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異世界駅舎の喫茶店  作者: Swind/神凪唐州


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30 老獪な御婦人と初めて作るスープ(3/4パート)

※2016.1.20 22:30更新 3/4パート

※第1パートからの続きです。まだお読みでない方は第1パート(前話)よりお読みください。

※当初の予定より1パート増やし、4パート構成といたしました。

 リベルトとソフィア、それにイメルダを交えた三人での昼餐会は素晴らしい料理と弾んだ会話とともに続けられた。

 

 二皿目に供されたのはソハ(大豆)のトマト煮込みだ。

 ソハのトマト煮込みは日常よく食されている料理のひとつである。

一見どこにでもありそうな伝統的な料理に、タクミは独自に配合したスパイスミックスを加えることで、全く新しいスパイシーな風味と味わいを生み出した。


 また、この煮込みにはブルスト(ソーセージ)とトルティーヤが添えられていた。

トルティーヤにヴルストを載せ、ソハの煮込みをソース代わりにかけてから一緒に食せば、普段食べているトルティーヤがまた違う表情を表す。

馴染み深い料理であるからこそ、その“普通と違った面白さ”が際立っていた。


 メインとなる三皿目の食材として選ばれていたのは、今が旬のカブラッチョ(カサゴ)だった。

鱗や内臓が取られ、丁寧に下処理が行われたカブラッチョには、アロース(コメ)粉とマイス(とうもろこし)粉を合わせた粉衣がまんべんなく振りかけられ、丸ごとのまま中低温の油でカラリと揚げられている。

その上に掛けられている自家製のトマトケチャップと鶏のスープでとろみのあるソースだ。

ソースにはサナオリア(にんじん)や、セボーリャ(玉ねぎ)、緑のピミエント(ピーマン)を千切りにして炒めたものが入れられている。



 パリッとした赤い皮の中には、プリプリとした白身の旨味が閉じ込められている。そして、炒め野菜のシャキシャキとした美味しさが、香ばしく揚げられたカブラッチョの旨味をいっそう引き立てていた。

 もちろん、あんかけソースの甘酸っぱさと白身の相性も抜群だ。


 旬を生かし切った料理の美味しさに、三人はしばらくの間無言で黙々と食べ進めてしまっていた。そして、そのことに気づいた三人は、互いに顔を見合わせて笑い声をこぼす。

その後はいっそう会話を弾ませながら、幸せなひと時を三者三様に楽しんでいた。


 そして、メインの品を食べ終えた三人の下へとコースを締めくくるデザートが運ばれてきた。

三人の前にコーヒーカップと皿を並べながら、タクミがデザートについての説明を始める。

 

「本日のデザートはナランハ(オレンジ)のチーズタルトをご用意させていただきました。タルト台の中にはナランハのリキュールで香りづけした手作りのフレッシュチーズを入れております。シナモン・コーヒーと一緒にどうぞお召し上がりください。」


 見ているだけで幸せになるようなデザートだ。

小さ目に焼き上げられた舟形のタルト台の表面では、ナランハのスライスがその美しい橙色を輝かせていた。

一緒に並べられたコーヒーカップからシナモンコーヒー特有の芳しい香りが漂っている。

その魅惑的な香りに鼻孔をくすぐられたイメルダは、蝶が花へと誘われるかようにシナモン・コーヒーを口にした。


「んー、食後はやっぱりコーヒーだねぇ。この香りが何ともたまんないね」


 イメルダの言葉にリベルトはこくりと頷き、自身も手にしたカップを傾ける。


「わが国には食後のコーヒーという習慣はなかったのですが、こちらの国へとやってきてからはすっかり病み付きになってしまいました。そして、このタルトも実に美味しそうです。あれだけお腹いっぱい頂いてしまった後でも、ついつい手が伸びてしまいますな」


