Recipe Note ~ 紅茶のデザート数種
本日も当駅をご利用いただきまして誠にありがとうございます。ウッドフォード行き最終列車は、16時の出発予定です。改札は、出発の10分前を予定しておりますので、ご乗車のお客様は、改札口横にございます待合室にてお待ちください。
―― なお、お待ち合わせの際には併設の喫茶店『ツバメ』もどうぞご利用ください。
※これまでに登場した料理のレシピ紹介を兼ねた番外編です。
ある日の夜、一日の営業と夕食を終えた喫茶店『ツバメ』のキッチンでは、タクミとニャーチ、それにルナの三人が後片付けをしていた。
鼻歌交じりで床についた汚れをブラシでごしごしと流していたニャーチが、ふと何かを思い出したように声を上げる。
「そういえば、最近アレをたべてないのなっ!」
「ん?あれって?」
唐突な声に、洗い場を流していたタクミが手を止めてニャーチの方を覗きこんだ。
洗い終えたお皿を拭いていたルナもそちらへと振り返る。
ニャーチから続けられた説明は、実に難解なものであった。
「アレはアレなのなっ! えーっと、ぷるぷるで、いい匂いがして、甘いの!」
「えーっと……ああ、ゼリーとかプリンのこと? いい匂いってことは、前作ったテーのやつかな?」
「そう、それなのなっ! ぷるぷるうまうまのやつなのなっ!」
イメージが伝わってご機嫌に声を弾ませるニャーチ。
お皿の水気を拭きとっていたルナが、くすくすっと微笑みながら話しかけてきた。
「タクミさん、よく今の説明で分かりましたねっ! すごいですっ!」
「まぁ、ただの慣れですよ。なんとなく言いたいことは伝わってきますからね」
「いいなぁ。ごちそうさまですーっ。ところで、ゼリーやプリンっていうのはどんな料理なんですっ?」
茶化しながら投げかけられたルナの質問に、タクミがふと何かに気づいた様子を見せながら呟いた。
「ああ、私の故郷ではヘラティーナのことをゼリーと、フランのことをプリンと呼んでいたのです。そういえば、ルナちゃんが来てからは作っていませんでしたね。折角なので一緒に作ってみましょうか?」
「わぁ! ぜひお願いしますっ!」
「ニャーチも食べたいのなっ! すぐ作ってほしいのなっ!」
美味しいデザートの気配を察知したニャーチがすかさず声をかけてくる。
その隙のない言葉に、タクミは思わず苦笑いする。
「うーん、でも一度キッチンを片付けちゃったし……はいはい、そんな寂しそうな顔をしないで。分かりました。じゃあ、出来るだけ汚さないように気をつけながら作りましょうか?」
「やったのなっ! じゃあ、いったんゴシゴシくんは片付けておくのなっ!」
言い分が通ったニャーチは、すぐさまブラシを片付けに行く。
そのあまりにもキレのある動きに、タクミとルナはつい顔を見合わせて笑ってしまった。
―――――
「実はちょうどこの間レシピをノートにまとめておいたんですよね。これを見ながら一緒に作ってみましょう。」
ルナは、タクミが差し出したノートを受け取ると、開いてあるページへと視線を落とす。
そこには、テーを使ったデザートの作り方が丁寧に書かれていた。
ルナは、夢中になって読みこんでいく。
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■ナランハテーのヘラティーナ(6~8個分)
<用意するもの>
・テーの葉(ダージリンタイプがお勧め) 15~20g程度
