32 戸惑う少年と新たなチャレンジ(3/3パート)
※第2パートからの続きです。途中からお読みの読者様は前々話(第1パート)からご覧ください。
「これでこっちの準備はよさそうかな?」
食材が並べられたキッチンテーブルを前にフィデルが尋ねる。
その言葉に、ロランドとルナの二人がコクリと頷いた。
いよいよ今日は、“お土産品の最終試作”の日だ。
あれから何度も試作を繰り返し、“お土産品”の最終形がようやく形となってきていた。
そして今日、三人は本番を想定した段取りで上手く作れるかどうかの最終チェックを行うことを決めていたのだ。
「じゃあ、こっちは俺たちに任せて、お前は箱の方を頼むな。変なのを作るんじゃねぇぞ!」
「分かってるって! お前こそ、焦げ焦げの失敗作を作るんじゃねぇぞ!」
ロランドの売り言葉に、買い言葉で応えるフィデル。
口は悪いが、お互いの口元には笑みが浮かんでいた。
「はーいっ! じゃあ、早速取り掛かりましょうっ!」
元気いっぱいに開始の合図を告げるルナ。
二人の兄貴分は、その言葉におーっ!と応えてから、それぞれの持ち場へと着いた。
キッチンテーブルにポジションをとったのは、ロランドとルナだ。
ロランドはバターをボウルに入れると、泡立て器で押しつぶすようにしながら混ぜ合わせる。
滑らかなクリーム状になったところで、今度はその中に砂糖と卵を順番に入れてしっかりと合わせていった。
「粉のふるい分け、終わりましたっ!」
「ありがとう。じゃあこっちに少しずつお願いっす!」
タイミングよくかけられたルナの掛け声に、小気味よく言葉を返すロランド。
何度かの試作を通じて、二人の息はぴったりとなっていた。
ロランドは、先ほど作ったクリーム状のカスタードバターを三つのボウルに分け入れる。
一つ目のボウルに入れたのは、アロース粉とマイス粉を合わせたものだ。
ルナの手で少しずつふるい入れられる粉を、ロランドがしっかりと混ぜ込んでいく。
そして、分量全ての粉を入れ終えると、出来上がったのはカスタードクリームのような色をした柔らかい生地だ。
ロランドとルナは、同じようにして二つ目、三つ目と作業を進めていく。
二つ目以降のボウルには、一つ目に入れた基本となる粉に風味づけの材料を合わせたものがそれぞれふるい入れられた。
二つ目の生地は濃い茶色に仕上げられ、三つ目は一つ目と二つ目の中間ぐらいの色合いの生地となった。
「じゃあ、いったんこっちは休ませておいて、次のヤツに取り掛かるっす!」
「はーいっ! じゃあ、新しいボウルを用意しますねっ」
先ほどの生地が入ったボウルはテーブルの隅へといったん片付けられ、その上にぎゅっと硬く絞った白い布がかぶせられた。
このまましばらく休ませることで生地をなじませるのが目的だ。
ロランドは、ルナが用意してくれた新しく用意されたボウルを受け取ると、そこへ卵を割り入れる。
そこへ、砂糖も加えてから、いつもの営業で使っている泡立て用の器械で空気を含ませるようにしながら勢いよくかき混ぜはじめた。
ボウルが滑らないよう、しっかりと支えるルナ。
そっと視線を上に送ると、真剣な表情で作業をするロランドの姿が眼に映った。
ルナが一番かっこいいと感じる表情を見せるロランドを、ほんの少しの間だけ見つめる。
そして、再び視線を手元に戻し、しっかりと作業の様子を目に焼き付けた。
しっかりと撹拌され滑らかなクリーム状になったところで、ロランドは二つのボウルに卵液を分ける。そして片方には生クリームを、もう片方には甘煮にして細かく刻んだナランハの皮を入れ、木べらでさっと混ぜ合わせた。
「じゃあ、粉入れてくださいっす!」
「わかりましたっ!」
ロランドの声を合図に、ルナが二つのボウルへ粉を振るい入れていく。
先ほどと同じアロース粉とマイス粉を合わせたものに、ピカルボナートを加えたもの。
何度か試作した結果、こちらについてはパンケーキを作る時のようなとろみのある滑らかな生地に仕上げるのがポイントだということが分かった。
