32 戸惑う少年と新たなチャレンジ(2/3パート)
※第1パートからの続きです。まだお読みで無い方は前話よりお読みください。
あれから数日後、喫茶店『ツバメ』のキッチンにフィデル、ロランド、そしてルナの三人が集っていた。
三人は、いくつかの試作品が並べられたキッチンテーブルを囲み、同じように腕組みをして唸っている。
最初に言葉を発したのはフィデルだった。
「うーん、どれも美味しいは美味しんだけど、お土産となるとなぁ……」
「ああ、お土産ということを考えると味持ちのことも考えなきゃいかんしな。蒸しブレッドなんていろいろ工夫もできていいと思うんだけど、冷めたら美味しさは半減どころか十割引きになっちまうな」
難しい顔をしてロランドが続く。
一方のルナは、悩みながらも一つの試作品を指さしながら話し始めた。
「そしたら、こっちのヘラティーナやフランはどうですっ? これならもともと冷ましていただくものですし、目新しさもあると思うんですけど……」
「でも、ヘラティーナやフランは足が早いから持って帰るまでに傷むかもしれないんだよね。そもそも器を持って帰ってもらうとなるとめちゃくちゃ高い物になっちまうんだよなぁ……」
フィデルは首を横に振りながらルナに言葉を返した。
「ってことは、やっぱりこの焼き菓子が無難というところか。でもなぁ………」
「こうやって見比べてみると、ちょっと地味なんですよねぇ……」
ロランドに言葉を続けたルナが、焼き菓子の一つであるガレータを持ち上げながらそうつぶやく。
『ツバメ』でもお茶菓子として出している丸い形のシンプルな焼き菓子は、いつも通りの美味しさだ。
しかしながら、シンプルなだけに見た目の華やかさにはどうしても欠けてしまう。
味わいに多少のバリエーションを持たせたところで、その地味さを解消することは難しいであろう。
「うーん、そうすると一から考え直しかなぁ……」
「といってもなぁ。工夫なんてそうそう思いつかねぇぞ」
「ですよねぇ。うーん、困っちゃいましたっ……」
再び腕組みをして考え込む三人。
「なぁ、お土産って何が嬉しい?」
ふと思いついたように、フィデルがぽつりとつぶやいた。
その何気ない質問に、ロランドとルナがそれぞれ答える。
「そうだなぁ。俺はなんだかんだで食い物系かな。 その土地の変わった食材を分けてもらえたりすると、よっしゃって気分になるなー」
「私はモノをもらうのもいいんですけど、いっぱい色んなお話を聞きたいですっ。今の私だと旅行に行くのはできませんから、お話の中でいっぱい旅行するんですっ! ……でも、お菓子とかお人形とかもらえると、やっぱり嬉しいんですけどねっ」
ルナは、最後に本音を漏らすと、舌をペロッと出してはにかんだ。
その仕草に、フィデルもロランドも思わず顔がほころぶ。
そして、フィデルがしみじみと呟いた。
「そうだよなぁ。お土産って、そういうものなんだよなぁ」
「ん? どういうことだ?」
「いや、お土産って旅行先から持って帰るものだろ? 言ってみれば『旅行のおすそ分け』みたいなもんだなって」
「そうですねっ。 お土産をもらえると、自分も旅行に行ったような気分になりますっ」
「向こうの珍しい食材とかを分けてもらえるのも、『旅行のおすそ分け』と言えるよな」
「ということは、今考えているお土産ってのも『旅行のおすそ分け』になるようなものである必要があるってことだよな?」
「それは分かる。でも、そうなるとますます焼き菓子は難しいんじゃないか? 味には自身があるけど、ぶっちゃけどこにでもあるようなもんだぜ?」
「そこなんだよな。もし、この焼き菓子に、ハーパータウンらしさだったり、この駅舎らしさだったりを付け加えることが出来れば、それは立派な“お土産”になるんじゃないか?」
「うーん、でもどうすればいいんでしょう……?」
「それは……うーん、まだイメージ湧いていない。でも、とりあえずその路線で考えてみないか?」
「まぁ、これ以上唸ってても仕方ないな。よし、師匠に試作の許可もらってくるわ。とりあえずいろいろ作ってみようぜ」
「そうですねっ! 私もお手伝いしますっ!」
