっ! 私はお姉さんなんだからママのお手伝いをいっぱいするの!」
「うーん、でも、大丈夫?」
「でーきーるーのーっ! 大丈夫なのーっ!!」
テオの心配も意に介しようとせず、少女はぷいっと顔をそらしてしっかりと荷物を抱え込んだ。
その行動に、母親が苦笑いをしながらテオに頭を下げる。
「すいません、うちの子はこれって決めたらもう自分でやらないと気が済まないので……。ところで、以前にこちらにいらした駅のスタッフの方って、もう今はいらっしゃらないのでしょうか?」
「あ、駅長代理のことですね。この時間だとそちらの喫茶店『ツバメ』にいると思います。えっと、何かご用件でしたでしょうか?」
「いえいえ、以前こちらの駅を利用させていただいた時に大変お世話になりまして、もしお会いできればぜひお礼をさせていただきたいなと思っておりまして……」
「そういうことならぜひ『ツバメ』にお立ち寄りください。きっとタクミさんも喜ぶと思います。ええっと、そうしたら……あ、ニャーチさーん、ちょっといいですかー?」
タクミの下への案内を頼もうと、ちょうど通りがかったニャーチをテオが呼び止める。
「うにゃー?どうしたのなー?」
「えーっと、実はですね……」
「あ、猫耳のおねーちゃんだ!!」
テオが事情を説明するよりも早く、一年前に仲良くなった“お友達”の姿を見つけた少女が大きな荷物を抱えたまま一目散に走っていった。
その瞬間は首を傾げたニャーチであったが、覚えのある姿と声に、ポンと手をたたいてから駆け寄ってくる少女に笑顔を見せる。
「リアナちゃんなのな! おっきくなったのなーっ!」
「えへへーっ! 私ねっ、お姉さんになったんだよ!」
「おおーっ! それはおめでとうなのなーっ」
満面の笑顔でしがみついてきた少女の頭を優しくなでるニャーチ。
その姿を見たテオは、ふぅ、と息をついてからニャーチに声をかけた。
「どうやら細かい事情は説明しなくても大丈夫みたいですね。ニャーチさん、お三方をタクミさんのところへご案内お願いします」
「あいあいさーなのなっ! じゃあ、荷物は持ってあげるからお母さんと一緒においでねーっ」
「はーいっ!」
ニャーチの言葉を素直に聞き入れ、リアナが母親の下へと戻っていく。
出札口を離れる際、母親が感謝の念を込めてテオに一礼をすると、リアナもそれを真似るかのように頭を下げた。
「おじちゃーん! まったねーっ!」
笑顔で見送ろうとしたテオだったが、リアナの言葉に少々顔を引きつらせてしまうのであった。
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一年ぶりに訪れた喫茶店『ツバメ』は、あの時と変わらぬ落ち着いた雰囲気に包まれていた。
あの頃よりも少しお客様が増えているようにも感じられる。
やはり、マスターの人柄にひかれて集まってくるお客様が多いのであろう。
先ほどまで抱いていた赤ん坊は、ニャーチが用意してくれた椅子のクッションの上ですやすやと眠っている。
寝息を立てる弟を一生懸命あやそうとするリアナ。
弟が生まれたばかりの頃に比べれば随分と“お姉さん”っぽくなってきたリアナの様子に、母親であるエリシアが目を細めていた。
「エリシアさん、またお立ち寄り頂きましてありがとうございます。リアナちゃんも、また来てくれてありがとうね」
ニャーチから事情を聴いたタクミが、テーブルへとやってきて一年ぶりに再会した母娘に声をかけた。
「お久しぶりです。その節は大変お世話になりました。」
「おじちゃーんっ、リアナねっ、お姉さんになったのっ!」
エリシアの前に立ったリアナが、ぴょんぴょんと飛び跳ねながら報告を始める。
「リアナちゃんはお姉さんになったんですね。おめでとうございます。エリシアさんも、お子様のご誕生、おめでとうございます」
「ありがとうございます。おかげさまで、無事にこの子を産むことができました」
そういって、エリシアはクッションの上で寝かせていた息子を抱きかかえた。
赤ん坊特有の無邪気な寝顔に、タクミの顔もついついほころぶ。
「ご無事の出産なによりです。 しかし、小さなお子さんと赤ん坊を連れての列車旅となると大変だったのではないでしょうか?」
「私も正直心配だったのですが、列車に乗っている間は静かに眠っててくれましたので、何とかなりました。それに、少し自覚がでてきたのか、リアナも今回は大人しくしていてくれましたしね」
「お姉さんだから、ちゃんと静かにしてなきゃいけないときは静かにできるもんっ!」
母の言葉に同調するように、自信たっぷりに胸を張るリアナ。
そんなリアナに、タクミもうんうんと頷いて同意を示す。
「そうだよね。リアナちゃんは元々“レディ”だったんだし、今は“レディでお姉さん”なんだもんね」
「そうだよっ! すごいでしょーっ!」
「こらこら、あんまり調子に乗ってしまうのはお姉さんっぽくないですよ」
ますます自慢げな様子を見せるリアナを、エリシアがたしなめる。
リアナは一瞬頬を膨らませるも、すぐに笑顔になってはぁい、と返事を返した。
「さて、お話だけでもなんですし、もしよければ何か召し上がっていかれませんか? お子さんのご誕生を、私からもお祝いさせてください」
「そんな、申し訳ございませんわ。以前にも大変お世話になっていますし、それこそこちらがお礼をしないといけない立場なのですから……」
「いえいえ、お子さんが生まれるというのは何よりものめでたいことです。ここは本当に私からの気持ちということで……」
「あのねっ、前にリアナが食べさせてもらったのがすっごいおいしそうだったから、ママも食べてみたいっていってたよっ!」
タクミとエリシアの会話に、リアナが言葉を挟んできた。
慌てたエリシアが、リアナの口をふさぐ。
「こらっ、余計な事を言うんじゃありませんっ! すいません、この子ったら……」
「そういえば、前は体調の加減もあって果物ぐらいしか召し上がれませんでしたもんね。そうしたら、もしよければあの時のものをイメージして何かお作りいたしましょうか?」
「よろしいんですか? でもご迷惑では……」
「いえいえ、本当に遠慮なさらず、リアナちゃんも食べたいよね?」
タクミが水を向けると、リアナがうんうんと何度も首を縦に振る。
それを見たエリシアが、根負けした様子でタクミに言葉を返した。
「申し訳ございません。では、お言葉に甘えさせていただきますわ。……実は、私もこちらの料理を楽しみにしてきましたの」
「ありがとうございます。それでは準備してまいりますので、少々お待ちくださいませ」
はにかむエリシアに頭を下げたタクミは、“一年越し”に召し上がっていただく料理を頭に描きながらキッチンへと戻っていった。
※第2パートに続きます




