33 持ち込まれた厄介者と珠玉の品々(3/3パート)
※第2パートからの続きです。
※3.3追記: 活動報告にてアフターエピソードの小話を掲載しました。
キッチンから戻ってきたニャーチとタクミが、一人一人の前に角皿を並べていく。
その角皿の上には二つの料理が載せられていた。
一つはトルティーヤ生地で何かをオレンジ色のソースを絡めたものを巻いたロールサンド、そしてもう一つは半身にしたランゴスタの上、ソースやチーズを載せて焼き上げたもののようだ。
「これはまた、なんかすごいもんが出てきたな……」
ゴクリと喉を鳴らしながら呟くディエゴ。
ガブリエラ、レイナ、そしてルナもその美しい料理に目を奪われていた。
ただ一人、タクミと一緒に準備を進めていたロランドだけが、うんうんと一人頷いている。
「こちらのお皿は、本日のメインの品となります。ロールサンドには、ランゴスタのチリソース和えを巻いております。レイナさんやルナちゃんにも召し上がっていただけるよう、辛さは控えめにさせていただきました。また、こちらの半身はランゴスタのグラタン風です。身には切れ目を入れてありますので、ぜひ温かいうちにお召し上がりください」
タクミの言葉を合図に、皆が一斉にフォークを伸ばす。
殻の中にフォークを差し入れると、一口大に切り分けられたランゴスタの身がきれいに持ち上がった。
その身に纏った白いソースから立ち上る湯気とともに、テーゼ特有の良い香りが広がってくる。
「あちちっ! ん、でも、これはまた……美味しいねぇ……」
適度な大きさに切り分けられたランゴスタの身は他の料理と同じようにプリプリで、その旨みを余すところなく閉じ込めている。
そこにクリームを効かせた白いソースのまろやかさやや塩味を感じるテーゼのコクが加わるで、優しくも深みを感じさせる味わいになっていた。
この味わいがよほど気に入ったのか、ガブリエラはうっとりとした表情を見せながら次々とフォークを進めていく。
その横では、レイナとルナが大きな口を開けてロールサンドを頬張っていた。
「うん!これもトマトの美味しい味がするの。私、トマトだーいすき!」
「すこーしだけ辛いけど、うん、とっても美味しいのっ!」
トマトケチャップに辛味のあるピミエント、アッホ、白ワイン、砂糖などを加えて甘辛に仕上げられたチリソースは、これまでの三品とはまた違った形であっさりとしたランゴスタの美味しさ引き立ている。
さらに、ランゴスタとともに炒められたセボーリャの甘みと食感が、ともすれば強くなりがちなチリソースの味わいを抑え、味のバランスを整える役割を果たしていた。
夢中になってロールサンドを頬張っていたせいか、仲良くそろって口の周りを汚す少女たち。
そのことに気づいたニャーチが、二人に声をかける。
「ん? 二人ともお口の周りがべたべたなのなっ! ちゃんと拭くといいのなっ!」
「あっ!」 「ご、ごめんなさーいっ!」
「んー、でも、ニャーチさんも口の周りすごいことになってるっすよ……」
ロランドの指摘にニャーチが慌てて口元へと手を伸ばす。
その手にはベッタリと赤いチリソースがついてしまった。
「むむぅ! これは失敗だったのな! ちょっと手を洗ってきて、ついでに濡れタオルをもってくるのな!」
「あ、私たちもそっちにいきますーっ。 レイナちゃん、いこっ?」
「うんっ!」
慌てて駆け出すニャーチの後を追いかけ、少女たちは笑顔でキッチンへと向かっていくのであった。
―――――
「さて、お楽しみいただけましたでしょうか? 最後の一品をお持ちさせていただきました」
皆がメイン料理を食べ終えた頃、タクミが最後の一品を運んできた。
深皿に入っているのは、橙色のクリームスープ。
先ほどまでの料理とは違い、ランゴスタの身はどこにも見当たらない。
「ん?これもランゴスタの料理なのか?」
「全部つぶしちまったのかね?影も形もないなんて、なんだか不思議な感じだねぇ」
怪訝そうな声を上げるディエゴに、ガブリエラも同調する。
その一方で、ニャーチがいつものように能天気な声を出す。
「んー、なんだかよくわかんないけど、ごっしゅじんが作った料理だからきっと間違いないのなっ!とりあえず食べてみるのなっ!」
橙色のクリームスープをスプーンで一さじ掬い取り、口へと運ぶニャーチ。
しばらくその味わいを堪能していたかと思ったら、にまーっと表情を綻ばせ、満面の笑みでスープを何度も掬い始めた。
あまりにも美味しそうにスープを平らげていくニャーチの様子に、テーブルを囲んでいる全員がゴクリと喉を鳴らしてからスプーンを手に取る。