泡立てた卵の気泡をつぶさないように注意しながら、ロランドとルナが並んで生地を混ぜ合わせていく。
やがて、どちらも黄色みがかった優しい色合いの滑らかな生地が完成した。
「さて、ここからですよね……」
「うん、頑張るっすよ!」
ルナから発せられた気を引き締める言葉に、一層気合いを入れるロランド。
ここまでは普段のお菓子作りとさほど変わらない手順で進められた“お土産品”作り。
しかし、ここからは違う。
最も重要で、最も困難である“お土産品としての魂”を込める作業が待っているのだ。
ロランドは、先に休ませておいた生地を手元に引き寄せると、アロース粉を薄くふりかけた大きなまな板の上に生地を置く。
そして、その生地を同じくアロース粉をまぶした麺棒でゴロゴロと引き伸ばすと、包丁を取り出していろいろな形に切りだしていった。
淡黄色の生地は三角屋根がついた建物の形に、濃い茶色の生地はいくつかの四角を組み合わせた形に、そして、中間色の茶色のものは鳥を模した形へと切り出していった。
ロランドが切りだした生地は、ルナの手によって予めバターを塗っておいた天板の上へと運ばれる。
形が壊れてしまわないよう細心の注意を払って作業を続けるルナ。
そして、天板の上に全ての生地を並べ終えると、ロランドは最後の仕上げとしてそれぞれの生地にちょんちょんと切り込みを入れていく。
「こっちはこれでいいっすね。じゃあ、先に片付けしてるからもう一つの方もよろしくっす!」
「はーいっ!」
まな板やボウルの片づけを始めたロランドと入れ替ったルナは、キッチンテーブルのセンターポジションに金属で出来た一枚の板を取り出した。
タクミを通じてグスタフに頼んだブレッド・ガレータ専用の金型だ。
用意した型は2種類。一つは丸い枠の中に竜の横顔を模した模様が描かれたもの、もう一つはギザギザの波形を作りながら貝殻のような形に窪ませたものだ。
ルナは、それぞれの金型にしっかりとバターを塗りつけてから、それぞれの方に休ませておいたクリーム状の生地を順番に掬い入れていく。
竜の絵柄が描かれた方にはナランハの皮を混ぜ合わせたものが、貝殻の形の方にはアルマンドラの粉を合わせた生地が入れられた。
「できましたっ!これでいいですかっ?」
「うん、いい感じっすね。じゃあ、あとは順番に焼き上げるだけっすね! 熱くて危ないから俺がやるっすね」
洗い物を済ませたロランドが、オーブンストーブに手をかざして火力の強さを確認する。
そして、少しだけ薪を引き出してやや弱めの火力になるよう調整すると、天板と金型をそれぞれオーブンストーブのグリルスペースへと投入した。
これであとは焼き上がりを待つだけだ。
「さて、そっちはどうだー?」
自分の作業を一段落させたロランドが、キッチンの奥の方目がけて声をかける。
すると、一人離れた場所で作業をしていたフィデルから返事が戻ってきた。
「ああ、おかげさまで順調にいってる。見るか?」
フィデルはそう言いながら二人を手招きする。
ロランドとルナが近づいていくと、小テーブルの上ではきれいな模様が描かれた紙が広げられていた。
「わぁ、とってもかわいいですっ!」
「なるほど、色が付くと随分ときれいに見えるもんだな」
“お土産物”としての焼き菓子を積めるパッケージには紙箱を選んでいた。
軽くて丈夫な紙箱は、これまで使われてきたブリキ缶に代わって徐々に使われるようになったパッケージだ。
温かみのある雰囲気をもった紙箱の風合いはお土産物にぴったりだと考えたのだ。
しかし、問題は紙箱の値段だ。
折角紙箱を使うのであれば目を引くように美しい装飾を施したいと思っていたのだが、見積りをとってみればブリキ缶よりもはるかに高価で、とても気軽にパッケージとして使えるようなものではない。
また、話を聞いたところによると一度にたくさんの箱をお願いしなければ柄の入った紙箱は作ってもらえないということも判明した。
