31 白く包まれた駅舎と温かな振る舞い(1/3パート)
本日も当駅をご利用いただきまして誠にありがとうございます。この列車は当駅が終点となります。改札口にて乗車券を拝見いたします。到着いたしました列車は車庫に入ります。お手荷物などお忘れ物がございませんよう、ご注意をお願いいたします。
―― なお、本日は積雪のため大幅にダイヤが乱れております。予めご了承ください。
「電信です。第一便は二時間遅れでジムビー駅を出発。当ハーパータウン駅への到着は、さらに遅れて十三時半ごろになるとのことです。次便の出発は別途本部からの連絡を待つようにとの指示がありました」
駅務室にて電信を受け取ったテオは、タクミにその内容を報告した。
その報告の内容を真剣な面持ちで聞いたタクミは、予想される混乱を想定し、信頼を置けるようになった部下へ次の指示を出す。
「ありがとうございます。では、列車の到着や出発を待っているお客様への説明をよろしくお願いいたします。出発待ちのお客様には、本日はこの後運休となる可能性がある旨も合わせて案内してください。あと、プラットホームの雪かきもお願いします。寒いですし、滑りやすいのでくれぐれも気を付けて」
「了解しました! では、早速行ってきます。うー、寒い寒い……」
テオは厚手のコートの前襟をしっかりとつかみ、背中を丸めながら作業へと向かっていった。
ハーパータウン駅周辺は珍しく雪化粧に包まれていた。
比較的温暖なこの地域では冬の間でもめったに雪が降ることはなく、せいぜい年に一度か二度ほど風花が舞う程度である。
生まれてからずっとこの町に住んでいるロランドの話でも、本格的な雪が積もったのは小さい頃以来のことであるそうだ。
少なくともタクミとニャーチにとって、白く包まれたハーパータウン駅を見るのは初めての経験であった。
この極めて稀な積雪の影響は、いたるところに表れていた。
まず大きな影響を受けたのが列車の運行だ。
朝一の出発便こそ定刻通りにハーパータウン駅を出発したものの、降雪の影響で列車のスピードを上げることができないようで、到着便については大幅な遅れが生じている。
先ほど本部から届いた電信でも、今後の運行についてはいっそう不安定な状況とのことであった。
そして喫茶店『ツバメ』の営業にも影響が出ていた。
この積雪の影響で、今朝は営業に必要な生鮮食材が届かなかったのだ。
『ツバメ』で使う食材のうち、生鮮野菜やミルクなど日持ちのしない農産品・畜産品は毎朝ガルドが届けてくれている。
しかし、今朝は積雪の影響で荷車が出せなくなり、配達が出来ないとの連絡が届いていた。
日持ちがする根菜類や芋、豆、それに塩蔵の肉類などの備蓄はあるものの、喫茶店の営業に必要となる生鮮食品 ―― 葉物野菜や卵、それに生の肉類などは昨日のうちに使い切ってしまっている。
牛乳や生クリームと言った乳製品もお客様に十分出せるほどの量は残っていなかった。
また、マイスブレッドも今朝のモーニング営業用の分が残っているだけであり、お昼前後に予定されている定例の配達が無ければいずれ欠品となる見込みだ。
このまま『ツバメ』の営業を続けるとしても、何らかの特別な対応が求められている状況であった。
さらに、駅前から市街地の中心部やポートサイド等へ向かうための駅馬車も、大きく乱れているようだ。
朝のうちに駅前広場にやって来た駅馬車の御者によれば、雪で覆われていた坂道が上れなかったり、雪で埋まって車庫から出られなくなったりしているなど、混乱が広がっているとのことであった。
この分であれば、列車のお客様が無事に駅に到着しても、その後の移動がスムーズにできない恐れは大きい。
駅長代理として、そして喫茶店『ツバメ』のマスターとして、この後の営業体制をどうしていくか ―― タクミは判断を迫られていた。
そんな時、『ツバメ』の入り口の扉からカランカランカラーンとベルの音が響いた。
カウンターで考え事をしながら作業をしていたタクミが顔を上げる。
扉から入ってきたのはニャーチとルナの二人であった。
二人は玄関先でコートについた雪をぱっぱと払いながら、それぞれに任務完了の報告を行う。
「気まぐれ雪かきお手伝い部隊、終了なのなっ!」
「雪ってふわふわで白いんですね!私、初めて見たのでびっくりしました!!」
「二人ともお疲れ様です。とりあえず、こちらでゆっくりしてください」
普段であれば第一便の到着とともにお客様が増え始める時間であるが、今日は列車の到着が遅れているうえ、近隣から来るお客様もさすがに出足が鈍いようで、ホールには空席が目立っている。
そこでタクミは、二人をカウンター近くの席に座らせると、カウンターに備え付けられている小さなオーブンストーブで作っておいた飲み物をと差し出した。
「どうぞ、ホットミルクです。寒かったでしょうからこちらで温まってくださいね」
「ありがとなのなっ! 頂きますなのにゃーっ!」
湯気が立ち上るカップをタクミから受け取ったニャーチは、ふーっふーっと息を吹きかけてからカップを傾ける。
たっぷりと砂糖が入ったホットミルクの温かな甘さが、雪かき作業で冷え切った身体に染み渡った。
嬉しそうに顔をほころばせるニャーチの横では、同じようにホットミルクを口にしたルナがうっとりとした表情を浮かべる。