スープを掬って口元に近づけると、ランゴスタの芳醇な香りが鼻孔をくすぐってきた。
先ほどまでの料理と比べても、段違いの香りの強さだ。
「うんっ!?」「あらまぁ」「これって!!」「おいしーーーっ!」
スープを食した四人が、それぞれに感嘆の声を上げる。
全員が驚く表情を見届けたロランドが、最後にスープを口に含んでうんうんと頷いた。
「どう? コレ、すごいっしょ?」
「ああ。ランゴスタの身が一切見当たらないのに、ここまでのどの料理よりもランゴスタを感じるな……」
ディエゴが喉を唸らせながらロランドに言葉を返す。
その横で、じーっと食い入るように見つめていたガブリエラも声を上げる。
「ホント、どこにもランゴスタがないんだよ。不思議だねぇ……」
「ねーねーおにーちゃん、これ、どうやって作ったのー?」
妹から送られるキラキラした視線に、ロランドの兄心がくすぐられる。
ふふっ、と鼻の下を擦ってから、ゆっくりと口を開いた。
「ふふっ、それはね……」
「わかったーっ! これ、きっと頭や殻を使ってるんですっ! ロランドお兄ちゃんっ、そうですよねっ?」
このスープの秘密を格好良く伝えようとした矢先、ルナが大きな声で呼びかけてきた。
ロランドは思わず椅子からガクッと滑り落ちそうになる。
「そ、そうだね……。よくわかったねー」
「タクミさんに見せてもらったレシピノートに書いてあったのを思い出したんですっ!ランゴスティノの頭や殻を使うと濃厚で美味しいソースが出来るってあったので、きっとランゴスタもそうじゃないかって思って!」
「そ、そうっすか。 さすがルナちゃん、すごいっすね!」
満面の笑顔を見せるルナに対し、ロランドはどこか引きつらせながらの苦い笑みを浮かべていた。
それに気づいた妹が、脇腹をつっついてくる。
「おにーちゃん、言いたいことが取られて残念だったね」
「うっさい! ほら、冷める前に早くのめよ!」
「ほらほら、喧嘩しないの。でも、すごいねぇ。このスープ、本当に頭と殻からできているんかい? あんなの硬くてとても食べられやしないと思うんだけど……」
まだ半信半疑なガブリエラが、上目使いでタクミに尋ねてきた。
それに対し、タクミは微笑みながらロランドへと視線を送って静かに頷く。
「俺も今日教わったばかりなんだけど、これがすごいんだよ。まず使うのはランゴスタの頭と殻の部分がメイン。ほら、フライとかチリソースに使ったランゴスタ、アレの調理で出た頭と殻がそのまま使えるんだよ」
説明を始めたロランドの言葉に、全員がふんふんと相づちを打つ。
徐々にテンションが上がり、熱がこもってくる。
「で、この硬い頭と殻を丈夫な袋に入れてハンマーで細かく砕いたら、セボーリャやアッホのみじん切りと一緒にバターで炒めるんだ」
「でも、ランゴスタの殻なんて少々炒めたぐらいじゃ柔らかく何てなりゃしないだろ?」
「ああ、これは頭や殻からランゴスタの旨味や香りをバターへと移していく作業なんだって。で、セボーリャが透き通って、バターが橙色に染まってきたら、そこに何と、ランゴスタの頭の中身も入れちゃうんだ!」
「ほう、頭の中ってあのドロッとしたやつだろ? あんなのも食えるんか?」
いぶかしげに質問するディエゴに、ロランドがうんうんと首を何度も縦に振る。
「これがすっごいんだよ。なんていうかな、ランゴスタの旨みがギュッと詰まってて、本当に濃厚なんだよ。ただ、師匠がいうには活きてるぐらいの新鮮なヤツじゃないとダメなんだって。そうじゃないと、すぐに傷んで臭くなっちまうんだってさ」
「今朝頂いた新鮮なランゴスタだったからこそ余すところなく使わせていただくことが出来ました。本当にありがとうございます」
深々と頭を下げるタクミ。
それに対し、よせよと短く答えたディエゴがポリポリと頬をかく。
「で、こうやってランゴスタの旨みの塊を作ったら、そこにスープを注ぐんだ。今日使ったのはランチ用に仕込んでおいた鶏ガラと野菜のスープ。で、これをじっくりと炊いていくんだけど、どんなに煮込んでも殻は柔らかくはならないんだよね」
「あっ! そこでレシピノートに書いてあったのと同じことをするんですねっ!」
何かを思いついたように声を上げるルナに、ロランドが大きく頷いた。
「そうそう。旨みは殻の中にいっぱい詰まっているから、ある程度煮込んだところでスープをザルで濾したら、殻や頭を押しつぶすようにして旨味を絞り出すんだ。正直かなり大変な作業なんだけど、でもこれで旨味が出てくるって思うと力もしっかり入るんだよね。で、最後に生クリームを入れて滑らかに仕上げて、塩コショウで味を調えたら、このスープの出来上がりさ」