今回の試作レベルはもちろん、本番を考えても商売が成り立たないのは明白であった。
そこで選んだのが既製品として販売されている白い紙箱だ。
これなら安価に入手できるし、箱としての性能は専用の色箱と遜色がない。
さらに、白い箱であれば“絵”を自由に描くことが出来る。
多少手間はかかるものの、自分たちの思いを込めて箱に絵を描けば、それ自体が“お土産物”としての価値を高めることにつながるとフィデルは考えていた。
当初は紙箱に直接絵付けをしていたフィデルだったが、本番に向けては別の紙に絵を描いてから白箱へ貼り付ける方法に切り替えていた。
今日は試作のために手書きの絵を張り付けているが、本番の販売の際には決まったデザインで印刷した紙を張り付ける予定としている。
限られた時間の中でより多くの商品を準備できるようにと、フィデルが考えた工夫であった。
絵を描いた紙を張り付けていくフィデルに、ロランドが声をかける。
「しかし、旨い事考えたもんだなぁ」
「伊達に街の中で商売はしてないって。新しいモノはどんどん取り入れていかないとな。さて、最後の仕上げまで頑張るとするか。そっちもよろしくな!」
「ああ、任せておけって! この箱に負けないよう、きっちり良いもんを用意してやるからな!」
良き友人であり、良きライバル同士が、互いに励まし合う。
これならきっとみんなに認めてもらえる“お土産品”ができるだろう ―― ルナはそう心の中で確信していた。
―――――
「こちらが用意した“お土産”です。どうぞお確かめください。」
フィデルはそういうと、一つの箱を“駅長”へと差し出した。
その表面には、ハーパータウンを代表する街並みや名所がバランスよく描かれている。この駅舎はもちろん、蒸気機関車や喫茶店『ツバメ』の風景まで描かれていた。
喫茶店『ツバメ』のホールの一角に腰を落ち着けた“駅長”が、しげしげと箱を見つめて言葉をこぼす。
「これはなかなか面白い箱じゃな。白箱を使ったのは費用を抑えるためかね?」
「その通りです。後から紙を張ればコストも抑えられます」
「これならハーパータウンの街の様子が伝わってきますし、いい工夫だと思います」
“駅長”の横に控えていたタクミも、満足げに頷きながら声をかけた。
「では、今度は中身じゃな。どれどれ……おお、これはこれは、何とも楽しげなお土産じゃわい」
箱を空けた“駅長”が思わず感嘆の言葉を漏らす。
箱の中は入れられていたのは、それぞれに色や形が異なる三種類のガレータと、ブレッドのようにふんわりとした二種類の焼き菓子であった。
「なるほど、これはこの街や駅舎にまつわるものをかたどった焼き菓子ということですね」
タクミの言葉に、フィデルが頷いて同意を示す。
「その通りです。ガレータの方はこの駅舎に、列車を引っ張る蒸気機関車、そしてこの喫茶店『ツバメ』をモチーフとした形にしております。残りの二つ、俺たちはブレット・ガレータと名付けましたが、こちらはスプリングサイドにある温泉の名物である竜の形をした湯口と、ポートサイドのシンボルマークであるトリダグナをモチーフに形を作りました」
フィデルからの説明の言葉に、“駅長”もうんうんと相づちを打つ。
「うむ、この街や駅舎を彩るものをかたどった菓子とは、これは見事な工夫じゃ。しかし、肝心の味はいかがかな……」
「それは食べてみてもらえばわかるっす!」
「後程珈琲もお持ちしますので、どうぞ召し上がってみてくださいっ!」
力強く言葉を返すロランドの後に、ルナが言葉を続ける。
二人の言葉を受け止めた“駅長”は、いったんタクミを見上げてから、うむ、と一つ頷き、ガレータに手を伸ばした。
最初に手を伸ばしたのは、駅舎の形と説明された狐色のガレータだ。
特徴的な三角屋根が上手に再現された駅舎型のガレータからは、香ばしさと甘さを含んだ香りが漂ってくる。
歯を立てればガレータならではのサクッと心地よい食感が感じられ、そのまま咀嚼していけばホロホロと崩れていくガレータの甘さを含んだ特有の香ばしい味わいが口いっぱいへ広がった。