ホーッとひとつ息をついてから、ルナがタクミに礼を述べた。
「ふーぅ、とっても温まりますっ。タクミさん、ありがとうございますっ!」
「いえいえ、お代わりもありますので遠慮なく言ってくださいね。さて、ニャーチ、ちょっといいかい?」
「ふにゃ?どうしたのなっ?」
「この後の営業のことなんだけど、今日はいつものランチはお休みにするね。もしお客様が来たら、アロース添えのブラウンシチューを用意しているからそちらを案内してもらえるかな?」
「りょーかいなのなっ! 今日は特別ランチということなのなねっ!」
ニャーチの確認にコクリと頷くタクミ。さらに説明は続けられる。
「それと、あと二時間ぐらいしたら第一便の列車が到着する予定なんだけど、駅馬車の運行も不安定だし、こちらをお客様の待合室として開放するね。きっと寒さと疲れで大変だろうから、何か温まるものを用意するつもり。ということで、ニャーチは列車が到着したら、テオと一緒にお客様をこちらに案内してもらっていいかな?」
「かしこまりなのなーっ! ニャーチご案内部隊、出動なのなっ!」
手を上げて元気に声を上げるニャーチ。
その横に座っていたルナも、身を乗り出すようにしてタクミに声をかける。
「あ、私もお手伝いしますっ! ニャーチさんと一緒にご案内すればいいですか?」
「ええっと、そうしたらルナちゃんはキッチンの方を手伝ってもらっていいですか? これから到着するお客様用のものをいくつか仕込むから、その料理のお手伝いをお願いします。」
「はいっ! 分かりましたっ!」
タクミからのお願いに、ルナはコクコクと頷いて答える。
「じゃあ、先にキッチンで準備していますので、ルナちゃんはホットミルクを飲み終わったらエプロンを持ってキッチンに来てください。ニャーチはホールの方をよろしくね」
「あいあいさーなのなっ!」
おでこに手を当てて敬礼のポーズをするニャーチ。
いつもと変わらぬ元気な声を背中で受け止めながら、タクミはエプロンを締め直してキッチンへと向かっていった。
―――――
「あ、お疲れさまっす! 」
キッチンに入ってきたタクミに気づき、オーブンストーブの前に立っていたロランドが声をかけた。
オーブンストーブの上に載せられた銀色の大きな平鍋の中では、赤茶色のとろみのあるスープがコトコトと煮込まれている。
トマトと赤ワインをたっぷりと使ったブラウンシチューだ。
ロランドが木べらでゆっくりと鍋の中身をかき混ぜているところをタクミが覗き込む。
「仕上がり具合はどうですか?」
「上々っだと思うっす! 味の確認、お願いするっす!」
鍋の様子を確認するタクミに、ロランドが自信を持って答えた。
ロランドが作っていたブラウンシチューは、モーニングやランチの営業用として前日から仕込みを進めておいたスープをアレンジしたものだ。
今日のメニューとして用意していたのは“カルド・デ・レス”と呼ばれる“こちらの世界”での定番のスープをアレンジした牛肉のスープだった。
昨日のうちから仕込んでいたことで硬い牛すね肉もやわらかく仕上がっており、美味しい出汁がスープの中に溢れている。
ロランドは、タクミの手ほどきを受けながら、ボリュームを出すためにサナオリアやセボーリャ、ペピーノなどを加え、さらにトマトや自家製ケチャップ、赤ワイン、アロース粉などを加えることで、スープをブラウンシチューへと仕立て直していた。
じっくりと煮込まれているシチューを一口分掬って味を確認するタクミ。
目を瞑ってしばらく味わった後、うんうん、と頷きながらロランドへ声をかけた。
「うん、これでよさそうですね。そうしたら、これはこのまま弱火で温めておきましょう。次はアロースの用意ですね。量は普段の半分でお願いします」
「ういっす!じゃあ、早速とりかかるっす!」
タクミからの合格をもらって、ロランドが元気よく返事する。
そこに、自室へエプロンを取りに戻っていたルナがやってきた。
胸のところにイチゴ柄のアップリケがついたかわいいエプロンを身に纏ったルナが、声を弾ませながらキッチンの二人に声をかける。
「お待たせしましたっ」
「お!ルナちゃん、可愛いエプロンっすね!」
「ありがとうございますっ。 これ、“三賢者”さんからの贈り物なんですよっ」
ルナはそういうと、エプロンの裾をつまんでくるんと一回転してみせた。
新しいエプロンがよっぽど嬉しいようだ。
「うん、良く似合ってます。ルナちゃん、良い物を頂きましたね」
「はいっ!このエプロンなら、いっぱい美味しいものが作れそうな気がしますっ」
「その意気ですよ。じゃあ、先に手をしっかりと洗ってください。早速お手伝いをお願いいたしますね」
「はいっ! がんばりますっ!」
ブラウンシチューの芳醇な香りが立ち込めるキッチンに、ルナの元気のよい声が響き渡った。
※第2パートに続きます。
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“三賢者”さんの贈り物についてのお話は、第28話「聖誕祭と初めてのケーキ作り」とCoffeeBreak「ルナの“願い”」に登場しています。合わせてお読みいただければ幸いです。




