33 持ち込まれた厄介者と珠玉の品々(2/3パート)
※第1パートからの続きです。まだお読みで無い方は前話よりご覧いただければ幸いです。
「思ったより遅くなっちまった! 申し訳ない」
日が傾き、営業を終えた喫茶店『ツバメ』のホールに、低音の渋い声が響き渡った。今朝の約束の通り、ディエゴが家族を連れてやってきたのだ
「いらっしゃいませなのなーっ! ごっしゅじんから聞いているのなっ!」
「あら、ニャーチちゃん、久しぶりだねぇ。元気にしていたかい?」
「ニャーチはいつも元気の塊なのなっ! ニャーチから元気が無くなったら天変地異の前触れなのにゃっ!」
「ははは、そりゃすごいね!」
ニャーチの返答に、ディエゴと並んでやってきた女性 ―― ロランドの母であるガブリエラが豪快な笑い声を上げた。
ニャーチが最初に会ったころに比べると随分と恰幅が良くなったガブリエラは、今やすっかり貫禄のある“おかみさん”の雰囲気を漂わせている。
自慢の“美しい母親”がなぜこうなったのかロランドが人知れず悩んでいたりもしているのだが、ニャーチはもちろん、当の本人もいっこうに気にする気配はなかった。
「こんばんわ! いつも兄がお世話になっていますっ!」
ガブリエラの後ろから兎耳をぴょこんと伸ばして元気よく挨拶してきたのは、ロランドの妹レイナだ。
ニャーチは、目の高さが合うように少し屈んでから、少女に声をかける。
「レイナちゃんもこんばんわなのなっ! あ、そうだっ! ルナちゃーん、ちょっとおいでなのなーっ」
「あ、はーいっ!」
ニャーチに呼びかけられ、テーブルのセッティングをしていたルナがトコトコと近づいてくる。
「あのねっ、このルナちゃんがルナちゃんなのなっ!でねっ、このレイナちゃんがレイナちゃんなのなよっ!」
不思議な言葉で紹介を受け、キョトンとしてしまうレイナ。
それを察したルナが、改めて自分から挨拶を始めた。
「ニャーチさん、それではわかんないですよっ。私はルナ、この駅舎でお手伝いしながら住まわせてもらってますっ! えーっと、レイナちゃんでよかったかな?」
「うん! ルナちゃんのこと、いつもお家でおにーちゃんが話してたから、どんな子かって楽しみだったの!」
「そうなのっ!? いつもロランドお兄ちゃんにはお世話になってますっ」
「こっちこそ、おにーちゃんがいつもお世話になってます!」
「うんうん、二人ともお友達になるといいのなっ! それが言いたかったのな。でも、この様子だと何にも問題なしみたいなのにゃっ!」
仲良く話すレイナとルナを見つめながら、ニャーチが満足げにうんうんと頷く。
そこへ、ホールの様子を聞きつけたのか、ロランドが顔を出してきた。
「あれ? 兄貴たちは?」
「ああ、あの子たちなら漁師の若衆たちで会合の予定があるとかで、今日は来れないって言ってたわよ」
「まぁ、きっとものすごく大事な“会合”なんだろうよ」
ガブリエラの説明に、ディエゴがニヤニヤと含み笑いをしながら言葉を続ける。
その表情から、どういう“会合”なのかを察したロランドが、ため息交じりにぼやいた。
「あー、そういうことね……。ったく、兄貴たちもそんなの無視しておけばいいのに」
「まぁ、アイツらがいないと他の若衆たちが困るんだろうよ。俺の若い頃に似て、イケメンだからな」
そのボヤキに、意図が通じたことを察したディエゴが、顎をさすりながらなぜだか自慢げな表情を見せる。
そこにすかさずツッコミを入れてきたのはガブリエラだ。
「ほらほら、子供たちに通じない会話はそこまで。アンタがかっこいいのは昔からかわんないからさ」
「なんだよ、ただの惚気じゃねーか。ほらほら、料理を順番に運んでくるから、みんな席に着いちゃってー」