・水 500~600ccぐらい
・砂糖 30~50gぐらい(お好みで調整)
・ミエール 30~50gぐらい(お好みで調整)
・ナランハの果汁 半個分~1個分
・アガール 15~20gぐらい(多めに入れると硬めに仕上がります)
<作り方>
1. アガールと砂糖をボウルに入れ、混ぜ合わせておく。
2. 半量の水を鍋に入れ、火にかける。
3. 水が軽く沸騰したところでテーの葉を入れ、しばらく煮出す。
4. やや濃いめに煮出したら、茶こしで葉を濾しながら別の鍋へと移し、残しておいた半量の水を加える。
5. 水を差して冷ましたテーに、ミエール、ナランハの果汁、アガールと砂糖を混ぜ合わせたものを加えてしっかりと混ぜ合わせる。
6. ダマができないようしっかりと混ぜ合わせたところで、再び火にかける。
6. ゆっくりかき混ぜながら加熱し、鍋の底から小さく泡立ってきたところで火から下す。
7. 小さな器に移し、粗熱をとって固まれば完成。
<ポイント>
・アガールと砂糖はしっかりと混ぜ合わせること
・量のバランスが大切です。何度か繰り返して試してみてください
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「読んでいるだけで美味しそうな感じがしますっ! 早速作ってみてもいいですかっ?」
ノートを食い入るように読んでいたルナが、目をキラキラとさせながら顔を上げた。
タクミには、うんうん、と二度頷くと、ルナに優しく話しかける。
「もちろんいいですけど、折角なので次のページも見てみてください。テーを使ったもう一つのデザートの作り方が書いてありますよ」
「もう一つですかっ!」
ルナはわくわくしながらページを開く。次のページに書かれていたのは、先ほどとは似て非なるデザートの作り方だ。
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■ミルクテー《紅茶》のフラン(6~8個分)
<用意するもの>
・テーの葉(アッサムタイプがお勧め) 15~20g程度
・牛乳 500~600ccぐらい
・玉子 全卵2~3個、卵黄2~3個分
・砂糖 50~80gぐらい(お好みで調整)
・浅めの広い鍋 or 深めのフライパン & 蓋
<作り方>
1. 全卵用の玉子をボウルに割り入れ、白身を切るようにしてしっかりとかき混ぜる。
2. 1.で作った卵液に全卵と同数の卵黄と、砂糖を全体量の半分加えて溶け残りがないようにしっかりと混ぜる
3. バットと湯煎用の熱湯を用意しておく。
3. 牛乳を3分の2ほど鍋に入れ火にかけ、 軽く沸騰したところでテーの葉を入れる。
4. しばらく温めてテーがしっかりと出たところで鍋を火から下し、残しておいた砂糖と牛乳を入れ軽くかき混ぜる。
5. 茶こしで葉を濾しながら、卵液の入ったボウルにミルクテーを入れ、手早くかき混ぜる。
6. 5.の液をザルで濾しながら陶器のカップに分け入れ、浅めの広い鍋の上に並べる。
7. カップの中にお湯が入らないよう注意しながら、6の鍋の中に熱湯を注ぐ
8. 蓋をして20~30分ほど弱火で湯煎蒸し焼きにすれば完成。
<ポイント>
・全卵だけで仕上げる場合には、全体で3個が目安です。柔らかい仕上がりになります。
・取り出すときはカップがとても熱くなっているのでくれぐれも注意すること!