「よしっ、じゃあ作る方は頼むな。俺の方は、この街っぽいものをとにかく書き出してみるわ」
フィデルはそういうと、キッチン脇の小テーブルに座り直して、ハーパータウンやこの駅舎から連想されることを思いつくままに書き綴っていった。
それを横目にしながら、ロランドは師匠に許可を求めるため駅舎へと向かう。
無意識のうちに阿吽の呼吸を見せる二人の“兄”の姿に、ルナはこっそりと心を弾ませていた。
―――
その後すぐに、三人の手による試作が始められた。
フィデルが中心になって考えたアイデアを、ロランドとルナが次々と形にしていく。
先程ロランドが焼き上げたガレータには、この地域の名産であるナランハの砂糖煮を挟んでみた。
アロース粉に少しだけマイス粉を合わせて焼き上げられた生地の香ばしさに、甘酸っぱいナランハのジャムの味わいが加わり、とても風味豊かな味わいに仕上がった。
また、この喫茶店『ツバメ』でひそかにファンが多い“パンケーキ”のような焼き菓子を目指した焼き菓子も試してみた。
ガレータ作りの時と同じようにアロース粉とマイス粉、砂糖、バターを合わせたところに、牛乳をいつもの倍量加え、さらに玉子とピカルボナートを配合してよく混ぜ合わせる。
出来上がったのは、“パンケーキ”の時と同じようなとろみのある液状の生地だ。
これを、バターを塗ったセルクルに流し入れて焼き上げてみると、ガレータとは趣を異にするふんわりとした焼き菓子 ―― 彼らは“ブレッド・ガレータ”と命名した ―― が出来上がった。
さらに、生地にカカオ豆の粉を配合し、通常タイプのガレータとブレッド・ガレータをそれぞれ焼き上げてみたり、バターの代わりにオリバの油を使ってみたりと様々な組み合わせが試された。
中には、ポートサイドの名産の一つであるカラマールを干したものを混ぜ合わせたガレータのように、三人が揃って悶えるという大失敗もあったが、それでもいくつかは候補になりそうなものが生み出されていた。
そして、何度かの試作の後、最終候補として選ばれた数種類の焼き菓子がキッチンテーブルの上に並べられていた。
「普通のタイプのガレータは、このシンプルなやつとカカオ豆の粉を混ぜ合わせたものがよさそうかな」
「ブレッド・ガレータの方は、甘煮にしたナランハの皮の部分を混ぜたヤツがいい感じだな。あと、やっぱりシンプルなのも捨てがたいね」
「どれもとっても美味しいと思いますっ!でも……」
ルナが言葉を濁すと、それに同調するようにフィデルとロランドも眉間に皺を寄せながら小さく俯いた。
地域の特産品を使ったり、このお店の人気商品をアレンジしたりはしているものの、それでも所詮は焼き菓子だ。
自分たちが求めている“らしさ”が存分にでているかというと、まだまだ物足りない代物であった。
「はぁ、やっぱりそんなに簡単にはいかないか……」
ナランハ入りの“ブレッド・ガレータ”をひょいっとつまみながら、言葉をこぼす。
それにつられるように、ロランドも口を開いた。
「結局、どこまで行っても焼き菓子なんだよなぁ……。ブレッド・ガレータの方は多少珍しいかもしれないけど……」
「でも、この街やこの駅舎らしいかといえば、そうでもないんですよねぇ……」
ルナの呟きの後、三人は腕組みをしたままじっと動かなくなってしまった。
すっかりアイデアが煮詰まってしまい、袋小路に入ってしまったのだ。
「あー、こんなに難しいなんて思わなかったよ!」
狐耳をペタンと倒したフィデルが、頭を掻きむしりながら叫ぶ。
その言葉に、ロランドが兎耳をピンとたてて怒鳴りかける。
「なんだ、もう諦めちまうんかよっ!」
「んなこと言ったって良いアイデアなんかそうそう出ねえって! それとも、何か秘策でもあるんかよっ!」
「ってめぇ! 自分のことを棚に上げて言ってんじゃねえぞおらぁ!」
互いに大声でどなり散らすフィデルとロランド。
はけ口のないストレスが溜まっていたのか、二人はけんか腰になりながら睨み合う。
今にも取っ組み合いをはじめそうな二人の雰囲気に、最年少のルナが慌てて仲裁に入る
「お兄ちゃんたち!そんなに大きな声を出しちゃだめですっ! 怖い顔をするお兄ちゃんたちは嫌いですっ!」