熱のこもった説明が終わると、誰からともなく拍手がわき上がった。
冷静になって気恥ずかしくなったのか、照れ笑いを浮かべるロランド。
そして、その顔を隠すようにして自分のスープを飲み始めた。
「しかし、こんなにすごい料理になるとは……ランゴスタも捨てたもんじゃねぇな」
スープを飲み終えたディエゴがしみじみと呟く。
その言葉に、タクミがそっと声をかける。
「こんなに立派なランゴスタなのですから、捨てるのは本当にもったいないです。ランゴスタが美味しいということを多くの方に知っていただければ、きっと皆さんが求める食材になると思うのです。いかがでしょう? ぜひ皆さんから、今日のこの料理を広められてはいかがでしょうか?」
「ん? これはアンタの考えた料理なんだろ? そんなことをしたら、アンタの真似をする奴がいっぱい出て来てしまうじゃないか」
眉をひそめるディエゴ。
タクミの提案はとても有り難いものの、それではタクミ自身が何の得にもならない。
いくら何でも、その言葉を鵜呑みにしては申し訳ないとディエゴには感じられた。
しかし、そんな懸念も意に介することなく、タクミが言葉を続ける。
「それで構わないのです。この店で使うことができるランゴスタの量はせいぜい限られていますし、この店だけで出してもなかなか広まらないと思うのです。それよりも、ディエゴさんを中心にポートサイドの方々がランゴスタの料理を作るようになれば、町の“名物”となってランゴスタを求める人たちが増えるかと思います」
「なるほどなぁ、そりゃぁ道理だ。 でも、やっぱりアンタに儲けが入らないじゃないか」
「いえいえ、そうでもないですよ。ここは“駅舎”ですからいろんな人が訪れます。ランゴスタがポートサイドの名物となって評判を呼ぶようになっていれば、そうした方々はきっとランゴスタを求めるようになります。その時、この『ツバメ』だったり、新たに設ける売店だったりでランゴスタを使った商品を扱っていれば、きっとお客様に喜んでいただけると思います」
「ほほー、随分気の長い話にも聞こえるが、まぁ、一応タクミさんにも儲けがあるってこったな。よし、わかった。いっちょやってみるか! こりゃ忙しくなりそうだ!」
タクミの言葉にようやく得心が言ったディエゴが、ポンと一つ膝を叩いて力強く宣言する。
その横で頷いていたガブリエラは、これからの自分の役回りを考えながら息子へ話しかけた。
「ロランド、お母ちゃんにも今日の料理の作り方を教えてな。アンタはココでの修行があるから、ポートサイドのおかみさん連中には私から伝えるようにするさ」
「私も一杯お手伝いするから、教えてねっ!」
「おう! 任せておけって!」
母と妹からの頼みに、二つ返事で応えるロランド。
仲睦まじく語らいあう家族の光景を、ルナは笑顔を浮かべながら静かに見つめていた。
その様子に気づいたのかどうかは分からないが、ロランドがルナにも声をかけてくる。
「そうそう、ルナちゃんも一緒にやるっすよね?」
「え?い、いいんですっ?」
突然声をかけられてルナが驚きの声を上げる。
なぜ驚きの声を上げたのか理由が分からず、ロランドが首をかしげる。
「良いも何も、ルナちゃんの方がレイナよりも料理上手なんだから、間違いなく戦力になるっすよ」
「ひっどーいっ! 私だって頑張ればできるもーん!」
「だって、お前、普段から食べる専門じゃん。ルナちゃんは師匠も一目置くほど料理センス抜群なんだぜ? ね、そうでしょ?」
ロランドから呼びかけられたタクミは、首を縦にも横にも振らずににこっとだけ微笑んでいた。
レイナは言葉を詰まらせながらも、兄に向って反論する。
「こ、これからがんばるんだもん。ルナちゃん、いろいろ教えてね」
「そ、そんなっ。私もまだまだ勉強中ですっ。レイナちゃん、こっちこそよろしくねっ!」
二人の少女が、手を取り合ってキャッキャと会話を弾ませる。
その様子を満足げに眺めていたニャーチが、腕組みをしてうんうん大きくと頷きながら言葉を発した。
「これでランゴスタが一杯食べれるのなっ! 試食ならまかせて」「はいはい、そこの食べる専門の人は大人しくしていましょうねー」
言葉を先読みしたタクミが、ニャーチの首根っこを掴んで持ち上げる。
ぶら下げられたニャーチが、にゃーと力なく声を発した。
その仕草があまりにもおかしかったのか、レイナとルナが顔を見合わせ、クスクスっと笑い声をもらす。
やがて、テーブル全体が大きな笑い声で包まれ、皆に笑顔がもたらされるのであった。