いまだに子供から見てもあきれるほど仲の良い父母の様子にため息を漏らしながら、ロランドが着席を促す。
そして、父母と妹の案内をニャーチたちに任せると、料理の仕上げを進めるためキッチンへと戻っていった。
―――――
二組の家族が集ったテーブルでは、ニャーチとルナが手分けをしながら取り皿やカトラリーを並べていた。
そこに、二つの大きな皿を運んできたロランドが声をかける。
「うぃっす。最初の二品、お待ちどうさまっす!」
「ほーっ、これがあのランゴスタってか?」 「また随分としゃれたもんが出てきたねぇ」 「キラキラしてて宝石みたい!」
運ばれてきた料理を覗きこんだ父母と妹が揃って声を上げた。
片方の大皿に盛り付けられているのは、ぶつ切りにしたランゴスタの身と色とりどりの具材を白いソースで和えたものだ。
そしてもう一方の皿には、櫛切りにされて揚げられたパタータの上に、何やら茶色い衣をまとったボール状のものがいくつも積まれている。
どちらも見たことが無い料理で、ディエゴの視線が釘付けになる。
そこに突然横から声をかけられ、思わずビクッとしてしまう。
慌てて振り向くと、そこにはいつの間にかタクミがやってきていた。
「お待たせしました。今日は二度もご足労をおかけしましてありがとうございます」
「いやいや、こちらこそ結局手間を掛けさせてしまって申し訳なかった。しかし、初っ端から何だか凄い料理で驚きっぱなしだ」
「とんでもございません。こんなに立派なランゴスタを分けて頂いたのですから、さて、この後も順番に料理をお出ししていきますので、どうぞ皆様お召し上がりください」
「ありがとう。では……」
タクミから促されたディエゴは、妻と娘を順に見やってから一つ首を縦に振る。
そして、胸の前で手を組むと、目を瞑って食事の祈りを捧げ始めた。
「竜神よ、今日もこうして生きる糧として海の恵みを分け与えてくださったことに、感謝する」
「神様、今日もこうして恵みを分け与えて頂くことができました。ありがとうございます」
「えーっと……いただきますなのなっ!」
ディエゴ一家に続けて、同席していたルナも自分の言葉で祈りを捧げる。
それに合わせてニャーチも何か言葉を捧げようとしたものの、結局はいつも通りの言葉しか出てこなかった。
どんな時でもいつもの調子を崩さない妻の様子にくすっと笑みを浮かべつつ、タクミはロランドに声をかけた。
「じゃあ、ロランドは皆さんに料理の説明をしながら、こっちで一緒に食事をとってくださいね」
「え?でも、この後の手伝いはいいんすか?」
「もう仕込みは終わっていますから、あとは私一人で大丈夫です。運ぶ時だけ声を掛けますからお手伝いお願いしますね」
「了解っす。じゃあ、お言葉に甘えさせていただくっす!」
タクミの心遣いに感謝を示しつつ、家族が囲むテーブルに加わるロランド。
すると、キッチンへと戻っていったタクミを見送ったニャーチが、我慢できないとばかりに声を上げた。
「じゃあ、早速いただくのにゃーっ!」
「そうだねえ。じゃあ、私はこっちの白いのからいただこうかね」
「私はこっちの丸いのが食べてみたーい! おにーちゃん、とってー!」
「はいはい、順番順番。ルナちゃんも取ってあげようか?」
「あ、おねがいしますっ!」
ロランドは妹にはややぞんざいに、ルナちゃんには優しく声をかけながら、それぞれの皿に二つの料理を盛り付けていく。
取分け用の大きなスプーンとフォークを器用に使うその姿をみて、ディエゴがほう、と声を上げる。
「なかなか大したもんじゃねぇか」
「まぁ、俺もそれなりにやってきたしな。ほら、オヤジの分だよ」