「あっ! ルナちゃん……」「ご、ごめん……」
涙目で訴えてくる妹分の様子に、二人は慌てて謝罪の言葉を口にした。
しかし、ルナはしくしくと声を上げながら俯いている。
これはマズイと焦った二人は、ルナの顔を覗こうと、近くに寄ってしゃがみこむ。
すると、二人の口に突然何かが押し込まれた。
フィデルもロランドも、その謎の物体を反射的に噛んでしまう。
そして、次の瞬間、得も言われぬ味わいが口の中に広がった。
「っぐげ! ごでざっぎの!」「じっばいざぐだ!!」
ルナが二人の口に押し込んだのは、先ほどの試作品の失敗作の一つ、カラマールの内蔵を塩漬けにしたものを合わせたブレッド・ガレータだった。
今回作った試作品の中でも最も酷かった一品だ。
それをうっかり飲み込んでしまった二人は、あまりの生臭さに首を抑えて悶え苦しむ。
「さ、さすがにこれは……」「ちょ、ちょっとひどくないかい……?」
フィデルとロランド二人が恨めしそうにルナを見上げながら、何とか声を絞り出す。
その言葉に対し、ルナはペロッと舌を出してから言葉を返した。
「私の眼の前で喧嘩したお兄ちゃんたちへの罰なのですっ! それとも、まだ喧嘩しちゃうんですかっ?」
その手には、先ほど二人を悶絶させたイカワタ入りのブレッド・ガレータが握られていた。
二人の“兄”は、慌てて首を横に振る。
「「わかった、もうしないから、それはやめてーっ!!!」」
それを見た二人の“兄”が慌てふためいてルナにその“危険な物体”を皿の上に戻すよう促す。
しかし、ルナが何かするよりも早く、背後から近づいてきた人物にそれは奪われてしまったのだ。
「くんかくんか、これは危険なにおいがするのなっ! ポイするのなっ!」
イカワタ入りブレッド・ガレータを後ろからかっさらったのはニャーチであった。
背後から気配なく近づかれてびっくりしたルナは、振り向きざまにバランスを崩してしまい、思わず尻餅をついてしまう。
「キャッ!」
「あっ!」「だ、大丈夫っ?」
フィデルとロランドが慌ててルナに駆け寄る。
ルナはいったーい、と声を上げながらも、心配してくれた二人に大丈夫だよと声をかけていた。
その様子を見ていたニャーチが、満足げにうんうんと頷きながら声をかける。
「驚かせてごめんなのなっ。でも、その様子だとちゃんと三人仲良しさんでがんばってるみたいでなによりなのにゃ!」
その言葉に三人は顔を合わせて苦笑いをした。
うにゃっ?とニャーチは首をかしげるが、すぐさま気を取り直してロランドに声をかける。
「ところで、これってガレータの生地なのなよね? 余ってるなら使っちゃってもいいかにゃっ?」
「あ、別にいいですけど……。もしよかったら焼いたやつがあるっすよ?」
そういいながら立ち上がったロランドは、先ほど焼き上げた試作品のガレータをニャーチに差し出す。
しかし、ニャーチはふるふると首を横に振って、言葉を返した。
「ちがうのなっ! たべたいのじゃなくてつくりたいのなっ! えーっと、オーブンストーブの火は大丈夫なのなね? じゃあ、早速始めるのな!」
ニャーチはそういうと、生地を確かめるようにしながらボウルの中で練っていった。
その様子をロランドが不思議そうに眺める。
それもそのはずだ。ニャーチは普段から“食べる専門”と言い切っており、片付け等のためにキッチンに入ることはあっても、料理やお菓子作りをするのを見るのはこれが初めてだったからだ。
遅れて立ち上がったフィデルとルナも、ロランドの横に並んでニャーチの様子を見守っていた。
いったい何が始まるんだろう……と三人が覗き込んでいると、ニャーチは薄く延ばした生地を器用にちぎったりしながら組み合わせていく。
「あっ!」「これって!」「そうか! その手が!」
ルナ、フィデル、そしてロランドが揃って声を上げる。
ニャーチの意図を理解し、三人は共通の“お土産”イメージを脳裏に湧き上がらせるのであった。
※第3パートに続きます。
※「鬼っ娘温泉へようこそっ!(通称おにおん)」も昨日更新しております。
合わせてお読みいただけましたら大変幸いです。