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「こっちもとってもおいしそうです! あーっ、どっちにしようか迷っちゃいますっ!」
嬉しそうに迷い声を上げるルナ。
そこにニャーチが能天気な言葉を返す。
「そういう時にはどっちも作ればいいのなっ! ルナちゃん、ごっしゅじーん、作ってほしいのな!」
「でも、両方作ってしまうとずいぶんたくさん出来ちゃいますよ? さすがに食べ切らないんじゃ……」
ルナはそう言いながらも、タクミの方を上目づかいでチラチラとみる。
どっちも作ってみたいものの、食べ物を粗末にしてはいけないという悩みがありありと浮かんでいた。
ルナにつられるようにして、うーんと唸るタクミ。その時、ふと一つのことを思いついた。
「そういえば、今から両方作って固まるまでには時間がかかりますから、食べられるのは夜中になってしまいますね。なので、ヘラティーナもフランも、出来上がりを食べるのは明日にしましょう」
「えーっ! 今日は食べられないのなーっ?」
タクミの言葉に、ニャーチが不服そうに声を上げる。
「はいはい。だから、それぞれの材料を少しずつ使って、今日のところは別のデザートを作りましょう。それなら文句はないでしょ?」
「!! さすがごっしゅじんなのなっ!!」
ニャーチが耳をピンと立てて飛びついてきた。 こらこら、あぶないですよと嗜めるタクミ。
ルナも満面の笑みを浮かべながら、タクミに声をかける。
「じゃあ、今日はいっぱいデザート作りができるんですねっ!」
「ええ、後でちゃんとレシピを纏めますけど、まずは一緒にやってみましょう」
「はいっ! 頑張りますっ!」
明るいルナの声がキッチンに響く。こうして、今夜と明日の、それぞれのデザート作りがスタートした。
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「ええっと、これくらい残しておけばいいですかっ?」
フランの卵液を器によそっていたルナが、タクミに声をかけた。
ボウルの中には、テーと合わせられた卵液が3分の1ほど残されている。
タクミは、うんうんと二度頷く。
「ええ、そうしたら、ちょっと見ていてくださいね……」
タクミはそう言うと、別に用意しておいたマイスブレッドをボウルの中へといれた。
ちゃっちゃと軽くひっくり返していくと、少し厚めにスライスしたマイスブレッドに卵液が染みこんでいく。
「このまま少し置いておきましょう。そうしたら、フランの蒸し焼きをセットしておきますので、テーを立てておいてもらってもいいですか?」
「はーぃっ! わかりましたっ!」
「お湯はこっちに沸いているのにゃっ! ルナちゃん、おいでなのなっ」
テーを立てるためのお湯を沸かしていたニャーチがルナを手招きして呼び寄せた。
ルナは、テーの葉が入った壺を落とさないようにしっかりと抱えながら小走りで駆け寄っていく。
くらくらとお湯が沸かされた鍋から、白い湯気が立ち上っていた。
「えーっと、ひとーつっ、ふたーつっ、みっつっ、よっつ!」
ルナは、壺の蓋をとると、タクミに教わった量だけテーの葉を測って鍋の中に掬い入れる。
そして、すばやく砂時計をひっくり返すと、鍋をオーブンストーブの端に寄せ、弱い熱でじんわりと温め始めた。
焦げ茶色のテーの葉が鍋の中で楽しそうに踊りはじめ、湯色も徐々に輝く紅色へと変化していく。
そして、砂時計の砂が落ち切ったところで、茶こしで葉を濾しとりながら、テーを別の鍋へと移し、その中へ汲み置いておいた水とミエール、ナランハの果汁を足していった。
ここまではレシピ通りの手順だ。
「えーっと、ここまで出来たらこれを取り分けるんでしたね」
出来上がったテーの液の半分を別の鍋にとりわけると、ルナは片方の鍋にのみアガールと砂糖を混ぜ合わせた粉を投入した。
その後、アガールを加えた方のテーを沸き立つ直前まで加熱し、小さな陶器の器に注いでいく。
このまま粗熱がとれればテーのヘラティーナの完成だ。
ルナはふぅと一息ついてから、作業の完了をタクミに告げる。
「タクミさん、テーのヘラティーナの仕込み終わりましたっ!」
「ありがとうございます。そうしたら、取り分けてもらった方のテーも温めてもらってよいですか?こちらもそろそろ仕上がります」