手際よく盛り付けを終えた皿をすっと差し出すロランド。
その皿を受け取ったディエゴは、うん、と一つ頷いてからまずは白いソースが和えられた料理にフォークを伸ばした。
「ほー、こいつはうめえな。一緒に入ってるのはパルタか?」
「そうそう、パルタと、あとは黄色と赤のピミエントと茹でてぶつ切りにしたランゴスタの身を合わせたやつに、マヨネーズを主体にしたソースで和えてある。それを千切ったレチューガの上に載せるだけって感じかな。」
「やっぱりこの白いのはまよねーずだったかい。あたしゃこれが好きなんだよねぇ。アンタも大したもん作れるようになったねぇ」
「よせって。これは材料を合わせるだけだし、それに味付けも師匠に教わって作っただけなんだから……」
母親から賛辞を送られたロランドが口をとがらせる。
よほど恥ずかしかったのか、その顔は真っ赤に染まっていた。
そんな兄に、今度はレイナが声をかける。
「こっちの茶色いのもおいしいの! 中が凄くぷりぷりだよ!」
「これって、から揚げですかっ? でも、衣の感じが違うようなっ……」
レイナの後に続けられた質問は、料理を学んでいるルナならではのものであった。
ロランドは先ほど覚えたばかりの知識を二人に披露する。
「それは、“ランゴスタのフライ”って料理なんだって。唐揚げとは違って、アロース粉をまぶした後で溶き玉子をつけて、それに何と、細かくすりおろしたマイスブレッドの粉を纏わせて衣にしてるんだ。衣が厚くなるから、熱い油で揚げても旨みが中にぎゅって閉じ込められるんだってさ。そうそう、このソースをつけて食べても美味しいから、試してごらん」
ロランドから差し出されたのは赤みがかった茶色のソース。
自家製のトマトケチャップをベースに、摩り下ろした上であめ色になるまでしっかりと炒めた玉ねぎやにんにく、蜂蜜、香辛料、そして隠し味に粉チーズを加えた特製のものだ。
トマトの味わいにコクや旨味がたっぷりと加わり、ランゴスタの味わいをぐっと引き立てる。
「んー! このソースをつけるとますます美味しいのです!」
「いつものケチャップよりもさらに深い味わいになって、すっごく美味しいですっ。ロランドお兄ちゃん、今度作り方教えてくださいっ!」
「もちろん! 俺ももう一度おさらいしたいしね。しかし、ホントに旨いね、コレ」
ロランドもランゴスタのフライにフォークを伸ばして、大きな口で頬張っていく。
プリプリと弾力のあるフライを噛み締めると、口の中いっぱいにランゴスタの旨味が溢れ出てくる。
この味わい、シンプルに茹でたり焼いたりしただけのランゴスタでは体験できない。
新しい味わいとの出会いに、ロランドもまた夢中になってランゴスタのフライを食べ進めていった。
しばらくすると、キッチンからチリリーンとベルの音が聞こえてきた。
次の料理が出来上がった合図だ。
ロランドが席を立とうとすると、ニャーチがそれに先んじてキッチンへと向かっていく。
「ここは私に任せるのなっ! ごっしゅじーん! 呼ばれて飛び出てじゃじゃじゃじゃーんなのなーっ!」
「いやはや、ニャーチさんはいつも元気だなぁ」
「本当に、一緒にいるだけで心がワクワクとしてきますわ」
ご機嫌な様子でキッチンへと向かっていくニャーチの後ろ姿を眺めながら、ディエゴとガブリエラが夫婦そろって笑みを浮かべる。
しばらくすると、今度はもう一組の夫婦が何やら声を掛け合いながらテーブルへとやってきた。
「お待たせしました。次の料理をお持ちいたしました」
その見たことのない料理に、テーブルを囲む全員が再び驚きに包まれたのであった。
※第3パートへ続きます。