「甘い物は別腹といいます、仕方が無いことですわ。では、私も早速……」


 どこか言い訳にも聞こえる言葉を口にしながら、ソフィアがタルトに手を伸ばす。

 しっかりと焼かれたタルトに歯を立てると、土台のサクッとした心地の良い食感が伝わってきた。

 そしてそのまま食べ進めていけば、タルト台の香ばしさにクリームチーズのコク、そしてナランハの爽やかな甘酸っぱさが混然一体となり、口の中に幸せな甘さが広がっていく。


 その余韻が残っている間にシナモン・コーヒーを傾ければ、甘くなった口の中をシナモン・コーヒー特有のほろ苦さが洗い流してくれるのだ。

タルトの甘さとコーヒーの苦さの心地よいハーモニーが、食後のひと時をより一層幸せなものへと変えていった。


 やがて、デザートまでしっかりと食べ終えたイメルダが、くちくなった腹をさすりながら二人に話しかけた。


「ふぅ……、ため息が出るくらい美味しいランチだったね。いや、これならあなたたち二人が来たいと思うのも分かるさね」


「そうでしょ? 今日は特別に頼んだコース料理だったけど、普段のお店で出してくれる料理もとっても美味しいのですわ」


 イメルダの言葉に応えるソフィアの表情はどこか自慢げにもみえた。

 また来ましょうね、と誘うソフィアに、祖母は優しい笑みをたたえながらうんうんと頷く。


 そしてイメルダは、口直しに残しておいたコーヒーを再び一口飲むと、がらっと表情を一変させた。

 そして真剣な顔で対面に座っているリベルトをキッと見据えると、先程までとは全く違う厳しさを含んだトーンで話しかける。


「さてと、食事も終わったことだし、ちょっとばかし真面目なお話もさせていただこうかね。リベルト殿、率直に聞くけど、アンタは私の大事な孫娘をどうしたいと思ってるんだい?」


 先ほどまでの和やかな雰囲気から一変し、部屋の空気がピーンと張り詰める。

 突然態度を変えた祖母の様子に驚いたソフィアが声をかけようとするが、ジロリと睨まれたその視線の迫力に思わず言葉を詰まらせた。


 一方のリベルトは、ある程度展開を予期していたのであろうか、イメルダから投げかけられた言葉を悠然と受け止めると、素直な自分の心情を話し始めた。


「私としては、ぜひ機が熟した暁には、ソフィアさんを伴侶として迎え入れたいと考えております。無論、その前にソフィアさんに選ばれなければなりませんがね」


「え? 何!? ど、どういうことですの?」


 リベルトの告白に、自分の耳を疑うソフィア。言葉を詰まらせながらリベルトに聞き返す。

 しかし、その答えが来るより早く、イメルダが口を挟んだ。


「なかなか気持ちよく言い切ったねぇ。アタシは嫌いじゃないよ。で、ソフィア、アンタはどうなんだい?」


「え、わ、わた、わたし!? わたしは……、そ、その……」


 畳み掛けるように浴びせられた質問に頭の中が真っ白になるソフィア。

何か話さなければと思うものの、いっこうに言葉がまとまらず、口だけをパクパクとさせてしまっていた。

 

 その様子をしばらく見つめていたイメルダだったが、動揺のあまりすっかり固まってしまった孫娘に、はぁ、とため息を漏らした。

 そして、再びリベルトを見据えると、眉をハの字にさせながら言葉を続けた。


「まぁ、孫娘は見ての通りさね。仕事の一線ではあれだけビシッと決めているのに、この手の話題には本当に初心(うぶ)で奥手でねぇ。どこかで教育を間違えたのか、本当に申し訳ないよ。ということで、この子の気持ちが熟すにはちーとばかし時間がかかるだろうから、アンタもうちの孫娘が欲しかったら、そのつもりで覚悟しておくがいいさね」