たっぷりと入れられたバターの風味が良いアクセントとなっている。
その優しく甘い味わいに、思わず顔がほころんでしまうほどだ。
続いて手を伸ばしていたのは蒸気機関車形のガレータ、こちらにはカカオ豆の粉が配合されているようで、特有のほろ苦さと甘さのバランスが絶妙だ。
そして3つ目の鳥の形をしたガレータを口に含んだ“駅長”は、その味わいにも驚かされることとなる。
そのガレータからは、なんとシナモン・コーヒーのような味わいが感じられたのだ。
ロランドの説明によれば、カカオ豆の粉と同じように出来る限り細かく砕いたコーヒー豆の粉と、同じく粉末にしたシナモンを生地の中へと配合したとのことだ。
「いやはや、どれも素晴らしい味わいじゃな。特にこの鶏の形をしたコーヒー味のガレータ、これが実に面白いの」
「ありがとうございますっす!」
“駅長”から絶賛の言葉をかけられたロランドがぎゅっと拳を握りしめる。
ルナもフィデルの表情からも喜びが溢れ出ていた。
そんな三人を眺めつつ、タクミは彼らがブレッド・ガレータと呼んだ焼き菓子を口へと運んでいた。
ベースとなっているのはガレータと同じ甘く優しい味わい。
そこに、竜の横顔が描かれた方からはナランハ特有の甘酸っぱい風味と僅かな苦みが、貝殻の形の方からはアルマンドラの香ばしい味わいが加わっている。
そして、ガレータとは異なるふんわりとした食感が合わさり、“懐かしい美味しさ”が生み出されていた。
その懐かしい味わいは、過去の記憶の中にある一つのお菓子を思い出させるものであった。
タクミは、三人に向けて賞賛の言葉を送る。
「マドレーヌを生み出すとは驚きでした。味わいも素晴らしいですし、これはお見事です」
「まどれーぬ、ですか?」
聞き慣れない言葉に、思わず聞き返すフィデル。
その質問に、タクミはコクリと頷いてから答えた。
「ええ、私が以前に住んでいたところにもこれと同じような焼き菓子がありまして、それを“マドレーヌ”と呼んでいたのです」
「なーんだ。すっごいのを発明したと思ったのに、同じようなのがあったんっすね。残念っす」
タクミの説明を聞いて、ロランドは肩を落としてしまう。
そこにフォローを入れたのは、ほかならぬ”駅長”であった。
「いやいや。君たちはその“まどれーぬ”とやらを知らずにここまで作り上げたのであろう? であればこれは立派な君たちオリジナルの焼き菓子であろうぞ。タクミ殿もそうで思うであろう?」
「仰る通りです。似ているとは言いましたが、同じものとは限りませんしね。この“ブレッド・ガレータ”は間違いなく三人のオリジナルのものです。私の言い方が悪かったですね。失礼しました」
そういって頭を下げるタクミ。
それで慌てたのはロランドとフィデルの二人だ。
「いやいや、師匠、顔を上げてくださいっす!」
「むしろそこまでされたら申し訳ないです! それに、ブレッド・ガレータよりも、マドレーヌの方がなんかかわいくておしゃれな感じのネーミングですし。な、ロランドもそう思うだろう?」
「ああ、これはマドレーヌ! そう決めたっす! 名前もらってもいいっすよね?」
普段は喧嘩ばかりしているのに、ここぞとばかりに息をぴったり合わせるフィデルとロランド。
その様子にタクミは口角を持ち上げながらうんうんと二度頷いた。
「もちろん構いません。というより、これは皆さんの“商品”なのですから、どちらの名前で呼ぶかはお任せします。ところで、この鳥の形をしたガレータ、これってもしかして……」
「はいっ! このお店の名前『ツバメ』からとらせていただきましたっ!」
コーヒーを入れてカウンターから戻ってきたルナが、タイミングよくタクミに言葉を返す。
そこに、フィデルがさらに説明を重ねた。
「ルナちゃんの言う通りです。タクミさんからこのお店の『ツバメ』の意味を聞いたのを思い出しまして、一つはゴロンドリーナの形をしたガレータにしました」