フライパン片手に返事をするタクミ。
ルナの作業の合間に先ほど卵液を染みこませておいたマイスブレッドを焼き上げていたようだ。
ところどころ焦げ目の付いたマイスブレッドから、何とも言えない甘くまろやかな香りが立ち上る。
「くんかくんかっ! 美味しそうな匂いなのなっ!」
その香りにつられるように、ニャーチが耳をピクピクとさせながら近づいてきた。
タクミは、つまみ食いしようとするニャーチを手で制しながら、お皿の上にナランハのスライスとメンタの葉をあしらう。
最後に、お皿についた汚れをふき取ればフラン液を使ったアレンジデザートの完成だ。
「テーも温まりましたっ。ポットに移せばよかったですかっ?」
「ええ、熱いので火傷しないように気を付けてくださいね。それではあちらで食べましょうか。ニャーチもテーブルのセットを手伝ってね」
「もちろんなのなっ! ニャーチお手伝い部隊出動なのなっ!」
デザートが出来上がるのを今や遅しと待っていたニャーチは、テキパキと準備を始めるのであった。
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キッチン横のテーブルを囲む三人。並べられた皿の上にはタクミ謹製の特製デザートが並べられ、カップからは甘酸っぱいナランハ入りの温かいテーが良い香りを立ち上らせていた。
「いっただっきまーすなのなっ!」
ニャーチの声を合図に、ルナも黙想を捧げてからデザートにフォークを伸ばす。
卵液をたっぷりと含んだマイスブレッドは、とてもやわらかに仕上げられていた。
ルナは、ブレッドを一口大に切り分けてから口へと運ぶ。
そして、その甘さと美味しさに、目を見開いて驚きの表情を見せた。
「甘くて、じゅわっとしてて、とってもおいしいですっ! これは何て言うデザートなんですかっ?」
ルナの質問に、タクミがにっこりとほほ笑んでから答える。
「それはフレンチトーストと呼ばれています。 今日はテーを使っていますから、テー風味のフレンチトーストですね」
「フレンチトースト……なんだかかわいい名前ですねっ!」
ルナはえくぼを作りながらフレンチトーストを堪能する。
甘く味付けされたミルクと玉子が織りなすまろやかな味わいを、テーの香りと苦みが引き締めている。表面に出来た焦げ目の香ばしさも良いアクセントになっていた。
そこにカップを傾ければ、ナランハの入ったテーの爽やかな風味が口いっぱいに広がる。
口の中に残った甘さがさーっと流され、また次の一口が楽しみになるようだ。
ふーっと息を一つ吐き、再び食べ進めるルナ。
フラン作りで作った液なので同じような味わいになるかと想像していたルナだったが、その予想は良い意味で裏切られていた。
同じ材料を使っても調理の仕方一つで見せる表情が大きく変わる、これだから料理は楽しいのだ。
「本当においしいですっ……! このフレンチトーストも、ぜひ詳しい作り方教えてくださいっ!」
強い意志が込められたルナの言葉に、タクミはうんうんと頷く。
その横では、ニャーチもなぜか満足げにうんうんと頷いていた。
「練習ならいっぱい手伝うのなっ!」
「手伝うって言っても、味見でしょ?」
「あっさりバレタのなっ。あ、でも、レシピのお絵かき係は私がやるのなっ! ごしゅじんの絵だとさっぱりわかんにゃいときがあるのなっ!」
痛いところを突かれ、タクミがぐっと言葉を詰まらせる。
料理では素敵な飾りつけや盛り付けが出来るタクミなのだが、なぜだか絵を描くことだけは昔から不得手にしていたのだ。
タクミは、苦笑いしながらニャーチに言葉を返す。
「うーん、そうしたら絵をかくのは任せるから、ルナちゃんにちゃんと伝わるように書いてね」
「あいあいさーなのなっ! ルナちゃんのためにいっぱい描くのなっ!」
「じゃあ、ニャーチさん、よろしくお願いしますっ!」
楽しげなルナの声がキッチンに響く。
その元気そうな様子に、目を細めて何度も頷くタクミであった。
《レシピに関する補足》
デザートなのに分量が非常にアバウトですが、お好みで加減してみてください。
なお、アガーは大きなスーパーや製菓材料専門店等では手に入るかもしれませんが、手に入りにくい場合にはゼラチンや寒天を使っていただいても問題ございません。
ぜひいろいろと試して頂ければ幸いです。