「お言葉ありがとうございます。まぁ、私も一応は心得ているつもりでおります」


 当人をさておいてイメルダとリベルトが会話を続ける。

その横では、ソフィアが呆然と話の成り行きを見つめていた。


 一瞬間を開けた後、次に言葉を発したのはリベルトであった。

真剣な表情で身体を前に乗り出しながら、ゆっくりとした口調でイメルダに対し意見を求める。


「時に……イメルダ様ご自身は、私たちが一緒になることに賛成頂けるのでしょうか?」


 リベルトとしては、今日の場を通じて、イメルダの賛成が無ければソフィアと結ばれることがないと理解していた。

 そして会話の流れからここが勝負どころと読み、重い話を切り出したのだ。


 真剣な表情で尋ねられたイメルダは口元に手を当てて、ふーむ、と考え込む。

そして、一つの結論を導き出すと、隣に座る孫娘にも言い聞かせるようにゆっくりと話し始めた。


「悪いけど、もろ手を上げて賛成とはいえないねぇ。むしろ、今の段階だと、マリメイド家を預かって来た者としては反対せざるを得ないね」


 決してポジティブではない言葉に、リベルトが眉をピクリと持ち上げる。


「ふむ……、その理由をお聞かせ願えませんか?」


 低いトーンで尋ねられる質問に、部屋の空気がさらにピーンと張り詰めていった。


 そして僅かに間が空いた後、イメルダがその理由を語り始めた。

 

「アンタのことはここに来る前に調べさせてもらったさ。実に優秀だし、実績も申し分ない。若くして大使の大任を任されているのも、伊達や酔狂ではないってことも良く分かった。でもね、アンタのその優秀さと家柄がかえって仇となっちまうかもしれないね。残念ながら、愛し合う二人は結ばれていつまでも幸せに暮らしましたとさ……とはならない可能性の方が大きいって、マリメイド家を預かってきた者の立場からは考えちまうのさ」


「ど、どういうことですの?」


 横で聞いていたソフィアが、不安そうな眼差しで祖母へ聞き返した。どうやらソフィアは祖母の話の意図がさっぱりつかめていないようだ。

 一方、リベルトはというと、苦虫をかみつぶしたように苦しげな表情を見せていた。

イメルダは、主に孫娘へと諭すようにしながら、さらにリベルトへ語りかける。


「アンタは三男坊とはいえ、もとはテネシー国の支配階級であった公爵家の一員だね。しかも、その実力は折り紙つきときたもんだ。そんでもって、うちの孫娘もこの国では五指に入る財閥であるマリメイド家の一人娘。孫だからって持ち上げるわけじゃないけど、こちらも若手銀行家として頭角を現しているさね。でね、もしそんな二人が結ばれたとなってごらんよ。 周りはこの結婚をどう見るんだろうね? 当然都合のいい色眼鏡で見てくるじゃないかい?」


 イメルダの言葉に、リベルトがぐっと喉を詰まらせた。

 それは反論することができない全くの正論といえるものだった。リベルトとしては、ソフィアのことを思うばかり今まで目をそらしてきた問題を改めて突き付けられたのと同じであった。


このままの関係を続けていけば、いずれソフィアの気持ちを引き寄せることは出来るであろう。ゆっくりと時間をかけて二人の時間を増やしていけば、自然とそういう仲となるタイミングは訪れるであろう。 ―― そうリベルトは感じていた。

 

 しかし、先ほど突き付けられた話は二人の間だけの話にとどまるものではないことを示していた。自分たち二人が結ばれることは、 “政治”や“外交”に少なからず関わる話であるとイメルダは指摘したのだ。


 

 共和制に移行し、貴族制度が廃止されたとはいえ、元公爵家という看板はいまだその輝きを失ってはいない。

特にラウレンティス家は、今でも“外交”という形で政治に深く関わる家柄だ。父親も二人の兄もそれぞれの立場で国の外交に携わっており、その影響力は甚大であるといえよう。

 

 一方のマリメイド家といえば、この国でも随一の財閥家である。イメルダは謙遜して“五指に入る”と言っていたが、実際にはマリメイド家に並ぶ力を持った財閥は見当たらないと言っても過言ではない。

 すなわち、マリメイド家は“経済”という側面からこの国の行く末に深く関わっていると言えるのだ。

 

 そして、そんな両家の者同が結ばれるとなれば、周囲はどう見るだろうか?