「そうすれば、きっとこのお店の名前の由来も広く伝わると思うっす。ちょっと形を切り出すのに苦労するっすけど、でも、頑張るだけの甲斐はあると思うっす!」
「ほほう、ということは、これを作るのに生地を一枚ずつ切り出しておるということかの? それは大変ではないかね?」
ロランドの言葉の最後を聞き逃さなかった駅長が、すぐさま指摘を入れる。
その言葉に、ロランドはうーん、と眉間に皺を寄せた。
「そうなんっすよね。この作業が地味に大変で、手間も時間もかかるからどうやってスムーズに進められるかが難しいんっすしよね」
「最初は手で一枚一枚捏ねて形を作っていたのですが、それでは厚みや大きさがばらついちゃますし……」
ロランドと同じように眉をひそめながら、ルナが言葉を続けた。
二人の話を聞いた“駅長”も、同じように難しい表情を見せる。
「なるほどの。それでは量を沢山作ることは難しいであろう。タクミ殿、何かいい知恵はないかね?」
「それなら抜き型をつかえばいいのなっ! 私も一個いただくのにゃっ!」
タクミが言葉を発しようとした瞬間に背後からにゅっと手が伸び、竜を象ったブレッド・ガレータが一つさらわれる。
いつの間にかやってきていたニャーチだ。
タクミは、うぉっほんと一つ咳払いをしてから、いつものようにニャーチの背中をつまんでぶらーんと持ち上げる。
もはや見慣れ切った光景に何ら動揺することなく、ロランドがタクミに質問を投げかける。
「抜き型っすか?」
「ええ。薄い金属の輪で出来た型ですね。ちょうどセルクルをいろんな形に曲げたようなものになります。薄く延ばした生地にポンポンと押し当てれば、型抜きを手早く済ませることができますよ。たくさん作るなら、ばらつきを抑えるためにも必要になる道具かと思います」
「それは便利っすね! じゃあ、今度一緒にグスタフさんへ相談させてくださいっす!」
ロランドの言葉にタクミが頷く。
それを見届けた“駅長”が再び口を開いた。
「さて、そろそろ判定を伝えようかの」
すっかり日常モードになっていた三人に、ピーンと緊張の糸が張り詰める。
この反応ならきっと合格がもらえるはずだ、フィデルは半ば強がりのようにそう自分に言い聞かせていた。
「フィデルくん、ロランドくん、それにルナちゃん。君たちが作ったこの焼き菓子は、見た目にも楽しいし、味わいも素晴らしい。“お土産品”に相応しい商品であると言えるじゃろうな」
「そ、それならっ!」
“駅長”の言葉に前のめりになるフィデル。
しかし“駅長”は、それをいったん手で制してから再びゆっくりと言葉を紡いだ。
「しかしじゃな。バリエーションがこの1種類というのはいかにもさびしい。 たくさん入ったものが欲しいという人もいれば、少量入りのものがたくさん欲しいと思う人もいるとは思わんかね?」
「た、確かに……」
鋭いところを付かれて、フィデルがぐっと喉を詰まらせる。
その成り行きを、ロランドとルナの二人が不安そうに見つめていた。
神妙な顔をして次の言葉を待つ三人に、“駅長”が優しく微笑みながらさらに話を続けた。
「そんな顔をしなくても大丈夫じゃよ。売店を始めるには駅舎のどこかを改装せねばならぬし、本番の発売までには少し時間もかかるであろう。その間に、様々なお客様の期待に応えられる商品のバリエーションを考えてくれたまえ。条件はそれだけじゃよ」
「え、そ、そしたら……?」
先程までとは一転して目を輝かせながら見つめてくるフィデルに、駅長は大きく頷いた。
「うむ、合格ということじゃ!」
「あ、ありがとうございますっ!!」
勢いよく、深々と頭を下げるフィデル。
その背中をロランドが叩き、飛びつくようにしてルナが肩に手をかける。
合格の一言がもらえた三人は、喜びを爆発させていた。
ますます成長する彼らの様子を見て、目に溜まった雫がこぼれないようにこらえながら、タクミはうんうんと何度も頷くのであった。