 ロイヤルウェディングとまではいかないが、その婚姻はたちどころに広まることになるだろう。

一般の世間は自分たちの婚姻を祝福してくれるかもしれない。しかし、そう簡単に済ませてくれないのが“政治”の世界というものだ。


“政治”の観点から見ると、両家が結ばれることということはそれぞれの“国”が結びつきを深めることと同義として捉えられる可能性が高い。それは、例え自分たちが否定しようとも、その意思が慮られることはないであろう。


国同士の結びつきの深まりが、良い方向に解釈されることは稀である。少なくとも、両国以外にとっては、国と国との結びつきのバランスを変える可能性があることについて、賛意を示すことはないであろう。

それに、それぞれの国の中にも両家の足を引っ張りたいものが大勢いるということも忘れてはならない。

些細なことであろうとも、隙を見せた瞬間に追い落としが始まるというのもまた“政治”の世界の真実なのだ。


二人が結ばれることによりどのような事態が起こるか分からない中で、イメルダが軽々に賛成できないというのもやむを得ない話と理解するしかなかった。


 しばらく腕を組んで黙り込んでいたリベルトが、ふと視線を感じて顔を上げた。

視線の主は、ソフィアだ。その表情は、何とも言えず不安げであり、寂しげであった。


 彼女にこのような顔をさせてはならない ―― リベルトは必死に解決の糸口を模索した。

リベルトにとって、障害が大きいからと言ってあきらめるという選択肢はなかった。

なぜなら、彼女と初めて出会ったあの日から、心は決まっていたのだから ――。


 必死に考えを巡らせ、自らの想いをもう一度確認したリベルトは、一つの決心の下に言葉を紡ぎだした。


「イメルダ様の仰る通りです。確かにそれぞれの“家”の立場を考えると、このご縁には障害が多いかと存じます。しかし、それは全く問題とはなりません。リベルト・デ・ラウレンティス、例えどんな困難が待っていようとこの一命を持って必ずや障害を乗り越え、ソフィア殿を幸せにしてみせます」


 リベルトは力強くその言葉を言い放つと、ソフィアに視線を送って一つ頷いた。

固まったまま目をぱちくりとさせるソフィア。彼女が言葉を発する前に、横に座るイメルダがニヤリと口角を持ち上げた。


「フン、言ったね。まぁ、口だけなら何とでもいえるさね。でも、そこまで言うんだったら、その言葉に足る力があるかどうか、証明してもらおうじゃないの。ソフィアや、ちょっとタクミさんを呼んできてくれるかい」


「は、はい、おばあ様。少しお待ちください」


 祖母から呼びかけられて我に返ったソフィアは、慌てた調子で返事をすると部屋を飛び出していく。

 リベルトとイメルダの二人が残された部屋は、沈黙が支配していた。

 しばらくして扉がノックされると、タクミを連れたソフィアが部屋へと戻ってきた。


「お呼びでしょうか?」


「ああ、忙しいところ悪いね。ちょっと一つ頼まれて欲しいことがあってねぇ。一緒に話を聞いていてもらえるかい?」


「かしこまりました。ではこちらで……」


 タクミが机の脇にそっと控えるたのを確認したイメルダは、ソフィアを席に座らせてからリベルトに向かって話し始めた。


「さてと、リベルト殿。アンタ、料理の経験はあるんかい?」


「いや、さすがに料理の経験は全くないですな……」


 リベルトは低い声で言葉を返す。

予想通りの答えに、イメルダはニヤッと笑みをこぼしてから話を続けた。


「うん、そうだと思ったよ。ちょうどいいねぇ。じゃあ、アンタへの宿題だ。明日の朝、私とソフィアのために朝食を用意してもらおうじゃないか。全部とは言わないよ。一品だけでかまわない。その品が私たち二人を満足させれば、交際でも何でも考えてやろうじゃないか」


「ちょっと!たった今、料理したことが無いって言ってたじゃない!無茶よ!」


 イメルダのリクエストに驚いたソフィアが高い声で叫んだ。

しかし、イメルダは全く動じない。


「だからだよ。アンタたちがやろうとしていることは、それくらい無茶なことってことさ。これしきのことが出来ないんだったら、とてもさっきの言葉は信じられないね」


「それでも!そんな突然じゃ無理ですって!せめて次の会食の日とか……」


「無理だと思うんだったらあきらめな。それとも、アンタはリベルト殿のことを信じられないのかい?」


 何とか条件を引き出そうとするソフィアだったが、イメルダにピシャリと抑えられてはぐうの音も出なかった。


「という訳で、タクミさん、悪いんだけど、明日の朝ちょっとだけ厨房貸してもらえんかな?」


「え、ええ、それは構いませんが……」


「ありがとうねぇ、助かるねぇ。そうそう、貸すのは厨房だけでアンタは手出し無用だからね。あと、明日の朝もこの部屋使わせてもらえると助かるんだけど、お願いできるかい?」


「わかりました。それでは明日もこのお部屋にてご用意させて頂きます。料理に必要な材料があればこちらでご用意させて頂くことは構わないでしょうか?」


「ああ、それくらいはかまわないさ。では、この線で決まりだね。さて、どうだい? この勝負、受けてみるかい?」


 とんとん拍子で話をまとめたイメルダが、リベルトへもう一度意思を確認する。


 イメルダの性格を考えればこの話を断れば“二度目”はないであろう、ソフィアにもそのことは分かっていた。

 しかし、全く料理経験のないリベルトがたった一日で二人を満足させる料理が作れるようになるとはとても思えなかった。

しかも、タクミのサポートまで封じられては、その難易度は計り知れない物であった。


 頭の中に悪いイメージだけがグルグルと回ってしまい、不安げな表情を見せるソフィア。


そんな愛おしい彼女に、リベルトは優しく微笑んだ。

そして、キッとイメルダを見据えると、口を真一文字に結んでからはっきりと言葉を返す。


「その申し出、承りました。それでは明朝、何か一品ご用意させていただきます。きっと満足させてみせます」


「よくぞ言ったね。まぁ、せいぜい頑張るといいさ。じゃあ、私たちは先に失礼しようかね。ほら、ソフィア、行くよ」


「は、はいっ。では、リベルト様、明日またお会いしましょう」


 イメルダに促され、ソフィアは席を立った。

 リベルトも続けて席を立ち、部屋を出ようとするソフィアへと頭を下げてから声をかける。


「勝手に話を進めてしまったようで申し訳ない。ただ、今日のこの話は、私の偽らざる気持ちだ。イメルダ殿も説得するし、その後のことも何とかする。いつか機が熟したときには、ソフィア殿も私の気持ちに応えてもらえると嬉しく思う」


 その言葉に、ソフィアの足がピタリと止まった。

しばらくの間リベルトを見つめた後、ゆっくりと口を開く。


「正直申しまして、あまりに突然のことで今はまだ気持ちの整理がついておりません。しかし、いつか機が熟しましたら、その時にきちんとお答えさせていただきたいと思いますわ」


 ソフィアの言葉に、リベルトがこくりと頷いた。

二人のやりとりを待ってから、イメルダが行くよと声をかける。


 扉が閉まり、足音が遠ざかっていった。

その足音が聞こえなくなった頃合いを見計らい、部屋に残されたリベルトがタクミに声をかけた。


「とんでもないことに巻き込んでしまったな。いや、本当に申し訳ない」


「いえいえ、私は構いませんが……あのようなお話を引き受けてしまって、本当に大丈夫でしたでしょうか?」


 傍で話を聞いていたタクミからしても、かなりの無茶を言われていることは十分に理解できるものであった。

 料理人であるタクミだからこそ、そのハードルが一層高いものに感じられていた。


 そんなタクミの言葉に、リベルトは不安を打ち消すようにして笑いかける。


「ああ、正直不安でいっぱいだ。しかし、イメルダ殿はお優しい。わざわざ良いヒントを残してくれていたのだからな」


「と、いいますと?」


「イメルダ殿がタクミ殿に指示したのは『手出しは無用』ということだ。つまりは“口出し”であれば構わないということだな。ということで、タクミ殿、迷惑かけついでになってしまって申し訳ないが、明日の朝までに料理の指導をお願いできないだろうか? 何卒力を貸してほしい」


 リベルトはそういうと、深々と頭を下げた。

 プライドの高い彼のことだ。ここまで頭を下げることはめったにないことであろう。

 その心意気を感じ取ったタクミは、笑顔で彼の申し出を引き受ける。


「頭をお上げください。時間がございませんので少々ハードになるかと存じますが、それでもよろしければ、早速キッチンへ向かいましょう」


「ありがとう。では、タクミ殿、いや、タクミ師匠、早速ご指導をお願いする」


 はやる気持ちを抑えながら、飛び出るように部屋を出るリベルトであった。


※第4パートに続きます。

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